軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 無能で役立たずをやめましたが理解してもらえるかは別の話でした

――――お久しぶりです、おばあさま。

あなたのアンジュもついに、未知の領域へと踏み出すことになりそうです。

「今、なんと」

「大海蛇だけを狩って欲しい。そのほかの魔獣は傷つけずにね」

無能で役立たずをやめたならできるだろう。

言外で、そう言われたような気がした。

セザイア帝国の首都、アクラム。アクラムとは古語で黄金という意味を持つ。

褐色のレンガを積み上げた建物に黒檀の戸と窓枠が映える。黄金にちなんだ整然と煌びやかな街並みを想像していたけれど、色鮮やかではあっても庶民的でむしろ雑然とした雰囲気だった。

本日は公館で偉い方々と面会の予定。朝食を食べてから、歩いて公館へと向かう。活気があって、見たことのない商品がいくつも店頭に並ぶ。さすが流行に敏感な商人の国、見ているだけでも楽しい。香ばしい匂いがして、串焼きにアンジェリーナの視線が釘付けとなる。よし、帰りにはアレを食べよう。視線に気がついたジルベルトはクスッと笑った。

「アンジュは食べることが好きみたいだな」

「え、ダメですか?」

セントレア王国では質素な食事だったせいか何を食べてもおいしく感じる。リゾルド=ロバルディア王国の薄味だけど食材の味が活かされた料理もおいしかったし、この国のように彩りが鮮やかで少し濃いめの味付けも好きだ。アンジェリーナが小さく首をかしげると、ジルベルト様はほんのり頬を染めながら視線を空に泳がせる。

「ダメじゃない。無心に食べる姿が小動物みたいでかわいい」

アンジェリーナは声に出さず叫んだ。ああもう、かわいいとか言い過ぎだから!

最近のジルベルト様は加減というものを知らなすぎる。見られている視線を感じるし、見られることに慣れてきた自分がこわい。アンジェリーナはからかうように笑ったジルベルト様を軽く睨みつけた。

なんで翻弄するようなことばかり言うのかしら!

ひときわ強く吹いた風に紫のローブの裾が舞った。

「と、とにかく行きますよ!」

「違う、行き先はこっちだ」

「あら?」

おかしいな、こっちだと思ったのに。

へへっと笑って誤魔化して、気合いを入れ直した。だから決して気を抜いていたわけじゃない。

「事情をお伺いしても?」

「もちろん」

なかなかの難題だ。アンジェリーナは口を開きかけたジルベルト様を片手で制する。

互いに名乗って、正式な場ではないからざっくばらんに……というところまでは良い流れだったのだけれどね。

「申し訳ありませんが、ジルベルト様の出番はもう少し先です」

「つまり我々の交渉相手はあなたということですね」

どこか不穏で微妙な言い回しだ。使用人や護衛を別にすればアンジェリーナの交渉相手は二人。二人とも黒檀を思わせる黒髪。瞳は 緑青(ろくしょう) 、孔雀石の色をしていた。古来より、この瞳は善悪と嘘を見分けると言われてきたが。瞳に映るアンジェリーナは善か、悪か。さて彼らの目的は。アンジェリーナは探るように目を細める。

「通常、全力で襲ってくる魔獣や魔物を選別するだけでも難しいものです。しかもそれ以外は生かすなんて、それこそ命がけですよ。一度でも対魔戦を経験した人間ならまず間違いなく無理だと答えるでしょう」

視線をもう一人の人物に向けると、彼は相変わらず無言で謎めいた微笑みを浮かべている。なるほど、これがセザイア帝国における ざ(・) っ(・) く(・) ば(・) ら(・) ん(・) ということか。

冒頭の難題を口にした人物こそ、目の前にいるサフィーム・セザイア皇太子殿下。日に焼けた浅黒い肌、セザイア帝国伝統の髪を覆うような布の装身具を身につけている。優秀で人望篤く未来の帝王となることは確実とされる方だ。そして容姿の似通ったもう一人の人物は兄弟……ではなく親戚筋にあたる公爵家の次男。

「魔除けの聖女であれば、簡単にできると思っていたのですが?」

ジャミル・ラシムール公爵子息。先ほどから煽るような言い方をしている彼は将来は側近候補、と。眉ひとつ動かすことなく、微笑みを浮かべた皇太子殿下とは対照的に表情はまったく動かなかった。

どちらも表情だけでは腹の底が読めなくて、なんとなくフェレス隊長のことを思い出した。

こういう属性の人が厄介なんだよなー。

ちょっと迷って、結局 ざ(・) っ(・) く(・) ば(・) ら(・) ん(・) に(・) アンジェリーナは応じることにした。

「単刀直入に申し上げましょう。今回の件、シーサーペントを狩るだけで原因が解消するとは限りません」

「というと?」

「魔力だまりに、魔獣や魔物。魔とついてはいますが、それらは一般的な動植物と同じように循環する世界の一部に組み込まれています。その絶妙に保たれた自然界の均衡が崩れたのだとすれば、原因はそんな単純なものではありません」

魔を滅ぼすだけで簡単に問題が解決できるなら魔除けの力はいらない。そういうふうに世界はできている。

「それでもシーサーペントだけを狩ってほしい。その理由を聞かなければ、できるかどうか判断はつきません」

私の立場でこの言い方は不敬ギリギリだ。でも交渉の余地がないのならジルベルト様が表に出るまでもない。

「それとも私には教えたくない理由があるのでしょうか?」

たとえば無理難題と承知で、物珍しいという理由だけで呼んだ。興味半分、そんな考えが過ったけれど次の瞬間、思いのほか真剣な声がしてアンジェリーナは動きを止めた。

「なるほど、あなたはそういう人なのですね。物怖じしないところは、さすが国を相手にしただけある」

「……ラシムール公爵子息」

ジルベルト様の咎めるような視線を、彼は揺らぐことなく受け止める。

「我々の不躾な態度について謝罪します。ですが仕事を依頼する前に、聖女の人となりが知りたかった」

「私の、ですか?」

「そうです。我々はあなたのことを噂でしか知りません。しかもその噂自体が捏造され、悪意で塗り固めたものだというではありませんか!」

それもそうだ。自分で言うのも切ないけれど、ひどい噂ばっかりだったものねー。

「あなたはどんな人物なのか、どこまで話してよいか、そして……本当に噂と違って信頼に足る人物なのか。礼を失してでも我々には見極めが必要でした」

つまり試されたということね。アンジェリーナは小さく息を吐いた。

リゾルド=ロバルディア王国の働きかけで悪評はずいぶんと払拭されたけれど、それと信用できるのかは別の問題だ。実際に会って確かめたくもなるだろう。それに、とラシムール公爵子息は冷ややかな微笑みを浮かべる。

「あなただって、いきなり大歓迎という雰囲気だったら逆に裏があると疑いません?」

「たしかにそれもそうですねー。それで私は商談の相手にはなりそうですか?」

「もちろん。激昂することもなく冷静だし、真摯に仕事と向き合う姿勢も見受けられた。やはり噂は偽りだったと実感したところです」

これからもこういうことはある。呑み込んだアンジェリーナはにっこりと笑った。

「では今度こそ理由を教えてください」

「切り替えの早いところも素晴らしい。相手の地位に臆することもなくふて……っと、なんでもありません」

そこは呑み込まなくても大丈夫。図太いのは隠していません。

苦笑いを浮かべた皇太子殿下の視線に促されて、ラシムール公爵子息は口を開いた。

「理由は至極簡単です。ここ数年、海産物の産出量が減少しています。そこで専門家に調査を依頼したところ、シーサーペントが原因であることが判明しました」

「どうやら凶暴化し、数を増やしているらしい。目撃したという情報もこのところ急激に増えている」

皇太子殿下の顔色も冴えない。セザイア帝国は海からもたらされる恵みによって潤う国だ。主要な輸出品は魚や貝、海藻類、そして海水から精製される高品質の塩。それだけでなく海に棲息する魔物から採れる素材は需要が高く、丈夫で軽いからと武器や防具にも使われるのだとか。

「ちなみにどのくらい数を減らしているのです?」

「十年ほど前から徐々に減り続けて、このままの勢いならば最悪国が立ち行かなくなるかもしれません」

そこまでか、アンジェリーナはジルベルト様と視線を交わした。

警戒されるのも仕方がない。たしかにこんな危ない話をうっかりでも無能で役立たずには話したくはないだろう。そのうえ非情、冷酷などと言われる人物には絶対ダメだ。

「減っているのは餌として食われたか、縄張りから追い出されたかしたのでしょうね」

「おそらくは。ですがそれでは困るのです、なぜなら魔物であっても、そうでなくても。海がもたらす恵みは我が国にとって大切な資産なのですから」

だからシーサーペント以外は傷つけるな、と。

この情報は国にとって機密に分類されるものなのだろう。産出量が減れば他国にも影響が出る。ジルベルト様も深く考え込んでいるし、本来ならアンジェリーナのような立場の人間に話していいものではないはずだ。それでもここまで話したのは他に手がないというだけでなく、信用に足ると判断されたから。

若干、巻き込まれた感はある。

けれど期待には応えなければなりませんね!

「わかりました、お引き受けします」

「できるのか、よかった!」

「もちろん。ただし、条件があります」

アンジェリーナは人差し指を立てた。

「準備期間を含めて一ヶ月、猶予をください」

「そんなにかかるものなのか?」

「はじめてのことですから。いろいろ下調べが必要なのです」

それだけ答えてアンジェリーナは口を閉ざした。そこからはジルベルト様も交えて契約について話し合う。報酬、素材の配分について。さすが商人の国、手紙に記されたとおりに契約書が仕上がっていた。

手慣れた様子で契約書を確認するジルベルトの手元を見つめていたアンジェリーナは、ふと視線を感じて顔を上げる。相変わらず微笑みを絶やさない皇太子殿下と視線が合った。そういえばと、アンジェリーナは手を叩く。

「お二人にお伝えしなくてはならないことがありました!」

そう、水際対策のことです。来る途中で貝殻拾いの子供達が魚の魔物に襲われかけたことを伝えると、腹の読めない顔が標準装備のお二人もさすがに青ざめた。アンジェリーナが地図を出してジルベルトが浜辺の場所を示すと、二人の顔色がますます悪くなる。

「我々が遭遇したのはこのあたりです。ちなみにシーサーペントが目撃された場所はどのあたりでしょう」

「一番多いのは、このあたりだな」

真剣な表情をした皇太子殿下の指先が砂浜から少し離れた場所にある沖合いを指した。

大当たり、アンジェリーナは口角を上げる。たぶんシーサーペントの縄張りはこの近くにある。

「居住地に近い。住民に被害が及ぶ前に対策を」

「かしこまりました!」

皇太子殿下の指示に人々が一斉に動き出す。高貴なる者の義務、庶民の暮らしを守るのは王族の仕事です。良い国だなー、セントレア王国だったら私に丸投げして終わるところですよ。これは仕事が捗りそうです!

「応急処置として魔除けの力を混ぜた海水を撒いてきました。簡易的な魔除けの結界です。効果のほどはセントレア王国において実証済みですから説明は省きますね」

「は……そんなことが」

「潮の流れによって変わりますが、あと五日くらいは効果が持続するでしょう。焦ることなく、最善の対策を立てることを推奨します」

アンジェリーナの言葉に、人々は一瞬動きを止めた。

海水に結界の効果が付与できるなど聞いたことがない。

嘘か、それとも真実か。

驚きを隠せない視線が自分に向いたので、若干胃に痛みを覚えつつジルベルトはうなずいた。

「本当です。この浜辺を起点としてある程度の深さまでは魔物の気配が消えていました」

「あなたが言うのなら間違いないということか」

皇太子殿下の探るような視線がアンジェリーナに注がれる。

「どうしましたか?」

「そんなことまでできるのに、なぜ無能で役立たずと呼ばれたのだろうな。さまざまな事情があったことは知っているが、それほどの能力があれば証明する機会や方法は他にもあったのではないか?」

心底不思議でならない、皇太子殿下の視線はそう語っている。アンジェリーナは苦笑いを浮かべた。私の評価を下げることが国策だったのだから、たとえ証明しても握りつぶされることはわかりきっていたのよね。

けれど、それは別として。

「目に見える実績がないから信じなくなった。それがすべての始まりだったと思います。ですがそのほかにも私だけが真実を知っていればいいと、そう思ってきたこともまた原因の一つなのかもしれません」

いつしか理解してもらうことを諦めていたのだ。王も、セントレア王国も、そして魔除けの聖女自身も。真実だとしても、目に見えないものを信じてもらうのは本当に難しい。

「今ならわかります、諦めるほうが楽だった。流されるほうが抗うよりもずっと楽だったからです」

アンジェリーナだってそう思っていたときがあったのだから、そこは反省すべきだろう。

「ですが抵抗しなければ手に入らないものもある。それが欲しくて私は国に逆らうことを選びました」

不穏な響きを帯びたアンジェリーナの言葉にセザイア帝国の人々は表情を固くした。

でしょうねー、美談で飾り立てても私は国を滅ぼした魔女だ。囲い込まれることなく協力関係を築くには、咎なき罪人くらいの立ち位置がちょうどいい。

そのための国外追放。権力ってこわいわー、でもほんと助かる!

「アンジェリーナ、悪い顔をしている」

「あら失礼」

呆れた顔をしたジルベルト様がささやいたのでアンジェリーナはあわてて真面目な顔をする。

ええ、そうこれからの私は目立たず慎ましく暮らすのです。

平凡で幸せな未来を手に入れるため、一生懸命働きますよ!

「ああ、そういえばひとつお願いがございます」

「なんでしょうか?」

「下調べのために海の魔物に詳しい専門家の方をひとり、ご紹介いただけません?」

「かまいませんが……なぜです?」

首をかしげたラシムール公爵子息に、アンジェリーナはへらりと笑った。

「シーサーペントの実物を見たことがありません。ですからまずは本物を覚えるところからですね」

沈黙が落ちる。別の意味でセザイア帝国の人々は青ざめた。

だってセントレア王国から出ることのなかったアンジェリーナの戦場は陸地ばかり。

「そもそも海という未知の領域に挑むのはこれが初めてなのです!」

「……早まったか?」

「そこはかとない不安が」

何をいまさら。ずるくて嘘つきなアンジェリーナだけれど、なんでもできるとは言っていませんよ。

「大丈夫、私を信じてください!」

「新手の詐欺みたいな台詞だ」

さすが商人の国、警戒心が桁違いのようです。

ジルベルト様は深々と息を吐いてアンジェリーナの肩を軽く叩いた。

「アンジェリーナ、言い方が悪い。あえて不安を煽ってどうする」

「ですが知っている振りをするより、ずっと誠実だと思いませんか?」

「あまりにも自信満々な態度だから目測を誤ったな。まあいい、お任せしよう」

苦笑いを浮かべる皇太子殿下は席を立ちながらジルベルトを振り返る。

「ジルベルト殿はよく信じたものだな」

「彼女は規格外なのです。常識は通用しませんよ」

ジルベルトはほんの少しだけ口角をあげた。さまざまなことがあった、だからこそより深く信じられる。

「ですが彼女は期待を裏切りません、それはお約束ができます」

アンジェリーナは揺るぎない背中を見上げた。迷いのない清廉潔白な強さ。憧れて、手に入れたいと願ったもの。頬を染めながら、聞こえない距離でアンジェリーナはつぶやいた。

出会ったときからずっと、ジルベルト様だけは迷わずアンジェリーナを信じてくれる。

だからこそ、私にとってあなたは特別……。

「ただ厚かましくて、図々しいですが」

でもね、その一言は余計だ。