軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 どういうわけか捕獲されたうえに尋問されるようです

――――拝啓、天国のおばあさま。

アンジュは決して清廉潔白ではありませんが最善を尽くしてきました。目立たず慎ましく暮らして、真面目に働けばきっと幸せになれると信じて努力してきたつもりです。

「さて、どこに運びますか?」

「まずは私の執務室に。あとは尋問してからだな」

なのにどういうわけか捕獲されたうえに連行されて尋問されるようです。

「私は悪いことしてませんよ!」

「大丈夫、最初はみんなそう言います」

フェレス副隊長がにっこり笑って切って捨てた。なんてこと、信じていただけない。ですが本当にこの国にとって悪いことをしたわけではありませんよ!

結局、アンジェリーナは担がれたまま特務部隊本部のある敷地まで運ばれた。第六の門をくぐり、魔の巣窟の近くを通りかかる。恐怖しかない透明な橋を渡ったことで生命力を削られ、力なく運ばれるアンジェリーナの元にサビーノさんが駆けてきた。キタ、救世主!

「隊長、報告が……ってアンジュ、どうした?」

「サビーノさん、助けてください!」

明らかに捕獲された格好のアンジェリーナに目を丸くしたサビーノさんは、ジルベルト隊長とフェレス副隊長の顔を見比べて、どういうわけか深々と息を吐いた。

「いいか、あとでちゃんとごめんなさいするんだぞ? 謝れば許してくれる……たぶん」

「なんで⁉︎」

私が悪さしたことが前提ってどういうことよ。アンジェリーナをフェレス副隊長が降ろすと、ジルベルト隊長がサビーノさんを振り向いた。

「それで報告とは?」

「はい、たったいましがたなのですが再び魔の巣窟が活性化する兆しが!」

「なんだと!」

ジルベルト隊長が魔の巣窟に視線を向けた、そのときだ。

突然、魔の巣窟からどろりとした液体が吹き出した。そして腐臭のする液体を撒き散らすようにして一体の竜が飛び出したのだ。精鋭揃いとされる特務部隊の兵士達もさすがに言葉を失っている。アンジェリーナはひっそりと口角をあげた。

「……最後の悪あがきか」

魔の巣窟の奥で、主がアンジェリーナを待っていたとばかりに歓喜している。なるほど、私のためにとっておきを出してきたわけね。おとなしくしていればいいのに。でも私の実力を測ってのことならば、光栄なことだわ。

「バカな、竜だと」

「しかも死霊化している」

ようやく隊員達が動き出した。死霊化しているのは、おそらくどこぞ魔力だまりの近くで命尽きた竜の死体を引き摺り込んで溜めていたからだ。そして今はその体と魂を再構築して使役している。おそらく竜の知識を取り込んで新たに創造した魔物。たしかに、こんな掟破りの手を使う狡猾な主を相手にしていたのなら、前回の魔獣の大移動では迎え撃つ側は苦戦したでしょうね。

死霊となった竜――――人に危害を加えるものを総称して邪竜と呼ぶこともあるが、この個体に普通の攻撃は効かない。伝説級の宝剣や魔道具など専用の武器や魔法が必要なのだが、とうに失われてこの世に存在しないとされていた。だから誰もが一様に顔色が悪いのだ。

ジルベルト隊長は指示を出しながらも思案している。最悪の場合、国を捨てるという判断が必要だと理解しているのだろう。でもね、彼を悩ませるのはそれだけじゃない。

竜は腐食させる液体を撒き散らしながら、まるで我がもののように上空を旋回している。これでは国を捨てたとしても安心してはいられない。翼のある竜は、リゾルド=ロバルディア王国だろうと他国だろうと関係なく腐食した体液と共に呪いを撒き散らすだろうから。

おばあさまは魔力だまりを自然の脅威だと評した。魔獣の大移動によって人の営みを徹底的に破壊する。そのうえ魔のつくものでも上位である邪竜を使役するなんて、もはや魔力だまりの役割を超えているのではないだろうか。

そう、いくらなんでもこれはやりすぎ。一回このあたりで徹底的に力を削いでおかないとね。

「アンジュ、さがって!」

「いいえ、ここは私が」

「何を言っているのですか、相手は竜ですよ!」

「だからです」

フェレス副隊長の手を軽く避けてアンジェリーナは前に出ると、片手を横にないだ。

「天の怒り、聖なる槍を穿て」

すると稲妻のような煌めく光槍が落ちて邪竜の翼を切り裂いた。バランスを崩した竜の巨体が激しい音を立て墜落する。

「よっしゃ、大当たり!」

アンジェリーナは拳を突き上げた。

「え、あれはアンジェリーナ?」

「アンジュが、マジかよ」

呆然とした顔で兵士達が目を丸くする。

でしょうねー、だって皆の認識で私は非力でかわいい食堂の従業員だもの!

落下した邪竜は苛立つように咆哮をあげた。っと、いけない。ここからさらに追い打ちをかけないと。アンジェリーナは驚きすぎて動けないでいる兵士の狭間を縫うように最前線へ出ると、前衛を務める特務部隊の隊員に小走りで近づいた。

「おつかれさまです、すみませんが手伝ってください!」

あくまでも日常の延長で、井戸から水汲んできてくらいの口調でお願いする。そうすると、なんとなく勢いに呑まれた彼らはコクコクとうなずいた。

天国のおばあさま、ごらんになっていますか。アンジュは新たな技を習得したようです!

「では、お手数ですが剣をこちらに向けてくださいな」

「剣をか?」

「はい、弱体化とダメージ増加を武器に付与しますので、思いっきり邪竜の体力と精神力を削ってきてください」

「弱体化、ダメージ増加、なんだ、その魔法は」

皆、アンジェリーナの視線の先で目を見開き固まっている。でしょうねー、普通の魔法とは系統が違うのだから。ただ私の使う魔法の効果のほどはさっき実証済みだ。さて、どう判断するかな。するとアンジェリーナの頭を誰かの手が軽く叩いた。

「指揮命令系統を無視して暴走するな」

「っと、すみません。ついいつもの癖で厚かましいお願いを」

「厚かましいという認識があるところが厄介だな!」

若干、頭を抱えながらジルベルト隊長は隊員の剣を指した。

「弱体化とダメージ増加の属性はなんだ?」

「属性……はないですね。弱体化もダメージ増加もそうですが、あくまでも補助魔法の位置付けなんですよ。属性魔法の行使を邪魔することなく総合的に威力が増すというふうに考えていただけますか?」

「だから読めないのか。なるほど、筋は通っているな」

やはりジルベルト隊長は誰よりも深く魔法を読んでいる。恵まれた才能と裏づける知識量と。属性ではなく、質の違いまでわかる人はそういない。アンジェリーナにとって彼がこの場に最高責任者としていることは運がよかったというしかなかった。

「ついでに防具には反射の効果を付与することで腐食させる液体を避け、より安全快適に」

「わかった、私が許可する。とにかくやれるだけやってみろ」

ならば全力で応えなくてはなりませんね!

アンジェリーナは手早く剣と防具に魔法を付与すると笑顔で送り出した。最初は半信半疑だった彼らも、実際に対峙してみると効果を体感できたらしい。とまどうような顔つきから真剣な表情に変わった。さすが精鋭と誉れ高い特務部隊の前衛を務めるだけあり、みるみるうちに邪竜の体に深い傷が増えていく。さて頃合いか、アンジェリーナは戦況を見守る兵士達を振り向いた。

「それでは最後に。竜殺しの栄誉と呪いはどなたが引き受けますか?」

活気づいた場が、再び静まり返る。最強の誉れ高い竜を仕留める者に与えられる光と影。武勇の誉れとともに、自身は破滅の呪いを受ける。決して幸せになれない、それでも栄誉を求めるか。竜を殺すという行為にはその覚悟も問われるのだ。

「それは、私が」

静かに告げた人物の顔を見て、アンジェリーナは笑みを浮かべた。ああ、やっぱり。あなたならそう答えると思っていた。アンジェリーナはジルベルト隊長の前に立つ。前衛はあくまでも竜の攻撃力を下げるだけの存在。傷は与えられても致命傷である竜の心臓を貫くには程遠い。するとフェレス副隊長が二人の間に割って入った。

「だめです、あなたはこの国にとって大切な存在。それなら私が!」

「受け入れてくれないか。そうでなければ私は自分が許せない」

「……っ!」

「もし私が死んだらフェレスに隊長の権限を委譲する。以降は王の指示に従うように」

与えられた義務を果たさない人間は嫌い、あなたはそういう人だから。ジルベルト隊長は覚悟を決めたように明るく笑ってフェレス副隊長に背を向けた。そしてアンジェリーナに剣を差し出す。

「これ以上被害が拡大する前に終わらせたい、できるか?」

「もちろんです」

刀身が太く厚い剣だ。これなら一撃で終わらせることができるだろう。アンジェリーナは魔力を操って魔法を付与した。すると剣に光が宿って輝き出す。おお、というどよめくような声が聞こえた。

「聖力、そして破魔。この剣は今このとき唯一無二の聖なる大剣となっています」

「つまり聖剣か、感謝する」

「それと最後にもうひとつだけ贈り物があります」

「なんだ?」

アンジェリーナはすかさずジルベルトの頬に唇を寄せると口づけた。別の意味で周囲にどよめきが起きる。一瞬目を見開いて固まったジルベルトの頬がじわじわと赤くなった。

すると離れた場所で無視してイチャイチャするなとばかりに、邪竜がアギャーと吼える。

「これは、一体どういう……いやもいいいいってくる」

「ご存分に」

微妙に噛んでいるところがかわいい。アンジェリーナはしとやかに膝を曲げて礼の姿勢をとると、ジルベルト隊長の背中に声をかけた。

「大丈夫、私を信じてください」

新手の詐欺みたいな台詞だ。さてどんな答えが返ってくるか。ジルベルト隊長はほんの少しだけ足を止めて振り向くと、アンジェリーナにだけわかる角度で柔らかく笑った。

「わかった、信じてみる」

ならば大丈夫、うまくいくはず。安堵したようにアンジェリーナも笑い返した。ジルベルト隊長は前衛を下がらせる。そして、そこからは本当に一瞬だった。

「ギャギャギャアーーーーーー!」

この世のものとは思えないほど、おぞましい咆哮をあげて竜はジルベルト隊長を威嚇する。でも彼は邪竜の攻撃を軽やかによけると高く跳躍して一気に首を刎ねた。聖なる光が傷口から噴き出す液体を浄化して、胸に突き刺した剣が破魔の力で死霊の 心臓(核) を破壊した。

やっぱり強いなぁ、冷静に剣を振るところもまたかっこいい。っと、いけない。集中、集中……。

破壊した核から光が放たれる。そしてその光に押し出されるようにして黒いもやが滲みでた。そう、あれが呪いの正体。それを黙って見つめるジルベルト隊長に触手が伸びて彼の体に触れようとした次の瞬間、激しい音を立てながら触手が弾かれた。驚いた彼は目を見張る。アンジェリーナはすかさず力を練り上げて、浄化の光を放った。

「さ迷える魂よ、天に還れ」

黒いもやは再び触手を伸ばそうとしていたが、ジルベルト隊長の数センチ手前で浄化の光に包まれる。そして悲鳴をあげながら黒く細かなチリとなり、その姿を消した。呆然としていたフェレス副隊長は隣に立つアンジェリーナの両肩を揺さぶる。

「アンジュ、今のは?」

「浄化の魔法です。竜を滅したときに発生する破滅の呪いは魂に由来するものなのですよ。ですから可視化したところで呪いを弾き、綺麗さっぱり浄化しました」

「呪いを弾く、いつそんな」

アンジェリーナはちょいと頬を軽く指す。魂に影響する魔法は直接体に掛けたほうが効果が高いのです!

「ということは……」

「ジルベルト隊長の手の甲を見れば結果がわかりますよ」

竜の呪いは手の甲に宿る。本人の目につくところに焼きついて精神的にも苦しめるとされていた。ジルベルト隊長が手の甲をかざすと、そこには……禍々しいとされる呪いの紋様は欠片も刻まれていなかった。

つまりジルベルト隊長は竜の破滅の呪いに侵されることはなかったということだ。

大きな歓声があがった。涙ぐんでいる人もいて、ジルベルト隊長が慕われていることがわかります!

「アレはそういう意味か」

「あ、おつかれさまでした!」

アンジェリーナが振り向くと微妙な顔をしたジルベルト隊長がいた。喜んでいい状況のはずなのに、微妙に残念そうな顔だ。なんだか周囲の隊員さんも皆、かわいそうな人を見る目をしていた。ええ、なんで?

「え、でもちゃんと言いましたよね。信じてくださいって」

「それがどうした?」

「呪いを弾く魔法は信じる思いの強さが強度に直結するのです。信じるという言葉だけでは足りません。あの魔法は信じる気持ちがあってこそ成立する契約の魔法なのです」

つまりジルベルト隊長がアンジェリーナを信じてくれたから、呪いを弾くことができたのだ。

「ありがとうございます、信じてくれて」

アンジェリーナは微笑んだ。ずるくて嘘つきな私を信じてくれた、それだけで対価としては十分。

ほっと息を吐いて竜のいた場所を確認すると、魂ごと朽ちた体は浄化されたようで肉体は残っていなかった。その代わりに素材がいくつか残されている。鱗の一部に、爪、骨と皮もあるか。これは加工されて対魔戦で使う武器にするのだ。

「あ、ジルベルト隊長! あれを使いたいのでひとついただけませんか?」

「ああ、いいぞ」

「え、何に使うか聞かないのですか⁉︎」

「ここまでしておいてもらっておきながら疑う余地はないだろう。それよりも教えて欲しい」

あなたは、誰なんだ?

ジルベルト隊長は真剣な表情でアンジェリーナを見つめている。フェレス副隊長もアンジェリーナの肩をつかんだままだ。今度こそ逃がさないという気合いのようなものを二人から感じる。これだけ派手にやらかしたもの、さすがに誤魔化すのは難しい。さてどうしよう、頭を悩ませるアンジェリーナの背後に人の気配を感じた。

「失礼いたします。アンジェリーナ嬢、ご同行願えますか?」

ひとつため息をついて、ジルベルト隊長が咎めるような声音で応じる。

「彼女には至急確認せねばならないことがある。あとにしてもらえるか?」

「申し訳ありません、ですが王からのご命令です」

ああ、ここまでかな。相手の固い口調と冷ややかな態度になんとなくすべてを察した。

「アンジェリーナ嬢、いえ――――セントレア王国聖女筆頭、魔除けの聖女アンジェリーナ様。あなたがなぜここにいるのか、王が事情を伺いたいとのことです」

誰かの息を呑む音がした。ああ、こうしてアンジェリーナはまたすべてを失うのだ。セントレア王国の思惑どおりにアンジェリーナは再び無能な役立たずに引きずりおろされる。

「本日は時間が遅いため、部屋を用意してあります。そこで体を休めていただき、明朝、審議の場に証人として出廷していただきたいとのことです。なおセントレア王国からも使者が押しかけてきて、あなたに面会を求めております。王は状況説明も兼ねて一度で終わらせたいとのご意向でした」

「嘘だ、そんなことが……」

証人と言っているが、たぶん扱いとしては被疑者でしょうね。

呆然としたジルベルト隊長の声が虚しく空気を震わせる。違っていてほしい、そんな表情だった。何をいまさらだ。さまざまな色合いをした視線をアンジェリーナは受け止める。

「王のお召しとあれば、お受けしないわけにはまいりませんね」

セントレア王国にだけ都合のいい魔除けの聖女なんていらない。誰よりもアンジェリーナが許せなかった。だから私は自分の矜持を守るために義務を果たしにきたまで。そして義務を果たした今は、自分を恥じる理由など何もない。真実を話す用意はある、そうアンジェリーナは己を奮い立たせた。

こうなったら最終目標は国外追放。

「アンジェリーナ!」

うろたえるな。もともとすべてを失う覚悟だったじゃないか。

振り向きざまに淡く笑って、アンジェリーナは無言のまま背を向けた。