軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 赤に青を重ねたら

明くる朝。

アンジェリーナはジルベルト様とともにファハド先生に教えてもらった観測拠点に向かった。拠点は高台にあって鬱蒼とした森の木に囲まれている。こういう場所は海の魔物からは姿を捉えにくく、人間側に有利だ。しかも少し離れたところに丸太小屋があって、井戸やベッド、調理場に器具まで備え付けられている。まさに至れり尽せり、うっかりしなくてもここで暮らせる。

「これは快適ですね!」

「魔獣対応区域に近いそうで、兵士が巡回のときなどにも使っていたらしい」

「だからこんな設備が整っているのですか」

山小屋での生活に憧れていたアンジェリーナは浮かれながら椅子を置いた。ここからならシーサーペントの縄張りがあるあたりが一望できる。木陰で、陽射しが遮られるのも都合がいい。そしてジルベルト様に頼んで椅子を中心とした四方に専用の杭を打ってもらうと囲むように丸石を置いた。出来上がったものを見て、ジルベルトは目を見開いた。

「これは……杭と石の配置が遺跡と同じ?」

「はい。魔除けの聖女特製防御陣です」

「ということはあの遺跡も防御陣だったのか!」

ジルベルト様は興味深いという顔で陣を観察している。

「魔除けの防御陣は素材ではなく物の配置に決まりがあるのです。本当は遺跡のような石造りが丈夫で望ましいのですが、こうして杭と丸石で代用することもできます。ただ簡易的だと強度が落ちますが」

「その手の皿は?」

「杭の上に専用の台があるので置きます。そこに油とフィラニウムを入れて呪文を唱えながら火を灯すのです」

説明しながら油を差し、乾燥したフィラニウムを入れて。小さい声で呪を唱えると丸い玉のような金の炎が灯った。見覚えのある神秘的な炎の輝きにジルベルトは言葉を失った。

「これが浄化の火です」

「美しいものだな」

きっとジルベルト様の脳裏にはあのときの光景が浮かんでいるのだろう。何を考えているのか、少しばかり難しい顔をしている。無言のままアンジェリーナは椅子に座ると鞄から分厚い紙の束を取り出した。

「それは?」

「ナイショです……と言いたいところですが特別に。これは魔除けの聖女が受け継ぐ覚書のうちのひとつです」

「知恵袋とは違うのか?」

「あれは完全におばあさまの趣味です。ですがそれとは別に魔除けの聖女は自分達が行った調査の結果をこうして覚書として残しておくことがあるのですよ」

「すごい厚みだな」

「まあ、この方の場合は一生かけて調べた結果ですから」

「それだけの時間をかけて何を調べた?」

アンジェリーナは紙に視線を落としながら、さらっと答える。

「魔獣や魔物が好む魔力の配合です」

「は?」

「魔寄せの力がどれだけの影響を与えるか。それを種別に調べたのですよ」

「……嘘だろう、種別とすれば千は軽く超える」

「さすがにそこまでは網羅していないようですが、調査結果には変異種も含まれています。なかなか興味深い結果が得られたようです」

アンジェリーナが魔獣の大移動で使用した魔寄せの力。あれはすべての魔とつくものに有効なものだ。それを魔力の配合を変えることで特定の種だけを寄せることはできないか。そう考えて実験を繰り返した結果がこの覚書だ。

「たとえば人間でも万人に好まれる味もあれば、特定の人々に好まれる味というものもあるわけです。そういう趣味趣向のようなものが魔のつくものにも適用されるのかと考えたのがきっかけらしいですよ」

「何というか、魔寄せの力を持つ者だからこその発想だな!」

「魔除けの聖女とセントレア王国との関係がずっと悪かったというわけではないのです。過去には信頼関係があって、自由が許された時代もあった。だから各国との間にある魔獣対応区域に直接出向いて、討伐のついでに調査するなんてことができたのでしょうね」

結果は大成功、アンジェリーナはニヤリと笑う。ジルベルトは言葉を失った。そもそもの話で、魔力の配合を変えるなんてことができるのか?

「つまり魔除けの聖女が使う魔力は一種類ではないと?」

「そうなりますねー」

ただし、調査結果はすべて陸に生きる魔獣や魔物に対するものだ。これが海の魔物にも通用するのか。それがアンジェリーナの未知への挑戦。できるといいな、楽しみだわー。アンジェリーナは椅子に座りながら紙を手繰る。そして顔をあげ、振り向いた。

「離れていてもらえますか?」

「魔寄せの力を使うのか?」

「はい、ですが気持ちのいいものではないと思うので」

アンジェリーナはローブのフードに手をかける。

「ちょっと待て」

「はい、どうしました?」

「よければこれを使ってみてくれ。機会があれば渡そうと思っていたからちょうどいい」

ジルベルト様が鞄から取り出した道具は、一見するとなんの変哲もない日常生活にありふれた物のように見える。金属製の枠と吊り下げる把手がついて、真ん中には独特の曲線を描くガラス製の器。器には紐状の灯心があって、そこに火を灯して使うものだ。

「ランタン、ですか?」

「厳密に言うとランタンの形をした魔道具だ。ランタンとしても使えるが用途は他にもある」

ジルベルト様は魔力を流す位置を示した。そこにはローブの背を飾る紋章と同じ柄が描かれている。

「これって!」

「魔除けの聖女専用の魔道具だ。まだ試作品で改良の余地はあると言っていたが。三種の宝具の設計図を見せてくれたお礼でもある」

わかりやすくアンジェリーナの瞳が輝いた。

かわいい、いやそうじゃない。

ジルベルトは赤くなった頬を隠すように視線をそらした。

「つまりご褒美ということですか!」

元セントレア王国が所持していた三種の宝具は領土を分割した三国がそれぞれひとつずつ引き継いだ。妖怪バラバラによって適当に組み直された部分を直して、燃費の悪い充填部分を改良する。修理が終わったものからアンジェリーナが魔力を補充することになっていた。これは各国と約束したお仕事のひとつ。

そして各国が魔道具を得た代わりに、リゾルド=ロバルディア王国はアンジェリーナと取引をした。それが三種の宝具の設計図だ。

「模写させてくれというから提供しただけですけれどね。原本は今も私が持っていますし。ただ、三種ともと考えるとリゾルド=ロバルディア王国が一番得しているように思えますが……大丈夫ですか?」

「魔の巣窟と魔獣の大移動があるのだから、対魔対策について優遇されるのは当然だ。根回しはしたし、フェレスがうまく調整するだろう」

「そういう分野で最強ですものねー」

文句なんてつけようものなら、笑顔で息の根止めて黙らせるとかかなー。

根は良い人のはずなのに、高笑いしながら裏で暗躍する姿しか浮かんでこないのよ。

「それでどういう機能がついているのです?」

「魔法や武器による物理攻撃から守る防御壁が展開する。無効化と反射、極限まで防御力に極振りした結界だな」

つまり対人特化の防御陣ということか。そう思ったところでアンジェリーナはハッとした。

「もしかして、セントレア王国に突撃したときの!」

ジルベルトは口角を上げた。

リゾルド=ロバルディア王国の伝説となったアンジェリーナ無双。セントレア王国に踏み込んだ彼女が国民から手荒い歓迎を受けたときのことだ。

「対魔特化であるはずのアンジェリーナが、住民からの攻撃を受けても無傷で立っている。その 演(・) 出(・) のためにネックレス型の魔道具を作っただろう。アレをさらに改良したものだ」

「ちょうど良い機会とばかりに、あれだけの人の前で見せつけましたからねー。アンジェリーナ無双が噂になって対魔特化という情報の信憑性が薄れてくれると助かります」

対魔特化だからアンジェリーナは自分の身を守ることはできない。セントレア王国の認識としてはそのはずだった。でもあの光景を見る限り、誰もがそうは思えない。

「素材と仕組みはあの透明な橋を参考にしたのでしたよね」

「そうだ、ただあの時点では装着者の姿を消すだけの機能しかなかったからな。王国に突撃するときは捻りが必要だった」

視線を集めるためには、アンジェリーナ本人の姿を隠すわけにはいかない。だからアンジェリーナを援護する側の兵士達の姿を消した。彼女が単身入国したように見せかけて、兵士が姿を隠した状態で共に入国する。それでも攻撃を受けないよう彼女の周囲に結界を張り、無効化するためだけにフェレス以下五名の隊員が必要だった。

これが、アンジェリーナ無双にあったもうひとつの舞台裏。

「人数は多くても相手は民間人。魔法の威力といってもたかがしれているから使えた手だ」

「ですが良い目眩しになりました。誘拐、襲撃。今後起こりうる各種リスクを低減させるのが目的ですからねー」

対魔特化という情報こそ知るべき人間が知っていればいい。

さすが、賢王様。あの演出があれば他国に対魔特化という情報が漏れても曖昧にできる。

噂によって無能で役立たずと呼ばれたアンジェリーナだからこそ、今度は私が噂を利用する。

「噂の有用性は誰よりも認識してます」

「だが噂で誤魔化したとしても実際無力なのは変わらない。だからこういう魔道具の補助が必要になるわけだが」

アンジェリーナは手渡された魔道具に刻まれた魔除けの聖女の紋様を指でなぞった。それにしても設計図を見ただけで魔除けの聖女専用魔道具の仕組みを理解したわけか。さすが、技術力に定評のあるリゾルド=ロバルディア王国だ。妖怪バラバラ、がんばらないとあっという間に普通の人よ。

「でも防御力に極振りするのなら、むしろ私の姿を隠したほうがいいのでは?」

「それでは誰が魔法を行使しているのかわからないだろう。たとえば今回のように人目につくところで力を使いたいときはどうする」

「たしかに」

それこそ今度は替え玉を疑われてしまう。苦笑いを浮かべたアンジェリーナが紋章に魔力を流すと、部品同士が噛み合うようなカチッと小さな機械音がした。

「滑らかに展開している。問題なさそうだ」

その何か、は相変わらずアンジェリーナには感じとることはできない。ふと皇太子殿下の言葉を思い出した。ジルベルト殿はよく信じたものだな、と。アンジェリーナだって同じだ、見えないものを信じることはとても難しい。今なら彼の気持ちがわかるような気がした。

「そういえば、ついでにアンジェリーナの容姿を一部改変する機能をつけてもらった」

「ええと、容姿の一部改変というのは?」

ジルベルト様の指先がアンジェリーナの目尻に軽く触れた。

「赤には青が重なるように色補整する機能を追加してもらった

「……え?」

「赤に青を重ねれば紫だ。赤く変わった瞳を誰にも見せたくないのだろう?」

アンジェリーナは目を見開いた。何のためなのかなんて、言われなくてもわかる。

「本心を言えば、私も他人に見せたくない――――最初は驚いたが、すごくきれいだから。魔のつくものを従えるにふさわしい勇気と威厳の紅玉だ」

紅玉はルビーとも呼ばれる宝石の一種。そして目元にジルベルト様の柔らかな口づけが落ちた。

「赤い瞳は私のもの。これは惚れた男の狭量だと受け止めてもらってかまわない」

アンジェリーナは顔を真っ赤にして視線をそらした。本当は私のためだろうに、自分のせいにして。そんなことをされたら、もっと好きになってしまう。

「うれしいです、ありがとうございます」

やっとのことでそう答えると、アンジェリーナはジルベルト様の腕の中で瞳を閉じる。魔除けの聖女は使いどころの難しい剣のようなもの。彼のような使い手と出会えたことは、アンジェリーナにとって幸運だった。

信じてくれるからこそ、期待に応えたい。

「では、はじめましょう!」

アンジェリーナは椅子に座って祈りの姿勢をとった。そして内側を黒く塗り替える。すると一気に空気が重くなった。圧倒されてしまうくらい濃厚な闇の魔力だ。アンジェリーナが気にするといけないから、顔には出さないけれど、さまざまなことに耐性があるはずのジルベルトでさえ、思わず引き込まれてしまいそうになる。

「安心するといい、瞳はちゃんと紫だ。これなら人前で力を使っても大丈夫」

「ありがとうございます!」

アンジェリーナは、ほっとしたように表情をゆるめた。そして視線を未知なる領域へと向ける。紙の束をめくってまずひとつ印をつけた。

「大海蛇ですから、当たる確率の高そうな蛇から試します。そこから爬虫類に、そこから先は膨大であまり考えたくありませんが、熊、犬、猪などの獣の種類から鳥類や虫……は嫌だな、っとすみません」

「……気持ちはわかる」

アンジェリーナにだって得手不得手はある。虫はイヤ、絶対に近づいてほしくない。毛虫も無理だし、甲虫も苦手。色とか体の動きとか想像するだけで背筋がムズムズする。あの感覚は見たことのある人しかわからないだろうなー。

「ちなみに混ぜる魔力は全部で何種類ある?」

「四種類ですねー。この覚書ではそれぞれ甘味、塩味、酸味、苦味と呼んでいます。こう聞くと、まるで料理するみたいですよね!」

さらっと言ってのけたがジルベルトは呆然とした。理解が追いつかなくて頭を抱える。

つまり魔物に作った 料理(魔力) を食べさせるということか。魔除けの聖女はなんでもありだな、規格外にも程がある。

「全く想像がつかない」

「でしょうねー、でも見ればだいたい何をしたいかわかりますよ」

アンジェリーナは軽やかに笑うと視線を海に向けた。そして混ぜ合わせた魔力を放出すると一気に水面が泡立つ。やがていくつもの長い影が海面に姿を現して、アンジェリーナを目指して海中を動き出した。

「水の罠」

そのうち一匹を水でくるりと包み込んで、アンジェリーナは見えるところまで寄せた。中には黒地にオレンジの線のある水蛇が泳いでいた。うん、明らかにシーサーペントではない。

浜辺で襲ってきた魚のときと同じようにポーンと沖へと投げて、アンジェリーナは魔力を切った。

「これの繰り返しです」

「本当に力技だな!」

「そもそも種類を選んで狩るということ自体が無茶振りなんですよ。正攻法では難しい、ですからこういう奇策というか裏技が必要になる」

しかも、これは魔寄せの力を持つアンジェリーナだけができることだ。

「面白いと思いませんか。こんな機会は二度とないかもしれない」

料理の味付けと一緒で、魔力の種類は四種類でも割合を増減させていくことでさらに種類が増える。でも、これだけあれば一つくらいは近いものがあるはずだ。そこからさらに寄せていく。

なんとしてでも正解にたどり着いてみせる。アンジェリーナは片肘を突いて、くっきりと口角をあげた。ふたたび海を見据えて、割合を変えながら魔力を練り上げた。

「面白い、か」

ジルベルトは小さく笑った。

彼女は折れないし、曲がらない。激しい雨に打たれても雨粒の先に虹を見つけて微笑むような人だ。それでも折れそうになったときは自分が支える。

ただ、やっぱりどこか抜けているところがあって。

ジルベルトはアンジェリーナに背を向けて、静かに剣を抜いた。ここにいるのは海の魔物だけではないことをすっかり忘れているようだ。アンジェリーナの魔力に寄せられて森の周囲をうろつく魔物が動き出す。暗がりから血炎蛇が顔を出した。その奥にも蛇が、その奥にも。面白いくらいに蛇種ばかりだ。

「帝国からは陸に住む魔獣や魔物は好きなだけ狩っていいという許可も得ているしな、好都合だ」

セザイア帝国では海の魔物と違って、地上に棲む魔獣や魔物は価値が低い。一方で、リゾルド=ロバルディア王国は立て続けに起きた魔獣の大移動により防具や魔法薬に使う資源が枯渇している。特に蛇は魔法薬に使う素材として大量に欲しいところだ。好都合とほくそ笑むジルベルトと視線の合ったブラックキングスネークが怯んだように動きを止めた。

「身体が鈍らないように鍛錬が必要と思っていたからちょうどいい」

どれだけ魔物が押し寄せても、アンジェリーナはこちらを振り向きもしなかった。魔除けの結界を張っているならともかく、魔寄せの力を使うときは結界を張っていないそうだから気がつかないということもあるだろう。

こちらに背を向けているし、少々荒っぽい狩り方をしてもいいか。

こわがらせるのは、本意じゃない。

薄く笑って、ジルベルトは蛇の群れに向かって一気に剣を振り抜いた。