軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七章58B 『寄る辺を持たぬモノたち』

――屈辱だった。

噛みしめる牙が軋み、臓腑が怒りで煮えくり返り、魂が悲憤でひび割れる。

下等な人間にいいようにされ、為すべきことも為せずに追い込まれ、切るべきではないとわかっていた切り札まで切らされて、自分は何をしているのか。

「なんて、無様だっちゃ」

竜人たる存在が容易く見せてはならない境地、それをむざむざと晒した醜態。

もしも他の竜人がいれば、あまりの体たらくに顔を覆い、竜人の恥とそれを罵り、自他へ向けられる怒りに憤死しかけるマデリンを殺してくれただろう。

だが、そんなことは起こらない。

他の竜人などいない。マデリンは、ずっと一人だ。だから――、

――だから何としても、伴侶と望んだモノを殺した相手を殺さなくてはならないのだ。

「フロップさん、手伝ってください。この子を中に運ばないと……」

朦朧とする意識の端っこで、誰かのそんな声が聞こえた。

誰かも何もない、人間の声だ。他の竜人がいない以上、人の言葉で喋るものは全てが人間であり、自分とは根本から異なる存在でしかなかった。

そして、自分と異なる存在から与えられた、最も身近な屈辱に頭が熱くなる。

ドレスを纏った紅の女と、雪を引き連れた銀色の女。

恐ろしく精度の高い連携を繰り出したあの女たちが、マデリンの意識を白く焼く。

導かれるように体を起こし、声の聞こえる方に腕を伸ばした。

目の前にある細い背中、それを引き裂いて、そして――、

「僕は、大馬鹿と呼ばれて構わない」

それとは別の、誰かの声が聞こえて、次の瞬間に眼前の人影が入れ替わる。

細い背中が突き飛ばされて、細い誰かが目の前に。その、相手に向けて爪が振るわれ、浅くない鋭さが肉を抉る感触が手の中に跳ね返った。

「――――」

血が散り、竜人の膂力に一撃される細身が為す術なく倒れる。

やった、とは思わなかった。皮肉にもその手応えのなさが、引き裂いた細身が自分の臓腑を焼き焦がす憎悪の対象ではないと気付かせる。

それでも――、

「次は、誰が……ッ」

自分の爪に引き裂かれたいのか、牙を剥き出して吠えようとする。

今しがた打ち倒した相手の体を足蹴に、次なる獲物を求める獰猛さに身を委ねようと。そうして、倒れた相手の姿を見て――、

「……え?」

白い肌を血で染めて、長い金色の髪を地面に広げた男が倒れている。

見知らぬ男だ。人族の顔の区別なんて大雑把にしかつかないが、区別できる顔の中に男のものはなかった。

故に、目に留まったのは男自身ではなく、その持ち物だ。

倒れた男の、引き裂かれ剥き出しになった薄い胸板。そこで血に塗れているのは、男が首から下げていた獣の牙を使った装飾品だ。

――否、それは獣の牙ではない。

それは、それは、それはそれはそれはそれはそれは。

△▼△▼△▼△

「――――」

駆け寄ってきたフロップに肩を突き飛ばされ、レムは庭の芝生に倒れ込んだ。

予想もしないところに、加減のない力だ。体を支える余裕もなく、レムの体は緑の上に横倒しになってしまう。

しかし、それをしたフロップに、突然の行いを問い質す必要はなかった。

それよりはるかに雄弁な答えが、レムの前に真っ赤な形で広がっていたからだ。

「フロップさん!」

芝生に手をついて、レムはその光景に声を裏返らせる。

眼前、数秒前までレムがいた場所に仰向けに倒れているのは、その細い体を肩口から腰まで深々とした傷を刻んだフロップだ。

刃のように鋭い傷跡が四本、フロップの体の前面を生々しく切り裂いている。

そしてそれが、自分を庇おうとした結果の傷だとレムもすぐに理解してしまった。

それをしたのが、レムが助けようと駆け寄った少女であることも。

「――――」

空色をした髪の少女、彼女は腕を振るった姿勢で立ち尽くし、その爪の先からフロップの肉を抉った血を滴らせている。

凶行に及ぼうとした少女から、フロップはレムを守って傷を負った。

すぐに、傷を見なければとレムは体を起こそうとして、

「どいて! フロップさん! 傷を見せ……きゃあ!」

だが、フロップに近付こうとしたレムは、それを少女の細い腕に邪魔された。肩を掴まれ、押し倒されたレムの前で、少女が一歩、フロップに歩み寄る。

まさか、フロップにトドメを刺すつもりなのかと、レムの全身の血の気が引いた。

そのまま、少女の腕がフロップの首を掴み、乱暴にその体を引き起こす。

そして――、

「お前、なんで竜の牙を……カリヨンの牙を下げてるっちゃ!?」

その横顔に必死さと悲痛さを宿し、悲鳴のように少女はそう問いかけた。

一瞬、質問の意味がわからないレムの思考が停止する。だが、その間も少女は「なんでだっちゃ!?」と、目を閉じたフロップに問いを重ねていた。

それに対するフロップの返事はなく、彼の意識は闇に落ちたままだ。ただ、起こされる体の傷からはとめどなく血が流れていて、命の残り火が弱くなるのに疑いはない。

「答えるっちゃ! 答えろ! それができないなら……ッ」

「や、やめてください! 意識がないんです! 死んでしまいます!」

「――ッ」

フロップに乱暴する少女の腕に、レムが縋り付くように掴みかかった。その邪魔に少女が金色の瞳を怒らせて振り向くが、レムも気迫でその眼力に堪える。

フロップの命が懸かっているのに、圧倒されてなどいられるものか。

「すぐに治療させてください! そうじゃなきゃ、フロップさんは……」

「手当てしてどうなるっちゃ!? どうせ死ぬなら、死ぬ前に……」

「治癒魔法をかけます! 私は、治癒魔法が使えます!」

レムの必死の訴えに、少女の腕の力がわずかに緩んだ。

ただの手当てで、深手を負ったフロップを救う手段はない。が、治癒魔法となればまた話は別だ。少女の黄金の瞳が、そこで初めてまともにレムを映した。

「……救えるっちゃか?」

「――。やります。何としてでも……!」

「なら、早くするっちゃ」

レムの言葉を信用した、というよりは他の手立てがないと理解したのか。

少女は引き起こしたフロップの体をレムに押し付け、一方的にそう言いつけた。だが、その態度に反発する余裕なんてない。

「ひどい……」

引き渡されたフロップの傷を確かめ、レムはその惨さに呟いた。

獣の爪に引き裂かれたように、フロップの白い肌には四本の傷が刻まれている。まるでぬかるんだ泥を木の枝で抉るように、深々と刻まれた痛々しい傷だ。

なおもだくだくと流れ続ける血を、フロップの頭に巻いている布で押さえて、その傷の上から治癒魔法を発動――直後に、レムの全身を倦怠感が襲う。

「――っ」

すでに、飛竜の襲撃で負傷した大勢に治癒魔法を施してきたあとだ。

どうしても治癒術が必要な相手に限定して消耗を抑えてきたが、治癒術が必要な相手にはそれだけ多くの力を使う必要があり、消耗は避けられなかった。

そこへきて、瀕死に陥ったフロップの治療だ。精神的な負担も大きい。

「それでも、諦めるなんて選択肢は……」

ないと、そう自分に言い聞かせ、レムはフロップの傷口に意識を集中する。

そうして集中するレムの脳裏に、不意にプリシラの言葉が蘇った。それは記憶と在り方と、自分の果たすべき役割へと思いを馳せるレムへの助言だ。

スバルたちと別れて街に残り、プリシラの傍で過ごした日々の合間の言葉――、

『傷ではなく、命そのものを見よ。とかく、生き物の体には血だけでなく、目には見えぬものを様々巡る。治癒術が掴むべきは、その先にある』

『それが何なのか、治癒術を使わぬ妾に解き明かせるものではない。便宜上、命と呼んだ。貴様の捉え方、呼び方は好きにするがいい。ただ――』

『覚えておくがいい、レム。記憶をなくし、拠り所を失った哀れな娘。何もかもなくしたはずの貴様に、人を癒す力があるのは、それが貴様の本質である』

『――誰しも、自分からは逃れられぬ。努々、妾の言葉を忘れず、精進せよ』

「――命を、見る」

痛々しい傷そのものではなく、フロップの流れ出し、そして留め置かなくてはならない命そのものをせき止め、あるいは増幅し、命を繋ぎ止める。

ただ抉られた肉を埋め、傷を塞ぎ、痛みを和らげることが治癒術なのではない。

もっと本質、治癒術とは傷を治す魔法ではなく、命を救う魔法なのだ。

命に干渉する、その自覚と術に手を伸ばせば――。

――フロップの、失われかけた命を繋ぎ止め、救い上げることも可能とするはず。

「――――」

少ない余力の最善を求め、極限まで研ぎ澄まされるレムの治癒術が真価を発揮する。

繋ぐべき命の糸を繋ぎ、留めるべき命の流れをせき止め、消えかける命の灯火に勢いを取り戻させる。――フロップの、その命を救い上げる。

「フロップさん……!」

か細く弱くなる呼吸と、血の気の失せた頬の色。

その両方が徐々に安定を見せ始めると、レムは確かな手応えを引き寄せようとする。そのレムの呼びかけに、フロップの長い睫毛が震え、青い瞳が薄く開いた。

まだ、意識のぼんやりとしたフロップの様子。だが、このまま治癒術をかけ続ければ、彼の命を拾い切ることができる。

そう、安堵の息をこぼそうとしたレムに、フロップの唇が震えた。

そして微かな吐息で、こう告げる。

「……僕を、治し切ってはダメだ」

「――え?」

耳を疑うような言葉に鼓膜を打たれ、レムは掠れた息を漏らした。

あまりの驚きに集中が乱れ、治癒術の発動にも支障をきたす。慌てて治癒術への集中を整えるレムの前、フロップの瞼が再び落ちて、意識が沈んだ。

今度こそ、完全に意識をなくしたフロップ、その傷に治癒魔法を集中しながら、レムは先の彼の言葉の意味がわからず、頭の半分を混乱させている。

何故、フロップはあんなことを言ったのか。

自分を治療してはならないなんて、いったいどういう意味だったのか。

「意識が朦朧として、あやふやなことを言った?」

その可能性もある。流れた血の量を思えば、一瞬でも意識が戻ったのが奇跡だ。

ほとんど曖昧な意識の中で、意味のわからないことを言ってしまっても不思議はない。しかし、短い付き合いでも、レムの中のフロップへの信頼は高い。

フロップはいつも、一生懸命に考えて意見を述べてくれる人だ。

もしも、今のフロップの言葉も、そんな彼の振り絞ったものだとしたら、どうだ。

ただの放言と決めつけるには、あまりに不誠実というものではないか。

「――――」

何故、治してはいけないと言ったのか。

――否、そもそも、フロップはなんと言った。治してはいけないではない。正しくは、治してはいけないではなく。

「治し切っては、いけない?」

治し切っては、という言い回しは不思議だ。

治すことは止めないのに、最後まで治すことは止めようとしている。しかし、最後まで治すことをしなければ、フロップの命は危ういままだ。

レムのマナにも限界がある。そもそも、そんなことをする意味がわからない。フロップの命をちゃんと救い、それから――、

「――ぁ」

そこまで考えて、レムは自分の置かれた状況の認識がズレていると理解する。

必死にフロップの治療に集中するあまり、周りが全く見えていなかった。

「――――」

フロップの傷を癒すレムの背後には、これをした少女が立ち尽くしている。もっと言えば、急激に冷え込んだ都市の上空には飛竜の群れがなおも飛び回り、都市の各所で激しい戦いは続いている。

何一つ、状況は好転していない。フロップの傷が癒えても、だ。

そして、フロップのあの訴えは、レムにある可能性を想起させた。

それは――、

「――あなたは、どこの誰なんですか?」

背後の少女に、レムは振り向かないままでそう質問した。

顔を見た言葉ではないが、少女にもレムの質問の対象が自分とわかっただろう。すぐに少女が牙を鳴らす音がして、

「お前、そんなこと言ってる場合じゃないはずっちゃ。他を気にしてる暇があるなら、とっととその男を治すっちゃ!」

「私も、治したいです! でも……」

「でも、なんだっちゃ!?」

「でも! あなたがどこの誰なのか気になって、集中できないんです。このままじゃ、魔法が続かないかもしれません」

とっさの言い訳が思いつかず、レムはひどく幼稚な反論をしてしまった。これが相手の怒りを買えば、フロップを切り裂いた爪がレムに向けられても不思議はない。

だが、そんなレムの稚拙な反論に、少女は荒々しく息を吐いて、

「……マデリンっちゃ」

「……なんですか?」

「マデリン・エッシャルト! 帝国の一将っちゃ!」

怒りとも焦りともつかない声色で、少女――マデリンがレムの問いにそう答えた。

答えが戻ったことへの驚きもあるが、それ以上の衝撃はマデリンの肩書きだ。彼女は帝国一将と名乗り、それがこの国でどんな立場のものかレムは知っている。

そしてその理解は、レムの中で芽生えた可能性の疑念と符合した。

すなわち――、

「――? お前、何してるっちゃ? なんで……」

「――――」

「なんで、その男の治療をやめたっちゃ!?」

一度深呼吸して、レムはフロップの傷にかざした手を引っ込める。

当然、フロップの傷を癒す治癒術は中断され、その事実にマデリンが噛みついた。マデリンはレムの襟首を掴み、強引に自分の方を向けさせる。

その腕力に威圧されながら、レムは気丈にマデリンを見返した。

そして――、

「答えるっちゃ! 何のつもりっちゃ、お前!」

「――。フロップさんの治療を続けるなら、条件があります」

「条件……? お前、いきなり何を言い出して……」

「――街を襲っている飛竜の群れを退かせてください。その条件を聞いてもらえない限り、これ以上の治療はできません」

そう、飛竜の群れを率いる少女に、真っ向から交渉を持ちかけた。

△▼△▼△▼△

――自分を治し切ってはいけない。

その不可解なフロップの言葉を、レムはこうするためのものだと解釈した。

理由はわからないが、マデリンはフロップの生存に固執している。彼女が執着する理由がフロップにはあり、そしてそれは現状、レムにしか留め置けない。

フロップの命を盾にして、都市への攻撃をやめさせる交渉。

あるいは人でなしと罵られかねないこの暴挙を、レムは断固たる意志で決行した。

他ならぬフロップもこれを望むはず、なんて聞こえのいい言い訳はしない。フロップの命をこう使えば、この窮地の城郭都市を救えると思ってしまった。

フロップの言葉の真意が違ったとしても、すでにレムは始めてしまったのだ。

「な……ッ」

突き付けられた要求に、マデリンが耳を疑うように絶句する。

当然だろう。レムも、フロップの言葉を聞いたときは同じように混乱した。それと同じものがマデリンに降りかかっているのだ。理解もできる。

だが、一切の同情はしない。そんな余裕はレムにだってないのだ。

「――――」

じりじりと、フロップの治療を中断していることの焦燥がレムの胸を焼く。

本心では、今すぐに治癒術を再開し、フロップの命を救い上げる作業を続行したい。この指先にかかった消えかけの命が、戻ってこれるかどうかの瀬戸際なのだ。

こうしている合間にも、フロップの可能性は少しずつ閉じていく。

「どうしますか。早く決めてください」

その焦りを顔に出さないようにしながら、レムはマデリンに決断を迫った。

追い込まれているのは自分ではなく、彼女の方なのだと思い込むように仕向ける。そうすることで、フロップの可能性をわずかでも多く残したい。

先の、都市の全体を揺るがした白い光の影響はまだ大きく、屋敷の警護に当たっていたクーナやホーリィの姿は見えない。復帰までは時間がかかる。

この場の打開を外に求めることはできない。レムの、この腕一本にかかっていた。

「マデリンさん、時間が――」

「――竜を、侮るのも大概にするっちゃ」

「ぐ……っ」

さらなる決断の促しは、喉を圧迫する掌の感触に遮られる。

マデリンの小さな手がレムの首を押さえ、それ以上の言葉を発させない。――否、そもそも交渉しようなんて意思を、マデリンは許そうとしなかった。

怒りに燃える金色の瞳が、条件を突き付けるレムの蛮勇を呪っている。

幼い見た目とは比較にならない、恐ろしく強大な鬼気を浴びせられ、レムの心胆が竦み上がり、自分の勢い任せな行為を今すぐに撤回したくなる。

思い上がった真似をしたと許しを乞い、ひれ伏してしまいたくなる衝動が。

だが――、

「――――」

同じぐらい強大な相手に、レムを庇おうと前に立ったスバルの姿が思い出された。

ふざけた女装をして、とても見ていられないような醜態を晒しながらも、スバルはレムを守ろうと命懸けで立った。――否、あの場面だけではない。

レムの目から見ても、スバルは決して強くも特別でもなかった。

それなのに、スバルは危険を相手に怯みながら、決して退くことをしなかった。

その、スバルの姿を見ていたレムは、怯えて竦む自分自身を叱咤する。

下を向いて、諦めてなどやれないと。

そんな甘えた考えと柔い覚悟で、居残ることを決めたわけではないのだと。

「わたし、を……」

「なんだっちゃ」

「私を、殺しても……あなたの負け、です……」

首を絞められながら、喘ぐレムの宣告にマデリンが目を見張った。

もしも、マデリンが怒りに任せてレムを殺そうものなら、彼女はフロップと言葉を交わす機会を逸することになる。

結局、マデリンに迫られる選択の内容と質は変わらないのだ。

都市を滅ぼすか、フロップを救うかの二択。

帝国の一将として、命じられた役割を全うするのがマデリンの使命だろう。しかし、レムはマデリンの態度と言行に、小さくても勝機を見出した。

マデリンは、フロップとどうしても交わしたい言葉がある。確かめたい何かがある。それを確かめることが、マデリンにとってどれだけ重要なことなのか。

そこに、レムは勝負に出るだけの価値を見たから――、

「――どう、しますか」

「――――」

「――選んでください。あなたは人を殺すのか、それとも生かすのかを」

△▼△▼△▼△

――白く染まった意識が徐々に晴れ、世界が緩やかに色づいていく。

「――ぅ」

意識の覚醒に伴い、全身が味わったのはひどく重たい圧迫感だ。

まるで、体の上に瓦礫が乗っているような重たい感覚、それが全身に圧し掛かっていて息苦しい。どうにか、それを押しのけようと腕を動かして、

「ん、しょ……っ」

窮屈な体勢から腕を伸ばすと、大きな音を立てて圧迫感が遠ざかる。

そうして初めて、気のせいではなく、本当に瓦礫の下敷きだったのだとわかって、とても息苦しかった理由に納得がいく。

納得して、どうして瓦礫の下敷きになっていたのかを思い――、

「――そうだ。プリシラと一緒に、マデリンと戦っていて」

直前の出来事が思い返され、エミリアは周囲の景色に目をやった。

そこに広がっていたのは、あまりにも殺風景になりすぎてしまった廃墟の街並みだ。建物は崩れ、その倒壊した瓦礫も吹き散らされ、真っ平らになった大地。

集めた落ち葉が強風で散らされたような有様に、エミリアは小さく息を呑む。

ちらちらと降る白い雪は、エミリアの作り上げた氷結の空間――スバルが『アイスエイジ』と命名した必殺技の影響だ。

しかし、エミリアの意識を白く染めたのは、空から落ちる別の白いものだった。

あれは――、

「――ボルカニカと、似た雰囲気で」

雲上から大地へ降り注いだ白い光は、マデリンの意思が引き金となった一撃だ。

何がくるのかわからないまでも、エミリアはとっさの行動でプリシラと合わせ、その白い光を迎え撃つべく氷の盾を張った。

その何層にも重ねた氷の盾も砕かれ、最後にはプリシラの赤い宝剣が閃いて――、

「そのあと、埋まっちゃって……いけない! プリシラは!?」

何があったのか思い出して、エミリアは姿の見えないプリシラを探し始める。

エミリアが瓦礫の下敷きになっていたのだから、すぐ隣にいたプリシラも同じ目に遭っていても不思議はない。もしそうなら、力持ちのエミリアと違って、プリシラは埋もれて出てこられない可能性もあった。

早く助けてあげないと、心細さに震えていては可哀想だ。

「プリシラ! プリシラ、どこ!? 返事して! すぐ出してあげるから……」

「――ぴいぴいとうるさいぞ、半魔」

「プリシラ!?」

痛む体を押しながら、近くの瓦礫をひっくり返すエミリア。そうして探し回る声に返事があって、エミリアは慌てて声のした方に走っていく。

すると、崩壊した城壁の残骸、それが積み重なる山の反対にプリシラを見つける。

大急ぎで駆け寄るエミリアに、残骸に座ったプリシラが小さく鼻を鳴らした。

「しぶといな。生きておったか」

「ええ、心配してくれてありがとう。プリシラも、元気……じゃないわよね。でも、何とか大丈夫そうでよかった」

「ふん」

ホッと胸を撫で下ろしたエミリアの眼前、プリシラは普段よりいくらか疲れた様子でため息をつく。その華やかな赤いドレスもあちこちが破れ、彼女の白い肌には土埃の汚れや打ち身の痕跡が残されている。

いつも綺麗にしているプリシラだけに、それはとても痛々しく見えた。

もっとも、エミリアがそんな風に眉尻を下げると、プリシラは「見くびるな」と不満げにこちらを見上げて、

「貴様が妾を案じようなどと笑わせるな。そも、妾と貴様は王座を競い合う敵同士であろう。妾が倒れるのを望むのが、貴様の本意であるべきじゃぞ」

「む、またそんな意地悪なこと言って。プリシラにケガしてほしいなんて、私はちっとも思ったりしません。それに」

「なんじゃ」

「私のこと、ちゃんと敵だと思ってくれてるのね。少しだけ驚いちゃった」

てっきり、プリシラはエミリアのことが眼中にないと思っていた。

クルシュやアナスタシア、フェルトといった他の王選候補者たちから出遅れている自覚のあるエミリアだけに、その評価は意外で、嬉しくもある。

すごい人たちに並べられるのは、努力が認められているような気分だ。

「――――」

「あ、でも、プリシラが無事だったなら、すぐ動かないと。マデリンがどこにいったのかわからないし、街が危ないのも止めなくちゃ……!」

プリシラの無事を喜ぶのは、この街が見舞われている危機を脱してからだ。

本当なら、マデリンに飛竜たちの攻撃を止めさせたかったのだが、プリシラを探しているときにもマデリンは見つからなかったため、逃げてしまった可能性が高い。

マデリンが頼れないなら、エミリアたちは自力で飛竜を追い払わなくてはと。

そのため、大急ぎで飛竜が一番多い場所に助太刀にいこうと考えたのだが。

「――待て、半魔」

「待ってあげたいけど、休んでられないわ。早くしないと……」

「そうではない。――状況が動く」

慌ただしく走り出すのを止められ、振り向いたエミリアが「え」と目を丸くする。

エミリアを引き止めたプリシラが、瓦礫に座った姿勢のまま顎をしゃくった。その仕草につられたエミリアは、白い雪を降らす雲の多い空を見上げる。

そうして、プリシラの言ったことの意味を理解した。

「……飛竜が、離れてく?」

そうこぼしたエミリアの視界、都市の空を蹂躙し、人々を無差別に襲っていた飛竜たちが翼を広げ、ゆっくりと街の上空から離れていくのが見えていた。

それが意味するところが一瞬わからず、それからエミリアは「もしかして」と思い、

「マデリンが、私たちのお願いを聞いてくれたんじゃ……」

「たわけ」

「やっぱり違う? でも、飛竜たちに離れるように命令できるのは、マデリンだけだと思うんだけど……」

一番嬉しい可能性はプリシラに否定され、エミリアはそう考え込む。

もちろん、誰かの命令に従う飛竜であっても、自分の命を無為になげうつなんて自殺行為はしない。敗色濃厚になれば撤退もするし、例えば群れの長が負けたら、慌てて逃げるなんてことも十分あるだろう。

ただ、マデリンの敗北が、その群れの長の負けに当たるだろうか。

もしもマデリンが負けたと考えたとしても、エミリアとプリシラが二人がかりで止められなかった雲上からの一撃、あれのことだってある。

むしろ、危なかったのはエミリアたちの方だ。

マデリンは飛竜と一緒に戦い続ければ、まだまだ戦いを続けることもできた。

それなのに――、

「ならば、引き下がらねばならぬ理由ができたということであろう」

「下がらなきゃいけない、理由? それって?」

「妾とて全てを見透かせるわけではない。『雲龍』の存在が露見したのを理由に、マデリンに撤退の指示が下ったか。あるいは……」

口元に手を当て、そう思惟するプリシラの言葉の先をエミリアは待った。

そのエミリアの期待を数秒持たせ、プリシラは遠ざかる飛竜を見ながら、

「――帝都の命令よりも、優先すべきものを見つけたか、だ」

△▼△▼△▼△

――プリシラの推論、その正誤は飛竜の群れが去ったあとで明かされることとなる。

城郭都市を滅亡寸前へと追い詰め、多数の住人と守備兵に被害を出した飛竜の群れと、それを率いた『飛竜将』マデリン・エッシャルトの強襲。

そこにヴォラキア帝国にあるまじき過酷な氷季の到来と、都市全域へと破壊をもたらした恐ろしき雲上からの白光――都市の滅びは免れぬと誰もが思った絶望の中、しかし、それらの脅威は唐突に去り、都市は思わぬ命拾いに揺れることとなる。

立て直しを図ろうにも、まずは受けた傷の深さと、その傷が癒えるのかを確かめなくてはならない。流れた血の雫を数えるような、気の遠くなる苦行。

それらに城郭都市の生き残りたちが動き始める前に、一点だけ添えるべき事実がある。

飛竜の群れを連れ、撤退した『飛竜将』マデリン・エッシャルト。

彼女が飛竜と共に飛び去った城郭都市から、時を同じくして消えたものが二人。

――フロップ・オコーネルという商人と、レムという少女の姿は忽然と消えたのだと。