作品タイトル不明
番外編第十四話 魔除けの力と魔寄せの力
「あの木を挟んだ反対側に野営できる場所があって、そこで休んでいたの。そしたらいきなり奇声が上がって、次に呪いの言葉と啜り泣く声が聞こえてきたでしょう。どう考えてもまともではないし、もしかしたら魔のつくものに人が襲われたのかと思って加勢しにきたのよ」
タチアナに声をかけてきた女性はマリエルと名乗った。
栗色の髪に、金色の瞳が映えてとてもきれいな人だ。
彼女に水場を教えてもらい、ついでに毛虫を回収してもらう。
「タチアナと申します。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした!」
意気消沈したタチアナは深々と頭を下げる。
おかしいな、ちゃんと確認したはずなのに。
「ちなみにどこからどこまで聞こえましたか?」
「どこからって……ほぼ全部」
「溜まっていた毒を吐いてました。重ね重ね、申し訳ございません」
「いいのよ、そういうときもあるわよね」
「ありがとうございます、マリエルさん!」
「歳も近いし、マリエルでいいわよ」
いやもう本当に器の大きい人でよかった!
彼女はギルドに登録して、主に素材採取と護衛の仕事を受けているらしい。ちなみに後ろにいた男性は彼女の兄だそうでリアムと名乗った。
「俺も呼び捨てにしていいぞ。あなたのこともタチアナと呼んでいいか?」
「はい、もちろん」
リアムはふわふわとした栗色の髪に、顎髭を生やしている。
体も大きいし髪や髭がもっさりとして印象は熊のような人だ。
彼もまたマリエルと一緒に旅をしつつ、ギルドで紹介される仕事を受けているらしい。
「紹介、仕事を……」
タチアナの顔がパッと輝いた。
「マリエル、ギルドの紹介する仕事にはどんなものがあるのですか?」
「うーん、いろいろあるわね。ただどちらかというと魔のつくものと戦ったり危険な場所に行くものが多いかも」
「ど素人ですが、お仕事は紹介していただけるのでしょうか!」
食い気味に言うと彼女は目を丸くする。
「仕事を探しているの?」
「はいそうです、しかも仕事をしながら旅ができるなんて最高です!」
「そうなの、ちなみに何ができるのかしら?」
「魔のつくものを倒すことができます」
「……あなたが?」
二人揃って驚いた顔をするけれど、それはタチアナが戦闘とは無縁という見た目だからだろう。
「これまでどんな仕事をしていたの?」
「いろいろな仕事を経験しましたが、最近までは竜の研究をお手伝いしていました」
タチアナは話を聞いてもらえるのがうれしくて一生懸命竜の話をした。
転んでもタダでは起きない。実験の結果と禁書庫に出入りして得た知識はタチアナの財産となっている。
そんな得難い知識を学んだタチアナだが、思えば竜王国の王城にいるときに竜騎士が隣にいても竜の話なんて欠片もすることはなかった。その時点ですでにいろいろおかしかったのだと、この期に及んでようやく気がついた。
好き勝手に話して満足したタチアナが顔を上げると、向かいに座る二人が呆れた顔をする。
「研究職の人ね、ならばまずは素材採取からかな。いいわ、次の国についたらギルドに紹介してあげる。私達のような立場の人間が紹介すると初心者でもギルドに登録できて仕事を斡旋してもらえるの。あなたに向く仕事があるかわからないけれど、それでもいいかしら?」
「是非にお願いします! ですがあの、あっさり信じていただいたようですが……自分で言うのもなんですけれど初対面だし、不審者ですよ」
「まあねー。でも嘘をついているとは思えないし、あの内容を聞いてそのぐらいはしてもいいかと思ったの」
「ありがとうございます」
少し前の自分を思い出してタチアナは若干遠い目をする。
まさかあの奇行が身分証明書並みの効力を発揮するとは思わなかったわ。
「そろそろ行くか」
火を消してリアムが立ち上がると三人揃って街道を目指して歩き出す。程なくして魔犬と遭遇した。ざっと数えて十匹以上いる。先頭を歩いていたリアムは素早く剣を抜いた。
鮮やかな一閃が飛びかかる魔犬の首を刎ねる。
彼の武器はブロードソード、恵まれた体躯から繰り出す力強い攻撃は強烈だ。あっという間に統率を失って魔犬の群れは半分以上数を減らした。
しかも大きな体からは想像もつかない俊敏な動きにタチアナは目を丸くする。
まるで背中に翼が生えているみたいだ。
タチアナを守るマリエルは背後から弓を使って攻撃を援護する。目で追えないような速度は風の魔法による補助だろうか、しかも矢は急所を的確に射抜いた。
連携が取れているし、二人とも強い。
はじめて自分とおばあさま以外の人間が戦う姿を見たタチアナは、緊張で冷えた手をきつく握った。
魔犬を蹴散らすと、今度は血の臭いに惹かれたのか、魔の森でも遭遇率の高い蜘蛛の魔物と遭遇する。魔獣の大移動が終わった後は魔獣や魔物の強さだけでなく数も増えるそうだ。
蜘蛛の大きさも強さもほどほどで、技量を見せるにはちょうどいい。
タチアナは武器を構える二人の前に出た。
「私が狩ります」
するとリアムが剣を構えたまま目を細める。
「危険と判断したら問答無用で介入する、いいな」
「はい、よろしくお願いします!」
タチアナは這い寄る蜘蛛と二人の間に立ちふさがる。
蜘蛛の素材は薬になると聞く。燃やすのはもったいないから別の魔法にしよう。
緊張しながら、タチアナは魔力を手繰った。
「切り裂け、蛇の尾をもつ風」
鞭のようにしなる風が鮮やかに蜘蛛を切り裂いた。
よかった、はじめてでも上手く使える。
タチアナはほっと息を吐く。これが我々の使う魔法の特別なところだ。祈りも潔斎も厳しいとされる修行すらいらない。知識を得た今は呼吸するように力が使える。
ところが魔法は問題なく発動したのにマリエルとリアムの反応がないので、タチアナは振り向いた。
「どうでしょうか?」
振り向いた先で二人は呆然と固まっている。
「あの大きさを一撃よ、すごいわね」
「タチアナは武器を使わずに魔法だけで倒すのか。だから見た目は華奢でも十分戦力になると」
二人の感想を聞きながらタチアナは察した。
……もしかすると彼らの使う魔法は武器と組み合わせて使う補助的なものなのかもしれない。
今までは赤の力ばかりを使っていたけれど、これからはこっちの紫の力のほうが主力になりそうだ。竜王国に居場所がバレるという危険を避けるためにも、今後は赤の力を極力使わずに隠しておくほうがいい。
マリエルはキラキラとした眼差しでタチアナの手を握った。
「はじめて見るわ、私達が使う魔法とは桁違いの奇跡みたいな魔法。ねぇ、それはどんな力なの?」
「うーん、説明したことがないから難しいですね」
するとマリエルの背後からリアムが顔を出した。
「マリエル。失礼だぞ、無神経にぐいぐい聞き過ぎだ」
「いいじゃない、気になるのよ!」
どんなふうに説明しよう、迷ったタチアナは小さく首をかしげる。
今はリアムが止めてくれたけれど、今後、マリエルのように聞いてくる人がいないとも限らない。適当に濁して逆に深く追求されるのも面倒だ。ならば、それらしい説明で納得させるのが一番安全かもしれない。
ただタチアナとしては紫の力はともかく、赤の力とは絶対に言いたくなかった。赤という言葉は、相手によっては赤い目を連想させてしまうから。
よし、だったら両方とも別の名前をつけてしまおう。そして新たに名をつけるなら能力の底が知れないような、曖昧なものがいい。
「紫の、……ではなく 魔(・) 除(・) け(・) の力です」
「魔除け、つまり魔のつくものから人を守る力ということかしら」
「はいそうです」
魔を弾き、魔を退ける。人に害を及ぼそうとする魔とつくものから国と民を守護する。タチアナの操る紫の力とは、そういう質のものだとおばあさまから教えられた。
魔除けという曖昧な言い回しを選んだのは、魔のつくものには人のように思考するものもいるから。たとえば魔人や悪魔、魔王もそう。強さを誇るような、無駄に興味を引く名は避けたい。
これ以上、面倒ごとに巻き込まれたくなかった。
「あとはどんな魔法が使えるの?」
「それはまあ、おいおい」
「そう、それは楽しみねー!」
それ以上は踏み込むことなくマリエルがあっさり引いてくれたので、タチアナはほっと息を吐いた。
もう一つの力、赤の力による魔法は魔のつくものを癒して使役する。
こちらは相反する力だから…… 魔(・) 寄(・) せ(・) かな。
使わなければいいけれど、どうしても使わずにはいられないときもあるかもしれない。そのときのために一応、名前はつけておこう。
タチアナはつぶやいた。
「……問題になりそうなら、また呼び名を変えればいいのよ。どんな名で呼ぼうが本質は変わらない」
「ん、何か言った?」
「いいえ、こちらのことです」
ささやくような声を拾ってマリエルは首をかしげる。
笑って誤魔化したタチアナは蜘蛛の遺骸に視線を向けた。
「それで倒したのはいいけれど、これどうしましょう?」
「ああ、私が買い取るわ。ギルドで精算しましょう、一旦こちらで素材を預かるわね」
マリエルは小刀を取り出すと、手際よく必要な部位を切り出して袋にしまった。
「素材はマリエルが使うのですか?」
「ええ、薬を調合するのに使うのよ」
「調薬師ですか、すばらしいお仕事ですね!」
「趣味の延長なの。独学だし、技術も未熟でたいそうなものではないわ」
調薬を趣味と呼ぶのは、少々専門性が高い気がするけどね。
研究所には竜の怪我に効く治療薬を作る研究員もいたからタチアナにはわかる。魔物の素材を使って薬を作るには魔力を使うし、素材を調合する技術も必要だ。趣味の延長で簡単に作れるものではない。
マリエルの近くに調薬師がいたのか、それとも高度な知識を身につけることのできる環境にいたか。どちらにしても技術を身につけるには相当な努力が必要で。
こういう陰で地道に努力する女性もかっこいいとタチアナは瞳を輝かせる。
「技術があるから就職にも困らなそうですね、うらやましい」
「仕事探しに苦労したのね。もしかすると他国に行って就職先を探そうとしているの?」
「そうです、それにできれば色々な国を見て回りたいのですよ」
旅をする理由の一つとはもちろん竜王国に見つからないようにするため。ないとは思うけれど、ハサイード様の執着の度合いを考えたら一ヶ所に留まらないほうがいいだろう。
それからもう一つ。これはずっと王城に囚われながら考えていたことだ。
「私と同じ黒髪に紫水晶色の瞳をした女の子を見つけて、魔法が使えることを教えてあげたいのです」
おばあさまがタチアナと出会ったときに言っていた、「他国で暮らしていたから探すのに時間がかかった」という言葉がずっと気にかかっていた。
もし自分の他にも黒髪で紫水晶色の瞳の女の子がいて、自分と同じように魔法が使えないことでつらい思いをしていたら教えてあげたい。
無能の役立たずではなく、愛されるべき存在であることを教えてあげたかった。
真剣な表情で答えたタチアナに、マリエルは困惑した。
「……ええと、他にもあなたと同じ魔法が使える女の子がいるかもということ?」
「はい、可能性ですが。この黒髪と紫水晶色の瞳が唯一無二の魔除けの力を使える証拠なのだとおばあさまが」
「ちょっと待って!」
マリエルは若干引き気味にそう答えると、同じように引きつった顔のリアムを振り向いて小さな声で言った。
「作戦会議よ」
「だな」
振り向いたマリエルはできる限り明るい声でタチアナに話しかける。
「ごめん、ちょーっと打ち合わせするからそのまま動かないで待ってて」
「はい、わかりました!」
「いい、お菓子くれると言われても他の人について行ってはダメよ!」
タチアナは素直にうなずいた。
そのまま少し離れた場所まで移動するとマリエルは重い口を開いた。
「珍しい色合いの容姿に、魔法。極めつけにさっきの奇行。あの子、完全に訳ありね」
「しかも本来秘匿すべき情報を漏らしている。あれは世間知らずなのか、それともわざと?」
「わざとはないわよ。タルガン鴨が香草のベイリーフをくちばしに咥えて自分から鴨肉の煮込みになりにきたようなものだもの。最初に出会ったのが私達だったからいいけれど、悪い事を考える奴らだったらゾッとするわね」
たった一人でも強い魔物を狩ることのできる魔法と高い精度。
魔獣や魔物があたりまえのように跋扈する世界で、それだけでも十分に価値がある。
拐われて魔物狩りで酷使されるか、人買いに売り飛ばされる未来だってあった。
「そういう意味では運が良かったな、彼女」
「本当にね。魔法の腕前だけでなく、容姿もきれいじゃない。特に艶のある黒髪と神秘的な紫の瞳が素敵よね。知性とほのかな色気で男性が放っておかなそう」
「そうかな、危なっかしいだけじゃないか?」
そっけない口調で答えたリアムが不自然に視線をそらした。その横顔を見て、マリエルはニヤリと笑う。
「あら、大変。タチアナが雄に囲まれているわ」
「なんだって、男なんてどこに隠れていた⁉︎」
リアムがあわてて振り向くと、タチアナがラナンサスの花に触れている。ラナンサスは低木に咲くオレンジ色の小さな花、無邪気に笑う彼女の指先の動きに合わせて周囲に芳香が広がった。
騙されたとわかって軽く睨むリアムに、マリエルはからかうような視線を向ける。
「ラナンサスのように雄花と雌花が別々の株で咲く植物を 雌雄異株(しゆういしゅ) というのだけれど、ここには雄株ばかりが群生しているのよ。雄株に囲まれるなんて珍しいっていう意味なのに、なんで勘違いしたのかしらねぇ」
「まぎらわしい言い方するからだろう!」
「だって、さっきから何をずっと目で追っているのかなと思って?」
ラナンサスの花か、それとも奇跡のような紫の花か。