軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七章60 『波乱の胤蒔き』

「――ヨルナ・ミシグレが魔都を放棄し、あの『大災』を討ち滅ぼさんとする。あれの『魂婚術』であればやってのけようが、確証はない」

「……もしも、魔都を差し出して、足りなければ」

「そうなれば、止める術もない『大災』は帝国全土を呑み込もう。あるいはその先の、帝国の外側にまで被害を広げる可能性もある。この、魔都に端を発して」

「――――」

「――――」

「ヨルナ様は、この都市を手放すことをお認めになられません」

「事態は感傷に浸ることを許さぬ。望むと望まざるとに拘らず、都市の放棄は為される。もっとも、そちらの説得は余の与り知るところではないが」

「ヨルナ様を、説得できると?」

「できねば全てが塵芥と化す。やらねばならぬならばやるだろうよ。あれは、そういう男であり、そうした在り方を貫き通してきた」

「……わかりません。そこまでわかっていて、確証が持てているのであれば、あなたは私に何をお望みになるんですか」

「余の意図するところ、貴様はすでにわかっているはずだ。幼くも、この魔都の支配者に重用される立場にある貴様であれば」

「――――」

「『大災』を滅ぼさんとすれば、ヨルナ・ミシグレにも甚大な反動があろう。まだ育ち切らぬ『大災』相手に魔都をぶつけ、それでも足りなければ――」

「――私が」

「――――」

「ヨルナ様……ヨルナ・ミシグレという、誰よりも偉大な慈母の如き御方のため、私は望んではるかな愛に殉じるでしょう」

「――。大儀である」

「慰めも、お褒めの言葉もいりません。――ヨルナ様の、涙以外」

△▼△▼△▼△

「――やめなんし!!」

手を伸ばし、悲痛な顔でそう叫んだヨルナの声を背後にタンザは走る。

前のめりに屈み、軽快に地を蹴るタンザの右目は赤く燃え、幼い全身には重厚な鎧を纏った帝国兵も顔負けの力がみなぎっている。

とびきり戦い方に秀でているわけでも、魔法や術技に優れているわけでもない。

それでも誰も、今の自分を止めることはできない。

何故なら彼女には、自分が誰よりもヨルナから愛されている自覚があった。

ヨルナの傍でヨルナを支え、慈しまれ、言葉をかけられ、手伝い、想い、祈った。

ヨルナを愛し、ヨルナに愛されることこそが、『魂婚術』の恩恵を最大限に受け取るために必要な資質――だが、タンザのヨルナへの愛に打算はなかった。

愛は見返りを求めないと、訳知り顔の誰かが語るかもしれない。

しかし、タンザはこう思う。――誰かを愛する気持ち自体が見返りなのだと。

その人を想い、熱くなる胸の鼓動こそが『愛』の見返りなのだ。

ならばタンザはもらった見返りに、この小さな体の全部で応えなくてはならない。

それこそが――、

「私の、この命をいただいた理由なんです」

初めてヨルナにお目通りしたとき、余所から追われてきたタンザは幼すぎた。優しい姉の背に隠れ、堂々と振る舞うヨルナを上目に見るしかできなかった。

ただ、生まれて初めて、誰にも脅かされない日々を送れると、その約束があっただけ。その約束を信じて、姉との日々に思いを馳せた。

二度目にヨルナにお目通りしたとき、優しい姉をおぞましきモノたちに奪われて、タンザは自暴自棄にヨルナへ噛みつき、しかし彼女はそれを咎めなかった。

それどころか彼女は、タンザの訴えに真摯に耳を貸し、姉を奪ったモノたちへの応報にさえ手を貸した。――結果、謀反者の汚名を着せられてでも。

どうして、愛さずにおれようか。

先にそれほどの愛を注がれ、慈しんでくれた優しい御方を。

姉の死に際し涙を流し、守れなかった約束を悔やみ、タンザに詫びたあの方を。

――どうして、愛さずにおれようか。

「――――」

眼前、おぞましく蠢く黒い澱みが、噴煙の向こうに寄り集まるのがわかる。

ヨルナの愛した都市をぶつけられ、それでもなお打ち砕かれないしぶとい執念。誰もが目を背けたくなる昏い闇に、しかし、タンザは怯まなかった。

怯む理由が恐怖なら、タンザの胸を支配するものはそれではない。

故に、タンザは瓦礫を足場に前へ飛び、揺らめく『大災』へと真っ向から突き進む。

振り向けば未練になる。呪いになるとわかっていた。

でも――、

「タンザ――!」

そう、自分の名を愛しい人が呼ぶ声が聞こえて、タンザの視線が後ろへ向く。

地面に倒れ、手を伸ばしているヨルナが見えた。その足を、痛ましくも矢の一本が貫いていて、そのはるか遠くで弓を構える人物がそれをしたのだと理解する。

その矢がなければ、ヨルナが『大災』へと、タンザへと駆け寄ってきていた。

それでは思い切ったこともできなかったと、タンザは矢の射手に感謝する。

そして――、

「――ヨルナ様」

唇が動いた。

その先の言葉が音になったか、ヨルナに届いたかはわからない。

ただ、毎日寝る前に、朝目覚めたときに、暇さえあれば祈ったように、刹那も祈る。

――どうか、愛しい御方の日々が健やかでありますよう。

△▼△▼△▼△

光が全てを吹き飛ばし、全てのものの目を白く灼いた。

その光が晴れ、灼かれた目が徐々に力を取り戻した先に、人々は魔都の結末を見る。

「――――」

爆心地は丸く抉られたように陥没し、魔都の中心にあったはずの紅瑠璃城の跡地、そこには巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。

まるで、巨人の腕で掘り起こされたような大穴は、文字通り、魔都の全部を呑み込んでしまった恐るべき存在の実在を証明する痕跡だ。

そして、総力戦というべき戦力で抗った災いは、忽然とその姿を消失させていた。

それが、魔都の女主人であるヨルナ・ミシグレの切り札による成果であり、最後の後押しをしたのが命を賭した幼い少女だと、戦いに参じた誰もが知るところであった。

つまり――、

「――我々は、あの少女に救われた。自分が不甲斐ない」

大穴の底を覗き込み、茨を伸ばしていた男――カフマ・イルルクスがそう呟く。

嘘のない、本心からの言葉だっただろう。一角の武人らしく、帝国の哲学を信奉するこの実直な青年は、己の力不足を他人に補わせてしまったと自戒している。

ましてや、それを成し遂げるのに幼い少女の命が費やされたとあってはなおさらだ。

「本来であれば、自分は貴公らと敵対している。事態が落ち着いた以上、休戦はここで終わらせ、その事実に向き合うべきと見るが……」

「……なら、あたしたちと戦う?」

「――。やめておこう」

大穴を背後に振り返り、カフマは問いかけに首を横に振った。

そのカフマと向かい合っているのは、小柄な体には大きすぎる蛮刀を背中に差したミディアムだ。ボロボロの泥だらけの少女の問いは、この惨状にあっても眩い。

その眩さが、ここから先の事態を収めるのに必要だとカフマはそう考える。

なにせ、魔都カオスフレームは倒壊し、まともな建物も見当たらない始末。ここから、生き残ったものたちの、生き延びるための奮闘が始まる。

無論、それらの難民と、それを率いるだろうヨルナ・ミシグレに対処するのも、帝国の『将』としてカフマの果たすべき役割だが。

「今回、自分はやんごとなき御方の護衛として同行した身だ。まずはその御方との合流を優先しなくてはならない。それ以外のことは、現時点では全て些事だ」

「些事? 些事って、ついでってこと? そんな言い方、ひどいと思う!」

「い、いや、そういう意味ではなく……」

不謹慎だと抗議を受け、カフマがミディアムの剣幕にわずかにたじろぐ。が、そんなカフマの同様に、「ミディアム嬢ちゃん」とけだるげな声が助け舟を寄越した。

見れば、それはゆっくりとこちらへやってくる隻腕の人影であり――、

「今のはあのお兄ちゃんなりの気遣いだって。もっと大事なことがあるから、オレらとはやり合わねぇ。それでこの場は収めようぜって話だろ?」

「……自分からは何も言えん。どう判断するかは貴公らに委ねる」

「へいへい。どこにでもいるもんだね、お兄ちゃんみたいな回りくどい奴ってのは」

呆れた風に肩をすくめ、隻腕の男――アルがミディアムの隣に並んだ。そのアルの方を見上げて、ミディアムが「あ」と目を丸くする。

そして、彼女は自分の顔を指差すと、

「アルちん、ちゃんと兜見つかったんだ?」

「ああ、どうにかな。宿があった辺りに転がってたんで、不幸中の幸いだったぜ。まぁ、見つかりさえすれば壊れねぇもんとわかっちゃいたが」

「――? 頑丈ってこと?」

「そうそう、頑丈ってこと。この世の誰にも壊せねぇ」

言いながら、アルが自分の被った漆黒の兜を指で叩いてみせる。その答えにミディアムは「へえ~」と頷いているが、カフマはじっと鋭い視線をアルへ送った。

その眼差しに気付き、アルは「どうしたい」と首を傾げる。

「オレらとはやり合わねぇって意見なんだろ? もちろん、こっちもおんなじ……てか、消耗がヤバすぎてそれどころじゃねぇし」

「先の戦いの中、見事な指示だった。何故、あの『大災』の動きを?」

「企業秘密。それ言わなきゃ、休戦はなしにするか?」

「――。いいや、自分の発言は撤回しない」

首を横に振り、カフマはアルの答えに生真面目にそう応じる。それから彼はボロボロになったマントを手で払い、アルとミディアムの二人に背を向けた。

その足が向かうのは、自分でも言った通り、やんごとなき御方の下だ。

「成り行き上、今回は協力した。だが、貴公らとは敵同士……考え直さない限り、戦場で相見えることになるだろう。そのときには手は抜けない」

「言われなくても……」

「あたしたちも、それはおんなじ! ……手伝ってくれて、ありがとう」

「帝国の『将』として、当然のことをしたまでだ」

そう言い残して、カフマはそのたくましい背中に透明の翅を広げ、大きな羽音を立てながら一気に飛び去った。

巻き起こる風に土煙が巻かれ、遠ざかる背中をミディアムとアルが見送る。そうして、カフマの姿が見えなくなると、

「……アルちん、お疲れ様。本当にありがとう。あたし、助かっちゃった」

「そりゃお互い様だろ。ミディアム嬢ちゃんの頑張りがなきゃ、あのでかいのの攻撃はもっと偏ってた。そしたら、もっと死人が出てたさ」

「死人……」

アルの答えを聞いて、ミディアムがそっと目を伏せる。

その痛ましい表情で俯くミディアムを見ながら、アルは自分の兜の継ぎ目を指でいじり、

「意味がわからねぇだろうし、慰めにもならねぇだろうけど……タンザって子がああしてなきゃ、オレたちは全滅してた。絶対にな」

「もっと、頑張れたかもしれないよ」

「いいや、その道はなかった。――一通り試してもダメだったんだよ」

気落ちしたアルの言葉、それはミディアムには本当に意味がわからなかった。でも、慰めにならないかと言えば、それは嘘になる。

慰めようと、ミディアムのためを思ってアルが何か言ってくれた気持ちはわかった。だから、ちゃんと慰めにはなったのだ。

「ありがと、アルちん」

「……ユーアーウェルカム」

重ねられたアルの言葉は、またしてもミディアムには意味がわからなかった。

△▼△▼△▼△

「おおよそ、やるべきことを見据えるのは済んだか、ヨルナ・ミシグレ」

「……主さんでありんしたか」

瓦礫の山、建物の残骸、そして激戦の余波で生じた底知れぬ大穴。

『大災』を滅ぼすための魔都カオスフレームも総力戦、それらの爪痕が著しく残っている光景を一望できる高台、そこで佇むヨルナの下にその男は現れた。

その顔貌を鬼の面で隠し、感情さえも窺えない声色で胸中を問うアベルが。

ゆっくり、瓦礫を踏み分けてやってくるアベルは、そのヨルナと同じ光景を望み、しかし声音に何ら感情を差し挟むことなく、

「俺の差し出せるものは、親書に記した通りだ。貴様の答えを聞こう」

「それが、この惨状を眺めて出てくる言葉でありんすか?」

「慰めが庇となり、同情が寄る辺を作るか? 俺も貴様も生まれ持ち、そして為すべきを選んだ側のものだ。その一秒は、余人の一秒と等価ではない」

「――――」

慰めや同情を望んではいない。この男は、そういう在り方を選んだ人物だ。

ヨルナもそれがわかっている以上、彼の態度に反発するのはぐっと堪えた。何より、ここで心情的なものを理由に彼に敵対しても、ヨルナは何も得られない。

「もう、今日は失いすぎたでありんしょう」

「都市に民、猶予という時もそれに含めて違いあるまい」

「タンザ、でありんす」

「――――」

「最後に、わっちらを助けるため、その身を投げ出した愛し子……その子の名前は、タンザでありんす」

そう言いながら、ヨルナは自分のキモノの帯留めを抜き取り、アベルに見せる。

丸く磨かれたそれを横目に、無言のアベルが意図を問うてくる。その視線だけの問いかけに、ヨルナは微かに目尻を下げ、

「あの子の、姉の角を削り出して作った帯留めでありんす。姉の亡骸を弔うとき、タンザがわっちのために作ったもの……それ以外にも」

「――――」

「この髪留めもかんざしも、いずれも愛し子たちからの貢ぎ物。住処を追われ、何も持たないあの子らが、わっちへ報いたいと自らを削った印の数々」

色とりどりの装飾品、髪飾りもかんざしも、全ては魔都の住民たちの貢ぎ物。

あるものは鱗を削り、あるものは羽根を集め、あるものは角や牙を磨いて、それらをヨルナへ献上し、自分たちの在り方と、感謝をそうして形にした。

それはヨルナにとって、貴重な宝石や宝よりも価値のあるもので、そんなものをもらってしまったからには、彼らの愛に応えなければと思ってきた。

それが――、

「約束を、これ以上違えるわけにはいきんせん……」

「――。早晩、ここを発ったヴィンセント・ヴォラキアたちが動き出そう。状況的にこの場で奴らが動くことはあるまいが、それも時間の問題だ。猶予はない」

「わっちの子らの行き場は、どうするつもりでありんす?」

「一度、城郭都市を拠点とするしかあるまい。道中、他の町々を接収し、こちらの旗下へ加える。貴様と魔都の住人がいれば可能だ」

魔都の機能が喪失した以上、行き場をなくした住民たちの受け入れ先が必要になる。

アベルの提案は強引で、他者に無理を強いる不条理なものだ。だが、ヨルナにも等しく優先順位がある。愛するものから救うのが、ヨルナのそれだ。

あとは――、

「親書の、わっちの願いを叶える用意があるというのは本気でありんすか?」

「二言するつもりはない。だが、よく考えておけ」

「考える……」

「自身の長年の願いと、貴様自身の『愛』とやらと、どちらを優先するのかを」

感情の見えないアベルの言葉、忠告と思しきそれが彼の好悪のどちらから発されたものなのか、それはヨルナに読み解けない。

ただ、彼の指摘に胸を突かれ、ヨルナは帯から煙管を抜くと、先端の曲がったそれを強引に指で直し、火を入れ、紫煙をたなびかせた。

眼下、壊れた都市を巡りながら、ヨルナの愛し子らが自分の生活、それを支えていた一部を集め、その後に備えようとしている。

明日の彼らに庇を与え、彼らのその先に光を灯せるか、それはヨルナ次第。

アベルに与し、ヴィンセント・ヴォラキア――否、それを騙る偽物を王座から引きずり下ろし、親書の約束を履行させる。

その、履行する約束の内容は――、

「――親より先に死ぬものがありんしょうか、タンザ」

そう、自らの運命を定めた愛し子の選択に、紫煙が儚く風に紛れて消えていった。

△▼△▼△▼△

立ち上る紫煙を遠目に見ながら、その下を歩いてくる鬼面の男を出迎える。

出迎えを受けるアベルは、立ち尽くすタリッタの姿に小さく鼻を鳴らし、

「射抜いた足を案じているなら、それは杞憂というものだ。すでに傷は癒え始めている。明日には元に戻っていよう」

「……それハ、よかったでス。それが気掛かりだったわけではありませんガ」

「ほう」

アベルの言葉通り、高台に佇むヨルナの立ち姿に違和感はない。キモノと髪を乱した後ろ姿には消耗が感じられるが、矢で射抜いた右足に不足はない様子だ。

それ自体、あるいは彼女が操る秘術とやらの恩恵なのかもしれない。もっとも、その傷よりも、傷を与えた結果がもたらしたものの方が彼女には重たい。

無論、その重みはタリッタも重々承知している。

「――――」

あの最後の瞬間、選択を委ねられたタリッタは自らの決断を矢に託した。

マリウリの遺した『星詠み』としての天命に従うなら、タリッタはあの矢でアベルの心の臓を射抜くべきだった。その結果、どんな因果が働いて『大災』が鎮まるのか想像もつかなかったが、タリッタの持てる選択の中で有力な可能性だったのは事実だ。

しかし、それはあれほど大切だったマリウリを、得体の知れない存在へと変えた星に従うということであり、まさしく身を切られる決断に相違なかった。

――最後の最後、タリッタの決断を分けたのは、結局はその一点だ。

タリッタは、マリウリを変えた星が憎かった。だから、星に従わなかった。

誰かに命じられ、道を示され、言いなりになるのが心地よいタリッタにとって、あるいは天命とは最上の相性と言えたのかもしれない。

しかし、タリッタと星とは出会いが悪かった。

星がマリウリではなく、最初からタリッタに話しかけてきていたなら、タリッタは星のために生きたかもしれない。でも、そうはならなかった。

だから――、

「――あの瞬間、迷いなく走る鹿人の娘の背を押しましタ」

その結果、少女は如何なる方法でか、あの『大災』を内から滅ぼす光を生んだ。

引き換えに少女の命は散らされ、少なくない被害が魔都のあった土地を消し飛ばした。しかし、彼女は守りたいものを守れたと、そう言えるのではないか。

「そのわりに、貴様の顔色は優れぬな」

「……私ハ、正しかったのでしょうカ。天命に従わズ、あなたを射なかっタ」

「射られなかった立場の俺が、俺を射るべきであったとは言うまいよ。貴様の決断の正負についても、俺の語るべき地平にない。陳腐な言い回しだが、自らの選択の正しきは、のちの己の行動によって証す他にない」

「……あなたのものとハ、思えない言葉ですネ」

「であろうよ。『アイリスと茨の王』……古典の引用だ」

タリッタにはわからない話をして、アベルは「理解しなくていい」と首を横に振る。

それから彼はタリッタを上から下まで眺めると、

「いまだに迷いはあれど、多少は吹っ切ったか。今後、貴様はどうする」

「はっきりとはわかりませン。たダ、あの街に戻リ、姉や同胞と言葉を交わしたいでス。すでにいなイ、私の魂の姉妹の娘とモ」

「魂の姉妹、そして託された天命か。……貴様自身が『星詠み』ではないという釈明にも筋が通る。ますます、忌まわしいもの共だ」

「忌まわしイ……」

「貴様のことではない。概ね、貴様の方針も理解した」

タリッタの呟きに忌まわしげに応じ、アベルがぐるりと首を巡らせる。

廃墟と化した街並みに大勢の人々が乗り込み、被害を免れた家財や、何がしかに使える資材をかき集め、生きるための活動を始めている。

たくましい人々だと、タリッタは魔都の在り方に素直に感じ入る。

魔都の成り立ちを思い起こせば、きっと彼らは迫害され、虐げられ、失うことに慣れている。それを加味しても、だ。

ただし――、

「彼らヲ、あなたの戦いに巻き込むのですカ?」

「そうだ」

短い、断定的な答えにタリッタは思わず鼻白んだ。

そこに迷いはなく、アベルは荒廃した土地で懸命にあろうとする人々を眺め、カオスフレームへ足を運んだ当初の目的、それを一貫すべしと踵を鳴らす。

そこへ――、

「――アベルちゃんの意見はそうでも、周りが大人しく従うかね。あの狐耳のお姉ちゃんにしても、心情的にオレらの味方ってなりづらいんじゃねぇの?」

そうもっともな意見を述べながら、アベルとタリッタの下にアルが合流してくる。

しばらく姿の見えなかった彼だが、その頭に見慣れた兜を被り直し、けだるげに歩いてくる様子を見るに、体の大きさ以外も元通りになったようだ。

アルの傍らにはミディアムがおり、彼女はくりくりの青い瞳でアベルを見据え、

「あたしも、アルちんとおんなじ気持ち。ヨルナちゃんが味方になってくれたら嬉しいけど、タンザちゃんと街にこんなことがあって……」

「その災禍の中心たる存在を連れたこちらに、ヨルナ・ミシグレは従えぬだろうと? それは感傷に浸りすぎた考えだ。あれはすでに心を決めている」

「本当に? アベルちんが、またひどいこと言ったんじゃなく?」

「非情さの程度に拘らず、必要な話をする。俺の意図は明白だ」

呈された疑問を否定しないアベルに、ミディアムがその頬を膨らませる。

実際、タリッタの耳が捉えた限り、アベルとヨルナのやり取りは感情的でこそなかったが、優しく穏当な、寄り添ったものとは到底言い難かった。

それでも、アベルがこうもヨルナの意思を疑わないのは、

「ヨルナ嬢ちゃんの弱みに付け込む準備があるから……結局、オレたちと同じ道を歩かなきゃ、行き場のない街の住人を守れねぇ、か」

「そんなの……! またそんな言い方したの、アベルちん」

「他の選択肢があるか? あとは無意味な意地を貫き、野垂れ死にするだけだ」

「他の道はなくても、他の言い方はあるの! なんでわかってくれないの!」

声を高くして詰め寄るミディアムに、アベルは鬼面越しの冷たい目を向ける。

タリッタとしては、アベルがこのミディアムの訴えに非情な判断をしないかが気掛かりだが、タリッタの心情もミディアム寄りだ。

しかし、過去の皇帝と『シュドラクの民』との間に結ばれた盟約に従う限り、タリッタにもアベルを見放し、手を切るという選択肢はない。

心情的な味方など、現実的な戦場では何の意味も持たない。

「ミディアム嬢ちゃんのお怒りごもっとも。とはいえ、使えるものは何でも使うってアベルちゃんの考えは個人的には嫌いじゃねぇ。実利目当てにヨルナ嬢ちゃんがこっちにつくってんなら異論はねぇさ」

「あたしは異論だらけだってば。アルちんも、嫌い!」

「ミディアム嬢ちゃんに嫌われる心の痛みはあれど、だ。あとは……」

そこで言葉を切り、アルはアベルと自分を睨むミディアムを手で制しながら、その視線を巡らせ、跡地の中心に空いた大穴の方へ意識を向ける。

その動きに、タリッタたちの意識もつられてそちらへ向くと、

「オレたちの身内の話をしよう。――兄弟のことだ」

「――――」

アルの切り出した話題に、渇いた空気が微かに張り詰めるのがわかった。

全員、しなければならないとわかっていた話題であり、同時にどう話せばいいのかと手応えのない心境に置かれつつあった話題でもある。

なにせ――、

「スバルちん、どこいっちゃったんだろう……」

沈鬱なミディアムの呟きが、『大災』がもたらした小規模な被害を物語る。

帝国の誇る大都市が丸々一つ消えてなくなり、二人の皇帝の命を危うくした事実と比べれば、それはあまりに些少と言えるかもしれない被害。

しかし、魔都へ赴いた一行にとっては見逃すことのできない被害でもあった。

「ヨルナちゃんは、スバルちんからあの影がぶわーって溢れ出したって」

「オルバルト爺さんも言ってたぜ。自分の右手がなくなってるってのに、へらへら笑ってやがった。片腕歴の長いオレからしたらとても信じられねぇ」

「老人の態度ガ、ですカ? それとも言い分ガ?」

「悔しいが、この場合は態度の方。言ってることは、本当だろうよ」

舌打ちして、アルがオルバルトの証言を信用する旨を口にする。

タリッタもいい印象のない怪老、しかし、嘘偽りを述べる理由が彼にないのも事実。ヨルナと意見が一致している以上、それはおそらく事実なのだろう。

ふと、タリッタの胸中を過るのは、『黒髪黒目の旅人』というマリウリの遺言。

森で初めてスバルを見かけ、その命を狙ったときには疑いはなかった。その後、集落に囚われたアベルの存在と、その素性を知ってからは自分が相手を見誤ったのだと、そう信じて疑ったこなかったが――、

「もしモ」

マリウリの、『星詠み』の予見した『大災』の担い手が、アベルではなく、スバルの方だったとしたら。

だからこそ、あの『大災』はスバルを中心に溢れ出たのではないか。

そんな疑念が、タリッタの胸を苛んでやまなかった。

「一つ、見解を統一しておかなくてはならないことがある」

そのタリッタの懊悩を余所に、一同の中心でアベルがそう指を立てた。

注目を集めたアベルは、ミディアムとアル、そしてタリッタの顔をそれぞれ見回し、

「貴様たちの口ぶりは、あれの……ナツキ・スバルの生存を疑っていない。あの惨状で、あれが生き長らえたと本気で考えているのか?」

「――っ、当たり前だよ! スバルちんが死んじゃうなんて……」

「考えたくない、などと口にしてくれるな。貴様が受け入れ難くとも、起こるべくして物事は起こる。他人の生き死には、その線上だ」

「アベルちんは……っ」

淡々としたアベルの物言いが、感情的なミディアムの主張と真っ向からぶつかる。

タリッタとしては、ここも心情はミディアム寄りだ。だが、あの災禍の中心にいたスバルが生き残れたかどうかについて、希望を抱けるとは思っていなかった。

狩りを行い、生き物の生き死にに触れる生活が日常だったから、だろう。

シュドラクは勇敢な戦士だが、日常的な狩りだって命懸けだ。時には獣の死に物狂いの反撃を喰らい、仲間が命を落とすことだってあった。

人は死ぬ。容易く。大事な相手でも、そうでもない相手でも違いはない。

「残念ですガ、スバルハ……」

「兄弟は生きてるぜ」

「――アルちん!」

首を横に振り、タリッタは哀悼の意を示そうとした。が、その発言は確信に満ちたアルの言葉に遮られ、それを聞いたミディアムがパッと顔を明るくする。

当然、アベルの方は不機嫌にも思える目をアルへと向けた。

「道化、貴様は何故にあれの生存を確信する?」

「単純明快、そりゃナツキ・スバルってのがそういう奴だからだよ。もっと言えば」

「言えば?」

「世界が滅んでねぇ。それがオレの根拠だ」

根拠と、そうアルが並べた理屈がタリッタには消化できない。どうやらそれはミディアムも同じらしく、彼女も理解できない顔で首を傾げている。

アベルも「ふざけるな」と一息に切り捨て、

「貴様の戯言に耳を貸す猶予はない。道化ていたいならプリシラの前でやれ」

「オレもそうしてぇのは山々だが、姫さんがいねぇからしょうがねぇ。しょうがねぇついでにアベルちゃんにも聞いときたいんだが」

「なんだ」

「アベルちゃんはどう思ってんだ? 兄弟が死んだって?」

被った兜の顎に触れ、アルがアベルの考えを問い質す。とはいえ、彼の意見は決まっているようなものだ。元々、スバルの生存を信じるのは正気かと、そういう語調で問答を始めたのが彼なのだ。

当然、アベルは『大災』の中にいたスバルが生き延びたとは――、

「――あれが『大災』でなかった以上、果たす役割が残されていよう。そのための能もあるなら、死したと考えるのは尚早だろうよ」

「エ……」

「アベルちん!?」

だが、実際にアベルが口にしたのは、タリッタの予想と正反対の答えだった。

その答えにタリッタは絶句し、望ましい答えを得たはずのミディアムも目を丸くする。

しかし、そのままアベルはタリッタたちの視線には応じず、体の向きを変えると、ゆっくりとその場から歩き出した。

顔を見合わせ、タリッタとミディアムもそれを追う。アルも、首をひねりながら前を行く三人の後ろについてくる。

「アベルちん! どういうことなの、説明してってば!」

「何の説明がいる」

「全部! だって、さっきまでスバルちんは死んじゃったみたいに言ってたのに」

「俺は、生き長らえたと思うなら感情論以外の論拠を示せと言っただけだ。俺はあれが生き長らえる理由があると考える。だから生き長らえたと考える。それだけだ」

「~~っ!」

優しさのないアベルの答えに、ミディアムが顔を赤くして不満を表明する。それも、振り返りもしないアベルには全く効果を発揮しないが。

そうして、三人を引き連れたアベルの足が、しばらく歩いた先でようやく止まる。そこは魔都の跡地、消し飛んだ『大災』の開けた大穴の目の前だ。

そこに――、

「うあう……」

穴の淵にしゃがみ込んで、項垂れている小さな少女――ルイの姿があった。

白い服をすっかり泥で汚したルイは、力なく素手で土を掻いている。手は土でも汚れているが、割れた爪からの出血で赤く汚れているのも目についた。

「ルイちゃん……!」

慌てて、そのルイの下にミディアムが駆け寄り、後ろから少女を抱きしめる。ミディアムの抱擁を受けながら、それでもルイは手を止めない。

地面を掻いて、あるいは瓦礫を押しのけ、少女はずっと何かを探している。――否、何かを、ではない。

「スバルヲ、探しているのですネ」

「良くも悪くも、ってな。……ちっ、気に入らねぇ」

小さいルイの背中を眺めながら、タリッタとアルがそれぞれの思いを吐息に乗せた。

タリッタの見知らぬ間に、アルのルイへの態度はひどくささくれ立ったものになっている。ただ、『大災』を吹き飛ばす最後の衝撃からルイを守ったのはアルだったので、そのあたりの関係性はタリッタにはイマイチ読み解けない。

それを今つついても、たぶん誰も幸せにはならない。それが何となくわかったから、タリッタも突っ込んだ話は聞かずにおいているが。

「もうやめよ。土を掘り返し、瓦礫の裏を見ても貴様の探し物は見つからぬ」

「う……あーう!」

ミディアムに抱かれるルイ、彼女の後ろにアベルが立つ。見下ろしてくる鬼面越しの眼差しに振り向いて、ルイは怒りとも悲しみともつかない顔を作った。

それはアベルを責めているようにも、止めてくれるなと訴えているようでもある。

アベルは前者であれば意に介さず、後者であっても聞く耳持たずと、ルイの隣から大穴の方へと顎をしゃくり――、

「あれを探し当てるのは骨が折れる。少なくとも、貴様が一人で土を掻いていれば出てくるものではない。――そも、どこへ飛ばされたかもわからぬであろう」

「あう! あーう! うあうーあ!」

「馬鹿の一つ覚えのように探しても、それで行き当たるものではない。弁えるがいい」

「うー! ううー!」

アベルの冷徹な物言いに、ルイが顔を真っ赤にし、口を開けて猛抗議する。

その勢いと剣幕からは、彼女が決してスバルを探すことを諦めないと、必ず見つけてみせると意気込んでいるのがわかった。

そして――、

「アベルちん、スバルちんを探す方法があるの?」

「う、う?」

「今の言い方、ルイちゃんだけじゃ見つからないって言い方だった。もしかして、もっといい方法が思いついてる?」

勢い込むルイを抱きすくめながら、ミディアムがアベルの瞳に問いかける。そのミディアムの言葉にルイの勢いが落ち着くと、アベルは片目をつむり、

「察しは悪いが勘はいい、か。貴様、あの兄と瓜二つだな」

「あんちゃんとは兄妹なんだから当然だよ。それよりも、ちゃんと答えて! スバルちんを見つける方法があるの? ないの? あるの!?」

期待が膨れ上がり、ミディアムが同じ質問を重ねて投げる。その、前のめりなミディアムの様子に嘆息し、アベルは一拍置いてから、

「探し出す術、というほど穏当なものではない。本来の狙いは、消えたあれの身柄を探し出すことではなく、帝都と事を構えるための名分の確保であったからな」

「もっとわかりやすく!」

「……策がうまく回れば、貴様やこの娘の願いが叶うこともあろう。何しろ、帝国中があれの身柄を探し回ることとなる」

「帝国中ガ、スバルのことを探ス……ですカ?」

アベルの言葉の気になる箇所を拾い、タリッタが眉を顰める。

ミディアムと同じで、タリッタも察しのいい方ではない。わからないことをわからないと大声で言えるのがミディアムで、胸に秘めるのがタリッタという違いだけ。

ともあれ、わかりやすく話したつもりのアベルの説明も、前提となる知識の不足がタリッタを理解まで至らせなかった。

ただ――、

「――うあう、あうあう?」

その言葉に秘められた意図だけは、正しく伝えるべき相手に伝わった。

暴れかけていたルイが、ミディアムの腕の中でくたりと体の力を抜いて、じっとアベルを見ながら言葉にならない問いを投げる。

それを受け、アベルも正確な意味はわからないだろうに、「無論だ」と頷いた。

「で、どうすんだ? どうすれば、その兄弟を見つける策ってのは実行できる?」

「そう難しいことでもない。ただ、広めるだけだ」

「――――」

アルの問いかけに応じたアベル、彼をまたミディアムが鋭い視線で睨む。と、アベルはミディアムの追及を予期していたように嘆息し、続けた。

それは――、

「――ヴィンセント・ヴォラキアの落とし胤、黒髪黒瞳の忌み子が父王の地位を狙っている。まさしく、『マグリッツァの断頭台』の再現だとな」

△▼△▼△▼△

――同日、同刻、とある地にて。

「――っ」

ぐっしょりと、濡れた体を無理やり押して、かろうじて指の引っかかった地面へと体を引き寄せる。一度、この感触を手放せば戻ってこられない。

文字通り、死に物狂い――否、生き物狂いの足掻きだった。

真っ黒な水、逃げ場のない水域は体温と体力を凄まじい勢いで奪い、何度も息絶える感覚を味わった。それが、夢と現のどちらだったのかさえ区別できない。

幾度も、大きな魚影に喰らいつかれた気がする。息が続かず、肺の中まで苦い水に満たされて、血の味を味わいながら溺れ死んだ気がする。体温と体力の喪失に意識を失い、眠るように命が途絶えたことも、あったかもしれない。

それを繰り返し、重ねて、ねじれて、そうして、ようやく――、

「あ、ぶぁ……っ」

飲み込んだ水を吐き出しながら、強引に体を岸へ引き上げた。辛い、苦しい、重たい。両手が使えればもっと楽にと、心底思う。だが、それができない。

この、岸を掴んだ右手の反対、左腕には決して手放せないものを抱いている。

それが何なのか、理解する前は何度か失敗した。手放してしまった。

だが、それが何なのかを理解してからは、絶対に手放すなどできなかった。だから、何度も何度も、失敗を重ねて、それでも諦めなかったから――、

「――――」

自分より先に、左腕に抱いていたそれを岸へ押し上げる。

大きさは小さいが、それでも重たい。自分が万全な状態でないのと、お互いに水泳には向かない格好だったのが不運だった。

特に、彼女の格好はキモノ姿で、普通の服よりもずっと布が多かった。布が多いということは、つまりそれだけ水を吸うということだから。

途中でキモノをいくらか脱がせ、軽量化を図ったのは許してほしい。

あと、抱き寄せたときに脇腹や首筋を鋭く抉られた。それも、彼女の頭に生えている立派な鹿の角が原因だ。――この痛みで、お互い様としてほしい。

あとは――、

「う、ぐ……っ」

少女を岸へ押し上げて、あとは最後の気力を振り絞り、自分も岸へ上がるだけ。

しかし、彼女を岸に乗せたことで緊張の糸が切れたのか、振り絞るはずの最後の力が見当たらず、両手は空しく渇いた土を掻くだけだった。

このままだと、いけないと、ふらつく頭と途切れない耳鳴りが訴える。

意識が落ちる前兆だ。そして、ここで意識をなくすのは『死』を意味する。

緊張感が途切れ、何としてもやり遂げるという気力が絶たれれば、この幸運を引き当てるのにまたしても夢と現を繰り返し続ける羽目になる。

それだけは嫌だと、懸命に懸命に、意識を立て直そうとすればするほど。

意識は、白んで、やがて、岸を掴む手が離れ――、

「――おっと、危ない」

瞬間、岸から離れ、再び水の中へ没しかけた手を、誰かが掴んでいた。

ぎゅっと、細い指に手首を握られ、沈みかけた体が岸に引き寄せられる。顔が水の中から浮かび上がり、息も絶え絶えに、消えかけの意識の先に相手を見る。

いったい、誰がこの腕を掴んだのかと、しかし――、

「ああ、やめましょう。今にも意識が消える寸前でしょう? それじゃちょっとしまらない。せっかくなら、もっと劇的に始めたいものですし」

あろうことか、こちらの手を掴むのと反対の手が、相手を見ようとしたこちらの目元を掌で塞いできた。見えたのは、相手の掌の皺ぐらいのものだ。

やたらと生命線の長い、見知らぬ相手の手。

それを目の当たりにしたのを最後に、意識は、遠ざかり――。

「しかし、よくもまぁ泳ぎ切ったものです! たまたま、風に吹かれて僕がここを出歩いていたのも実に奇縁! いやいやいやいや、いいですね!」

遠ざかる意識にも引っかかる、楽しげな声だけが最後までついてくる。

その、まるではしゃぐ雷鳴のような声が。

「――なんだか、壮大な物語が始まる予感がしませんか?」

答えようのない問いかけに、意識――ナツキ・スバルの意識は答えられず、落ちた。