軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 きちんと言葉にしなくては伝わらないこともあるのです

でもそんな優しい時間も、もう終わりだ。

「狂いながら国とともに滅ぶか、それとも私を失ったことで国が滅ぶか。どちらにせよ国が滅ぶのなら、私は人としての矜持を守ることを優先します」

「バカな、魔除けの聖女が国を捨てるなどあってはならないことなのに」

途端にグイド神官が激昂する。そして蔑むような冷ややかな眼差しでこう吐き捨てた。

「だからあなたは聖女らしくないと嫌われるのです。愛だの、矜持だのバカバカしい。人々の幸せのために命を捧げる聖女が自分の幸せを追求して役目を果たさないなど罪深い。聖女のくせに大切なことが理解できないから閉じ込めて言うことを聞かせるしかなかった。我々はむしろ被害者なのですよ!」

そして玉座に向かって首を垂れた。

「国王陛下、恐れながら申し上げます。聖女アンジェリーナは自ら嘘つきだと認めました。ですので、今まで偉そうなことを並べていたことはすべて嘘偽りと認めたのと同じこと。御前をお騒がせしました。この嘘つきを即刻連れて帰り、二度と外には出さないことをお約束いたしましょう」

強制送還に、幽閉。命で贖うほど重くはないが決して軽くはない罰だ。

さて、どう挽回するか。アンジェリーナが口を開きかけた、そのときだった。

「公正なる審議の場で一方的な主張が通ると思っているのか。甘く見られたものだな」

グイド神官から隠すように、ジルベルト隊長はアンジェリーナの前に出た。

「皆に問う。聖女アンジェリーナを無能で役立たずと思うものは挙手せよ」

「……!」

「挙手してもしなくても、罪に問わないことを我が名において約定する。安心して己が意見を表明せよ」

すると審議の場にいる誰からも手があがらなかった。

「さて、グイド神官。彼女は無能で役立たずと聞いていたが我々にはそれこそ嘘と思えるのだが?」

「いえ、そこは個人の感覚によって異なるわけで……一概にはそうではないとも言い切れず」

「では婚約の件はどうか。彼女は二年前の春に王命で婚約を結んだと証言した。これは我々の要請を断る理由にするためで、彼女が婚約者と離れたくないと言ったというのは明らかな嘘ではないのか?」

「で、ですが私は彼女のたっての願いであると聞いておりますゆえに」

「国は嘘をついていたくせに、聖女に嘘は許さないというのはいくらなんでも傲慢ではないか?」

「いいえ、嘘ではなく認識のすれ違いというかですね……」

ちょっと苦しそうな言い訳を並べるグイド神官を横目にアンジェリーナはポンと手を叩いた。

「あ、そういえば王から婚約を命じる手紙をもらってました。保管してあるのをすっかり忘れてましたけど!」

「そんなことはない、あの手紙は回収して完璧に燃やしたと……あ」

やーい、引っかかったー。アンジェリーナはニンマリと笑う。

「立派な証言だな。記録係はしっかりと残しておくように」

「はい、かしこまりました!」

「いや、今のは冗談で……」

「神聖なる審議の場で冗談とは。貴国は我が国を愚弄する気か?」

どっちにしても詰んだ。しかも弁明するほど嘘っぽく聞こえてしまうという悪循環。うまいやり方だと、アンジェリーナは広い背中の持ち主をそっと見上げた。視線が合って、ジルベルト隊長は微笑んだ。

「どうした?」

「手助けしてくださるとは思いませんでした」

「私はあいつらと一緒にされたくないだけだ」

彼の視線の先には嘘を重ねるグイド神官と、黙り込んだべアズリース伯爵子息がいた。彼らは何を必死になっているのだろう。無能で役立たずの聖女ひとりくらい、このまま放っておけばいいのに。セントレア王国の私に対する執着が強烈で意味不明なものだけに嫌な予感がした。逸らした視線がべアズリース伯爵子息のものと重なる。まさか彼はずっとアンジェリーナを見ていたのだろうか。なぜか背筋がゾッとした。

この男、なんかとんでもないことを言い出しそうだわ。

「おいアンジェリーナ、いい加減許すべきではないか?」

「は?」

「グイド神官がこれだけ言葉を重ねて謝罪しているのだ。それをいつまでも引きずって根に持つからおまえは聖女らしくないと批判される。聖女は人々の犯した罪に寛容で慈悲深くなければならない。そんな底意地の悪い態度をとるから魔女と揶揄されるんじゃないか」

――――聖女なら、どんな罪でも許すべきだ。

己が正義を欠片も疑っていないべアズリース伯爵子息の態度に思わず頭に血が昇った。だめだとわかっているのに、どうしても吹き出した怒りは抑えられなくて。怒れるままにアンジェリーナは口を開いた。すると頭上から受け流すように平静な声が聞こえてくる。

「それは違う。聖女だろうが関係なく、謝罪する側が許すことを強要してはならない。それは自分が悪いことをしたと思っていない証だ」

「な、そんなことは……」

「謝罪する立場の人間は許されるまで待つことしかできないものだ。謝罪のために費やした時間が相手に対する償いとなることもあるのだから」

すぐにジルベルト隊長の声だとわかった。アンジェリーナが欲しいと思う言葉をくれるのはいつも彼だから。大きく息を吸って、吐いて。うん、もう大丈夫。冷えた頭で薄らと笑ったアンジェリーナは首をかしげた。

「では、べアズリース伯爵子息にお伺いしましょう。そもそもの話、私がいつ聖女にしてくれと頼みました?」

「何をいまさら。聖女になるためには本人が能力を申告し、神殿が聖なる力と認め、聖女に任命しなければならないと法に定められている。そんなのセントレア王国では常識だ」

だからだよ。アンジェリーナは熱を逃すように深く息を吐いた。

「自分達にとって都合の悪いことはすぐ忘れる。あなたたちの悪い癖です」

「なんだと!」

「私は生まれると同時に両親から引き離され、保護という名目で神殿に預けられています。そのときからずっーっと魔除けの聖女なんですよ。聖女になりたいかなんて、意思を確認されたことなど一度もありませんでした」

アンジェリーナは生まれたときから国によって魔除けの聖女になる未来が決められていた。黒髪と紫水晶色の瞳が魔除けの聖女である証だからだ。

「それは、その……そうだったのか?」

「それともべアズリース伯爵子息は生まれたばかりの赤子になら、何をしても許されるとお考えなのでしょうか」

べアズリース伯爵子息はあわててグイド神官を振り向くも、視線すら合わせてもらえない。まさか魔除けの聖女 だ(・) け(・) は本人の意思に関係なく無理やり連れてきているとはいえないものね。過去、引き離されることを拒んだ両親が行方不明になったという魔除けの聖女もいたらしい。そこまで徹底して愛を奪うのは、そのほうがコントロールしやすいから。

「魔除けの聖女に愛や情は必要ない。そう思っているのはあなた達だけです」

「……」

「私は自らの意思で魔除けの聖女になりたいと願ったことは一度もありませんよ。ですからどうぞ聖女の職から解任してくださって結構です。今後は自分が 愛(・) し(・) て(・) 、守りたいと思ったものを守ります」

冷たく言い放ってアンジェリーナはリゾルド=ロバルディア王国の人々を振り向いた。

「もうおわかりですね。聖女の称号がなくともこの身に魔除けの力は宿っています。だから祈りや潔斎も、厳しい修行もいりません。それを聖女らしくないとするのなら、たしかにそうでしょうね」

それらしい容姿と素振りができるから聖女なのではない。聖なる力を与えられた者だけが聖女と名乗ることを許される。本来はそうでなくてはならないはずだ。

「振りでも嘘でもいいから聖女らしくするのも仕事のうちだと聖女仲間に言われたことがありました。神官からも要領が悪いだの、不器用だのと咎められたこともあります。ですが、どうしても受け入れがたかったのです。偶像とは虚構に過ぎません。誰もが求める聖女の姿にはほど遠くとも、私は魔除けの力を持っています。望んで聖女になったわけでもない、そのうえさらに自ら誇りを捨ててまで、周囲の望む姿で振る舞うことはできませんでした」

それを無能で役立たずと評価するのなら、否定はしないけれどね。

「さて、私は無能で役立たずだったのか。皆様はどう判断なさいますか?」

最後は被疑者自ら幕を引き、第三者に判断を委ねる。アンジェリーナは静かに言葉を待った。少なくともこの場にいる人達にはセントレア王国で私の扱いがどんなものだったかはっきりしたはずだ。あとは審議の場を設けた国王様が議長としてどう判断するか。

「セントレア王国の使者よ。聖女アンジェリーナへ言いたいことはないか」

おそらくこれが最後の機会になるだろう、アンジェリーナはそんな空気を感じた。グイド神官はアンジェリーナに視線を向ける。そういえば今日はじめて真正面から視線が合ったような気がするわ。

「聖女アンジェリーナ、最後にもう一度お聞きします。セントレア王国に戻りませんか?」

「いいえ、戻る気はありません」

「そうですか、ではあなたはリゾルド=ロバルディア王国に残るということですね?」

「それもありません」

アンジェリーナはさして迷うこともなく言い切った。するとグイド神官だけでなく、リゾルド=ロバルディア王国側の人間も驚いた。常に冷静な表情を崩さなかった国王様ですら目を丸くする。

「そうなのか?」

「はい。たしかに図太いとかふてぶてしいとはよく言われますが、そこまで厚かましくはありません」

「よく言われるのか……まあたしかにな」

いや、そこは否定してほしい。アンジェリーナは苦笑いを浮かべた。

「二年前の件がありますからね。魔除けの聖女が要請に応じなかったせいで貴国の兵士が亡くなっているのです」

「だが、ここにいる全員があなたに事情があったことを知っている」

「裏にどんな事情があるにせよ、いなかったという事実が消えることはありません。救われなかった人達の家族に受け入れろというのは残酷だと思いませんか?」

審議の場にいた何人かは、そっと視線をはずした。

今回、怪我を負った人はいても誰も死ぬことはなかったと聞いている。なぜ二年前に間に合わなかったのか。二年前に大切な人を失った人はそう思うだろう。割り切ったつもりでいても、きっと心から割り切ることはできないはずだ。

「 私(・) も(・) 許すことを強要するのは違うと思います。事情があったと聞かされたとしても心の底から許せるわけがないのです。彼らが傷を癒すためには私がこの国に留まり続けるわけにはいかないのですよ」

アンジェリーナの隣で、ジルベルト隊長が深く息を吐いた。そうよ、彼だって大切な人を亡くしている。アンジェリーナは覚悟を決めたように深く息を吐いて微笑んだ。

「厚かましいのは承知のうえで、二年前大切な方を亡くされた方にお伝えいただけますか?」

紫水晶のような瞳が陽の光を受けて一際強く輝いた。アンジェリーナの全身から醸し出される静謐な空気に呑まれて、誰もが思わず息を止める。静まり返った審議の場で彼女はジルベルトに伝えた内容を繰り返す。

「私を許さないでください。うらんで、憎んだままでかまいません。尽きることのない怒りを抱いたまま、ひたすら力を蓄えればもっと強くなれるでしょう――――そして、もっと強くなれば魔除けの聖女など必要なくなります。魔除けの聖女の力に頼ることなく己が技量で魔のつくものを退ける。それが私の望む国の姿です」

だから魔除けの聖女は、もういらない。

ようやくわかった、そういう意味か。そう思うと同時にジルベルトの心が震えた。こんなにも迷いなく自分の身を投げ打つことができる人間がいるのかと。

その振る舞いはリゾルド=ロバルディア王国の人々には聖女と呼ばれる人間に相応しいものと映った。自己犠牲の精神、高い品位と貫禄。彼女を聖女らしくないと揶揄していたセントレア王国の人間は一体彼女の何を見ていたのか。

「もっと早く私がセントレア王国を捨てることができていれば。前回の魔獣の大移動が起きる前に、貴国へ馳せ参じることができたでしょう。皆様の大切な方々を失うこともなかったかもしれません」

表情を暗くしたアンジェリーナは膝を突き、額を床に着けた。これは周辺国で共通する最上級の謝罪の姿勢。なぜこんな真似を、意図が読めない人々は呆然として言葉を失った。

「それが間に合わなかったのは、ただただ私に国を捨てる覚悟が足りていなかったから。先代との命をかけた約束があることに甘えて、現状に流されてきた私の弱さゆえのこと。己が不甲斐なさを、この場において深くお詫びいたします」

誠に申し訳ありませんでした。

謝罪の言葉は静まり返った審議の場に凛と響いた。なぜそこまで。誰もが困惑し、痛いくらいの沈黙が落ちる。どこか居心地の悪い沈黙を破ったのは国王様だった。

「もうよい、元の姿勢に戻れ」

「慈悲深きお言葉に感謝いたします」

「潔いというか……なんとも危ういなぁ。よくぞここまで無事に生きてこれたものだ」

「よく言われます。悪運が強いみたいです」

フェレス副隊長が差し出した手に手を添えてアンジェリーナは立ち上がった。そして慣れない姿勢にぐらついた腰をジルベルト隊長が支えて引き寄せる。気がつくと周囲がガチガチに固められているのですが…… 見上げた先では二人が超絶いい笑顔を浮かべている。もしやこの体勢、絶対逃さないようにするための拘束ですか?

逃すなよ。

この期に及んで逃すと思いますか?

いつぞやの会話が脳裏によみがえってアンジェリーナは顔色を悪くした。現実逃避するように、遠いところを見つめたアンジェリーナの視線の先で国王様が口角をあげた。

「それがあなたの望む落としどころということか」

「落としどころではありません。謝罪の気持ちは本物です」

「セントレア王国の使者は一切謝罪しなかった。つまり今回の件に関して、魔除けの聖女であるあなたがセントレア王国の罪を含めたすべてを背負うことになる。それはわかっておるな?」

さすが、言わずとも理解してくださると思っていた。最上級の謝罪とは、罪人が罪を認めるときにするものだ。謝罪することで自分が全責任を負うという意味も持っている。裏を返せば、セントレア王国は無能で役立たずのアンジェリーナによって救われたことになるのだ。これはアンジェリーナ渾身の意趣返し、それと同時にセントレア王国が失うものがもうひとつあるということを意味していた。

「自らを罪人として我が国に 引(・) き(・) 渡(・) す(・) つもりか」

「そうなります。謝罪を受けてくださいますか?」

セントレア王国が失うもの、それはアンジェリーナの 身(・) 柄(・) 。

何度も言うが、魔除けの聖女の無能で役立たずという評価に、さらに自分勝手で……まあ、もろもろの悪評が追加されるだけだ。いまさら地を這う評価が天に昇ることはない。

その代わりきっと手に入れてみせる、国・外・追・放!

リゾルド=ロバルディア王国の刑罰には罪人の証である紋様を刻んだり、おどろおどろしい呪いをかけたりするものはないと聞く。さすが高潔な人物が多いことで有名なお国柄、罪人に対する扱いが優しい。国外追放だって罪人を国境の外に手荷物と一緒に放り出すだけだし。

人道的だ、そして国外追放バンザイ。これでようやく自由の身になれる!

アンジェリーナは浮き立つ気持ちを押し殺して完全に表情を消した。ところが視線が合った国王様はなぜか深々と息を吐く。え、なんですかそのかわいそうな子を見る視線は?

「顔に出ていますよ」

「デテイマセン」

フェレス副隊長の囁きにアンジェリーナは口元をさらに引き結んだ。するとなぜかジルベルト隊長とフェレス副隊長が吹き出すように笑った。どうして、いつも以上に真面目な顔よ?

「ではセントレア王国の使者よ、判決を伝えよう」

微笑ましいという顔をしていた王は、軽く王笏の先を床に打ちつけた。そして威厳ある表情を浮かべる。

「審議の結果、魔除けの聖女は罪人としてリゾルド=ロバルディア王国が処罰する。なお、周辺国との申し合わせにより罪人となった者には心身保護の法が適用されるため、処罰が決まるまではこのまま保護することになるだろう。また処罰の内容については我が国の法に照らして決めることとなるので、貴国の意向に沿わないこともあると思うが承知しておいてくれ」

「は⁉︎」

「さあ使者殿、急ぎ戻ってセントレア王に伝えるがいい。罪人は我が国の法に則り厳正に処罰するからご安心召されよ、とな」

「異議なし!」

リゾルド=ロバルディア王国側から反対する声があがることはなかった。アンジェリーナは理解が追いつかなくて固まる。両隣の二人は拘束する手をさらにきつくした。

「よかったな、アンジェリーナ」

「安心しましたね」

ホゴ……反故、もしくは保護?

アレ、待って。国外追放は?