軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 私がこわいと思うものは何でしょう

手際よく解体されて、積み上げられていく素材の山。

ラシムール公爵子息の背中が満足そうだ。

「魔法薬の素材に使いたいのですよね。あの感じだと一応、希望くらいは伝えたほうが良いかもしれませんよ?」

「そうだな、あんまり自由にさせるとフェレスに叱られる」

アンジェリーナがクスッと笑うとジルベルト様は渋い顔をした。

フェレス隊長に叱られるところは想像がつかないけれどね。なんだかんだで、仲が良いから。

さてあちらは楽しそうなのは良いが、こちらは手持ち無沙汰だ。

「どうしましょう、別の場所で魔寄せの力を使ったほうが良いですよね?」

「いや、この場所のほうが好都合だ」

口角を上げてジルベルト様はニヤリと笑う。

「どうしてです?」

「気がついているだろうが魔除けの結界の効力が切れた。解体作業で発生する血の匂いを嗅ぎつけて、森の奥から魔のつくものがこちらを目指して動き出している」

「あ、そうでした。魔力を足さないと!」

「足さないでいい。このままにしておけば、解体作業による血の匂いで魔物が寄せられたように見えるからな」

魔のつくものを寄せても、血の匂いのせいにして誤魔化すことができる。

ささやく声にアンジェリーナはハッとした。

たしかにこの状況は好都合だ、ただしアンジェリーナにとってはだけれど。

ジルベルト様にとっても都合が良いとは決して言えない。

「特定の種だけでなく、血に寄せられただけの別種も混じります。まとめて相手にするのは大変ですよ?」

蛇のように体の小さな種はともかく、体が大きくなるほど多くの血が流れて寄ってくる確率は上がる。

「大丈夫だ、今日は人手もあるから問題ないだろう」

彼の視線の先には離れた場所に待機するラシムール公爵家の私兵の姿があった。

ああ、なるほど!

「ここに付いてきたのが運の尽きだ、最大限活用しないとな」

「かわいそうに。ご主人様の巻き込む相手が悪かったですね」

いくら公爵子息の護衛が仕事でも、雇用主を襲う魔のつくものを倒さなくて良いというわけにはいかない。適当に蹴散らした先で、なし崩しに彼らを巻き込むつもりなのだろう。

「公爵家の私兵の腕前も測れるというものだ。ますます都合が良い」

「ほどほどにしてあげてくださいよ。特務部隊の皆さんと同じ扱いはさすがに酷です」

特務部隊に所属する隊員は対魔戦のために鍛え抜かれた兵士だ。対人戦に秀でた兵士達とは戦い方が違う。おそらく彼らにとっては忘れられない一日になりそうだ。

私兵の人数を加味しつつ、アンジェリーナは鞄から霊薬を取り出した。

「多めに霊薬を渡しておきます。刻戻しの魔法が必要なときは適宜声をかけてください」

「わかった」

「ああ、そろそろ公爵子息や私兵の皆様も魔獣や魔物の存在に気づき始めていますよ」

不穏な空気を醸し出す唸り声、押し寄せる濃厚な魔のつくものの気配。海に潜む魔物とは違って海水で遮られていないぶん、より近くに気配を感じられるだろう。警戒するように兵士達が剣を抜き、ラシムール公爵子息を囲んだ。輪の中心で、彼はアンジェリーナ達に顔を向ける。

「どうやら魔獣が血の匂いに引き寄せられてきたようですね」

「あらら、それは大変ですね!」

「私が行く。アンジェリーナは打ち合わせのとおりに」

「了解です!」

アンジェリーナは一歩下がった。しとやかに膝を曲げて、背を向けたジルベルトを送り出す。顔を上げると、ラシムール公爵子息が怪訝そうな顔をした。

「アンジェリーナ嬢は行かないのですか、魔除けの聖女でしょう?」

「私には大海蛇を狩るという別の仕事があります。ですが、そうですね……少しばかり援護を」

アンジェリーナは言葉と同時に魔法を放った。

「切り裂け、蛇の尾をもつ風」

今まさに森を飛び出して私兵を襲おうとしたブラックドッグを三頭まとめて風の刃で首を刎ねた。派手に血飛沫が舞い、標的にされかけた兵士達の目が見開かれる。呆然とした彼らの顔を見てアンジェリーナは、ふふっと笑った。

「お気をつけください、彼らは気配を消すのが得意なのです」

これで、貸し一つ。あとで無能とか役立たずなんて言わせないわよ。

アンジェリーナは背後から近づいてジルベルトの耳元に手を添えると、彼らに聞こえない音量でそっと囁いた。

「イヌ属の魔獣は敵の弱点を見抜くのが上手なのです。推察するに今襲われかけた方のいるあたりが手薄のようですわ。守ってあげてくださいね」

「わかった」

「この場に私がいながら人が亡くなるのは不名誉、おばあさまに怒られてしまいますから約束ですよ!」

「ちなみに今日の実験は何から始める気だ?」

「爬虫類ですから、トカゲ、カメあたりでしょうか」

皮が厚く、固い甲羅や鱗に覆われて防御力の高い種ばかりだ。皮や甲羅は武器や防具の良い素材となるから需要はあるそうだけど、仕留める側にすれば単体ならともかく集団で襲われると厄介だろうなー。

ところが、昨日以上に厳しい状況にも関わらずジルベルト様は薄らと笑った。

「防具の素材は真っ先にほしいと思っていたから好都合だな」

「では攻撃力重視でいきますか。補助魔法をかけますから剣をこちらに向けてくださいな」

さすが出自は戦闘大好きなお国柄、楽しそうで何よりです。アンジェリーナは鞘から抜いたジルベルト様の剣に、弱体化、先鋭とダメージ増加の効果を付与する。敵が弱くなって、攻撃力が倍になる。ついでに哀れな巻き込まれ組の皆様にも同様に。そのまま魔獣との戦闘になだれ込んでいく彼らの背中を見送ってアンジェリーナは踵を返した。

さてお仕事、お仕事。

「それが魔除けの力ですか。攻撃に、支援する補助魔法まで。汎用性と効果は我々の想像以上のようですね」

アンジェリーナの魔法とジルベルトとのやりとりに言葉を失っていたラシムール公爵子息がようやく動き出した。魔獣の襲来に手を止めていた素材採取の業者が再び作業に取り掛かったのを見て、探るような視線を向ける。

「それだけの力を持ちながらなぜコソコソ使うのです。もっと堂々と使えば良いでしょう」

「言いたいことはありますが、まずはあちらを警戒するのが先ではないですか?」

アンジェリーナの示す先には、森の奥からこちらの様子を伺う真っ赤な目玉がいくつもある。

「それもそうですね」

短く答えて、ラシムール公爵子息は腰に下げた袋から棒の先に長い紐のついたものを取り出した。しなやかで柔軟性のある紐は海の魔物の皮を使ったのだろう。持ち手にも滑り止めとして固い鱗のついた魔物の皮が巻かれているし、この国で使われる独自の武器なのだろうが。

無表情のラシムール公爵子息が手袋をはめた手でしなる長い紐を扱くとピシリという不穏な音がする。

その音を聞いた瞬間、どういうわけかアンジェリーナの背筋に悪寒が走った。

「ラ、ラシムール公爵子息。その手にある物は、一体……」

「ああ、初めて見ましたか。これは鞭と呼ばれるわが国独特の武器です。戦闘向きではありませんが、軽いですし、使いどころによっては非常に便利なのですよ」

たとえば巻きつけて相手の動きを止めたり、これ以上近づかないよう敵を牽制する。重りとして、紐の先に金属製の小さな剣先のような物がついているのはたしかに武器のようにも見えますが。鞭が風を切る、ヒュンという音がする。

「素材を採取している職人がいますからね。魔獣から彼らを守るのが私の仕事です」

その志は素晴らしい。でもね、その手に持っている鞭がそこはかとない不安を煽るのよ。

「剣は使わないのですか?」

「もちろん使えます。ですがこの鞭は特別製で皮に痺れ薬が染み込ませてあるのですよ。即効性があって、魔獣にも良く効きます」

その瞬間、アンジェリーナは垣間見てしまった。それまで表情を変えなかったラシムール公爵子息の口元が、ほんの少しだけ弧を描いたのを。

「それに生きたまま捕らえたほうが、何かと便利なことがあるのです」

ちょっとまて、何する気?

固まるアンジェリーナの背後ではザクザクと獲物の蛇を捌いていく作業の音だけが響く。

……まさか、ね。

魔寄せの力を使ったわけではないのに、なぜか魔に対してかわいそうという感情がアンジェリーナに芽生えた。

青ざめた顔で振り向くと、アンジェリーナは力の限りジルベルトに叫んだ。

「ジルベルト様ー、ラシムール公爵子息に魔獣を近づけてはダメですからね絶対に!」

魔除けの力が声に乗って届き、魔物の動きが止まった。その隙にジルベルトは二体まとめて剣で打ち払う。彼の視線の先には、祈るような顔でこちらを見つめるアンジェリーナがいた。

つまり、ラシムール公爵子息に負けるなという激励か!

何も知らないジルベルトは勝手にそう解釈して、了解したという意味を込めて軽く手を挙げる。斜め上の方向に願いが通じたとは思っていないアンジェリーナは、ほっと息を吐いた。

鞭の餌食になる前に、息の根を止めてあげるのがせめてもの情けだ。

己が私兵をまるで手下のように扱い、やる気に満ちあふれたジルベルト様を見て、ラシムール公爵子息は不快そうに眉根を寄せた。

「余計なことを……」

「いいのです、むしろアレで! ささ、いい大人は仕事しましょうねー!」

聞こえない、聞こえない。都合の悪いことは全部聞こえません!

冷ややかな視線を受け流してアンジェリーナは背を向ける。ちなみにアンジェリーナの激励によって奮起したジルベルトのせいで鞭の出番がほぼなかったことは言うまでもない。

やがて時は過ぎて、陽が落ちるころ。

ちょうどランタンに貯めた魔力が切れたところでアンジェリーナは深々と息を吐いた。

「今日もダメか」

「何がダメなのです?」

「うおっと、ラシムール公爵子息!」

驚きすぎて変なところから声が出ちゃったよ!

いつのまにかこんな近くに。アンジェリーナはとっさに瞳を隠すためフードを被る。視線を合わせないよう、さりげなく屈んでランタンに再び魔力を充填した。これで瞳の色は隠せるはずだ。

「ラシムール公爵子息ならば、なんとなく私が何をしていたかお気づきではないですか?」

「そうだな、海の魔物を次々と水で囲っては放り投げているのを見たか」

「次々とって、そんな暇なんですか?」

「アンジェリーナ嬢が余計なことをしてくれたせいですよ」

忌々しいという視線の先では剣を鞘に納め、公爵家の私兵を労うジルベルト様がいた。

あれ目がおかしいのかな、兵士の皆さんが群れのボスを慕うワンコのように見える。

見てはいけないものを見た気がして、アンジェリーナは思わず目を擦った。

「勝手に手懐けてくれたせいで、予想以上の戦果が得られましたよ」

「おお、トカゲにカメの山がひとつずつ! 見事なものですね!」

「素材を採取したいが業者の手が足りない。明日は二倍の人員を確保する予定ですが、さすがにこのままでは魔獣の餌になる。さて、これをあなたならなんとかできますか?」

「そうですね、ふたつの山を囲うように常設型の魔除けの結界で覆います。杭の数を増やして結界の範囲を広げましょう」

アンジェリーナは業者さんに杭を渡すと山を囲うように打ち直してもらった。紫水晶に魔力を流すと、澱みなく結界が展開する。アンジェリーナは手のひらで軽く杭を叩いた。

「これで大丈夫です。効果がいかほどのものかは明日になればわかりますよ」

おそらく朝まで完璧に守り切るだろう。

明日も早朝から作業する予定だから、魔力が足りないようならそのときに足せばいい。

「なるほど、あなたはそんなこともできるのですね。それではますます不思議だ」

「何がです?」

「昼間少しばかり話したでしょう。それほどすばらしい力を持ちながら、なぜ罪を負うような真似をしたのです。無能で役立たずではないと、行く先々で力を見せつけて、堂々と無罪を主張すればいいではないですか」

ああたしかに、それらしきことを言われていたような。

「商人は信用を重んじる。信用という看板が汚されては物を買うこともできないし、売ることもできない。冤罪をかけられたら金、人脈、己が全てをかけてでも不名誉を払拭するでしょう。あなたの場合、たしかに簡単ではなかったかもしれませんが、それだけわかりやすく有益な力を持ち合わせているのです。時間をかけて、実績を積み上げることで無能で役立たずではないと人々に知らしめることだってできたのではないでしょうか」

こういうとき、アンジェリーナはちょっと悲しくなる。

商人の心得というものなのかな、それとも公爵家の人間としての矜持というものか。どちらにしても求める理想が高すぎて、アンジェリーナとは相容れないものだ。言葉を探して、ちょっとだけどう答えるか迷って。

結局、アンジェリーナは思ったままを答えることにした。

「ラシムール公爵子息は勇敢ですね。人に裏切られ、騙されても、人との関わりを持とうとする」

もう一度商人として商いがしたい。そう思わなければ不名誉を払拭しようなんて思わないだろう。

アンジェリーナは沈みゆく夕日を視線で追った。

「アンジェリーナ嬢は違うのですか?」

「そうですね、ちなみに私がこわいと思うものが何だか想像がつきます?」

突然話が切り変わったことでラシムール公爵子息は訝しげに眉をひそめる。

「獰猛で邪悪な魔物をたったひとりで屠ることのできるあなたに、こわいものなどあるのですか?」

「もちろんですよ、正解は人です。私は人間が一番こわい」

思いもよらない答えに、ラシムール公爵子息は息を呑んだ。

沈む夕日がアンジェリーナを照らして、全身が真っ赤に染まる。

「彼らは笑顔で人を貶めて、平気で自分達だけは幸せになることができるのです」

もちろん、そうでない人もいる。けれどセントレア王国でアンジェリーナはそんな人の姿ばかり見てきた。アンジェリーナにとって人とは幸せを奪おうとするおそろしい生き物だ。

「制御できるだけ魔獣や魔物のほうが私には優しい。ですから人の善意を疑いもなく信じるあなたは勇敢で幸せだと思ったまでです」

「そんなことは」

「なぜもったいぶって力を隠すのか、理由は簡単ですよ。大切なものをこれ以上奪われないためです」

被せ気味に答えるとラシムール公爵子息は目を見開いた。

あなたには想像もつかないでしょうね。失うことでしか手に入らなかった未来があることを。

「私は無能で役立たずをやめたついでに、聖女もやめました。聖女という看板は他人しか幸せにしなかったので。ですから私は魔除けの聖女という看板が地に落ちたままでもかまわないと思っているのですよ。だって聖女をやめたとしても、私は魔除けの力を失うことはなく、私の価値は変わらないのですから」

アンジェリーナは翳りを帯びた顔に皮肉げな笑みを浮かべる。

「それでもあなたは、私が聖女として振る舞うことを望みますか?」

ずいぶんと意地の悪い言い方だ。本当はここまで言うつもりはなかったのだけれどなー。

感情の揺れ幅が大きいのは魔寄せの力を使い続けた弊害かもしれない。

「私は人と真正面から向き合うことがこわい。だからずるくて嘘つきなのです」

アンジェリーナはジルベルト様の背中を見つめる。

彼以外の人を、私は信じることができるのだろうか。誰かと共に戦うことで磨かれる、そんな夢みたいな強さをアンジェリーナも手に入れることができるのか。

「アンジェリーナ嬢、あなたは……」

ラシムール公爵子息がとまどうような表情を浮かべた。いつもの冷ややかな表情に、ほんの少しだけ血が通う。

こういう顔をすると、ずいぶんと幼く見えるものだ。彼の冷めた無表情は侮られないための他所向きの顔なのかもしれない。奥に隠した素顔をのぞき見たような気がしてアンジェリーナはふっと笑った。

「なーんて申し上げたら、ご納得いただけます?」

「は、まさか冗談だとでもいう気ですか?」

「さて本音か、建前か。それを見極めるのは商人の得意技ではないですか!」

はぐらかすような言い方をしたアンジェリーナは足元に置いていたランタンを手に取った。

「そうですねー、もしラシムール公爵子息が商人として高みを目指すならば、一番信用してはいけないのは私のような人間かもしれませんよ?」

真実は覆い隠して呼吸するように嘘をつく。

でもそうだな、せめてこれだけは伝えておきたい。

「自分の努力だけで未来を選ぶことができる。それはとても幸せなことだから、大切になさってくださいね」

かつてのアンジェリーナには、望んでも手に入らなかった幸運だ。

柔らかな笑顔を浮かべて、アンジェリーナは背を向ける。

いつのまにかそばにいたジルベルト様が、そっと手を差し伸べた。

「大丈夫か?」

「はい、問題なしです!」

「ラシムール公爵子息が変な生き物を見る目をしていたぞ?」

「お昼ご飯に変な物でも食べたんじゃないですか?」

「おまえと一緒にするな」

アンジェリーナは笑いながらジルベルトと手を繋いで日の暮れた道を下っていく。

その背中を見送って、ラシムール公爵子息――――ジャミルは困惑した顔で目元を押さえた。

なんなんだ、あの娘は。

歳下のくせに、まるで世界を知っているかのような言い方をする。

一番信用してはいけないのは私のような人間かもしれません。

その言葉どおりだと思っていた。彼女は自分に都合の悪いことは言わないし、今も何かを隠している。だがジャミルにとって、そういうずるさや嘘なんて誰もが持ち合わせているもので珍しくもなかった。むしろ持ち合わせていないという人間に会ったことがない。

ただ彼女の場合、まるで隠す気がないと言わんばかりの態度だった。普通の人間はジャミルに少しでも自分をよく見せたいと、取り繕って負の側面は決して見せないというのに。

あそこまで堂々と口にするのは本物の愚か者なのか、それとも。

「魔法で覆い隠そうとしているものは、わかっていますけれどね」

さすが抜き出た技術力を誇るリゾルド=ロバルディア王国の魔道具だ、他には誰も気がついていなかった。

あの 赤(・) に(・) 染(・) ま(・) っ(・) た(・) 瞳(・) をどうして隠そうとしているのか、理由はなんとなく予想がつく。

想定外の局面に慣れているはずの自分ですら、まるで魔物のようだと驚いてしまった。

だが魔物だとすると、あのジルベルト殿が彼女を隣に置くとは思えない。

後ろ盾となる国を魔物に滅ぼされ、誰よりも魔物を憎んでいるはずの男が。

あの赤く変わる瞳の裏には、見えていないだけでもっと深い理由がありそうな。

そう思うと脳裏に彼女の皮肉げな表情が浮かんだ。

目に見える実績がないから信じなくなった、それがすべての始まり。

私を試しているのだろうか、もしかするとこの国丸ごとかもしれない。

正直なところ彼女にまつわる噂や評判は嘘ばかりで逆に信用できる情報がほとんどなかった。

噂に混ぜた嘘と偽りで真実を覆い隠す。

まさかこれも作戦のうちとは言わないよな、ジャミルは深々と息を吐いた。

「ジャミル様、準備が整いました」

「では我々も帰りましょう」

試す側も試される、面白くはないがこれもよくあることだ。

ただ口先だけではぐらかされた、そのことは悔しくてたまらない。

金貨だろうと、特級商人だろうと信用に値しないとそう言われたみたいだ。

視線のはるか先にランタンの灯りが揺れる。

ならば必ず信用を勝ち取ってみせる、ジャミルは薄らと口角を上げた。

「うまくいっても、いかなくても。どちらにしても面白いことになりそうだ」

できる限り目を離さないようにしないと。