軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話 無能で役立たずをやめました、たぶんこれからは大忙しです

おばあさまは、こう言っていた。魔力だまりは自然の脅威だと。

そして魔除けの力こそ、抵抗する彼らにとって希望となるものだと。

アンジェリーナは魔石に魔除けの力を注いだ。渦巻くような強大な力は微風となって人々の髪や衣服を揺らす。注いだ力はあますところなく魔石に吸い込まれ、光り輝く金色の魔石となった。その神々しい煌めきを放つ魔石をアンジェリーナはフェレスに捧げる。

「これは魔除けの力そのもの、私の力の源です。どのように使うか、もちろん使わないという選択肢もあります。すべてはあなたの心のままに」

「こんなすばらしいものを……感謝します」

「王にもお伝えください。魔除けの力を使いこなせるか、楽しみにしていますと」

今、再び築きあげた協力関係だ。国を捨て、魔除けの聖女は広く世界と繋がっていく。

「ああ、そうだ。我々からもお礼をしないといけませんね」

「お礼ですか?」

フェレスは笑顔のまま合図するように腕をあげた。すると隊員が続々と集まってくる。何事かと首をかしげたアンジェリーナの肩をジルベルトは軽く叩いた。

「彼らから君への感謝の気持ちだそうだ。出陣する兵士を鼓舞する儀式に使われる。 仲(・) 間(・) の無事を祈るためのもの」

整列した隊員達はタイミングを合わせて一斉に武器を鳴らした。祈りを捧げるときのように真剣な表情をして、一糸乱れぬ動きで声を張りあげた。

「強くあれ、栄えあれ!」

台詞が繰り返されるたびに大気を震わせるような武器の音が研ぎ澄まされていく。凛と響き渡る声は、まるで祈りの声みたいだ。そして儀式が終わると、わっと人々の歓声があがった。笑顔と、感謝の声。アンジェリーナの視界がじわりとにじんだ。ジルベルトは慈しむようにアンジェリーナの頬に手を添えた。

「君はこの国と民を守った、そう誇っていい」

「泣かせてきますねー」

でもね、感謝の言葉はきっと私だけのものではない。特務部隊隊長として真摯に務めてきた彼自身に捧げられたものでもある。

「今からでも遅くはありませんよ。あなたまで私と同じ険しい道を歩む必要はありません」

「失うものよりも得るもののほうが大きい、理由はそれだけだ」

アンジェリーナと、自由。失うものがあったとしても、それでも手に入れたいものがある。

「さんざん説明してきたつもりだったが、まだわからないようだな」

ジルベルトはアンジェリーナの頬に口づけを落とした。いつかのお返し。アンジェリーナの頬が一瞬にして赤くなる。歓声の中に冷やかすような声が混じった。

「もういいです、十分思い知りましたから!」

ああもう、こんなふうに追い込まれたら心臓がもたない。

「さあ、いきましょう!」

笑う声と、激励。国外追放と呼ぶにはあまりにも明るい。

でも振り返れば、そこにはアンジェリーナが失ったはずの無償の愛と信頼がたしかに残されていた。

形ばかりの罰が執行されて、国境検問所から国の外に出る。このときからアンジェリーナとジルベルトは二度と国に戻ることは許されない。さてどうしよう、アンジェリーナは鞄から地図を取り出した。その手元をジルベルトがのぞき込んだ。

「まずはセザイア帝国からか」

「はい、派遣要請がありましたので。シーサーペントという魔物が漁場を荒らしまわっているそうです。破格の報酬を出すので狩ってほしいと、しかも残った素材は取り放題です!」

「もしかすると海の底にも魔力だまりがあるということか?」

「かもしれません。現状では、あくまでも可能性があるというだけですけれどね」

シーサーペントとは細長く、巨大な体をしているという。海洋に住み、大海蛇とも呼ばれている。アンジェリーナは、ゆるりと口元をほころばせた。魔の巣窟に召喚された蛇は ど(・) こ(・) か(・) ら(・) き(・) た(・) の(・) か(・) 調べないといけないからね。

「ああ本当に、この世界は面白い」

海に棲む魔物はどんな生態をしているのか。弾むような足取りで前へ前へと進んでいく。ジルベルトはふと顔をあげた。

「そういえば以前にセザイア帝国には色変え魔法薬の商人を探しにいくと言っていたような」

「よく覚えていますね、これのことでしょう?」

アンジェリーナの手の中で瓶が一つ転がった。実際のところ商人の話は嘘だったわけだが、ならばなぜ手元に瓶だけが残されている?

「実はこれ、私がデザインしたのですよ」

「は、まさか偽造したのか?」

「人聞きの悪い。瓶もラベルも試作品ですが、本物ですよ。調薬の聖女の手伝いをしていたときに新薬を入れる薬瓶の見本として何種類か作りました。そのうちのひとつがこれです」

実際に採用されなかったというだけで、成分や用法用量まで書かれている本物だからジルベルトもフェレスもまんまと騙されたというわけか。アンジェリーナは心の底から楽しそうな顔でにやりと笑う。

「だから探しても商人なんて見つかりませんよ。作ったのは私ですもの。なにかのときに使えるかなー、と思って取っておいたのです!」

ジルベルトは呆れたように笑った。彼女はなぜか悪だくみしているときが生き生きとして幸せそうだ。

とにかく聖女には向いていない。これだけははっきりと言える。

「それではさっさと調査を終わらせましょう!」

いつも勢いだけはいいのだが。アンジェリーナの手をつかんだジルベルトは口角をあげた。

「楽しそうなところ悪いが行き先は反対だ。セザイア帝国はあっちの方角」

「あら?」

「魔力だまりで国は渡れなさそうだな」

ずるくて嘘つきなアンジェリーナ。しっかりしていそうで、どこか抜けている。

ジルベルトは肩を震わせて笑った。アンジェリーナは気まずそうな顔で淡い青をした空に視線を向ける。少しずつ空の青が濃さを取り戻しつつあった。リゾルド=ロバルディア王国の澄んだ淡い青空は、もしかするとこれで見納めかもしれない。

失うものがあったとしても、それでも手に入れたいものがある。今ならその気持ちがわかるような気がした。

「はじめてのことばかりなのに、心踊るのはなぜでしょうね」

きっと、その先に夢にまでみた自由があるから。

ジルベルトと視線が合って、そっと微笑んだ。揺れるフィラニウムの花、二つの影が一つに重なる。

――――拝啓、天国のおばあさま。

アンジェリーナは無能で役立たずをやめました。おかげさまで、たぶんこれからは大忙しです。

さあ、いこう。

踏み出した小さな一歩が、幸せな未来につながる礎となることを願って。