軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 砂漠の町マハラベイユと残されている宿題

仕切り直して、次の日の朝。本日は二ヶ所目を捜索します!

オアシスのさらに先にある砂漠の町、マハラベイユというところの近くに目的地があるそうだ。

積み木のような建物が山肌を覆って町の周囲をぐるりと盗賊避けの要塞が囲っていた。

「すごい、この建物は壁が青だ。あちらの家は壁は白だけど扉や階段が鮮やかな青い色なのですね!」

「気流の関係か、この場所は空が茶色に濁って見えるんだ。だから青空の代わりに町を青く塗った」

「そうなのですか!」

空の代わりに、地上に青を。だから町の建物の色はほとんどが青だった。

壁や通路の両側を飾る素焼きの植木鉢は鮮やかな赤や黄色で両方が合わさると余計にかわいいわ!

砂漠が杏色で、同じ色合いをした要塞の武骨な造りが、町の可憐な美しさを引き立てる。ただほんの少し気になるのは一部散らかったままというか、微妙に荒らされているところ。

ほんのわずかに魔獣の気配がするのよね。

でも町中は落ち着いていて、魔獣が出没するという話を聞かない。

気のせいかと、ゆるく首を振ってアンジェリーナは王子殿下に視線を向ける。

「そういえば今日はマハラベイユを拠点として谷に向かうのですよね」

「ああ、ガマロに乗って一時間くらいのところか。垂直に切り立つ高い崖があって、崖には空洞や岩でできた障害物がある。谷間を強い風が常時吹き抜けていて、竜にとっては翼で風をつかむための練習をする場所だ。もちろん、遊ぶ場所でもある」

「ルベルはその場所を知っているのですよね?」

「ああ。まだ本格的な訓練には早いが、遊びに連れてきた」

好奇心旺盛なルベルはとても喜んでいたという。

ということは、この谷にいる可能性も十分にあるということだ。

周囲に視線を巡らせていたアンジェリーナは露店の籠に盛られた商品に感嘆の声を上げる。

「乾燥した果実が山盛り……色がきれい、甘そう、おいしそう」

「ジャミルが戻るまで少し時間があるから見てきたらどうだ?」

王子殿下の言葉にアンジェリーナは瞳を輝かせる。

「ありがとうございます、すぐに戻ります!」

「あわてると転ぶぞ」

「大丈夫ですよ、子供じゃないのですから……っと」

軽くつまずいたところを笑って誤魔化したアンジェリーナは一直線に露店へと向かう。

微妙に足元の危なっかしい後ろ姿を、小さく笑いながら見送ったジルベルトはほっと息を吐いた。

「だから転ぶと言ったのに」

「その言い方、恋人というよりはもはや保護者だな!」

「怒るぞ……それで、わざわざアンジェリーナを遠ざけてまで私に伝えたいことは何だ?」

真顔でさらっと話を振ってきたジルベルトにアレスティオは目を丸くする。

「おっかないね、まだ何も言っていないのに。さすが対魔獣特務部隊隊長だ」

「元だがな。それで、内容は……竜の乙女のことか」

「本当に勘がいいよな。まあ、そうなんだが」

珍しい、アレスが言い淀むなんて。

ジルベルトは首をかしげる。

「もしかして昨日の件か?」

「そうだ。城に戻った後、父に呼び出されてこう言われた。アンジェリーナと親しくして竜の乙女に関する情報を引き出せと。特に彼女の血族には竜の乙女がいる可能性が高いから居場所がわかればすぐに教えろとそう言うんだ」

アレスティオは暗い表情で、かき上げた前髪をクシャリと握った。

やはり昼食会の狙いはアンジェリーナだった。ジルベルトは漏れ出るため息を呑み込んだ。

どいつもこいつも。どうしてこうも簡単に手を出してくるのか!

「正直俺は理解できないんだ、人を欺いてまで竜の乙女に固執する竜の血が」

たしかに国のためと言われてしまえば王子として特権を享受してきたアレスティオは従わざるを得ない。でも父の選択は本当に国のためなのか、どうにも疑わしいのだ。

「だってそうだろう? 竜の乙女を王子が娶ったとして竜の血が濃くなるという保証はどこにもないんだ。人一人の自由と尊厳を奪っておきながら予定と違ったではすまないだろう?」

「それを陛下には言ったのか?」

「言ったさ、でも一蹴された」

あんなに怒る父を初めて見たかもしれない。アレスティオは苦しそうな顔で面を伏せる。

アレスティオは父を王としても、竜騎士としても尊敬していた。平民の血を引く息子を他の王子と分け隔てることなく教育を施し、ルベルと契約したときも、誰よりもよろこんでくれた。そこには優秀な駒を得た王としての冷徹な判断が働いた結果かもしれないけれど、父のためなら己が命を捧げてもいいとさえ思っていたのだ。

だから余計に父の言葉が衝撃だった。

「父は竜の乙女が絡むと人が変わったように陰湿で狭量になる。それと同じ竜の血が俺の体に流れていて、いつか俺を理解できない生き物に変えてしまうかもしれない。そう思うと余計にこわいんだ」

「アレス」

「ジル。呼び立てておきながら申し訳ないが、このままアンジェリーナを連れて国を離れたほうがいい。今ならまだ何とでも言い訳がつく」

真剣な表情で、アレスティオははっきりとそう言い切った。

たしかに国の依頼を正式に受けたセザイア帝国のときとは状況が違う。現状はあくまでもアレスティオの個人的な頼み事を受けたものだから契約書があるわけではなし、依頼主がいいと言うのなら契約上の問題は何もなかった。

「だがルベルはどうする?」

「我々で引き続き捜索する。アンジェリーナにはルベルの残したリボンを見つけてもらったし、可能性のある場所を教えてもらった。それで十分だよ」

「我々を逃しては、おまえの立場が一層厳しいものになるだろう?」

「王子ではあるが、もともと期待されていない身だ。だから大丈夫」

ジルベルトは深々と息を吐いた。

そんなわけがあるか。王の指示は騎士なら絶対だ。場合によっては命で贖う羽目になる。

アレスティオはあえて言わなかったのだろうが、もっと露骨にジルベルトを排除してアンジェリーナを手に入れてこいくらいは言われているだろうに。

さすがに人が良すぎる。そうでなくても逃げてしまえとか普通は言わないだろう。

王子という高い身分でありながら、困り事があると貴賤に関係なく真っ先に動いてくれる。この情に厚いところが部下から慕われて、民から高い支持を得ている理由だ。

今やアレスティオが竜騎士という孤高の存在と、民を結ぶ線を担っている。だから他の王族が貴族や豪商を優遇していても表向きはうまく国が回っているのだ。

それがわかっているから王も簡単には切り捨てられないだろうが、さてどうするか。

「やはりアンジェリーナに教えたほうがいい」

「そうかな、彼女にとってはあまり気持ちのいい話じゃないが」

「たとえそうだとしても旅の目的や行き先はアンジェリーナが決めるものだ。大事なのは彼女がどうしたいかで、黙ったまま私の意思だけで決めていいことではない」

ジルベルトが諌めれば、アンジェリーナはちゃんと止まる。

それは普段からアンジェリーナの意思を尊重しているからだ。

「それに我々の基準と、魔除けの聖女として選ぶ基準が微妙にずれていることがある。我々にとっては最善であっても、彼女にとってはそうではないということがあるからな」

「うーん、そういうものなのか」

「まずは話してみよう。アレスティオにとっても、きっと悪いことにはならないはずだ」

今逃げ出すのはむしろ悪手。竜の乙女との関与を疑われて、もっと深く調べられることだってあり得る。それなら適当な頃合いまで粘って、注意が逸れたところで静かに消えるのが得策だろう。

「お待たせしました」

ちょうどそのタイミングでアンジェリーナが戻ってくる。

両手に抱えた戦利品の袋からは、ほのかに甘い果実の香りがした。

「おかえり、楽しかったか?」

「はい、竜王国の方は気さくで優しいですね! 試食させてもらったし、おまけまでつけていただきました!」

ほくほくした顔で、宝物のように袋を掲げる。

「よかったな。それで戻ってきた早々に悪いが一つ相談があるがいいか?」

「ええもちろん」

こうしてジルベルトの口から昼食会の趣旨と国王殿下の思惑が語られる。

アンジェリーナは説明を聞きながら大きくうなずいた。

やっぱりそういうことかー。王から注がれるあの気持ちの悪い感覚といい、不自然な態度といい。何か仕掛けてくるとは思っていたけれど。

「お気遣いいただき大変ありがたい申し出なのですが、私もジルベルト様の考えには賛成です。逃げ出すにしても今ではありません」

「だが自分を調べる側の人間が隣にいるのは嫌じゃないか?」

「まあそれはそうですが、私にはもう一つ宿題がありまして。この国ではそちらも調べる必要があるのです」

「宿題、何だそれは?」

「部屋でゴロゴロしながら情報がないかとおばあさま達の覚書を読んでいたのですが。そこにこんな記述があったのですよ」

アンジェリーナは記憶した内容を読み上げる。

「翼ある蛇は天と地を繋いだ。蛇が地を這えば川と海ができて、尾が谷を割った。そして翼ある蛇に導かれ、天船に乗った騎士は繋がれた地に国を造った。これがスワラティ竜王国の始まり」

「よく知ってるなー。ヴァディス=スワラティの天船、竜王国の建国神話じゃないか」

「ふふ、そうなのですよ。おばあさま達は皆、すごいのです!」

ええ、忘れていませんよ?

アンジェリーナはジルベルト様に視線を向ける。

「リゾルド=ロバルディア王国、魔の巣窟に召喚された蛇はどこからきたのか。興味ありません?」

「それは……興味があるな」

「ですよねー!」

ちなみに神話に出てくる翼ある蛇とは 竜(・) のことだと言われている。

というわけで、最後の三ヶ所目を確認するまでお付き合いします。

そう答えると王子殿下はほっとした顔で笑った。

「そうか、助かる。アンジェリーナにしかわからないこともあるだろうし不安は不安だったから」

「遠慮なさらずに。だってジルベルト様のご友人ですから!」

三ヶ所目まで回って、見つかれば国を出る立派な理由ができる。

もし見つからなかったとすればアンジェリーナの見込みが外れたことになるが、無能の役立たずという誹りは受けても、これまた国を出る立派な理由にもなるわけで。

アンジェリーナは薄らと笑った。

噂だろうと利用する。

無能の役立たずでいいわ。二度と行くものか、あんなおっかないところ!