作品タイトル不明
第三話 幼い竜の反抗期と、竜と竜騎士の契約
王子殿下の顔色が悪い。しかも若干、声が震えている。
「もし反抗期だったらどうしよう」
幼い竜の反抗期……あるの、それ。対処法なんて知らないわ、アンジェリーナも青くなった。
ジルベルト様は慣れた様子で王子殿下の肩を軽く叩いた。
「落ち着け、具体的には?」
「ジルに手紙を書いただろう? あのときからすでに様子がおかしかったんだ。落ち着きがないというか、心ここにあらずというか。飼育係だけでなく、俺の言うことを聞かない。最近になって竜舎、竜を留め置く場所をそう呼ぶのだが帰ってこないことも増えている」
なぜこんなに不安定なのか。
普段竜の世話に慣れている竜舎の管理人や飼育係も理由がわからない。しかも他の竜には目立つ変化がなかっただけ余計にだ。
困惑した表情で、王子殿下は眉を下げる。
「実はルベルはまだ幼体なんだよ。人間にたとえるなら子供だ」
「そんな幼い竜が姿を見せるなんて珍しいですね!」
「そうなんだ、珍しいどこか歴史の長い竜王国でも前例がない。だから余計に対処方法がわからなくて困っている」
アンジェリーナは記憶を探った。
おばあさまの知恵袋によれば人前に姿を現す竜はほとんどが成体になってからだとか。知識を得て、肉体も精神も十分に成熟し、他の生物を圧する力が強くなってからのこと。まだ幼い竜は親の庇護のもとで人知れず育つとされていて、どのように育つのか生態はわかっていないことのほうが多かったはず。
「騎竜として契約したのであれば、訓練はしていなかったのですか?」
「本格的なものはまだだな。訓練を施しても今のままでは肉体も精神も負担が大きいんだよ。だから最低限の訓練だけさせて、それ以外の時間は人のいる環境に慣らせようと本人が望むように過ごさせている。王からも成体になるまでは自由にさせていいと許可を得ているしな」
「普段自由ににさせていたから、日中どう過ごしているのかわからないところがある。だからルベルに何が起きたか正確にはわからないということですか」
竜を大切にする国だからこその優しさ。その優しさが今回は逆に仇となったのか。
悔いた顔で王子殿下はクシャリと自分の髪をつかむ。
「ルベルは賢い子だ。指示も理解して訓練も順調にこなしていたから成体になればすぐに騎竜として活躍できると誰もが思っていた。だから多少やんちゃをしても、皆、あまり気にしていなかったんだ」
「それが気がついたときには様子がおかしくなっていたわけか」
「飼育係は幼体から成体になる成長過程、たとえるなら反抗期だな。たぶん一過性のものなのではないかというのだが……そんな単純な話ではないような気がする。これは竜騎士としての勘だ」
アンジェリーナにも経験がある。嫌な勘ほどよく当たるものだ。
「それで私を呼び出したというわけですか」
「魔除けの聖女であるアンジェリーナ嬢なら魔獣や魔物の生態にも詳しいはずだ。直接ルベルを見てもらえれば何かわかるかもしれないと思った。問題が起きてからでは遅い。ただ何が問題かもわからない状態だから手紙には下手なことが書けなかった」
そういえば手紙の趣旨は普通ではないことが起きている、だからとにかく来てくれという曖昧なものだった。
詳細を手紙に書かなかったのは真っ新な目で判断してほしいからか。
思っていたよりも状況は深刻かもしれないな。
これは魔除けの力を持つ者として、アンジェリーナの勘だ。
それに騎竜と竜騎士はスワラティ竜王国の誇り、国防にも直結する。
問題が起きていることを他者に詳しく知られたくなかったというのもあるだろう。
「それでルベルは何歳くらいなのです?」
「調べたのだが、最低でも二百歳以上は生きているようだ。それでも成体よりは体も小さいし、力も弱い」
「竜の場合は二百歳以上の歳を重ねて、ようやく成体に変化すると聞いています。でしたら大人になるまであともう少しというところですか。それで、契約したのはいつです?」
「三年くらい前か。魔獣の大移動が起きる前だったことはよく覚えている」
スワラティ竜王国の魔力だまりは国内に二ヶ所確認されている。
ヒデラ砂漠に一ヶ所、それから山間部の他国との境界線寄りに一ヶ所と。ただ両方ともに規模は小さく、強い魔獣や魔物が寄りつくところではなかった。
「それが立て続けに魔獣の大移動が起きただろう。強さが増して、変異種や上位種が変則的に湧くときもあってな。他国との境界線沿いにあるベルビナの魔力だまりに討伐隊の一員として俺が派遣された」
「ベルビナには竜の寝床と呼ばれる場所があって、その近くに紫水晶の採掘場があるとか」
「そうだ、よく知っているな。そのベルビナで竜の寝床の近くを通りかかったときにルベルが降ってきたんだ」
「は、降ってきたということは……上から?」
「そうだ、何の前触れもなくいきなり腕の中に落ちてきた」
王子殿下の口調はまるで雨が降ってきたと言わんばかりの軽さだった。
そのとき親の竜はどうしていた?
アンジェリーナの脳裏に一瞬疑問が浮かんだけれど次の言葉できれいに霧散する。
「ルベルが腕の中に落ちてきて、気がついたときには契約していた」
「は、契約? 気がついたときって、条件を提示して同意は?」
「そういえば同意したのかな、俺?」
改めて当時の状況を思い出した王子殿下は首をかしげる。
アンジェリーナは戦慄した。
ちょっと待ちなさい、竜と竜騎士の契約は命がけなのよ⁉︎
竜騎士側が条件を提示して竜が同意すること。稀に逆の場合もあるが少しでもどちらかに疑念があれば弾かれて魂に深い傷を残す。それがリスクでもあるのに。
王子殿下曰く、潤んだ瞳に見つめられて気がついたら契約していたとか何とか。
幼い竜はどうやら契約の基本をすっ飛ばして情で落としたらしい。
なんてことをしてくれたのよ!
魔のつくものから人を守護する立場としては見過ごせない咎である。
信じられない出来事の行列に真っ青な顔をしたアンジェリーナは身を震わせて思わず叫んだ。
「なんて厚かましくて、ずうずうしいのかしら!」
「ブフォ!」
「ちょっとジルベルト様、飲み物を吹かないでくださいよ」
何ですか、おまえが言うなというその顔は!
隣に座るジャミル様は感心したような顔をする。
「ここまで面の皮が厚いのはもはや才能ですね。どうでしょう、商人を目指しませんか?」
「失礼ですね、事後に問題となりそうなことはちゃんと事前に言いますよ!」
「ですが都合の悪いことは事前も事後にも絶対に言わないですよね」
あらやだ、いつのまにかバレてる。
誤魔化すようにへへっと笑ってアンジェリーナはジルベルト様の膝から立ち上がった。
「善は急げと言いますもの。それでは早速殿下の騎竜を拝見しましょう」
「助かる。竜舎の管理人にもアンジェリーナ嬢が来ることを伝えているから案内しよう」
「アンジェリーナと呼び捨てにしてもらっていいですよ、そのほうが慣れているので!」
ただアンジェリーナの知識は偏っている。魔除けと魔寄せの力に関するもの。
騎竜の謎を解くのにどれだけ役に立つのかは未知数だ。
ジャミル様と後片付けをして、王子殿下を先頭にジルベルト様と手を繋いで転送機に乗った。
行き先は王都の外れにあるという竜舎の近く。
体が浮いた感覚があって目を開けると少し先には立派な竜舎がある。
そしてすぐそばに作業着を身につけた初老の男性が青ざめた顔をして待っていた。
「ああよかった、アレスティオ様。ちょうどご連絡しようとしていたところです!」
「ザイル、管理者自らこんなところまでどうした?」
「た、大変なのです。ルベルが!」
「ルベルがどうした⁉︎」
「急に竜舎を飛び出して行きました。周囲を捜索したのですが見つからないのです!」
ああついに、恐れていたことが。
そう言わんばかりに王子殿下は顔色を悪くする。
勢いよくアンジェリーナを振り向いた。
「俺の騎竜がいなくなった、探してくれ!」