軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七章78 『一触即発の再会』

息を弾ませ、腕に抱いた少女の頭を揺らさないようにしながら飛ぶように走る。

都市の南側に馬車の列が到着し、魔都カオスフレームから大勢がやってきたと耳に入った瞬間、エミリアは待ち望んだ再会のために銀髪を躍らせた。

「もうすぐ、スバルに会えるからね、ベアトリス……!」

抱き上げた腕の中、瞼を閉じて眠りについている少女――ベアトリス。

消耗を抑えるために長く眠り続けている彼女を目覚めさせるには、契約関係にあるスバルと接触し、彼からマナの供給を受けることが絶対条件だ。

スバル側も、ベアトリスにマナを引き取ってもらわないと大変なことになる体なので、まさしく二人は運命共同体というべき関係だった。

普段は仲良く手を繋いでいて微笑ましく見えるその関係が、スバルが帝国に飛ばされて離れ離れになってしまった状況ではとても大変なことになってしまう。

一刻も早く、スバルとベアトリスにべたべたしてもらわなくては。

それに――、

「――スバル」

エミリア自身も、一秒でも早くスバルの無事なところを確かめたかった。

こんな風に落ち着かない気持ちになったのは、パックが一方的に契約を反故にして、勝手に行方をくらましてしまったとき以来――違う、それ以上だった。

パックは一人でも大丈夫かもしれないけれど、スバルはそうじゃないのだ。

スバルをわかってあげられる誰かが、ちゃんとスバルの傍にいてあげないと。

「うう~、ごめんなさい!」

ぎゅっとつむった目を開いて、エミリアが正面の都市庁舎に近道を仕掛ける。

本当はちゃんと入口から入って、階段を上がって一番上までいくべきなのに、それがもどかしくて氷の足場を作った。ぐぐぐっと地面から伸び上がる氷柱の上に乗っかって、ベアトリスを抱いたエミリアの体が建物の上まで一気に上がる。

見張りの衛兵や街のみんなを驚かせてしまうけれど、我慢できなかった。

これでやっと――、

「スバル!」

「ム、エミリーカ」

氷柱が最上階の高さになると、エミリアはそこから建物に飛び移った。

着地して顔を上げると、都市庁舎にはすでに結構な人数が集まっており、みんながエミリアの勢いに驚いているようだった。

そんな中、泰然とエミリアの登場を受け止めたのは、目力の印象が強い義足の女性――シュドラクの民をまとめているミゼルダだ。

彼女は木製の義足の先で床を突くと、エミリアの背後の氷柱を眺めて、

「ずいぶんと便利に魔法を使うナ。私たちとは根っこから違ウ」

「ん、すごーく急いでたから……あ、驚かせちゃってごめんなさい! ええっと、すぐに消しちゃうから。えい!」

感心するミゼルダの反応に、エミリアは慌てて氷柱をマナへと分解した。

王国だと魔法であれこれするのはわりと一般的なのだが、帝国だと魔法使いはあまり数が多くないらしい。戦いたがる人が多いと聞く帝国なのに、不思議な感覚だが。

「大抵の場合、魔法など使われる前に殴ってしまえば話は終わル」

「それは私もわかるかも。遠くじゃなくて、近くにいる場合だけだけど」

「遠い場所にいるなラ、私の弓の出番ダ。もっとモ、弓の腕前なら私よりもタリッタの方が達者だガ」

そう唇を綻ばせるミゼルダに、エミリアも「そうなのね」と微笑み返す。

何度か聞いた『タリッタ』という名前は、ミゼルダの妹の名前だったはずだ。ミゼルダの自慢の妹であるらしいタリッタ、彼女はグァラルを離れ、南東にある魔都へ向かった一行と一緒だったと――、

「――! そう、そうだった。南にいってた人たちが帰ってきたのよね?」

一瞬、頭が別のところに気を取られてしまったが、そもそもエミリアが魔法を使ってまで大急ぎで駆け付けた理由はそこにあった。

ベアトリスを胸に抱え直しながら、エミリアはぐるりと最上階の広間を見渡す。

ちらほらと見知らぬ旅装の顔ぶれがいるのは、馬車旅をしながら城郭都市に辿り着いた人たちがやってきたことの証拠だろう。

その中に――、

「スバル! いる!? みんなで迎えにきたのよ! オットーくんと、ペトラちゃ……ペトラお嬢様も、すぐにきてくれるから!」

きょろきょろと、大勢の中に待ち遠しい黒髪の少年の姿を探す。

泊まっていた民家で馬車が到着した話を聞いたとき、エミリアは逸る気持ちでベアトリスを抱き上げ、ペトラやオットーに先んじて都市庁舎に急いだ。

二人も、大急ぎでスバルに会いに都市庁舎に走っているだろう。

その二人と同じ気持ちで、なのに息せき切って駆け付けた自分をエミリアはズルいとわかっていた。それでも、スバルと早く会いたかった。

ベアトリスのこともそうだけれど、エミリア自身がスバルと――、

「――っ、スバル!」

ふと、自分の肩を後ろから叩かれ、エミリアは弾かれたように振り返った。

そのあまりの勢いに、肩を叩いた相手が驚いて目を丸くしてしまうぐらい。でも、そこで目を丸くしていたのは、探し求めたスバルではなくて。

「エミリー……」

「フレデリカ……先についてたのね。ええと、あの」

なんだかバツが悪くて、エミリアはどんな顔をしていいかわからない。

もちろん、フレデリカだってスバルを心配していたのだから、先に都市庁舎にいたって不思議じゃないのに。

「その、スバルと話せた? ほら、ベアトリスと会わせてあげたいの。私も、スバルとお話したいんだけど、先にベアトリスを……」

「――。伝えなくてはいけないことがありますわ」

「え?」

あせあせと、まるで言い訳みたいな言い方をしてしまうエミリアの前で、フレデリカがその綺麗な翠色の瞳の眦を下げ、沈んだ声でそう話す。

どうして、フレデリカがそんな態度をするのかわからない。

「あ、ガーフィール……」

見れば、先に都市庁舎にいたのはフレデリカだけでなく、ガーフィールもだ。遅れてやってくるペトラたちを合わせたら、グァラルへきたエミリアたちは全員揃う。

その全員で、離れ離れになってしまったスバルを迎えてあげられる。

そう、エミリアが期待していたのに――、

「残念ですけれど、スバル様は魔都カオスフレームで再び行方不明に。……戻られた馬車の中に、スバル様のお姿はございませんでしたの」

と、フレデリカが伝えるのも辛そうに、悲しい報告をしたのだった。

△▼△▼△▼△

「あんちゃんとレムちゃんが連れてかれちゃったって、どういうこと~!?」

くりくりと大きな目を丸く見開いて、その少女はパタパタと足踏みしながら叫んだ。

長い金色の髪を編んだり結んだり、色んな結び目にしている不思議な髪形の少女だ。十二、三歳に見える少女は困惑いっぱいの顔で、周囲の大人を見渡している。

場所は城郭都市グァラルの都市庁舎、最上層の大広間に集められたのは、この都市の、あるいはこの帝国の動乱において様々な役割を持たされたものたちだ。

そんな動乱の中に、どうしてか自分たちが巻き込まれている事実にオットー・スーウェンは頭を抱えたい気持ちになる。

もっとも、剣に貫かれた狼なんてものが描かれた国旗を掲げるものたちの前だ。そんな弱腰な姿を見せるなんて以ての外と、表情は引き締めておいたのだが。

「帰ってきたら街はめちゃくちゃで、壁もなくなってるし大変じゃん! それであんちゃんたちもいないとか、ビックリで目が回っちゃうよ~」

「あー、うー!」

言葉通り、目玉と頭をぐるぐる回しながら少女が地団太を踏む。と、その傍らにいる同い年ぐらいの別の少女、こちらの金髪の少女が同調するように唸り声を上げた。

少女たち二人がかりの訴えに、大人たちは困惑や戸惑いを隠せない顔でいる。

状況的に誰かがまとめにかかる必要があるが、オットーはでしゃばるべきか思案していたのと、奇妙な引っかかりに支配されてなかなか動けなかった。

「……あの、唸ってる方の子、どこかで」

率先して声を上げる少女の傍ら、意味ある言葉を発さない方の少女に、オットーはどういうわけか見覚えがある気がしてならない。

基本、言葉を交わした相手のことは忘れないつもりでいるオットーだが、ものすごい深酒したときなんかの記憶は曖昧だ。エミリア陣営で働くようになってからは記憶をなくすほどの泥酔は極力避けているが、その酩酊気分で出くわした子だろうか。

「ねえ、あんちゃんたち元気かな? 誰か知ってる人……」

「――その前に一つ、確かめさせてもらっていいだろうか、お嬢さん」

「うん? なになに、ズィクルちん」

考え込むオットーを余所に、少女に声をかけたのは都市の代表のズィクルだ。

すでにオットーも何度も言葉を交わした人物で、信用できる相手とみなしている。少なくとも、帝国で話が通じる人材というだけで得難い人だ。

そんなズィクルが太い眉を寄せ、少女をじっと上から下まで眺めると、

「私の認識に間違いがなければ、お嬢さんはミディアム嬢に相違ありませんか?」

「え? そうだよ、どうしたの? そんなの見たらわかるじゃん」

「うー!」

腰に手を当てて、ぐいっと胸を張る少女――ミディアムと呼ばれ、頷いた彼女の隣で、思い出せない方の少女も同じ姿勢を取る。

その言葉にズィクルは困り顔で、ミディアムの隣にいる人物に目を向けた。

そして――、

「――アベル殿、これは」

「オルバルト・ダンクルケンの術技によるものだ。返答が的を外したものであったのは元々の素養が理由で、この姿になったことが理由ではない」

「左様ですか。オルバルト一将の。……よくぞご無事で」

「これを無事と、そう言うのであればだがな」

説明を聞かされ、腑に落ちた顔でズィクルが自分の顎にそっと手を当てる。ズィクルにそうさせた人物は平然と腕を組み、ちらとミディアムに視線を向けると、

「居残ったものたちが困惑しているぞ。貴様が縮んだことに驚愕して、だ」

「あたし? ……あ! そっか! ごめんごめん、みんな! すっかり縮んだのに慣れちゃってたけど、あたしちっちゃくなっちゃったの! スバルちんとかと一緒に!」

小さな体で手を上げて、ミディアムが自分の状況を説明する。それを聞いてもオットーは全くピンとこないが、元々の帝国組はどことなく納得した雰囲気だ。

困惑しているこちらの知識不足は否めないが、それよりもオットーたちが聞き逃せない内容が今の発言にはあった。

「――スバル」

「うあう……」

と、か細い声の呟きが同時に、おそらく同じ意味を伴うものとして発される。

それまでの唸り声と明らかに差別化された響きを音に込めたのは、ミディアムの隣で沈んだ顔をした少女。そして、そんな少女と同じ意味合いの音を発したのは、

「あなたも、スバルのことを心配してくれてるの?」

そう、少女の様子に眉尻を下げたエミリアだった。

その腕に眠るベアトリスを抱いているエミリアは、魔都から戻った一団の中にスバルがいなかったと聞いて、特に落ち込んでいたうちの一人だ。

彼女やペトラと比べたら、オットーの落胆なんてそう呼ぶのもおこがましい。そうすんなり再会とはいかないかもしれないと、そんな予感があったわけではないが。

ともあれ――、

「うー、あーう」

「ううん、あなたが悪いんじゃないと思うの。スバルがいなくてすごーくガッカリしちゃったけど、でも、くよくよしてる場合じゃない。スバルの方が大変なんだから」

「うー……」

「心配してくれるの? ありがとう。あなたも、大変だったのよね」

落ち込んだ様子の少女と、エミリアがそうして意思疎通している。

少女の口からこぼれるのは明瞭な意味を持たない言葉だが、エミリアはまるでその意味が通じているように、しっかり目を見て言葉を交わしていた。

それ自体は、落ち込んだエミリアの決意を物語っていて、オットー的にも安堵を禁じ得ないやり取りだ。しかし――、

「――よもや、ナツキ・スバルの連れがはるばる訪れるとはな」

それはどこか、冷たく渇いた風のように大広間を吹き抜けていく声だった。

じっと、エミリアの視線が持ち上がり、その声を発した人物――先ほど、ズィクルやミディアムと言葉を交わした、その顔に鬼の面を被った男へ向かう。

顔を鬼面で覆った黒髪の男、その眼光にエミリアは紫紺の瞳を細め、

「あなたも、スバルのお友達?」

「俺に友人などいない。あれも俺をそうとは思っていまいよ。目的の途上、手を結んでいるだけの間柄だ」

「じゃあ、仲間の人ね。アベルって呼ばれてたけど、もしかして、ズィクルさんが前に話してくれてた人?」

硬く尖った男の返答だが、エミリアは動じないでズィクルの方に話を振る。その問いかけにズィクルは「ええ」と顎を引いた。

「こちらの方が、我々を率いる立場にある御方、アベル殿です。私はあくまでこの方の指示で、都市をお預かりしていたにすぎません」

「そう述べるには、ずいぶんと損耗させたものだな」

「……それは面目次第もございません」

渋面を作り、ズィクルが都市の受けた被害のことで男――アベルに深々と頭を下げる。

苦々しいズィクルの顔に浮かぶのは、理不尽な叱責への不満ではなく、自分の力不足を悔いる自責の念の色だった。

実際の現場に居合わせたオットーとしては、あの状況から都市を全滅させずに済んだのはズィクルを始め、都市の全員が最善を尽くした結果と思うが――、

「アベルちん、そんな意地悪なこと言わないの! みんな頑張ったんだよ!」

「だが、貴様も兄を連れ去られ、憤っていたと思ったが?」

「あんちゃんも頑張って連れてかれたの! あんちゃんが連れてかれなかったらきっと大変だったよ! さすがあんちゃん! 連れてかれてもかっけえや!」

そのアベルの発言に、勢いよく食って掛かったのはミディアムだった。

話の流れからして、彼女の兄というのは、レムと一緒に連れ去られたという行商人の男性だろう。柔和で親しみの求める色男だったと、ミゼルダから聞かされていた。

他のクーナやホーリィの話によれば、事実としてその男性とレムの二人が連れ去られたことが、敵の『九神将』が飛竜を引かせた決定打となったらしい。

つまり、ミディアムの兄想いな発言は当たらずとも遠からずということになる。

そんなこちらの事情を、魔都から戻ったばかりのアベルが知る由もないが――、

「ズィクル」

「は」

「先の言葉は聞き捨てよ。元より、マデリン・エッシャルトと飛竜の群れを相手にしたのだ。都市の放棄も辞さない状況下、貴様の働きは評価に値する」

「――っ、光栄です」

澱みなく続けられた言葉は、ミディアムの説得に胸を打たれた結果、ではあるまい。

元々、ズィクル相手にかけるべく用意されていた言葉だ。最初から、グァラルの受けた被害の件で彼を責めるつもりなどなかったのだろう。

「……アベルちん、性格悪い!」

「うー!」

「やめよ」

腕を組んで仁王立ちするアベルを、ミディアムと少女が左右から責める。二人にまとわりつかれ、袖を引かれたり腰をつつかれながらアベルは短く叱責した。

おおよそ、それであちらの関係性は見えた気がするが――、

「――それで? いったい、いつになったら話は進みんす?」

その間、静かに推移を見守っていた女性が、いよいよその唇を動かした。

それはひどく場違いなほどの存在感と、過剰に華やいだ風格を纏った狐耳の美女――ある意味、常識外れた美貌を持ったエミリアや、その奇抜な鬼の面が目を引くアベルらと同じように、ただいるだけで意識せざるを得ない人物。

はっきりと明言されなくてもわかる。

この存在感を有する彼女こそが、アベルやミディアムが城郭都市を発ち、魔都カオスフレームへ向かった理由であると。

「ヨルナ・ミシグレ一将」

ぽつりと、そう口にしたのは誰だったのか。

おそらくは居並んだ顔ぶれの誰か、口をついてその名前を呼んだのだろう。だが、誰も訂正の声を上げないのだから、それが正しいのは自明の理。

――ヨルナ・ミシグレ。

それが魔都カオスフレームの支配者であり、帝国最強の武官である『九神将』の一員。そして、この動乱の勝敗を握る絶対条件の一人。

彼女を味方に付けることが、この広い帝国の在り方を揺るがす大きな核となる。

スバルが行方知れずになった旅路も、元を辿れば彼女を勧誘するのが目的だった。

「ヨルナ一将、まずはご足労に感謝いたします。私はズィクル・オスマン、ヴォラキア帝国にて二将の立場に与る身でございます」

「道中、名前は聞いているでありんす。実物を見れば、ミディアムやタリッタの言うように見所のある殿方のようでありんしょう」

「ミディアム嬢とタリッタ嬢が」

厳かに話し始めたズィクルが、ヨルナの返答に目を瞬かせる。

そんな場合ではないだろうに、彼の視線がミディアムと、もう一人長身の女性へと向けられた。男装めいた褐色肌の女性、彼女が話題のタリッタだろう。

その二人がズィクルの視線に、笑顔と頷きで応える。その紳士的な立ち振る舞いから『女好き』と呼ばれるズィクルだけに、こそばゆくも嬉しかったのかもしれない。

彼は「こほん」と自らの気持ちを引き締め直すように咳払いを入れると、

「それで、ヨルナ一将もアベル殿と共に戦ってくださると?」

「そう思ってもらって構いんせん。わっちにはわっちの思惑がありんすが、それがこちらの……アベルと利害は一致しておりんす」

「話は取り付けた。ヨルナ・ミシグレとの協定に問題はない」

豪奢なキモノを纏い、その手に金色の煙管を持ったヨルナ。前評判からは不安要素がかなり大きく感じられた女性だが、その態度は落ち着き払ったものだ。

オットーたちの耳にも、カオスフレームが大きな被害を受けたことは届いている。

だからこそ、このグァラルへ辿り着いた馬車も大量の列をなし、大勢を一挙に受け入れなくてはならない状況となったのだ。

そして、その魔都が受けた大被害の最中に――、

「――スバルが、どこかに飛ばされちゃった」

「――――」

そう、話に割って入ったのは銀鈴の声音、エミリアだ。

別の角度から話に入られ、鬼面越しのアベルの視線がエミリアへ向く。明らかに歓迎していない眼差しだが、エミリアは身じろぎもしない。

その腕にベアトリスを抱いているのもあるし、彼女の傍らにそっと立っているペトラやフレデリカ、それに厳しい表情のガーフィールの存在もある。オットーも、そこに多少は貢献しているだろうか。

確かに、エミリアの発言は彼らにとっては雑音かもしれない。

しかし、こちらにはこちらの事情がある。わざわざ国境を跨いでまで駆け付けたこちらを蔑ろに、話を進められては困るというものだ。

「もう一回、ちゃんと最初からやり直しましょう。――私はエミリーで、あなたはアベルでいいのよね? スバルのお友達……じゃなくて、仲間の」

「――。そうだ」

「スバルはあなたと一緒の別の街に……その、ヨルナさんのところにいったのよね。そこで大変なことが起こってはぐれちゃった。で、合ってる?」

「合っておりんす。大変なこと、というのはいささか言葉が足りんでありんすが」

形のいい眉を寄せ、起こった出来事を確かめるエミリアにアベルとヨルナが頷く。二人の反応、特にヨルナの言葉を受け、エミリアは「そうよね」と素直に受け止めた。

当事者からすれば、外野の上っ面な言葉は気分を害するものだろう。エミリアも、自分の言葉がそれに該当したのだと、気を付けて言葉を選びながら、

「はぐれたあと、スバルがどこに飛ばされちゃったのかはわからない。探しても見つからなかったし、家のない人もたくさんいる。だから、こうしてこの街に戻ってきて、ここで話し合いをしてる……それでいい?」

「訂正すべきことはない。とはいえ、あれだけの惨事だ。規模を考えれば、行方知れずとなったあれが無事とは考えにくいが――」

「――スバルは大丈夫。それは絶対」

アベルの言葉を遮り、エミリアがそれほど大きくない声で、しかし力強く言い切った。

その声に込められた確信めいた信頼に、鬼面越しの黒瞳が細められる。思案の色が過るアベルの瞳は、エミリアの返答の根拠を求めていた。

案の定、アベルは一拍おいて「何故言い切れる」とエミリアに問い質した。

「魔都で起こった出来事の詳細を貴様らは知るまい。あの状況下、一手誤れば命を損なう現場で行方をくらまし、あれが生き残るなどと何故言える。――あれが、あの状況で生き残る確信が、貴様らにはあると?」

「――――」

あくまで、オットーたちの耳に入っているのはカオスフレーム壊滅の報せと、それが途轍もない厄災によって引き起こされたという噂に過ぎない。

アベルの言葉の真偽は不明で、彼が事実をどれだけ脚色したかは測りかねる。ただ、無意味なハッタリではないだろうと、それはオットーにも確信できた。

同時に、彼の口ぶりにはささやかな引っかかりを覚える。

アベルの物言いは冷淡だが、こちらを探ろうとする思惑が感じ取れた。――否、正しくはこちらをというより、オットーたちを通してスバルを、か。

彼は、スバルが何かを隠し持っていると思っているらしい。もしそれが王国でのスバルの立場云々であるなら、迂闊に情報は引き渡せないが。

「エミリー、ここは……」

「確信は、スバルを信じてること。スバルはちゃんと、私たちが迎えにいくまで頑張ってくれてるって信じてる。もし、そこがどんなに大変なところでも」

誘導尋問を恐れ、話を制そうとしたオットーに先んじてエミリアが答える。ただ、それは精神論からくる信頼であって、具体的な根拠とは言えない発言。

オットーの恐れたものではないし、アベルの求めたものでもない。なので当然、アベルは失望したように目線を落とし、

「説得力を伴わぬ希望的観測の類か。それが根拠とは失望させる」

「そう? 信じてるって、私はすごーくいいことだし大事なことだと思うけど。信じられたら安心できるし、信じてもらえてたら力が出る。あなたは違うの?」

「所詮、心持ちは心持ちだ。そこから先の決定打には到底なり得ん」

首を横に振り、片目をつむったアベルの答えにエミリアの瞳が揺れる。

口を挟む機を逃したが、オットーはそれだけで二人が水と油だと理解した。言ってしまえば、心の価値を信じるエミリアと信じないアベルの違いだ。

この溝は人生観の違いである可能性が高く、容易く埋まるとも思えない。

故に――、

「――ナツキ・スバルの生死に関して、確証は誰にも断言できまいよ。たとえあれが、常に死の可能性を紙一重で避け続けてきたとて、此度も同じとは限らん」

その断言が、この会話におけるアベルの結論であるらしかった。

そして、それを聞いたエミリアが唇をきゅっと結び、

「あなた、もしかしてスバルのこと――」

すっとアベルを見据え、何かを口にしようとした。

しかし、その言葉の先が続けられるよりも、一人の少女が身じろぎするのが早かった。それは、エミリアの腕の中で目を閉じていた少女で。

「……スバルが生きてることの確証なら、ちゃんとベティーが持っているのよ」

「ベアトリス!」

「様!」

抱いた胸の内、特徴的な紋様の浮かんだ瞳を開いた少女、ベアトリス。とっさに目を見開いたエミリアが彼女を呼んで、そこにフレデリカが慌てて敬称を追加。

それで誤魔化し切れるかはともかく、ベアトリスの言葉はアベルや、事情を知らない他の面々の気を引く一定の効果があった。

「ナツキ・スバルの生死の確証を持つとは、何故だ?」

「簡単な話かしら。ベティーとスバルが、魂で繋がっているからなのよ」

「――。ああ、そういうことでありんすか。この童とあの童、子らが深いところで通じているなら、その理屈はわかりんす」

「ええ、二人は契約関係なの。だから……」

「衰弱し切ったその娘の様子か。合点がいくな」

はっきりとした説明はないにも拘らず、アベルとヨルナがその事情を把握する。

ベアトリスが精霊である事実の露呈は、帝国に偽証した身分で入っているオットーたちにとって都合が悪いが、少なくとも件の二人には気付かれていそうだ。

もっとも、帝都の皇帝に逆らう目的でいるアベルたちが、帝国の決め事に反したという理由で自分たちをどうこうするとは考えにくいが。

「納得いただけたならおわかりでしょう。僕たちにはナツキさんの安否や居場所はともかく、その生死に関しては掴む手段があります。ベアトリス様がそう仰る以上、ナツキさんがどこかで……飛ばされた先で生きているのは確かかと」

「――。そうでありんすか。なら、タンザも少しは浮かばれるでありんしょう」

補足したオットーの言葉に、ヨルナがほんのりと眉尻を下げて俯いた。

囁くような声量で紡がれた単語は、おそらく人の名前だと思われる。その言いようから命を落とした誰か。――それも、魔都の崩壊と無関係ではなさそうだ。

深く掘り下げるには、それこそヨルナに踏み込む覚悟がいるだろうが。

「あの、ちょっと話を戻してもいいですか?」

「ペトラちゃん」

「様!」

ふと、一瞬の沈黙を見逃さず、挙手して発言権を求めたペトラ。エミリアがまた迂闊に彼女を呼び捨てたので、すぐさまフレデリカの援護が入る。

それを横目に、ペトラは見知らぬ大人たちの注目を集めながら堂々と、

「さっき、そのミディアムちゃんが言ってましたけど、ちっちゃくされちゃったって。それって本当なんですか?」

「あ、うん、本当だよ! あたし、元々はすっごい背が高かったんだから! そこの金髪の男の子と……ううん、女の人とおんなじぐらい!」

「なァんで一回、俺様ァ外されッてんだよォ」

「わかるでしょうに。とはいえ、わたくしも背丈のことで言われるのはあまり嬉しくはありませんけれど」

ミディアムに順番に指を差され、ガーフィールとフレデリカが各々の反応。

ただ、ミディアムの話が嘘ではないのは、誰も反論しないことから事実だろう。信じ難いことだが、人の体が縮められるなんて不思議なことが起こったらしい。

しかもそれが――、

「スバルも、ちっちゃくされちゃったんですか?」

真剣に、わずかに硬い声でペトラが尋ねる。

それこそが、オットーたちにとっても聞き逃せない大問題だ。帝国に飛ばされたスバルと合流困難なだけでも大変なのに、体が縮むなんて事態は想定していない。

聞き間違いであれ、と祈るような心地のオットーは、しかし自分の祈りが全面的に受け入れられたことはなかったし、これからもないだろうと確信する。

オットーの気持ちも知らず、ミディアムが「そだよ~」と軽々しく頷いたから。

「スバルちんもあたしとおんなじ! もうちょっと小さいかも? とにかく、ちっちゃくされちゃったの! でも、ヨルナちゃんと一緒におっかないお爺ちゃんもこらしめたって聞いたから、スバルちんすごいね!」

「ええ、スバルはすごいの!」

「うん、ミディアムちゃんの言う通り」

「当然かしら。それがベティーのパートナーなのよ」

内容自体は歓迎しづらいが、ミディアムの躊躇ない称賛は耳に心地いい。実際、スバルを褒められて、エミリアとペトラ、ベアトリスは上機嫌。

ガーフィールとフレデリカも、オットーも悪い気はしない。しないが、その称賛に歓迎できない情報が付随していると、オットーはそちらの方が気掛かりだ。

「ナツキさんも縮んでる……察するに、子どもになってる? 女装だけに飽き足らず、今度は子ども化……幼児化? 落ち着きのない人だな……」

「さすがに、相手のあることでスバル様を責めるのは気の毒と思いますけれど……でも、心配ですわね。クリンドとはとても会わせられませんわ」

「それはそれで、もっと別の心配があると思いますが……」

どんな方法でそんな現象が引き起こされたのか。

あまりにも現実離れした事象だけに、元に戻れるのかも、戻した場合の後遺症の有無なども不安がらなくてはならない。最悪、今後のスバルは小さいまま、エミリアの騎士としてルグニカ王国へ凱旋する可能性すらあるのだ。

「まぁ、実力的にはあまり変わらないからともかく」

スバルが聞いたらさすがに憤慨するだろうが、彼の身柄が確保できるのなら呑み込むことも許容できる範囲の被害と言える。

そこからちゃんと成長できるなら、ハーフエルフのエミリアとの関係においてもあまり問題はないだろう。彼女は大きくなるまで待てるだろうから。

「……いけないな。僕も少し冷静じゃないかもしれません」

憂慮すべきことの優先順位が乱れている気がする。

ひとまず、スバルと合流できなかったのは痛手だが、ベアトリスのおかげでその生死に関してだけは確証が得られている。

あとは彼を捜索するため、ズィクルたちと――否、代表がアベルであるなら、彼らと協調路線を続けていくかどうか決めるべきだが。

「――ベアトリス様? 呆けたッ面して、どォした?」

「――?」

顎に手をやり、選択肢を検討しようとしたところで、オットーはガーフィールの発した言葉に何げなく意識を向けた。

ガーフィールの視線は、エミリアの腕の中のベアトリスに向いていた。目を覚ましたものの、消耗を避けたい彼女はエミリアに抱き上げられたままでいるが、さっきのスバルを褒められたことの上機嫌も束の間、その目を丸く見開いている。

揺れる彼女の瞳が見ているのは、件のミディアム――ではない。

彼女の傍らで、まるで姉妹のように仲睦まじく寄り添っているもう一人の少女だった。まだ名前も聞いていない彼女を、ベアトリスは凝然と見つめ、

「……なんで、ここにお前がいるかしら」

「う?」

「答えるのよ! いや、余計なことはするんじゃないかしら!」

震える声で問い質した直後、血相を変えたベアトリスが声を高くする。

その響きに、首を傾げた少女がぴょんと跳ねて仰天し、当然ながらオットーたちもベアトリスの反応に驚かされる。

「べ、ベアトリス……様、どうしたの? 急にあの子に怒鳴って……」

「怒鳴って当然なのよ! オットー! お前は気付かなかったのかしら!?」

「僕が? 何に……ぁ」

叱責の矛先を向けられ、困惑しかけたオットーの頭の奥で何かが主張する。

それは最初、あの少女を目にしたときから存在を訴えていて引っかかりで、はっきりした形にならなかったそれが、ベアトリスの態度で徐々に明瞭になり出した。

そう、あの少女にオットーは見覚えがあるのだ。そしてそれは、今回がほとんど初めての来訪になる帝国で、あるはずがない既視感であって――。

「まさか、彼女は」

驚くべき可能性が頭に浮上し、オットーも凝然と少女を見た。

浮かんだ可能性は、オットーの掠れて曖昧な記憶の隅に置かれているような代物。あのときオットーは足を抉られ、痛みと出血で意識が朦朧としていた。

だから、それをしでかした相手のことをはっきりと見ていなかったが――、

「ベアトリス、オットーくん、なんなの? 二人とも、あの子を見て……」

オットーたちの反応に戸惑い、ベアトリスを呼び捨てにするエミリアを他の誰も補足できない。そして、それは不要となった。

それ以上、困惑を困惑のままに留めておく必要はなくなったからだ。

「――『暴食』なのよ」

「え……」

静かに、硬い声音でベアトリスが発言し、そのことにエミリアが目を見張る。

だが、固まったのはエミリアだけでなく、その声が届いた全員であり、そしてベアトリスの声はこの瞬間、この場の全員の注目を集めていた。

故に、あの少女の素性について、全員が耳にすることとなった。

「あの娘は、『暴食』の大罪司教……ルイ・アルネブと名乗った娘かしら」

△▼△▼△▼△

――ベアトリスの一言が発された瞬間、一触即発の空気が場を支配した。

「冗談じゃァねェぞ。大罪司教たァ、なァに考えてッやがる」

ベアトリスの言葉が響き渡ると、当然ながら驚愕と戦慄、困惑が広がる。

幼い少女が言ったことだ。それを頭からすぐに受け入れるなんて、まともな判断力のある大人ならしない。だが、オットーたちはそうではない。

少女――ルイの姿におぼろげな見覚えのあったオットーはもちろん、ベアトリスが嘘を言わないと信じられる陣営の仲間は、すぐそれが事実と受け止めた。

故に、ガーフィールは拳の骨を鳴らし、牙を見せながら前に進み出たのだ。

そのまま、ガーフィールはその翠の瞳の瞳孔を細め、ルイを睨みつける。

「しッかも、よりによって『暴食』だァ? そいつァ、俺様たちがぶっちめてェ野郎の上位独占ッしてる奴の一人じゃァねェか。これが帝国流か!?」

「ま、待って! 違うの! ルイちゃんは、悪い子じゃないの!」

そのガーフィールの視線を遮り、ルイを庇うようにミディアムが両手を広げる。

背後の少女を守る意思は立派だが、彼女がガーフィールの怒りを止められるとはとても思えない。そもそも――、

「悪い子じゃないと言いますが、本気ですか? ちなみに僕は彼女にこの両足を痛々しく抉られています。傷跡も派手に残っていますが、お見せした方が?」

「それは……る、ルイちゃんじゃなくて、別の子かも……」

「生憎と、はっきりそう名乗っていかれましたよ。被害者は僕以外にも……それこそ、数え切れないほどいます。僕たちの身内にも、同盟相手の身内にも」

「で、でも、でもでも……っ」

目を潤ませながら、ミディアムが懸命に反論の言葉を探している。

が、彼女が見た目通りの幼い知恵しかないなら、あるいは縮んだのが外見だけだったとしても、オットーはこの舌戦を封殺するつもりでいる。

第一、大罪司教を擁護することができる人間なんてこの世界にいるはずがない。

大罪司教とは、魔女教徒とは、それほどまでに忌み嫌われるものだ。

だから、その切っ掛けを作った『嫉妬の魔女』と、その外見の特徴が瓜二つのエミリアは、見果てぬ夢を見ていると嘲笑を免れないのだから。

「前の、ルイちゃんはそうだったのかも……でも、今のルイちゃんは違うよ!」

「前と違うだァ? 何を根拠に言ってッやがんだ」

「だって! あんちゃんともスバルちんとも、レムちゃんとも仲良しだったもん! あたしともずっと一緒で……悪さなんて、一個もしてない! してないの!」

「――ナツキさんと?」

必死に言葉を探しながら叫んだミディアム、その苦し紛れの悪足掻きは、しかし聞き流すには大きすぎる異物を耳に放り込んできた。

スバルが、ルイと一緒に行動を。――まさか、ルイが何者かわからなかったわけではないだろう。スバルはルイの正体をちゃんと察せていたはず。

「オットーさん、スバルまで記憶をなくしてたりしないよね?」

「一瞬、不安は過りましたが、ミゼルダさんやズィクルさんから話を聞いた限り、その心配はギリギリないと思います」

不安げなペトラの言葉に、オットーは考察材料から不安を否定する。

この場に『暴食』の大罪司教がいて、そのルイと行動を共にしていたとなると、確かに怖いのは『記憶』をスバルが奪われている状況。

スバルを覚えていることから、『名前』を喰われた恐れはおそらくないが、『記憶』の方は当人の自覚症状の問題だ。

しかし――、

「――この街で聞けたスバルの話は、私たちが知ってるスバルのまま。だから、その心配はいらないわ、ペトラちゃん。……ペトラ様」

「エミリー、ありがとう」

同じ結論に達したエミリアの言葉に、ペトラもようやく安堵の表情を見せる。

が、それはスバルの『記憶』が喰われていないことの根拠であって、この場にいるルイの進退を決める判断材料とは言い難い。

もちろん、スバルがルイをどうともしなかった疑問はあるにはあるが――、

「ナツキさんのことですから、幼い見た目の彼女に手を下せなかったとかそういう話でしょう。――権能の解除条件、それを懸念した可能性もありますか」

「前に話していましたわね。たとえ『暴食』の大罪司教を倒したとしても、それで失われたものが全て戻ってくるかは確証が持てないと」

「厄介ですが、それなら早まった行動をしなかったのも頷けます」

ガーフィールの言った通り、『暴食』の大罪司教の撃破はオットーたちも、そして王選候補者たちも、世界にとっても外し難い悲願だ。

しかし、それは単純な復讐心が理由ではなく、『暴食』の生み出した被害の回復こそが本命の目的である。

ルイの命を奪い、それで権能の被害者たちが元に戻るなら問題はない。

だが、もしも戻らなければどうする。早まった真似をして、被害者を元に戻す方法が永遠に失われればと、スバルはそれを警戒したのかもしれない。

「――オットー兄ィの考えッはわかるぜ。けど、それでもあのチビを自由にしとかなきゃならねェって話じゃァねェだろ」

そのオットーの考えを理解しながらも、ガーフィールは傲然と言い放った。

事実、そうだ。命を奪うことで可能性が消えるのは怖くても、その身柄を拘束することで問題が生じるとは考えにくい。

むしろ、大罪司教を放置しておくことの危険性の方がはるかに大きいはずだ。

故に、こういうときに即断傾向のガーフィールは頼もしい。

じりじりと、危険な大罪司教を押さえ込むためにガーフィールが距離を詰める。そんなガーフィールの接近に、「うー」とルイが小さな体を縮めた。

「アベルちん! 何とか言ってよ!」

そのルイを背後に庇い、ガーフィールと向かい合うミディアムがアベルを呼ぶ。

成り行きに口を挟まずにいたアベルはミディアムの訴えに視線を向け、

「俺が何を言う。それの扱いは貴様の領分であろう」

「でも、あたしじゃうまく説得できないの!」

「貴様の不徳の責を俺に押し付けるな。そもそも、不要だ」

不要、と言われたミディアムの瞳が揺らぐ。

アベルの酷薄な言い方が、彼女にルイを見捨てたと思わせたのかもしれない。が、事実はそうではなかった。

アベルは、自分が手を出す必要はないと言ったのだ。

「おォ、俺様ァ相手が女ッでも手加減ァしねェぞ」

「それは重畳にありんす。そうでなくては、わっちが美しいのが理由で手を抜いたと言い訳をされてしまいんすから」

足を止めたガーフィール、その正面に割って入ったのはゆるりと立つヨルナだ。

元々の長身に加えて履いた厚底もあり、煙管を手にしたヨルナはガーフィールを見下ろす。その視線を真っ向から見返し、ガーフィールも獰猛に牙を剥いた。

ヨルナはルイを庇うと、そうした意思表明だ。

元々、魔都からルイと一緒にグァラルへきた以上、彼女を排除する意思がないのはわかっていたが、それ自体が信じ難い。

「重ねて言いますが、彼女は大罪司教ですよ。まさか、ヴォラキア帝国では魔女教の恐ろしさが知られていないとでも仰いますか?」

「あれら狼藉者の行いも、その在り様のおぞましさも知れたこと。無論、大罪司教なる奴輩の悪質さもだ」

「城塞都市ガークラは、現在も傷が癒え切っていないと聞きます」

魔女教の大罪司教、『強欲』が暴れたことで滅んだとされる帝国の大都市。

その下手人である『強欲』はプリステラで討たれたが、魔女教が暴れる場所を選ばないのは世界中で周知の事実だ。当然、帝国でも。

にも拘らず、ルイを野放しにしておくというのは。

「手懐けられるとでも? それは短慮と言わざるを得ない」

「有用であれば使い道を一考する。貴様らの方こそ、全てが自分たちに味方するというのは勘違いも甚だしいぞ」

「――――」

オットーの追及を躱し、アベルが軽く顎をしゃくる。

彼の言う通り、都市庁舎の最上層に集まっている面々の反応は色々だ。ルイが大罪司教と聞かされ、嫌悪と敵愾心を発するものはもちろんいる。しかし、ミディアムやヨルナのように、ルイの排除に抵抗感を示すものも少なからずいる。

特に――、

「――言っておくガ、スバルとレムの二人と我々は仲間ダ。その二人が連れていたのがルイである以上、ルイの行く末を決める資格は二人にあル」

「ミゼルダ様……」

「無論、族長の意見が違うなら従うガ」

目力の強い視線でこちらを射抜き、ミゼルダもルイを守る側につこうとする。その強い眼差しに、都市庁舎で言葉を交わす機会の多かったフレデリカが息を呑む。

ミゼルダはシュドラクの代表格であり、他のシュドラクも彼女に従う。――否、正しくは彼女らが従うのは、都市に戻った本物の族長だ。

ミゼルダの言葉と視線を向けられ、判断を委ねられる黒い礼装の女性。シュドラクの新たなる族長のタリッタは、「どうすル」と姉に問われ、

「私の意見も姉上と同じでス。でモ、姉上が言うから決めたわけではなク、私自身の考えでルイを守ル。ルイにハ、恩がありますのデ」

「フ、そうカ」

はっきりしたタリッタの答えに、ミゼルダは唇を緩めて頷いた。

この姉妹の仲がどうなのかはわからないが、心なしかミゼルダはタリッタの主張を嬉しく受け止めた様子だ。

もっとも、それを微笑ましく思う余裕はオットーたちにはない。

「大罪司教、それも『暴食』なんて見逃せんのよ。お前たちも頭を冷やすかしら」

エミリアの腕の中、ベアトリスの言葉に力が入る。

消耗を抑えてここまでやってきたが、危急の事態となれば腕を振るう必要もある。そうなれば躊躇わないのは、スバルとよく似たベアトリスの悪癖だ。

「ダメよ、みんな落ち着いて! そんな風に暴れちゃ――」

臨戦態勢のベアトリスとガーフィール、ヨルナやシュドラクたちの意気が上がる中、エミリアが悲痛な顔で諍いを止めようとした。

実際、本気で諍いを力ずくで止めるなら、一番適した能力の持ち主はエミリアだ。

彼女がその絶大なマナでグァラルを氷漬けにするなら、オットーはその間にルイの確保を狙えばいい。最悪、グァラルの面々と決裂したとしても。

「大罪司教を見逃す危険よりは――」

と、そうオットーが隙を窺ったときだった。

「――なんじゃ、貴様ら、まだ戦い足りぬのか。血気盛んなことよな」

「――――」

不意に、力ある新たな声が都市庁舎の大広間の空気を揺らした。

それは高い靴音を立てながら、ゆっくりと階段を上がってくる女のものだ。先ほど、オットーはエミリアやアベル、それにヨルナを無視できない存在感の持ち主と言ったが、この声の主もその印象にそぐわぬ空気を纏っている。

血のように赤いドレスの裾を揺らし、ゆるりと姿を見せる美しい女。

白い肌と橙色の髪、装飾品の数々で大胆に己を飾り立て、それら宝石すらも煌びやかさで後れを取るような天性の美貌――プリシラ・バーリエル。

この城郭都市グァラルで、発言力を持った最後の一人の登場だ。

ゆっくりと歩く彼女の背後からは、ちょこちょこと細やかな動きが目を引く小姓のシュルトと、忘れ難い奇抜な外見をしたアルがついてくる。

アルも、アベルやミディアムたちと一緒にスバルとカオスフレームへ向かった一人。戻った足でプリシラに会いにいき、今一緒に上がってきたようだ。

本来、もう一人いるはずのハインケルの姿が見えないが、それは些細なこと。

それよりも、オットー的にはこの一触即発の空気をより悪くしそうな存在が入ってきたことの方が重要だった。

気紛れな上に実力者であるプリシラは、どちらへつくかまるで読めない存在だ。

いっそ、敵と断定できた方がマシと思えるぐらいに。

「アベルらが戻ったと聞いて足を運べば、早々にこの空気とは恐れ入る。都市がこれだけ荒らされようと、飢えた犬は吠える場所も選べぬらしい」

「プリシラ! 今、すごーくみんなピリピリしてるの! 変なこと言わないで」

「たわけ。妾がこなんだら、貴様が再び雪を降らしておったろう。言っておくが、いくら冷やそうと妾は肩をはだけるのをやめぬ。だが、冷えるのは冷える」

「それはごめんねだけど……」

入ってくるプリシラに、エミリアがトンチンカンなやり取りで謝る。

しかし、その言葉尻が力を失ったのは、エミリアの反省が理由ではない。

甲高い、硬いものが落ちる音が大広間に響いたからだ。

「――ヨルナちゃん?」

ふと、首を巡らせて呟いたのは、すぐ前に立った女性を見上げるミディアムだ。彼女の青い瞳に見つめられるヨルナの足下、一本の煙管が落ちている。

ヨルナが手の中で弄んでいた、安物とは思えない逸品が。

「うー」

そう唸りながら、落ちた煙管を話題の中心にいるルイが拾う。しかし、拾った煙管を差し出されても、ヨルナはそれを受け取らない。

それどころか、ルイやミディアムを見てもいなかった。ヨルナの視線は一点、今しがた大広間に足を踏み入れた存在、プリシラへと向けられている。

じっと、プリシラを見つめ、ヨルナの目は見開かれていた。

泰然自若と、動じる姿が浮かばないような印象を与えるヨルナが、愕然と。

その、紅を塗られた唇がおずおずと開かれ、

「ぷ、プリスカ……?」

そう、プリシラのことを呼んだ。――聞き覚えのない、違う名前だ。

似ているが、異なる名前で、凝然と驚きに目を見開いたヨルナがプリシラを呼んだ。その呼び名に反応したのはこの場で三人。

一人はズィクル、もう一人はアベル、そして最後の一人は言わずもがなプリシラだ。

ズィクルは思わしげに、アベルは思案げに、プリシラは不機嫌に、ヨルナを見る。

「なんじゃ、貴様、何故に妾をそのように……いや」

不機嫌を隠さない様子で、プリシラが紅の瞳でヨルナを見返す。

そのまま、彼女の鋭い舌鋒がヨルナへ降りかかるかと思われたが、それは直前で切り上げられた。プリシラもまた、じっとヨルナを見つめる。

ヨルナの青い瞳と、プリシラの血色の瞳が見つめ合い、しばしの沈黙が流れた。

そして、プリシラは「あぁ」と吐息のようにこぼし、

「――誰かと思えば、母上ではないか」

と、一触即発とはまた異なる爆発の起きる発言を、淡々と言い放ったのだった。