軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七章33 『いざ、魔都への旅路へ』

――使えるモノを使い、ヴォラキア皇帝の座を奪還する。

城塞都市グァラルはもちろん、『シュドラクの民』、ズィクル・オスマン二将、そして他ならぬナツキ・スバルも合わせ、利用する。

そう、スバルの確認にアベルが首肯したところだった。

「――話はまとまったようじゃな」

と、会議の結論を見たプリシラが呟き、開いた扇で自分の口元を隠す。

彼女の言う通り、会議は一通りのまとまりを見せた。勝利条件を共有し、今後の方針を決め、次の目的地と目標を定めた。

あとは――、

「カオスフレームに向かうのが少数精鋭ってんなら、あとどうする。現状、俺とアベル、それからタリッタさんとミディアムさんの四人だが……」

「――それについちゃ、オレから一個いいか?」

「アル?」

次なる目的地、魔都カオスフレームへの最終メンバーを決めるにあたり、人員の選定をしようとしたスバルにアルが横から口を挟んだ。

隻腕で挙手した彼は、その上げた手で自分の首の裏を掻きながら、

「姫さん、ちょいと手綱を離れていいか? 兄弟についててやりたくてよ」

「うえ!?」

「おいおい、声裏返ってたぜ、兄弟。そんなに意外かよ?」

思いがけない提案を受け、声をひっくり返らせるスバルにアルが喉を震わせる。

が、なんてことないように言われても、スバルも「そうだな」とは頷けない。

「な、なんで……」

「なんでも何も言ったじゃねぇか。兄弟に協力するってな。オレみたいなうらぶれたオッサンでも、どっかしらで役立つと思うぜ」

「お前、そんなに本気だったのか」

たくましい肩をすくめるアルの答えに、スバルは会議前の彼とのやり取りを思い返し、そこで交えられた会話内容を順守する姿勢に驚かされる。

励まされたのは事実、勇気づけられたのも事実、背中を押されたのも事実。

しかし、「協力する」と本気で言ってくれているとまでは思わなかった。

「へっ、固まっちまってどうしたよ。オレの申し出がそんなに感動したか?」

「……いや、最初の驚きを乗り越えたら、別にアルが強いって話は聞いたことないし、俺とアベルと合わせて男女の戦力比がやべぇなって」

「期待されてたら悪ぃが、そこのアマゾネってる姉ちゃんよりだいぶ弱いぜ!」

ビシッとタリッタを指差して、アルが情けないことを堂々と請け負う。

実際、タリッタの実力は『シュドラクの民』の中でも指折りだろうが、『九神将』との戦いも目撃した今、かなり頼りない戦力増強だった。

ともあれ――、

「でも、そう言ってくれること自体は嬉しいよ。気持ちは受け取っておく」

「はん、気にすんな、兄弟……って、あれ? 気持ちだけ? もしかして、これ丁重にお断りされてね? 今回は御縁がなかったということでされてね?」

スバルの返答に疑問の尽きないアルだが、その受け取り方で間違いない。

申し出自体は本当に嬉しく思うが、ここはヴォラキア帝国だ。そもそも、フロップやミディアム以上にアルの参戦は成り行き任せで――、

「――アル」

「と、姫さん」

そう結論するスバルの傍ら、不意に美声がアルの名前を呼んだ。

声の主はもちろん、円卓に堂々と鎮座するプリシラ・バーリエルだ。彼女は紅の瞳を細めて、すっと感情の窺えない目をアルに向けている。

自分の従者でありながら、次なる行動を表明したアルに。

「城塞都市まで妾に同行すると、そう申し出たのは貴様であろうが。その貴様が、妾を置いて道化仲間と遊楽へ出ると?」

「遊楽ってほど浮かれた旅になる気はしねぇけども、そのつもりだ。それとも、姫さんはオレがいないと寂しい? ハグして引き止めてくれるってんなら……」

「たわけ」

「ですよねー」

軽口を食い気味に遮られ、アルが大して期待もなかった様子で項垂れる。

そんなアルの兜越しの頭頂部を睨みながら、プリシラは小さく吐息し、

「――せいぜい、うまく踊るがいい」

「おお、わかってるぜ。姫さんの方こそ、オレやらシュルトちゃんがいねぇからって不摂生はダメだぜ。 姫さんの別嬪さは、世界の別嬪さだ」

「言われるまでもない。妾を誰と心得る」

「もちろん、世界の中心ことオレの姫様、プリシラ・バーリエルさ」

おどけた調子で気障な台詞を言い、アルがプリシラの前で軽薄に一礼する。それから振り向いたアルは改めて、スバルの方に「よろしくな」と手を上げた。

「え、今のやり取りが最終決議? こっちの意見は!?」

「なんだよ、ずいぶんと嫌がるじゃねぇか、凹むぜ。それとも、オレが気付いてねぇだけで加齢臭とかすごい? 一緒にいるのしんどい感じ?」

「そんな話してねぇよ。じゃなくて、どうして決定権を……」

「いや、もちろん拒否るのは自由だぜ? けど、拒否れるかよ。――姫さんだぜ?」

くいっと顎をしゃくり、アルが扇で顔をあおいでいるプリシラを示す。

その堂々たる振る舞いこそが、アルの言葉の圧倒的な根拠だった。プリシラが決めたことをひっくり返す、それがどれだけ恐ろしいことなのかと。

とはいえ、それが先々の不安に繋がるなら拒まないわけにもいかず。

「プリシラ、俺は……」

「――構わぬ。必要ならばついてくるがいい」

「アベル、てめぇ、俺を軍師として扱うんじゃねぇのか!」

しかし、プリシラに意見しようとしたところで、またしても背中から撃たれた。

口を挟んだアベルを睨めば、彼もまた堂々と腕を組んでスバルと相対する。プリシラ同様、こちらもこちらで頑固に意思を完遂するつもりだ。

ただ、それでは雇用条件が違うとスバルも直訴する他にない。

「意見が取り入れられないなら、何のための軍師なんだよ」

「思い上がるな。耳を傾ける価値ある意見なら耳も傾けよう。だが、物事の決定権を握るのは俺だ。貴様にそれを預けることはせぬ」

「ぐぬぬ、仕事の成果を持ち去る嫌な上司か……?」

「何度も言わせるな。――成果は貴様のものだ。そうでなくてはならん」

「――――」

――玉座を追われた皇帝に、侮れない知恵者がついた。

アベルが欲しいのは、そうした評判のついたスバルだ。そのために手柄を譲ることも、多少誇張することも厭わないと、そう言っているのだろう。

だが、それでは虚構を積み上げるのと何も違わない。

「偽物じゃダメなんだよ。本物じゃなくちゃ、失ったもんを取り戻せない」

「――。ならば、俺も周囲も、他ならぬ貴様の手で納得させてみろ。それが叶わぬうちは、ただ大望を抱くだけの愚昧の妄言だ」

「クソったれが、やってやるよ。どんな不良債権も、うまく使ってやる」

ぐっと奥歯を噛みしめ、スバルはアベルの冷たい黒瞳を見据えて答える。

同じ方向を向いていても、心を許せる間柄ではない。それは王国と帝国といった立っている土の違いではなく、もっと大きなものが隔たりの理由に思える。

それがある限り、決定的なところでアベルとは意見を違えるかもしれない。

そしてそうなったとき、ナツキ・スバルは――、

「……もしかして、不良債権ってオレのことかね、姫さん」

「たわけ」

肩を落としてそう呟くアルに、プリシラは短く応じるばかりだった。

△▼△▼△▼△

――魔都カオスフレームへの遠征メンバーが決定し、状況が動く。

「俺が戻るまでに城塞都市の兵をまとめ上げておけ。遠からず、触れを出す」

「我が命に代えましても、やり遂げてみせましょう」

アベルの命令を受け、片膝をついたズィクルが恭しくそれを拝命する。

思いがけず、強大な帝国を敵に回す立場となったズィクル、彼の姿勢に迷いは微塵もないが、都市の将兵全てがそうであるわけでは当然ない。

その意思を統一し、一個の軍としてまとめるには『将』の尽力が必要不可欠。そういう意味でも、ズィクルの存在は拾い物だった。

「ズィクルさん、大変だと思いますけど……」

「いえ、これは『将』である私が本来果たすべき役割。なに、『無血開城』と比べれば、何のことはない問題です」

「――――」

胸を張り、そう力強く笑ったズィクルの言葉にスバルは目を伏せる。

『無血開城』を掲げ、できると嘯き、まんまと失敗したのがスバルの実績だ。結果、レムの期待を裏切り、失望を招くこととなったと。

しかし、そんなスバルの様子にズィクルは目を細め、

「そう落胆されるな。あなたが『無血開城』を献策し、閣下が決行を裁可された。そして事実、私や参謀官たちは血を流さず、あなた方の軍門に加わったのです」

「血を流さずって、それは……」

誇張された表現だと、スバルはズィクルの負傷に巻いた包帯を見ながら声を詰まらせる。だが、ズィクルは頬を緩め、それから自分の包帯を無理やり剥いだ。

血で汚れた包帯が剥がされ、腕に刻まれた傷が露わになるが――、

「この程度、軍人にとっては掠り傷。それよりも、あなたは誇るべきです。あなたが尽力した結果、閣下のために戦う将兵が減らずに済んだのですから」

「――――」

「あなたは自分の務めを果たされることです。――ナツミ嬢」

そう言ってくれるズィクルに、適切な言葉を返せたかはわからない。

ただ、手放しに褒められない成果でも、褒めるべき点を見つけてくれるズィクルの人柄を改めて好意的に思い、彼を死なせずに済んだことは成果だったと思えた。

そして――、

「――本当に、いくんですか」

「――――」

「いえ、おかしなことを言いました。忘れてください」

と、そう言って首を横に振ったのは、疲労感の隠せない目をしたレムだった。

杖をついて、都市庁舎の入口に立っているレム。彼女の姿は旅装ではなく、治癒術師として負傷者のために奔走して回る軽装だ。

レムは、グァラルに残る。

カオスフレームへ向かうスバルとは、一時的に別行動を取る形だった。

その別れを前に、見送りにきてくれたレムの一言にスバルは苦笑する。気遣ってくれた一言とわかっていても、それはできない。

「そりゃいいことばっかりじゃないけど、俺にお前のことで何かを忘れろって言われるのはしんどいよ」

「あ、そんなつもりじゃ……」

「首を絞められたのも指を折られたのも、お前にもらったものは全部、俺にとってはかけがえのない大事な思い出だから」

「は?」

揶揄したつもりはなかったのだが、レムの冷たい目で射抜かれてしまった。

ヴォラキアに飛ばされて以来、衝撃の大きかったイベントを思い返すと、パッと浮かんだ記憶に痛みや苦しみのインパクトが強いものが多かっただけなのだが。

もちろん、レムと歩み寄れたことや、彼女から思いやられたことなど、希望や喜びの記憶だって、この胸の奥にはたくさんたくさん仕舞われている。

――最も辛い記憶も、同じ場所に仕舞い込まれているのだけど。

「緊張感のない……本当に、大丈夫なんですか?」

「ずっとピリピリってしてるのも疲れるだろ。……大丈夫かって言われたら、色々と思うところはあるよ。できれば、ずっとお前の傍にいたいし」

「はぁ」

「気のない返事! いや、無視されないだけいいけどね……」

すげなくされて傷付くが、レムに告げた言葉は偽りのないスバルの本音だ。

レムをグァラルに残すことには、直前の直前まで大きな煩悶があった。正直、今この瞬間も前言を撤回し、彼女の細腕を掴んで連れ去ってしまいたい。

ナツキ・スバルの手の届くところで、レムに降りかかる苦難や火の粉、ありとあらゆる悪いことから彼女を守ってやれたら、どれだけいいだろうか。

「本当は、俺とお前をずっと切れない紐で結んでおきたいぐらいだ」

「本気で言ってるんですか……?」

「わりと」

「――――」

いよいよ、「は?」とも言ってもらえなくなった。

無論、言えば拒絶されるとわかっていたので、ダメ元で言ってみただけの提案だ。ずっとレムと自分を紐で結んで、常に安否がわかるようにしておければベスト。

場合によっては、プレアデス監視塔で目覚めた力を使うことも辞さないが――、

「『コル・レオニス』も、使い勝手がイマイチわからないからな……」

プレアデス監視塔で発現したスバルの新たなる権能、『コル・レオニス』――それはスバルを中心に、味方の位置と状況をぼんやりと把握できる力だ。加えて、仲間の負担をスバルが引き受け、万全を保つこともできる側面もあった。

あるいはその力を使えば、レムの不自由な足の負担を引き受け、彼女に元気に野山を駆け回らせることもできるのではと思えた。

それをして、レムに手の届かないところへいかれると困るのだが――。

「――――」

「な、なんで急にそんなに落ち込んだ顔を?」

「いや、自己嫌悪」

レムに指摘され、自分の萎れた顔を手で押さえてスバルは嘆息する。

思ってしまった。レムの足が不自由なおかげで、彼女がスバルから離れられない場所にいてくれたと。逃げ切れない状態だったことが、スバルとレムの関係を終わらせないでくれた要因の一個であったと。

レムが万全でないことで、自分は幸運だったと思ってしまった。

「こんなんだから、レムだって俺を信じられねぇよ」

いつだって、スバルは自分のことばっかり考えている。

もっと、優しくなりたかった。優しくて賢くて、強い存在になりたかった。みんなのためを思って頑張ってきた自分、それを塔で見つめ直して、まだ足りない。

――レムが信じた、ナツキ・スバルを取り戻せない。

「あの……?」

「悪い。ちょっとセンチメンタルになってた」

「せんち、なんです?」

「気にするな。俺の地元と……アルぐらいにしか通じない言い回しだ」

肩をすくめ、そう答えるスバルにレムが微かに眉を寄せる。しかし、内心に芽生えた感情を先送りにするように、彼女は目元を揉み、皺を消した。

色々と、レムの中でも葛藤があるのだろう。こうして見送りに出てきてくれることさえ、彼女的には思うところもあったはずだ。

「長く空けるつもりはない。お前がいないと、俺が耐えられなくなるから」

「……また、そういうことを」

「う、本心なんだけど……気持ち悪かったら、できるだけ控える」

「やめようとはしないんですね」

じと目で見られ、スバルは肩を落として反省の姿勢を見せる。

もちろん、レムの機嫌を損ねたくないし、不快な思いもさせたくはない。が、それはそれとして溢れ出るのが、スバルの中のレムへの強い感情だった。

ただ、レムを失望させたスバルが何を言っても、ではある。

「頑張って、すぐに戻ってくるよ。いい報告を持ち帰るつもりだ」

「……はい。アベルさんやミディアムさん、タリッタさんに期待ですね」

「アルはともかく、俺には」

「――――」

念のために聞いてみたものの、レムの視線の温度は変わらないままだった。

しかし、その答えによほどスバルが情けない顔をしたのだろう。レムはしばらく沈黙してから、諦めたように小さく吐息し、

「あなたを信じる信じないという話をすれば、だいぶマシにはなりました」

「信じる信じないの話してないじゃん……」

「相変わらず邪悪な臭いは薄れていませんが、問題はそこじゃありません」

「問題はそこじゃない……?」

そう続けるレムの薄青の瞳、その中で消えてくれない不信の光。

これから一時的でも離れ離れになるのだ。彼女の不信――それがグァラルでのスバルの失態に起因したものとわかっていても、少しでも取り除いておきたい。

スバル自身のためというより、都市で待つレムの心情のために。

「教えてくれ、レム。俺にできることなら、できるだけ頑張る。どうすれば、お前の不安っていうか、それを晴らせるんだ?」

「……それなら、どうしてまだその格好のままなんですか?」

「え!?」

じと目のレムにそう言われ、スバルは自分の姿を見下ろした。

長い黒髪のウィッグ、傷を隠すために白粉を塗り、体のラインが出ないよう配慮された装いと、華美に過ぎない装飾品――、

「どこか変だったか……?」

「どこも変ではないのがおかしなところの一点、城塞都市を離れるのに、まだその格好をしていることが一点。どう申し開きするんです」

「いや、だからこれは必要なことなんだって説明したじゃん!」

レムの瞳の温度が下がるのを見ながら、スバルはナツミ・シュバルツ状態を継続しながら悲鳴のような声を上げた。

まさか、この格好が彼女の不信に一役買っているとは完全に想定外だったが、これはレムにも告げた通り、ちゃんとした理由があるのだ。

「レム、昨日も話したけど、俺たちはこの国の隣の国の人間なんだ。で、俺の本当の名前が知れ渡ると、国を跨いで迷惑をかけることになる。だから、必要なんだ。本当の俺じゃない、ナツミ・シュバルツの存在が……!」

「はぁ、そうですか」

「全く不信感を払拭できてない返事!!」

レムのじと目の温度は変わらず、むしろ一層の不信感を増した気さえする。

しかし、これはスバルの置かれた状況と課せられた役割を天秤にかけ、大真面目に考案した対策なのだ。

――このヴォラキア帝国で、『ナツキ・スバル』の名を売ることはできない。

すでにナツキ・スバルは、ルグニカ王国の重要人物であるエミリアの騎士なのだ。つまり、今行っていることは隣国への立派な内政干渉なのである。

「いや、内政干渉に立派も何もないかもしんないけど……」

どうあれ、重要なのはスバルの行動の結果、その責任はスバルだけに留まらないという点にある。――端的に言って、エミリアに迷惑をかけるかもしれない。

彼女の騎士として、彼女が国王を目指す道を手助けすると誓ったスバルに、そんな足を引くような真似は絶対許されなかった。

「そこで、ナツミ・シュバルツなんだ。ナツミの名前なら、どれだけ売れても問題ない。ナツミなら、ただヴォラキア帝国で突然現れた黒髪の美少女で済む」

「終わりましたか?」

「まだだ! あと、目算としては……ナツミ・シュバルツの名前なら、ルグニカにいる俺の身内が気付いてくれる可能性が残せる」

むしろ、偽名を『ナツミ・シュバルツ』に限定する最大の理由はそこにある。

こうしてスバルが女装し、ナツミ・シュバルツを名乗るのはヴォラキア帝国が初めての出来事ではない。ロズワール邸での余興――というわけではないが、必要に迫られて女装する機会があり、その正体はエミリア以外のみんなが知っている。

その際、名乗った偽名も同じものだ。つまり今後、アベルの思惑通りにスバルの存在が帝国内で知名度を得たとして、広がる名前が『ナツミ・シュバルツ』であれば、スバルたちが帝国に飛ばされているとエミリアたちが知る機会が得られるかもしれない。

故に――、

「俺は必要に迫られて、この格好をしてるんだ」

「――。――――。――――――――。わかりました」

かなり時間がかかったが、レムの理解が得られてホッとする。

ともかく、そんなわけでスバルの女装状態は今しばらく維持される。あまり長引いてレムの信頼を損ないたくないが、それも状況次第だ。

「レム、困ったことがあったら、フロップさんとかズィクルさんに相談しろ。男だと難しいことなら、ミゼルダさんたちもいる。一人で抱え込まないように」

「それをあなたに言われるのは腑に落ちませんが、聞いておきます。……そちらこそ、アベルさんやミディアムさんに迷惑をかけないようにしてください」

「後ろの方だけ気を付けるよ」

ミディアムやタリッタはともかく、アベルへの負担は遠慮するつもりはない。

たまには涼しい顔を崩して、額に汗しながらアベルも悪戦苦闘すべきなのだ。

そうして、一通りの注意事項と別れを惜しんでしまえば、出発のときも近付く。

離れ難さを押さえ込み、旅立つ前に――、

「レム、あいつはどうした」

「ルイちゃんですか? 今頃、ウタカタちゃんと一緒だと思いますが……」

「そう、か」

「……呼んできてほしい、わけじゃありませんよね」

声の調子を落として、レムがこちらを探るような目を向けてくる。

スバルの意図を察した内容だが、決して快い調子ではない。むしろ、色濃い苛立ちと苦みを抱えた物言いだった。

都市庁舎の攻防以来、慌ただしい中でほとんど接触もしていないが、スバルのルイへの警戒は依然継続したままだ。むしろ、疑いが晴れることはあるまい。

たとえレムやウタカタに懐き、シュドラクらとうまくやっているようでも、いつどこで本性を剥き出しにしてくるかわかったものではない。

そういう意味では、ルイを置いていくことにも不安はあった。

ただ――、

「もう、グァラルを陥落させる作戦の間、ずっと目を離していたじゃありませんか」

「――――」

「今さらですよ」

そうレムに言われて、返す言葉がなかった。

ルイが何らかの行動を起こすとすれば、それはすでに何度もチャンスがあったのだ。ともなれば、ルイに延々と警戒を抱き続けるのも無駄なのかもしれない。

「一応、クーナたちには警戒を怠るなとは話しておいたから」

「強情……」

小さく囁くような言葉、それを聞いてスバルは少し考える。

当初、レムにルイの本性や危険な権能のことを伝えなかったのは、スバルの話を信じてもらえる土壌がなかったからだ。その状況でルイの事情を伝え、レムからなけなしの信頼を失い、遠ざけられることを避けたかった。

しかし、今ならばどうだろうか。

関係性は改善され、冷たいながらも話は聞いてもらえる。今なら、ルイの本性について話しても、無下にはされないのではないか。

「……いや、馬鹿な真似はよせ」

首を横に振り、うっすらと頭に浮かんだ発想を否決する。

信じてもらえるかもしれないが、信じてもらえたところでどうにもならない。ここまでルイは尻尾を出さなかった。それがレムに話した途端、隠していた本性を露わにするとも考えにくい。状況は変わらない。

ただスバルがすっきりする代わりに、レムの不安を増大させるだけだ。

そんな真似、する必要はない。

「……なんです、その顔」

「ああ、レムの人生に幸せなことだけ降り積もればいいなって」

「は?」

じんわりと込み上げるものを堪えながらのスバルに、レムの視線が厳しくなった。

とはいえ、言葉をかけようとすれば延々と、尽きず話は溢れ出るのだが――、

「――兄弟! そろそろ出発しようぜ」

そう言って、馬車に寄りかかるアルが手を振っている。

彼の背後には馬車と、その馬車に匹敵する巨体を誇る一頭の馬らしき生物――疾風馬と呼ばれる生き物がおり、旅の道程を引っ張ってくれるそうだ。

「ヴォラキアでも希少な動物で、『将』にしか与えられないそうですが……」

「ズィクルさんが貸してくれたんだよな。ちゃんと雌だし、一貫してる」

「一貫……?」

スバルの言葉にピンとこない様子でレムが首を傾げる。

こんな調子で、スバルの言葉にレムが良かれ悪しかれ反応してくれる。そうした幸せな環境も、しばらくはお預けとなる。

「おーい、兄弟?」

「あの、アルさんが呼んでいますよ」

「うん、だよな。それはわかってるんだが……」

「――?」

「靴裏が、お前の傍を離れ難いって地面から離れな……痛い痛い痛い!」

杖の先端で背中を抉られ、くっついたはずの靴裏が地面を離れた。そのまま二歩、三歩と前に進まされ、レムとの距離が開く。

彼我の距離が、本格的に。

「レム、何度も言ってるけど……」

「注意します。警戒もします。困ったら誰かを頼ります。さようなら」

「うう……」

おざなりに別れの言葉をかけられ、スバルはがっくりと肩を落として萎れる。そんなスバルを見ながら、レムは「まったく」と深々嘆息し、

「気を付けて、いってきてください。帰りを待っています」

「あ……」

「急にいなくなるようなことはしません。……あなた以外の方々は、信用しています」

付け加えるように言われ、スバルはじっくりとそれを噛みしめた。

それから何度も首を縦に振り、レムが嫌そうに顔をしかめるのを見ながらも、

「――いってくる!」

と、大きく手を振って、レムに送り出されたのだった。

△▼△▼△▼△

「――――」

遠ざかっていく馬車、それが城塞都市の正門を抜け、彼方へ消えていく。

馬車が目指すのは都市から南東、魔都カオスフレーム――帝国でも指折りの実力者が拠点とする地で、その人物を口説き落とせるかどうかが焦点。

正直、誰かを勧誘するという意味なら、スバルを連れていく選択には疑問が残る。

「……懸命なことは、きっと誰もが認めるでしょうが」

杖をつきながら、見えなくなった馬車の軌跡にレムは目を細める。

別れ際まで悪ふざけの域を出ないような状態だったスバル。色々と言い訳を並べ立てていたが、レムには女装をやめたくないとしか思えなかった。

無論、並べた言い訳の全部が嘘だと思っているわけではないが。

「奴らはいったか。賑々しいもの共がいなくなれば、少しはこの都市も風通しがよくなろうよ。持ち帰るのが朗報か、アベルの首かはわからぬがな」

「――プリシラさん」

不意に、立ち尽くすレムの背後から声がかかった。

振り向くまでもなく、悠然と隣に進み出てきたのは赤を鮮烈に印象付ける美女――豪奢なドレスを纏い、暴力的な美貌を惜しげもなく晒すプリシラだ。

都市庁舎を襲ったアラキア、その暴虐から自分の命含めて救われて以来、レムは彼女と会話らしい会話を交わしてこなかった。

だから、急に話しかけられ、戸惑いと困惑が強くなる。

「……ありがとうございました」

「ふむ、何に対する感謝じゃ?」

「昨日の、都市庁舎での出来事です。あのアラキアという女性から救っていただきました。私だけでなく、他の皆さんも。おかげで」

「命を拾ったものが大勢、とでも? 妾に言わせれば、奴らが命を拾った功は貴様にあろう。貴様が自らの才と研鑽を使い、死に瀕したものたちを救った。妾にはその慈悲を示す意図はなかった。勝手に妾の行いを捻じ曲げるでない」

「そんなつもりは……」

なかった、と言おうとして、レムは自省する。

相手の考えや行動、その意図を早合点して、自分の型に嵌めた判断をしようとするのは悪い癖だ。プリシラに限らず、何度となく覚えがある。

失われた記憶のことを思えば、まだほんの二週間ほどしか生きていないというのに。

「――――」

「なんじゃ、何も言い返さぬのか。それも退屈極まりない判断よな」

「……ごめんなさい。あなたの言う通りだと思いました。でも、私があなたに感謝している事実も、あなたには捻じ曲げられないのでは?」

「ほう?」

興味深げにそう言って、プリシラが自分の胸の谷間から扇を抜いた。そして、抜いたそれを音を立てて開くと、そっと形のいい自分の唇を隠す。

しかし、隠されない双眸には隠し切れない愉悦、好機の光が宿っていた。

「貴様は自分をなくしたと、そのように聞いていたが……なかなかどうして、妾に口答えするとはな」

「自分をなくした、という表現は少し違います。思い出せないだけで、消えてなくなったわけじゃ、ありません」

ぎゅっと自分の胸に手を当てて、レムはプリシラにそう抗弁する。

消えてなくなったなら、それは誰の手にも届かない夢幻とそう変わらない。だが、レムの失われた記憶は消えたのではない。レムの中にはなくても、必死でそれを取り戻そうとしているスバルの中にはあった。

彼の言葉が事実なら、自分には双子の姉がいるらしい。

その姉の中にも、記憶をなくす前の自分の存在は残っているだろうか。スバルの話した仲間や身内、そうしたまだ見ぬ人々の中にも、自分が。

もしも、レムの全てが消えてなくなり、何もかもが存在しないところから積み上げていくのだと、いっそそう割り切れたなら――、

「――そう割り切れたなら、この胸、痛まないで済みました」

「――――」

「ずっと、いつも、一秒一秒、思わされます。あの人の目に映るたびに、私はこの人の期待を裏切り続けているんだと」

無論、スバルにそんなつもりはなかっただろう。

一時は姿さえ確認しづらくなるほど、濃厚で色濃く立ち込める悪臭――それを堪えて覗き見た彼の顔は、いつだってただ必死なだけだ。

そしてその必死さは、レムの中に残っていない、消えた自分へと向けられている。

「なんて身勝手なんでしょうか。自分で自分に呆れ返る……」

だから、離れ離れになれてホッとしたと、離れ難く思う彼には言えなかった。

そして、ただホッとしただけではない自分の、この醜い感情も。

「――貴様、名はなんと言った」

「え?」

「貴様の名よ。まさか、自分と同時に名前もなくしたか? しかし、そのわりには名無しではなく、確かに名で呼ばれておろう。それは確か……」

プリシラが軽く視線を上げ、虚空に問いかけの答えを探す。

おそらく、彼女はレムの名前を覚えているだろう。短い間だけでも、彼女が非常に優れた知性の持ち主であることは感じ取れた。

それと同時に、底意地の悪い人物であることも。

故に――、

「――レムです」

と、わざと間違った名前を言われる前に、レムは自らそう名乗った。

記憶は失われ、戻る兆しもなく、過去の自分を知る相手と離れ離れになっても、少なくともこの二週間、呼ばれ、自認してきた『名前』だけは本物だと。

「面白い」

その答えを聞いて、プリシラが短く呟いた。

それから彼女は音を立てて扇を閉じると、その閉じた扇の先端でレムの顎をそっと持ち上げた。正面から紅の瞳に射抜かれ、その熱にレムは喉を焼かれる。

だが、言葉にできずとも、意思は瞳に込めて見つめ返した。

「レム、貴様をしばらく妾の傍に置いてやろう」

「……傍に、ですか?」

「素養と志はあろうと、能力が伴っておらぬ。その不細工な治癒の魔法も、妾が適度に打ち直してやる。そうすれば、多少は見れるものとなろう」

「――! 治癒術を、教えていただけるんですか?」

「たわけ。妾に治癒の術の素養はない。ただ、審美眼があるだけじゃ。貴様の何が不足しているか、見ればわかる」

「――――」

戻ってきた答えは期待したものではなかったが、ある意味では期待以上か、あるいは期待と大きく横道を逸れたものだった。

だが、現在のレムの唯一の技能――他者を癒せる治癒魔法が活かせるなら、プリシラの言を頼ってみる価値はある。

もっと力があればと、そう思わされ、悔いたばかりなのだから。

「でも、プリシラさんは自分の拠点に戻るんじゃ?」

「やめじゃ。アルの奴をアベルに付けたのもある。妾の課した条件を満たせるか、結果が出るのもそう遠くはあるまい。ここにて待つ。不自由はあろうが……その点は、シュルトを呼びつけて解決するとする」

「は、はぁ……」

何が琴線に触れたのか、グァラルに残ることを決断するプリシラ。いずれにせよ、彼女に師事するなら、そうしてもらえるのは助かる。

まだ、この都市には拙いレムの治癒術でも必要としている人が大勢いるのだ。彼らを置いて、都市を離れるわけにはいかない。

「そうと決まれば、妾の部屋を用意せよ。細かなところはシュルトにやらせるが、今日明日を過ごすための場は必要じゃ」

「わ、わかりました。すぐに、用意させてもらいます」

我が物顔で命じられ、しかし、レムは逆らう気が起きずに従ってしまう。

否応なく他者を従わせる風格がプリシラにあるのもそうだが、レム自身、そうしてすべきことを命じられることへの抵抗感がなかった。

パタパタと、杖をつきながらの急ぎ足で都市庁舎に戻り、プリシラの滞在と彼女の部屋の用意をズィクルに相談しなくてはと考える。

『シュドラクの民』も都市での活動には馴染みがないため、多くの部分でズィクルに頼ってしまうのは申し訳ない気持ちだ。

もっとも、彼は女性が頼れば嫌とも無理とも言わない男なのだが。

「あ、レー、いタ」

「ウタカタちゃん」

都市庁舎の中、ズィクルがいるだろう執務室への道すがら、廊下の窓から外を眺めていた少女――ウタカタと出くわした。

ウタカタはレムの姿に気付くと、人懐っこい顔でにっこりと笑う。たまらず、レムも頬を緩めて笑い返した。

「なんだか、バタバタしていてごめんなさい」

「ウーは大丈夫、へっちゃラ。ウーよりターの方が心配。ふらふらしてタ」

「タリッタさんは、そうですね……」

新しく族長に任じられ、スバルたちの旅に同行したタリッタ。

幼いウタカタの目にも、急に課せられた大役に潰されかけるタリッタの姿は頼りなく見えたのだろう。それでも、自分なりの打開策を求め、自信を獲得するために一歩を踏み出した彼女は立派だ。

自分には何もないと、そう弱音を吐いて蹲っている間にも、周りはレムのことを置き去りにして進み続けてしまう。

泣き言で世界を呪い、その皆の足を引っ張るのは絶対にしたくなかった。

「タリッタさんは、きっと大丈夫です。だから、私やウタカタちゃんたちで、タリッタさんが戻ってくる場所を守ってあげましょう」

「ン、わかっタ! レー、頼りになル」

「そう、でしょうか。そう言われると、少しだけ自信になります」

ウタカタの飾らない言葉に、レムはほんのりと頬を緩めた。

それからふと、違和感に気付いてレムは視線を巡らせる。通路に佇み、窓の外を眺めていたウタカタは一人きりで、周りに誰の姿もない。

まだ、子どもが一人で歩き回るのは不用心に思える環境だが、大人と一緒でないことを咎めようとしたわけではない。――もっと、根本的なものだ。

「ウタカタちゃん、一人ですか? その、ルイちゃんは?」

ずっと任せきりにしてしまっていたが、ルイはウタカタにずいぶんと懐いていた。

同年代の友人ということで、気の置けない関係を築いていたらしい二人だったが、だからこそウタカタが一人でいる状況には違和感が際立つ。

もちろん、考えすぎだとは思うが――、

「ルイちゃんは一緒じゃないんですか?」

「そウ! ルーなラ、ついていっタ」

「……え?」

首を傾げた姿勢のまま、ウタカタの言葉を聞いたレムが硬直する。

一瞬、白くなりかける思考を引き止め、レムは懸命に脳を働かせ、ウタカタの言葉の真意を確かめようとした。

ルイは一緒におらず、ウタカタの言葉の意味は――、

「る、ルイちゃんは」

「ン、ついていっタ! 馬車の中、ウーも乗り込むの手伝っタ」

と、勇猛果敢なシュドラクの少女は胸を張り、これまで同様に、全く悪びれない態度で堂々とレムにそう言ってのけたのだった。