作品タイトル不明
第十三話 三ヶ所目はベルビナ、竜の寝床
一夜明けて迷子の竜探し、本日三ヶ所目を捜索します。
「いやー、大忙しでしたねー!」
「あれを忙しいで片づけるのはアンジェリーナくらいだろうな」
事後処理に奔走した王子殿下の顔が疲れ切っている。
峡谷を後にしてマハラベイユに戻ったら、なんと町が魔獣に襲われていた。どうやらアントラリオンにオアシスを追い出された魔獣が、マハラベイユの近くにある森へ縄張りを移したらしい。そして、餌の豊富な人間の縄張りをさらに狙った、と。
つまり魔獣対人間の縄張り争いが勃発していたというわけだ。
魔獣は撃退しましたが、いろいろあって後始末は今朝まで持ち越す羽目になったのです。
ああ、ゴーグル越しに見る朝日がまぶしい……。
満足げに微笑んだアンジェリーナは空を見上げながら、ぐっと拳を握った。
おばあさま、アンジュの勇姿をご覧になりましたか。
思いっきりやりました、悔いはありません!
そんな想定外もありましたが無事に片づいたので、今日も迷子の竜探し。
行き先は他国との境界線沿いにあるベルビナ。竜の寝床と呼ばれる場所があって品質の良い紫水晶の採掘場があるところ。
ベルビナは昨日探しに行った渓谷を通り過ぎて、さらに先にある。
マハラベイユとは距離があるということで、採掘場の近くにある宿泊所を借りて泊まる予定です。
常駐する管理人のご夫婦から鍵を借りて、現在は庭でガマロを世話する係と、家の中でお掃除する係に分かれて作業をしています。
「意外ですねー」
「何がだ?」
「ジルベルト様もそうですけれど、王子様が雑巾を絞っている状況がです」
ついでに拭き掃除をする王子殿下の手慣れた様子にも驚かされました。
そもそもジルベルト様のときは野営中に出会っているから、片付けも掃除もそんなものと思っていたし、ジャミル様に至っては公爵子息というよりもアンジェリーナの認識ではもはや商人だ。
素材の売買はもちろん、率先して宿の手配をしてくれるし、情報収集までついでにしてきてくれるとにかくできることが幅広い。そして野宿も全然平気だった。
ガマロの世話をジルベルト様とジャミル様が担当しているので、アンジェリーナは王子殿下の指示のもとに掃除のお手伝いをしているのだが、とにかく手際が良くて手慣れている。
アンジェリーナが目を丸くしているともっともな答えが返ってきた。
「ジルから聞いていると思うが母が平民でな。野営でも役に立つからと家事全般を仕込まれた」
ああ、そういえばそうでしたね!
しかも炊事に洗濯、掃除だけでなく、裁縫や道具の修繕も得意らしい。
「裁縫は部下の破いた制服や取れかけたボタンなんかを繕っていたらいつのまにか上達した」
「部下の皆さんから慕われるわけですねー」
面倒見がいいだけでなく、ゴツゴツした見た目からは想像もつきませんが手先も器用らしい。
気安さもあってアンジェリーナはなんとなく聴いてみることにした。
「お母様は視察中に国王陛下と知り合ったとのことですが、どんな出会いだったのです?」
「母は生家で虐げられていたそうだ。心も体も深く傷ついていたところを父が見つけて保護した」
さらりと告げられた暗い過去にアンジェリーナは言葉を失った。
しまった、安易に聞くことではなかったか。
「申し訳ありません、配慮が足りませんでした」
「いや、いい。もう昔の話だしな」
「今はどのように暮らされているのです?」
「家族とは縁を切って、離宮で穏やかに暮らしているよ」
それならよかったと、アンジェリーナはほっと息を吐く。
結婚については保護という名目もあったからお母様も納得のうえだった。そうして生まれたのが王子殿下ということになる。
そうか、王子殿下はお母様のこともあって国王陛下を嫌いにはなれないのかもしれない。
「難しい立場ですね」
「竜騎士になる前は、いてもいなくても同じような存在だったからな」
正妃の息子は二人とも竜騎士で継承権なんてないに等しい。
「勘違いしてほしくないのだが不幸だと思ったことはないぞ。王子という身分、衣食住に健康な身体と学ぶ機会も与えられた。婚約者もいないし縛られるものもない。期待されなかった反面、選ぶ自由はあった。これ以上の幸運を望むのはむしろ贅沢だ」
たとえ、自分が必要とされていなくても。
そうつぶやいた王子殿下の瞳が一際強く輝いた。
「だがルベルは選ばれないはずの俺を選んでくれた。だからどうしても見つけてやりたい」
そうこなくては。アンジェリーナはくっきりと口角を上げる。
ただ探すにしても、もう少し情報がほしいところだ。
「ルベルを探す先にここを選んだ理由は何ですか?」
「出会った場所だからだ。それに地図に印がついた場所でルベルの知る場所がここしかなかった。思えば三年も一緒にいたのに、俺が魔物の討伐に忙しくてルベルの行きたい場所に連れて行ってやれなかったな」
王子殿下は周囲を見回して、深々と息を吐いた。
「俺に手元には平民や身分の低い貴族からの陳情や要請が直接届くことが多くてな。さすがに内容によっては父や王太子である兄の裁可が必要なものがあるが、討伐のような緊急性が高いものは先に報告だけして直接俺が出向いていた。だが移動に何日もかかるような辺鄙な場所もあって留守にすることのほうが多かったから」
身分の低い者にすれば彼が一番近くにいる頼れる存在だった、理由はそれだけなのだろう。
直接王様に陳情というわけにはいかないもの。
だが王子殿下が彼らの要望に応えるほど、彼の自由になる時間が減る。
「一人きりでルベルは寂しかったのかもしれない。そのことにいまさら気がついた」
王子殿下は悔いたような顔をする。
こういうところがなんとなく手を貸してあげたくなる。思わず世話を焼いてしまうジルベルト様の気持ちが理解できるような気がした。微笑んで、アンジェリーナは箒をしまった。
「それなら少しでも早く見つけて、信頼を取り戻さないといけませんね!」
「おう、そうだな」
「アンジュ、そろそろ行くぞ」
「はーい」
差し出されたジルベルト様の手を握り返して、王子殿下を振り向いた
「さあ、行きましょう。ルベルが王子殿下の到着を待っていますよ」
ここが二人の出会った始まりの場所。おばあさまも小さなアンジュによく言い聞かせていた。
いいかい、道がわからなくなったら最初の場所に戻るんだ。
迷子のルベルがもう一度王子殿下に会いたいと願うのなら、たぶんここで待っている。
それは魔除けの聖女としてではない、まだ幼かったころのアンジュとしての勘だ。
—―――
地中深いところから採掘機の岩を削る音がかすかに響く。
火山に近づいたせいか一帯は火の気が強くて気温が高かった。
暑い、そう思ったアンジェリーナは聖女のローブに着替える。魔力を流すと冷気が漂って周囲の温度がぐんと下がった。
冷却の魔法。
動物の冬眠と同じなのか、魔獣や魔物は周囲の温度が下がることで動きが鈍く緩慢になる。それを狙って付与した魔法だが実はこんなふうにも使える。
便利ですよねー!
アンジェリーナがホッとした表情をすると途端にジャミル様がうらやましいという顔をした。
「快適そうですね」
「ふふ、いいでしょう。冷却の魔法です」
「アンジュの魔法は私達には効果がないからな。自分達でどうにかするしかない」
つぶやきながらジルベルト様が鞄を探って魔道具を取り出す。
「試作品だ。用途は違うが使えるかもしれない」
この魔道具は装着者の周囲の温度を一定に保つ効果があるという。現状維持の魔道具を製作する過程でできた副産物だそうで首から提げる紐のようなものがついている。
なるほど、ローブと違って冷やすのではなく周囲の温度を一定に保つ効果か。
ただ同じ魔道具が一つではなく袋から二つ三つと続けて出てきたことにアンジェリーナは驚いた。
「質の異なる素材を一緒くたにまとめて最適な温度に保つという設定が難しいそうだ。貸すから、個々に使用感と改善点や課題を報告書にしてくれ。参考になるかもしれない」
「もちろん、すばらしい魔道具のためですから協力しましょう」
「温度を一定、且つ適温に保つかー。これいいな、かなり助かる」
「維持するためにそこそこ魔力を使うというのが難点だ。途中で魔力切れを起こさないように気をつけてくれ」
渡された魔道具をジャミル様と王子殿下は嬉々として首から提げる。相変わらずアンジェリーナには展開する何かが見えないけれど表情から判断して効果はあったみたいだ。
火山に近づくほど気温が高くなるのでこういう魔道具がないと余裕をもって捜索するのは難しい。
しばらく道なりに歩くと王子殿下が足を止めて、空を見上げた。
「この辺りでルベルが降ってきた」
つられてアンジェリーナは周囲を見回した。けれど積み重なる岩石があるだけで、特に変わったものはない。
「ここにもいないのか」
期待していただけに失望も大きい。
力なくつぶやいて王子殿下は肩を落とした。気配を探ったアンジェリーナはふと顔を上げる。
「あれ、魔力だまりがこの近くにありません?」
「よく気がついたな、まさにこのすぐ近くだ」
王子殿下の背後について歩いていくと、たしかに魔力だまりがある。
アンジェリーナが近づくと赤黒いマグマのような液体の沼に魔獣のからだの一部が浮き上がっている。
「ここだ」
「そうですか、これが」
有名なベルビナの魔力だまり、そう言いかけたところでアンジェリーナはピタリと足を止めた。
「どうした、アンジェリーナ?」
「……違う」
「違うとはどういうことだ?」
「これ、源泉じゃありませんよ」
見たものが信じられなくてアンジェリーナは青ざめた。
一見すると普通の魔力だまりだが、見慣れたものよりもずいぶんと力も規模も小さかった。しかもこれとは別にもう一つ、濃厚で禍々しい魔力だまりの気配を感じる。
「魔力だまりは水脈のように地下で繋がっています。これは見せかけだけの力が弱いほう、本体である魔力だまりは別の場所にあります」
「は⁉︎」
理解できなかったようで王子殿下が固まった。
なんてことだ、ベルビナに魔力だまりは二つある。
魔の巣窟の主は見せかけだけの弱い魔力だまりを生み出して、強いほうを隠してきた。
だが何のために?
まるで引き寄せられるようにアンジェリーナの視線が上がった。重なり合う岩の隙間に何かを見つける。
あれは、入口?
「あそこからどこかに入れそうですね」
「ああ、あれが竜の寝床に至る入口だ」
火山の噴火があって空洞の天井が崩壊し、大きなくぼみといくつかの小さなマグマだまりが残った。そこに竜が飛来する姿を見て、竜王国の人々は竜の寝床と呼んだそうだ。
「俺は入ったことがないのだが、あの先には迷路のように入り組んだ通路があるらしい。途中に何ヶ所かマグマが溜まっているところがあるそうで、暑さと澱んだ空気と相まって気分が悪くなる人もいるそうだ。だから周辺住民は恐れて誰も近づかない」
「国によって立ち入りが禁じられているというわけではないのですね?」
「そうだ。ただし竜を保護する立場から、国は神聖な場所と考えている。だから何もなければ積極的に立ち入ることはしない」
それにな、と続けて王子殿下は声をひそめた。
「最奥まで行った人間は戻って来られないというのだ。運良く戻ってきた者は全員が通路で迷ったという者ばかり」
最奥に何があるか、誰も知らないのはそのため。王子殿下の言葉にアンジェリーナはくっきりと口角を上げた。
ではそこにあるのでしょうね。
企むアンジェリーナの顔を見た途端、ジルベルト様が目元を押さえて深々と息を吐いた。
さすが、言わずとも察していらっしゃる!
「じゃあ、行きましょうか」
「……じゃあって、どこへ?」
「どこって、もちろん竜の寝床の最奥ですよ」
「危ないって言っただろう⁉︎ 怪我でもしたらどうする!」
「ですがそこにルベルがいるかもしれません」
困った顔でアンジェリーナが眉を下げると、途端に王子殿下は沈黙する。
するとジルベルト様がアンジェリーナの手を軽くつかんだ。
「アンジュ、私達に何かあれば責任を負うのはアレスだ。それをわかって言っているか?」
「それは」
「……いや、ジル。大丈夫だ、俺も行く」
覚悟を決めたように王子殿下は顔を上げた。
「もしそこにルベルがいたときは、一番に迎えてやりたい」
「そうですよね、契約がありますもの」
アンジェリーナも決して意地悪を言っているつもりはなかった。
人が竜を契約で縛るのだ、契約を維持するには人間側も誠意と献身という対価が必要になる。
アンジェリーナが入口に近づくと、一足先に洞窟をのぞき込んでいたジャミル様が眉根を寄せた。
「入ってすぐの道からいきなり複雑に分岐していますね。これは迷わず奥に進むのは難しそうだ」
まあ、普通ならそう思うでしょう。アンジェリーナはニヤリと笑った。
「ご安心ください、最奥まで迷わず行けますよ」
「どういうことです?」
「魔力だまりの気配がするのです。おそらく気配のある辺りが最奥でしょう」
一瞬、言葉を失ったジャミル様が深々と息を吐いた。
「嘘をついていないことがわかるから余計に驚きますね」
「ジャミル、残念だがまだまだ詰めが甘い」
生温い目をしたジルベルト様がアンジェリーナの手を引いた。
「往路はいい、復路はどうするんだ?」
「もちろん、全力でお任せします!」
「……は?」
「わかったか、アンジュは自分にとって都合の悪いことを決して言わない。だから曖昧にせず徹底的に聞き出すんだ、さもないと後で痛い目を見る」
呆然としたジャミル様にアンジェリーナは誤魔化す気満々で笑った。
いやだって迷路ですよ、迷うのは当然じゃないですか!
王子殿下が心の底からかわいそうな子を見る目をしているのですが、何ででしょうね?
「……大変だったな、ジル。重みというか、説得力が違う」
「他人事のように言うが、おまえもいつか絶対巻き込まれるからな。命は一つしかないんだ、大事にしろよ?」
「そこまでか!」
ちょっと考えてジルベルト様は荷物を探って手のひらに乗る大きさの魔道具を取り出した。入口付近の岩陰に置いて魔力を流す。
「それは何ですか?」
「秘密だ。本当は使いたくはないが他に手段がない」
珍しい、ジルベルト様が言葉を濁すなんて。
だがここには見ただけで魔道具の機能を見抜く目があることを忘れてはならない。
ジャミル様の孔雀石の瞳が冷ややかな色を浮かべる。
「これって……執着心丸出しじゃないですか。独占欲の強い男は嫌われますよ?」
「勘違いするな、迷子対策だ」
ジルベルト様が何事かを耳元でささやくとジャミル様の顔色が変わった。
彼は頭を抱えて深々と息を吐く。
「しょうがないですね」
「絶対に言うなよ」
「ジルベルト様、何ですか?」
「だから秘密だ。聞いたら息の根止めて黙らせるやつ」
薄らと笑ったジルベルト様の笑顔が黒い。アンジェリーナはすぐに視線をそらした。
これ以上踏み込んだら危険。ええ、聞きません。聞こえません!
視線を泳がせてアンジェリーナは前を向いた。
「じゃあ、行きますよー!」
「ちょっと待て。アンジュは私の後ろだ」
「え、どうしてです?」
「魔獣や魔物が出たら私達三人で戦う」
どうして、アンジェリーナは目を丸くする。
柔らかく笑ってジルベルト様はさらっと頭をなでた。
「仲間はずれにするわけじゃない。アンジュはこの先にある魔力だまりが目的なのだろう? 現地で何があるかわからないから魔力と体力は温存しておくべきだ」
ジルベルト様は視線を背後に向ける。振り向いたアンジェリーナの視線の先で残る二人もうなずいた。
「そうか。じゃあ俺が最後尾だな」
「私は荷物もあるのでアンジェリーナの後ろですね」
「王子殿下、ジャミル様も?」
「我々にとってアンジュの魔除けの力が要だ。敵の正体がわからないときは、こういう駆け引きも必要になることを覚えておくといい」
そうか、こうして頼ってもいいのか。たった一人で戦っていたからわからなかった。
「よろしくお願いします!」
ジルベルト様に続いてアンジェリーナは入口をくぐった。
肌で感じる濃厚な魔力の気配。
間違いない、たぶんルベルはここにいる。