軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七章90 『地獄の揺り篭』

「――間違いありません! 正面、第一頂点『弐』アラキア!!」

「第二頂点『玖』のマデリン・エッシャルトと推測! 飛竜の群れが上空を旋回!」

「第三頂点、守護者未確認!」

「同じく、第四頂点守護者確認できず! 確認できず!」

「第五頂点、派手な攻撃……一将じゃない! 二将だ! カフマ・イルルクス!」

声高に次々と飛び込んでくる戦況、それは怒号や悲鳴に近い。

遠見の役割を与えられた兵たちが可能な限り高所を取り、正面に見据えた帝都ルプガナの威容――そこから、少しでも情報を得んと目を血走らせている。

ついに始まった帝都決戦、単純な兵数差を戦力比と考えるなら、帝都の正規兵と集結した反乱軍との戦力は倍近く離れている。それらの兵数が一斉に平野へ飛び出し、真っ向からぶつかり合えば勝敗は明らかだが――。

「堅牢たる帝都ルプガナ、それを攻め手として落とす側に立つことは考えたくはありませんでした」

と、簡易的な指揮所の中、広げた地図に報告された戦況を書き込みながら、その特徴的な髪型の頭を左右に振り、ズィクル・オスマンが眉間に皺を寄せる。

帝国の二将として『将』の役割を果たし、今なお高いヴォラキアへの忠誠心を持っている彼からすれば、帝都とは守護すべき心臓を守る鎧だったと言える。

そんな帝都を攻め落とし、曲がりなりにも皇帝を名乗っている玉座の存在を討たなくてはならない立場など、考えたこともなかっただろう。

「だが、事態は貴様の泣き言が収まるのを待とうとはせぬ。――否、貴様だけに限らぬ。誰であろうと、時だけは平等に過ぎてゆく」

「アベル殿……」

「戦況に話を戻せ。遠見に報告させよ。優先すべきは第三と第四の頂点……些細なことでも構わぬ。そこから守護者を割り出す」

「は! 第三と第四の遠見を厚くせよ! 間違いなく、一将が出陣しているぞ!」

頷いたズィクルが近々の部下に命じ、目まぐるしく空気が変動する。

その渇いた空気を肌に味わいながら、アベルは布を張って作られた指揮所の外、星型の城壁に守られた帝都を遠目に、鬼面の奥の目を細めた。

前述の通り、戦力比で言えば反乱軍が正規兵を圧倒している。

しかし、集結した叛徒たちに連携の考えは乏しく、手柄と武勲を余所に譲るまいと逸って飛び出していく烏合の衆だ。

加えて攻め落とすべき敵は、堅固堅牢を絵に描いた帝都の最奥にこもっている。

城郭都市グァラルを攻略する際にも議題に上がったが、攻め手が守り手側と落とそうとする場合、単純な戦力ならば三倍の兵数を必要とするという考えもある。

帝都の防御の堅さがグァラルよりはるかに秀でていることを考えれば、その差はより顕著なものとなるだろう。

何より――、

「――戦力比を最も掻き回す存在こそ、一騎当千たる強者たち」

「帝都防衛の決戦です。想定したより開戦が早まったとはいえ、いったい『九神将』が何人呼び戻されているか」

烏合の衆揃いの叛徒と言えど、頭を叩かれて水を浴びせられれば聞く耳を持つ間も回ってこよう。そうすれば戦術に組み込み、形を整えることはできる。

ただしそれも、浴びた水が目を覚まさせるもので、目を永遠に閉じさせるものでなければの話――『九神将』と対峙すれば、それも容易には叶わない。

「最低限、アラキアとマデリン・エッシャルト、モグロ・ハガネの参戦は疑えぬ。実力だけならカフマ・イルルクスも一将相当だ。オルバルト・ダンクルケンも、腕の負傷を理由に招聘を拒む可能性はあるが、望みは薄い」

「ゴズ一将やグルービー一将の参戦はない。そうお考えですね?」

「ゴズ・ラルフォンは生死に拘らず、グルービー・ガムレットは西部から呼び戻されているか次第だが、後者は動かしづらい。西側の動きの不透明さは、こちらとあちらのどちらが仕組んだものでもない。――臭いがな」

謀反の初手、帝都を追われるアベルを逃がすために抗ったゴズは、その後の消息が一切知れないままであり、死亡した可能性が高い。

高い指揮能力と人柄から兵たちの異常な支持を集めるゴズは、もしも敵に回れば戦争において最大級の脅威となる。もっとも、玉座に座る偽物の正体を知る以上、ゴズが相手方に味方する可能性は微塵もなく、扱いづらいだけの死に駒だ。

「死に駒を有効的に使うとすれば、考え得るのは死を利用するやり方……ゴズ・ラルフォンの死と、その責を叛徒へ押し付け、兵の士気を煽る手法ぐらいのものだ」

「……考えたくありません。事情を知らずにあちらにいれば、私もまた死兵となってでもゴズ一将のためにと剣を取ったことでしょう」

立場ある『将』のズィクルでさえ、仮定したゴズの死を悼んでみせる。

ゴズ・ラルフォンの築いた信頼と実績が為せる業であり、実際、それをやられれば正規兵の戦力は見積もり直す必要が出てくる奇策だ。

しかし、仮にそれを実行するつもりがあるならば、開戦前が絶好の機だったはず。

「あえてその機を見逃したか、士気の向上による戦力増減の不確定要素を嫌ったか。どちらであろうと、彼奴なら糸を張る」

思考を走らせながら、仮面の淵に手を当てるアベルは相手の思惑を探ろうとする。

腹の読み合いであれば、大抵の相手に負ける余地はない。だが、此度の相手はその『大抵』の枠から外れ、加えてこれまでで最もこちらの腹の色を知る敵だ。

条件はこちらも同じと言いたいところだが、勝利条件が違えば選択肢も変わる。と、そうアベルが地図と睨み合う場に――、

「――アベルちん、アベルちん!」

軽やかな声が天幕の入口を潜り、すばしっこい動きで少女が飛び込んでくる。そのまま机に取りつく彼女は、膨大な感情で揺れる青い瞳をアベルに向け、

「やっぱりあたしもいきたい! あの中にあんちゃんがいるんだよ? 我慢できない!」

「たわけ。不確定要素を増やすな。そも、貴様の兄が帝都にいる確証は」

「マデリンって子がいたよ! あんちゃんとレムちゃんを連れてった子! あの子がいるんなら、二人もいるかも! でしょ?」

「それも確証とは言えぬ。さらに言えば、この戦況において貴様の兄やあの娘の戦略的価値は低い。優先すべき事柄を履き違えるな」

「あたしにとって、あんちゃんと友達より大事なものがあるかー!」

バンバンと机を叩いて、アベルの言葉に少女――ミディアムが噛みつく。

感情的でお話にならない意見だ。究極的には言った通り、この戦況において連れ去られたフロップやレムを優先する理由は情以外になく、故にアベルには無価値な判断。

いっそ、ミディアムを自由にさせるという手もあるが。

「――。無用な反発を招く、か」

「――? なに?」

眉尻を下げ、自分の価値に無頓着なミディアムが首を傾げる。あるいは正当に評価しているから強気に出られるのか。それは考えすぎと、アベルはすぐ切って捨てる。

いずれにせよ、彼女に長く時間を取られている余裕はない。

「どれだけ望みを口にしようと、今の貴様では高望みと承知していよう。手綱を振り切って戦場へ向かえば、その命、無為に散らすだけだ」

「む! そんなこと……」

「ミディアム嬢、アベル殿は貴女の身を案じておられるのです。それに私もアベル殿と同じ意見で、ただ貴女を行かせるようなことはできかねます」

見下ろす視線と見上げる視線、アベルとミディアムの睨み合いを、そう言って割って入ったズィクルが穏やかな口調で窘める。

指揮官であるズィクルも、予断ならない戦況は把握している。にも拘らず、聞き分けのないミディアムの対処に追われるのは苦渋だろう。

そうした感情を横顔に一切滲ませず、『女好き』と呼ばれた男はミディアムと見合い、「こうしてはどうでしょう」と前置きすると、

「堅牢なあの城壁は、五つの頂点からなるもの。その頂点を無視して帝都の攻略はできません。せめて、相手の情報を解し、不明瞭を排してから改めてこの話を――」

「だーかーら! あたしだってちゃんと考えてるってば! 本当はマデリンって子からあんちゃんのこと聞きたいけど、それが難しいから空っぽの場所から中に……」

「――待て」

穏当な説得を試みたズィクルを、ミディアムが感情的に押しのけようとした。が、そのミディアムの発言に引っかかりを覚え、アベルが引き止める。

その細い肩を掴んだアベルは、目を丸くするミディアムを振り向かせると、

「がらんどうの場所、と言ったな。それがいずれかの頂点のことなら、どこで得た?」

「どこでって……あ! そうだった! ごめん、アベルちん!」

問いかけに顔色を変えて、ミディアムが肩に乗ったアベルの手を両手で握る。そのまま強い力で手を握りながら、彼女は再び青い瞳を感情的に揺らし、

「これ伝えなきゃいけなかったの! えっと、三番目の頂点は人形ばっかりで、四番目の頂点は黒い影だけ……どっちも、ヨルナちゃんみたいな子はいないって!」

「――――」

「アベルちん?」

ミディアムの口から語られた伝令に、アベルは微かに目を見張った。しかし、それは片目ずつの瞬きで即座に打ち消され、静かな吐息となって消える。

告げられた言葉、その内容の精査は不要だ。意味はわかる。問題は、その情報がもたらされた経緯――、

「誰が貴様に伝えさせた」

「え?」

「誰だ」

握られた手の反対、左手でミディアムの後頭部を押さえ、自分と向き合わせる。

その青い瞳を真っ向から見通され、ミディアムは息を呑んだ。それから、彼女はその薄い桃色の唇を動かして、アベルの問いに答える。

その、問いの答えは――、

△▼△▼△▼△

――膨大な、猛烈な、情報の渦に呑み込まれながら、オットー・スーウェンは瞑目する。

「――――」

飛び込んでくる声、声、声の嵐。

右から左から、上から下から、前から後ろから、とめどなく押し寄せる声の暴力。

それはかつて、物心つくかつかないかの頃を過ごした地獄の揺り篭の再臨であり、懐かしき故郷への凱旋とも言えた。

オットーの有する『言霊の加護』は、おおよそ世界に存在する数多の加護の中で、有数の『外れ』と言われる加護であった。

あらゆる生き物の言語を解し、言葉を交わすことが可能となるこの加護は、生まれついて持たされる剣として、およそ欠陥が多すぎる。

まず、生まれたての子どもには自我も自意識もなく、自分自身が曖昧だ。

確固たる自分を確立できない子どもにとって、自らを定義する方法は周囲の存在以外にないが、『言霊の加護』の持ち主にはその周囲の幅が広すぎた。

上下左右、奥行きがどうという話ではなく、文字通りあらゆる全てなのだ。

有体に言えば、『言霊の加護』を持った子どもには人の声と、動物の声と、虫の声と、風の音と、雨音と、耳鳴りの区別さえつかないのだ。

そんな、判断力・注意力共に散漫な生き物、生きていくこともままならない。

オットーが死なずにその時期を過ごせたのは、環境のおかげに他ならない。

裕福な暮らしと愛情深い両親、意思疎通もままならない兄弟を邪魔者と排除しなかった兄と弟、そうした献身的な家族の存在がオットーを生かした。

しかし、その最初の、生き物としての自分を確立したあとも、『言霊の加護』の加護者の受難は終わらない。むしろ、本番はここからだ。

『言霊の加護』の加護者は、周囲の全てと言葉を交わせる代償に、周囲の全てから孤立する危険性を孕んでいる。帰属意識の持てなさ、それが大いなる原因だ。

話し、触れ合い、絆を培うことが営みの基礎だと仮定するなら、『言霊の加護』の持ち主はそれこそ、どんな生き物とでも関係性を築けた。

接する相手を人間に限る必要はない。

どんな動物とも、虫とも、魚とだってやり取りできる。生きとし生ける全てのものと繋がり合える加護。だから、容易に孤立できる。

自分が何なのかという問いかけの牢獄で、永遠に孤独になれるのだ。

故に、『言霊の加護』の歴代の加護者はいずれも早逝してきた。

その加護の力を実感し、周囲に知らしめるどころか、自らの名前を口にすることさえ叶わずに死んだ加護者がどれだけいるか、オットーは考えたくもない。

やむことのない豪雨の中、途切れることのない暴風の中、理解されないとわかっている無力感の中、生きることに何の価値が見出せるだろうか。

実際、大成した『言霊の加護』の加護者の話なんて、聞いたこともなかった。

そしてそうなる気持ちも、オットーには十分以上によくわかる。

文字通り、地獄の揺り篭とは死へと誘う子守唄を延々と聞かされる場所なのだから。

「――――」

懐かしい地獄で、オットーは意識的に耳を傾ける声の照準を狭める。

大勢が行き交う雑踏やパーティー会場で、たくさんの声の中から自分と関係のある、興味のある話題を口にした声だけを拾うのと同じ要領だ。

多くの『言霊の加護』の加護者が辿り着けなかった、加護の効果に強弱をつける領域。

常時発動する種類の加護は、その効果に強弱をつけることで影響を緩められる。オットーも、自分の頭が言葉に埋め尽くされないよう、普段は最弱に設定している。

その、弱めた加護の音量を上げ、強弱を最大へ引き上げた。

「――――」

以前、スバルにせがまれて『言霊の加護』の話をしたとき、彼はこれを『チャンネル』と呼んだ。響きは悪くないと感じたそれに従えば、チャンネルを開いたのだ。

そうしたオットーの耳に、脳に飛び込んでくる無数の『声』は、いずれもこの帝都を中心とした戦場と関わるモノ。忌避や嫌悪、恐怖や怒りを伴うものが多いそれらは役に立たないものも多いが、それらを満遍なく精査する。

なにせ――、

「ガーフィールにも、ずいぶんと無理を言いましたからね……」

帝都決戦に挑むとエミリアが決断したとき、この戦いにおいて最も大変な役目を負うことになるのがガーフィールだと、オットーは結論付けていた。

戦闘員としての実力から、危険な敵との戦いを引き受けることになるのはエミリアとガーフィールだ。が、エミリアを死力を尽くすまで戦わせるわけにはいかない。

当然だが、スバルやレムの回収以前に、エミリアの命が最優先なのだ。

そのため、エミリアが危なくなれば、たとえ彼女が何と言おうと下がらせる。

そのことは陣営の共通認識として、エミリア以外には通達済みだ。だが、帝国まできて手ぶらで帰る選択肢などない。スバルとレムを、連れ帰る。

その目的を果たすため、一番傷を負い、血を流す役目がガーフィールだった。

「ガーフィールは、わかっているやらいないやら」

託された役割がどれほど無茶で残酷な指示なのか、ガーフィールはわかっているのか。

オットーは自分がひどく、身勝手で無理な指示を飛ばした自覚がある。ガーフィールも無茶を言われたとは思っているだろうが、本質をわかっているのか。

あるいはそれを、ガーフィールなら信頼の証と受け止めているのだろうか。

「嫌だな……」

ぽつりと呟いて、オットーはガーフィールの無邪気な信頼の眼差しを思う。

たとえ無理な指示を飛ばしても、ガーフィールはオットーに考えがあり、それを果たすのが自分の役割だとそう任じている。オットーも、ガーフィールがそう捉えると受け止めた上で指示をして、彼でなければできない役目を任せた。

一見、これは互いを信頼したやり取りだ。だが、当事者であるオットーは、これでは互いが背負うもののつり合いが取れていないと考える。

どこまでいっても、危険を負うのはガーフィールだ。オットーではない。

自分は安全圏でぬくぬくと、胸を痛めて罪悪感に浸っているだけでいい。それで事が済んだらガーフィールに、「さァすが、オットー兄ィだぜ!」と称賛されるのか。

冗談じゃない。

「負うなら自分も負え。責任から逃げるな、オットー・スーウェン」

口元に手を当てて、オットーは自らをそう戒める。

陣営の、今回の帝国の動乱に対する方針を最終的に決めたとき、オットーはエミリアに「茨の道を行くことになる」と忠告した。

そのオットーの言葉に対して、エミリアは気丈に胸を張り、道を選んだ。

たぶん、馬鹿馬鹿しい考えで、愚かな道だ。もしもオットーが一人だけなら絶対に選ばない、危ないばかりで得られるものが少ない考え方。

でも、得られる少ないものの中に大切なものがあって、そして自分では絶対に選べない道をエミリアが選んでくれて、オットーは安心した。

内心で喜んでしまった。だから、部外者でいてはいけない。

いくつもあった可能性から、ここを選び取ったのはオットーなのだ。

そのために、血を流す必要があるのなら、流れる血を他人任せにするのは御免だ。

だから――、

「――オットーさんって、たまにとってもバカになりますよね」

不意に、意味を為さない『声』が溢れ返る中、明確な『声』が聞こえて目を瞬く。

瞬間、地獄の雨音も暴風も遠ざかり、チャンネルを絞って振り向くオットーの前、呆れた様子で眉尻を下げているペトラと目が合った。

彼女はオットーの前にやってくると、「どうぞ」と白いハンカチを差し出して、

「鼻血、いっぱい出てますよ。ちょっと怖いです」

「鼻……ぁ、気付きませんでした」

「みたいですね。……座ってください。立ってなくてもいいんでしょ?」

差し出されたハンカチを眺め、ボーっとしてしまうオットー。そのオットーの手をもどかしく引いて、ペトラがこちらを草原の上に座らせる。

そして彼女はされるがままのオットーの顔にハンカチを当て、血を拭った。

「加護、たくさん使うとそうなっちゃうんですか?」

「……ですね。聞く数と、距離を広げるとこんな調子で。あんまりやりたい手段じゃないんですが、非常時なので」

「ガーフさんに負けないぞーって?」

「――――」

「やっぱり。オットーさんって、たまにすごいバカ」

じと目でペトラに睨まれ、オットーは「参ったな」と頭を掻いた。

微妙に言いたいことと違ってはいるが、ペトラの指摘は広い意味で正解だ。賢い彼女のことなら、オットーの本心をわかっていて言い換えたのかもしれない。

陣営でも一番の成長株であるペトラは、日に日に鋭く、たくましくなっていく。

「オットーさんがいっぱい鼻血出しても、ガーフさんとおんなじになれないと思う」

「さすがに、流す血の量を比べ合うわけじゃありませんよ。ガーフィールと違って、僕はもっとあっさり失血死しますから。ただ、身を切る覚悟はすべきです」

「オットーさんが、みんなにいけって言ったから?」

「ペトラちゃんには敵いませんね」

ぎゅっと鼻を押され、溜まった鼻血を絞られながらオットーは苦笑した。

起きた出来事だけ考えれば、この戦いへ参加する方針を決めたのも、やってのけることを宣言したのもエミリアで、ペトラの指摘は的外れと言っていい。

しかし、現実はペトラの言う通り、あれはオットーが言わせたのだ。

――否、正確には、オットーが言ってほしかった言葉だった。

「実際、僕も無意味に自分を痛めつけてるわけじゃありません。こう言ってはなんですが、僕の加護は戦争でとても便利です。使わない手はありませんよ」

「――――」

「状況が状況なので、協力してくれる相手を探すのは難しいですが、情報を得るだけでも価値がある。今、ミディアムさんに伝言を頼みました。アベルさんが有効活用すれば、より有利に戦況を……ペトラちゃん?」

「はぁ~」

自分の行動の利便性を説いて、せめてもの取り繕いをしようと試みるオットーだったが、それに対するペトラの反応は冷ややかかつ、より強さを増した呆れだった。

やれやれと、ペトラは自分の明るい茶髪に手をやり、オットーを丸い瞳で見つめると、

「わたし、オットーさんが思ってるほど、頭の悪い子じゃないと思います」

「いえ、あの、はい。僕はペトラちゃんのこと、とても頭の回転が速い子だと」

「それで、オットーさんは自分が思ってるより、頭がよくないと思います」

「それは……答えづらいですね」

自分が頭脳派で、誰も及ばない知略の持ち主だと自惚れるわけではない。

ここまでオットーがやってこられたのは、経験則と小技の多さ、それと危機管理能力に優れていたからというのが自己評価だ。

頭の良さを比べ始めると、あらゆることを見通す謀略家たちには遠く及ばない。

しかし、そんなオットーの考えはこの場においては的外れなようで。

「今、わたしが話してる頭のよさは、そういうことじゃないです。オットーさん、わたしはオットーさんが思ってるほど、使えない子じゃないつもりです」

「――。それは」

「ちゃんと役に立つと思います。例えば……」

そう言って、困惑するオットーの手を、ペトラがぎゅっと握りしめた。そして、その彼女の小さな手が白く発光し、それがオットーの方へと浸透してくる。

途端、オットーの頭に鳴り響いた耳鳴りが、わずかに和らいだ。

「これは……陽魔法?」

「旦那様から教わってる、魔法の一部です。まだ、初歩も初歩ですけど」

「――――」

「オットーさん、わたしも今が無茶のしどころなのはわかってます。でも、苦しい思いをした分だけ、偉いわけじゃないです」

先の、身を切る覚悟を己に強いたオットーは、ペトラの言葉に息を詰める。

そんなオットーの様子に、ペトラは小さくため息をついて、

「こんなの、いつもオットーさんが言いそうなことなのに。みんなには言わないであげますけど、オットーさん、ずっと焦ってるでしょ」

「う」

「ずっと怒ってるの。気持ちはわかるけど、声と態度がトゲトゲしすぎ」

そう言われ、オットーはぐうの音も出ないで項垂れた。

ペトラの言う通り、普段のオットーならしそうもない判断違い、心得違いのドツボに嵌まっていた気がする。

ペトラの小さな手を通して、彼女の言いたいことが伝わってくる気がした。

「鼻血を流すのが偉いんじゃなく、やることやるのが偉い」

「です。オットーさん、どうしますか?」

嘆息したオットーの手を握ったまま、ペトラがその手を持ち上げて、

「わたしがいたら、もうちょっと効率よく頑張れます。それなのに、子どもは見ちゃダメってわたしのこと、後ろに下がらせますか?」

「言い方が悪い!」

「下がらせますか?」

にっこりと微笑んだまま、ペトラがオットーに圧をかけてくる。その圧力に屈する。それも快く屈して、オットーは長く息を吐いた。

「――――」

今なお、チャンネルを開けば飛び込んでくる無数の『声』。押し流されてしまいそうな猛烈な勢いの中、しかし、ペトラの手は流されかけるオットーを繋ぎ止める。

もう少し、遠くに、多くに、耳を傾けてもよさそうだと、そう思わせるように。

「あとで、フレデリカさんには一緒に怒られてもらいますよ」

「はいっ。オットーさんが一人で鼻血出してるより、一緒に鼻血出そうって言ってもらえた方が嬉しいです。鼻血は嫌ですけどっ」

そう晴れやかに笑い、オットーを手伝うと決めたペトラの姿に目をつむる。

ぎゅっと握りしめた手、それがほんのわずかに震えているのを、この賢い少女が気付いていないはずがない。

初めて見る戦争、大事な人が巻き込まれている戦場、送り出した仲間たちの安否も危ぶまれる中で、自分も何かしたいと願うのはペトラも同じなのだ。

その意を汲もう。――使える手札は使えるときに使う。商人らしく。

「ペトラちゃん、手を貸してください。――この戦場のチャンネルは、僕が支配します」

「わたしたちが、支配しますっ」

勢いのあるペトラの返事、それにオットーは苦笑し、「じゃあ、それで」と答え、再び地獄の揺り篭へと飛び込むためにチャンネルを開く。

――懐かしき故郷へ帰るオットーは、しかしかつてほど孤独ではありえなかった。