軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 ヴァディス=スワラティの天船と国王陛下の甘い罠

迷子の竜探し、二日目。

本来なら次の目的地に向かう予定だったけれど朝一番で王子殿下の使いという方が来た。

「王が、ぜひ昼食をご一緒したいとのことです」

日々公務に追われる国王陛下だが、本日の昼食の時間だけは予定がないので一緒にという趣旨らしい。かつてジルベルト様が王太子だったときに何度か国王陛下と顔を合わせたことがあって、王子殿下との縁もあり親しくさせていただいたという。

突然の招待ですが国の頂点に立つ王のお誘いを断るというのは難しい。それでもジルベルト様は迷っていた。アンジェリーナを置いていくのは心配だからということで。

でも断っては彼のためにはならない。そう思ったアンジェリーナはジルベルト様の耳元でささやいた。

「大丈夫です、お留守番していますよ。部屋から出なければいいですよね?」

「そうだな、何かのきっかけで赤い瞳を見られたら逃げ場がない」

というわけで念のためにジャミル様は宿に待機してもらって、ジルベルト様は自分だけが王城に行くと伝えたのだが……使者は微笑みを絶やすことなくもう一度深く礼をした。

「実は王がアンジェリーナ様もご一緒に招待したいと申されておりまして」

「えっ!」

意外だ。アンジェリーナは目を丸くする。

魔除けの聖女としては表向き罪人扱い、名誉ある王城に招かれることがそもそもあり得ないというのに。

アンジェリーナは使者の表情から思惑を探ろうとしたのだが、さすが王家の遣わす人物だけあって表情からまったく読めない。

何をさせたいのかしらね?

アンジェリーナは思わず視線を王城へと向けた。

竜王国の王城は、竜騎士と竜騎士の認めた人間だけが足を踏み入れることが許されるという。

この国にいる誰もが城に招かれるのは名誉だと言うけれど、もし竜の乙女が魔除けの聖女だとすればアンジェリーナにとって王城は敵地の真っ只中だ。

誰が行きたいなんて思うか。無駄な抵抗かもしれないけれど可能性に賭けて断ってみよう。

アンジェリーナは眉を下げて、申し訳ないという顔をする。

「私は罪を負い、国外追放となった身。お招きいただき光栄ですが招待に応じては竜王国の評判にも関わります。この身には過分の栄誉のため、せっかくのお話ですがお受けするわけには」

「ご懸念には及びません。慈悲深き我らが王は人々のためにと罪を負ったアンジェリーナ様の自己犠牲の精神に深く御心を打たれたとのことです。できれば今回の招待をアンジェリーナ様の罪を濯ぐ一助とさせていただきたいと熱心に申されておりました」

まるでアンジェリーナが断ることも想定していたかのような模範回答だ。

やられた。ジルベルト様と軽く視線を合わせて天を仰ぐ。

スワラティ王家が受け継ぐ竜が如き誇り高く苛烈な一面と慈悲深さ。王の慈悲深さを演出する格好のネタだったかといまさら気がついた。視界に映る王城が鈍い光を放って煽るような誰かの声が聞こえたような気がする。

――――むしろこの機会を利用してみせよ。

なるほど、試しということか。アンジェリーナは苦笑いを浮かべる。

しょうがない、ここまで言われたら行くしかないでしょうね。

首を洗って待ってなさいよ……という不敬まっしぐらな言葉は呑みこんで。品よくひざを曲げてアンジェリーナは招待を受けた。

「承知しました、 喜(・) ん(・) で(・) お受けいたします」

そして現在地は、王城に併設された居住区域の入口。

聖女のローブを身につけて鞄を提げている。転送機の順番を待つ間、ジルベルト様がアンジェリーナの耳元に顔を寄せてささやいた。

「会話は私とアレスで引き受ける。聞かれたことには短く返事を返す」

「はい」

「答えたいなら応じていいが、答えに迷ったときは私を見る。そうしたら私が答える」

アンジェリーナがうなずくと、ジルベルト様は指先で柔らかく目元に触れた。

宝物に触れるような仕草にアンジェリーナの頬がゆるんだ。

「言わずとも承知していると思うが魔寄せの力を使うな」

「もちろん、そのつもりです」

挑む気持ちで顔を上げると一風変わった王城の姿が視界に大きく広がる。

遠目からだけど、初めて見たときは信じられなかった。

そして今、こうして近くで見上げても、もっと信じられない。

これが王城とはね、まったく予想していなかったわ!

竜王国の王城はアンジェリーナの想像をはるかに上回る珍しい姿をしていた。

スワラティ竜王国王城—―――別名、ヴァディス=スワラティの 天船(あまぶね) 。

空に浮かぶ船が王城だなんて想像もできなかったわ。

未知なる力で浮くという摩訶不思議な天船は空に浮いた状態で、騎士や使用人の居住区域がある建物に繋留されている。竜王国の始祖王ヴァディス=スワラティはこの絢爛豪華な空を駆ける船で異界から渡ってきたという。

嘘のような話だけれど、本当のところはどうなのだろう?

船首の飾りが陽光を弾いて、アンジェリーナはまぶしさに目を細める。

欄干に止まっていた鳥が大きく翼を広げて羽ばたいた。

そうか、翼のある竜には城が空に浮いていようが関係ないものね。

天船のところどころに大きな窓とバルコニーがあるのは、そこから騎竜に乗って竜騎士が出陣するためかしら?

ジルベルト様曰く、ここには竜と竜騎士に繋がる歴史のすべてが納められているという。彼らにとって軍事拠点でもあり聖域。だから竜騎士は天船を自らの住まいと定め、竜を駆って全力で守るのか。

「アンジュ、いくぞ」

「はい」

視線を戻すと転送機の前でジルベルト様が手を差し出している。

ここから先は敵地と同じ、気を抜かないようにしないと。

導かれるように転送機に乗ってついにアンジェリーナは天船内部へと降り立った。

案内されて、赤い絨毯の上を歩き奥へ奥へと進んでいく。

使用人の説明によると内装は金や銀、それから未知なる金属の素材を組み合わせてできているらしい。廊下側の壁には大きな窓がいくつもあって、柔らかな日差しが差し込んでいる。廊下には一級品の家具に、見るからにして高価な美術品が飾られていた。そこにさりげなく飾られた生花や流木は配置や角度まで完璧で。

何も知らなければ、天上世界を思わせる典雅で優美な光景に歓声を上げていたかもしれない。

でも、隠された事実を知ってしまったからもう無理よ。

計算し尽くされているせいか、寸分の隙もないためか。

今のアンジェリーナには豪華絢爛な牢獄のようにしか見えなかった。

どうにもね、逃げられる気がしないの。

もし閉じ込められてしまったら……私はここから逃げられるだろうか?

ここにきて初めて恐怖を感じた。話で聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。軽く息を吐いて視線を上げると、ジルベルト様と視線が合う。

「顔色が良くないな。体調が悪いのなら別の部屋で休ませてもらおうか?」

「いいえ、珍しく緊張しているだけです。ありがとうございます」

「大丈夫だ、何があってもアンジュのことは私が守る」

相変わらずの責任感の強さだ。出会ったころから、こういうところはずっと変わらない。

そう思うと途端にうれしくなってアンジェリーナは小さく笑った。

変わらないものが側にあるのはとても安心するわね。

貴賓室の扉の前に到着すると、そこでは王子殿下が待っていた。

「すまない、急に予定が変更になってしまって。父がルベルの捜索が難航していることを聞いて、どうしてもと」

固く閉じられた扉の前で王子殿下は申し訳ないという顔をしている。

ジルベルト様は使用人の前ということで、いつも以上に真面目な顔をして丁寧な口調で答えた。

「あまり気になさらないでください。遅かれ早かれだとは思っておりましたので」

た、たしかに。怒っていないのにこっちが叱られているような気分になるわね。

王子殿下の表情を見れば、ケイゴコワイという心の声が顔からダダ漏れている。

すごいなー、ジルベルト様。言葉遣いだけで相手に攻撃が入るというのはむしろ才能じゃないかしら?

騎士が扉を開け貴賓室に入ると、そこは一層豪華だった。見回せば竜王国で採れる宝石に金銀という高価な素材が壁や床に惜しげもなく使われている。ここまで豪華極まると逆に目が慣れるわね。

さて、国王陛下はどんな人なのだろう?

「天船の乗り心地はお気に召していただけたか?」

突然背後の扉が開いて男性の声がする。

ジルベルト様に倣って、アンジェリーナはおばあさま仕込みの礼の姿勢をとった。

大きな靴の先が二人の前でピタリと止まる。

「かしこまらずともよい。顔を上げて」

親しみを覚える口調に導かれて、そっと顔を上げる。

この方が現国王、ディオネス=スワラティ国王陛下。

思っていたよりもずっと若い方だった。冷たく温度を感じさせない美貌、親子でありながら王子殿下の柔和で穏やかな顔立ちとは真逆にも思える。この見た目の違いが竜の血の濃さだとすれば意外とわかりやすいかもしれないな。

両目は鉱物のように透明度の低い鮮やかな青――――鉱石にたとえるならターコイズだ。虹彩は黒、そして縦に割れた瞳孔は間違いなく竜の目。

国王陛下の視線がまずはジルベルト様に向いた。

「久しぶりだな、ジルベルト」

「長らくご無沙汰しておりました」

続く招待への謝辞と、簡単な近況報告。ジルベルト様の言葉に合わせてアンジェリーナは深々と首を垂れる。

きっと次は私、その証拠に首筋が焦げそうなほど強い視線を感じる。

このまま息の根止めて黙らせるとかしないよね。心当たりしかないのだけれど?

「ようこそ、魔除けの聖女殿。あなたの名前は?」

驚くほどに良い声だ。というか、うっかり気を抜くと引き込まれそうになる。

ここから先は慎重に言葉を選ばなければ。

「アンジェリーナと申します。本日はお招きいただいてありがとうございます」

「ディオネス=スワラティだ。警戒せずともよい、我が国はあなたを歓迎する」

感謝の意を込めて、アンジェリーナはもう一度深々と首を垂れた。

「あなたには騎竜の件でアレスティオが迷惑をかけているそうだな。詫びと手伝いの礼として食事に招いた。それから捜索の助けになるように竜の話をいくつかしようと思っている」

「ありがとうございます」

王が手振りで合図すると、傍に控えていた使用人の皆さんが一斉に動き出す。

あっという間にテーブルの上には所狭しと豪華な料理が並んだ。

「昼食だけの短い時間であるが作法や礼儀は気にせず楽しんでほしい」

王の言葉で表面上は和やかな雰囲気のまま昼食会が始まった。

アンジェリーナの視線が目の前に並んだ豪華な料理に釘づけとなる。

……どうしよう、目移りしてしまうわね。

こんな状況では料理の味なんてわからないと思っていたけれど、さすが王家の用意した料理です。スパイスと香辛料を効かせた独特の香りに食欲がそそられて、盛りつけはもはや皿の上の芸術でした。

「これが食べたいのか?」

アンジェリーナの視線で気がついたジルベルト様が器用に取り分けて小皿に移した料理を手渡してくれる。

最近は目が合うだけで意図が通じるようになってしまった。

アンジェリーナが満面の笑みで受け取るとジルベルト様の目元がゆるんだ。

王子殿下が感心したようにつぶやく。

「溺愛というか。人ってこんなに変わるものなんだなー」

「暇そうですね、よければ料理を取り分けましょうか?」

そう答えるジルベルト様の顔は笑っていますが目が笑っていませんでした。

王子殿下はしまったという顔をする。

「こわいからいいです」

遠慮しなくてもいいのに。ジルベルト様が選んだ料理はどれもものすごくおいしいですよ?

現在進行形でデザートのおすそ分けまでしっかりといただいています。

国王陛下との会話は主にジルベルト様と王子殿下が担当してくれたので、アンジェリーナは時々飛んでくる弾を「はい」か「いいえ」、状況に応じて短い単語を挟んで笑顔を追加しながらかわす。

同じ王様でもリゾルド=ロバルディア王国の国王陛下――――賢王様は寡黙で必要なことしか言わない人だったけれど、この方は麗しい声と軽妙な話し方で相手の言葉を引き出す人らしい。

うっかり余計なことを言わないように気をつけないと。

「そういえばアンジェリーナに聞きたいことがあったのだが」

宝石のような氷菓子を突いたフォークが一瞬止まった。

皿に注いでいた視線を上げて、アンジェリーナはゆるりと笑う。

「はい、何でしょう?」

「亡国セントレアのことだが、あなたのように聖女は皆、髪や瞳の色に個性があったと聞いている。あなたの印象でもそのとおりだろうか?」

「ああ、たしかに信者からそんな話を聞いたことはありますね。たとえば同じ金髪でも色味の差や濃淡でけっこう違いがあって、瞳の色も緑や青といった鮮やかな色合いの者もおりました。ですから髪型などで差をつければ同じ聖女服を着ていても、どの聖女か区別がつきやすいのだと言われておりましたね」

全体的にはヘレナのような金髪が多かったけれど、同じ金なのに濃淡だけでこれだけ違いがあるのかとアンジェリーナ自身も思った記憶はある。瞳の色も青や緑だけでなく、焦茶に薄茶といった茶系統もいた。

アンジェリーナが記憶をたどっていると、唐突に国王陛下が口を開く。

「それではあなたのような黒髪はどうだろうか?」

「他国の状況は知りませんがセントレア王国で黒髪は私だけでした」

仕掛けてきたか。

「では――――紅玉のように赤い瞳をした聖女に心当たりはない?」

腹の底が読めない竜の目と真正面から視線が合った。

「さて、どうでしたか」

ここで容赦なく核心を突いてくる、と。

フォークを皿の端に置いてアンジェリーナは小さく首をかしげる。

いいかい、あわててはいけないよ。

そんなおばあさまの声が聞こえたような気がした。

こんな状況で嘘をついても、すぐにバレてしまう。

だからね、こういうときは……おばあさま直伝、話をはぐらかす技発動。

「黒髪に、赤い瞳の聖女。どうしてその情報を求めるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

相手の答えにくいことをあえて聞く。

しかも相手が引くくらい無邪気に直球で、グイグイいく!

悪意はなく、礼儀に疎い平民が深く考えもせずに聞きましたという演出です。

国王陛下はすっと目を細めた。

不可侵の領域に踏み込んでしまった哀れな平民を諌めるため、竜の苛烈な一面をのぞかせる。

一瞬にして場の空気が凍った。

「それはあなたには関係のないことだ」

「失礼いたしました。ですがあえて聞くのは何かお困りの事情があるからだと思いましたの」

大袈裟なくらい困惑した顔をしてアンジェリーナは口を閉じた。

あくまでも善意からだという振りをする、これがコツです。

さ、出番ですよ。お願いします!

アンジェリーナの視線で意図を察したジルベルト様が息を吐いて、静かに首を垂れた。

「彼女はこういう場には慣れておらず無礼をいたしました。ご容赦ください」

ジルベルト様の顔を立てて今回は、というものですね。

謝罪の意を込めてアンジェリーナも首を垂れれば国王陛下もこう言わざるを得ないでしょう。

「慣れていないものは仕方ないね」

慈悲深いと評判の国王陛下ですもの。しかも作法や礼儀は気にせずと自分が言ってましたものね!

あっさり剣呑な空気は霧散して、部屋に安堵したような空気が流れる。

国王陛下は手元にある氷菓子の乗った皿をアンジェリーナに差し出した。

「甘い物が好きなようだね、よかったらこれも食べなさい」

「ありがとうございます」

これは仲直りの印としてありがたくいただきます。

ああもう、暑い場所で食べる冷たい甘味は最高です!

アンジェリーナがデザートを食べ終えたときに、ちょうど時間となったようで国王陛下は立ち上がる。

冷たい表情がほんの少しだけ和らいで、アンジェリーナに親しみを込めた笑みを浮かべる。

「とても楽しかったよ。また遊びにおいで」

「ありがとうございます」

社交辞令だったとしても、二度と来る気はありません!

という心の声は呑み込んで、にっこりと笑ったアンジェリーナは礼の姿勢で送り出す。

国王陛下が退出して扉が閉まった途端、部屋の空気が一気に弛緩する。

王子殿下が立ち上がると使用人の皆さんが動き出した。ジルベルト様の背後にアンジェリーナはついていく。

あー、終わった。さて、帰りましょうかー。

転送機に乗って来たときとは逆の経路をたどり、宿に着く。

着いたときにはすでに西日が差し込み、夕刻に差し掛かるころだった。

宿の食堂で場所を借り、椅子に座ると王子殿下はテーブルに突っ伏した。

「……死ぬかと思った」

「本当ですよね、死ぬかと思いました!」

「アンジュ、笑いながら言う台詞ではないだろう」

「アンジェリーナはすごいな、あの威圧を受け流すなんて。俺は慣れていても一瞬終わったと思った」

「ああ、それは竜の序列と一緒だからですよ。王子殿下の場合は群れの首領に逆らえないからです。竜の血を引く人は自分より上と認めた人間には従うものなのですよ」

認めた人間には、というところが重要ですが。

「竜の序列って、竜舎でアンジュがどっちが上かみたいなことを言っていたような」

「ジルはそういう細かいことをよく覚えていますね」

「ちなみにどっちが上だ?」

「そこはあえて聞かないほうがいいと思いますよ?」

つまりそういうことです。

アンジェリーナがにっこり笑うとジルベルト様は胃の辺りを押さえた。

細かいことを気にしてはダメです。悪さしたわけではないじゃないですか!