軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五幕 おとなしくしていたのに、生命の危機でした

元公爵令嬢に話を聞きに行くこと。

もしくは元凶と思しき第二王子殿下に会って話を聞き出すこと。

どちらを優先するか、アンジェリーナは迷っていた。

けれど翌朝早々に、女王の聖杯についてテオドーロからジルベルトに直接会って話がしたいという連絡が届いた。ちなみにエリティアはテオドーロの指示で王城のどこかに隔離されているそうだ。

「テオドーロが王女には私に接近するなと禁じたそうだ。ただ王女には取り巻きや信奉者が多いから、何もしないよりはマシという程度だろうな」

「それにしても相変わらず私達の対応は第二王子殿下が窓口なんですねー」

アンジェリーナは首をかしげる。

彼はラグイアーナ王国にとって、問題を起こすか、問題を持ち帰るしかしていないはずだ。なのに代わりの人間をよこさないのが不思議だった。

「そういえば初日にラグイアーナ王とお会いしたきりで、その後お見かけしていませんね。なんかこう、あれこれ口や手を出してきそうなものなのに」

「なんでも王は急な病にかかってそれどころではないらしい」

「えっ、そうなんですか⁉︎」

「風邪をこじらせたとか、とある三ヶ国から王の元に手紙が届いて内容を読んだ途端真っ青になって引きこもったとか。どれも噂だがな」

「噂なのに、なんだか具体的ではありません?」

「気のせいじゃないか?」

口元に笑みを浮かべたジルベルトはアンジェリーナの疑問をはぐらかした。

「今までの強引なやり口のこともあって、天罰とも言われているらしい。一体、どれが正解だろうな」

天罰と聞いたアンジェリーナは思わず空を見上げる。しばらく見つめていたが、少し顔色を悪くすると静かに視線をそらした。

アンジェリーナの顔をのぞき込んで、ジルベルトは首をかしげる。

「もう行かなくてはならないが、一人で留守番できるか?」

「できますよ、子供ではないのですから!」

「……さすがにこれ以上聞くのは過保護か」

アンジェリーナが胸を張ると、ジルベルトは余計に心配だという顔をする。

今回、テオドーロに呼び出されたのはジルベルトだけだった。会ってどんな話をするかわからない。だから話し合って、下手に巻き込まれないようアンジェリーナは留守番することにしたのだ。

今は出がけに寄ったジルベルトと二人、アンジェリーナの部屋の前で話しているところ。そういえばと、思い出した顔でジルベルトは首をかしげる。

「ジャミルは外出すると言っていたな」

「昨日のことですが、ジャミル様は何か言っていましたか?」

「本人は『人違い』と言っていたか……」

「それでしたら私の見間違いということですね。すみません、誤解を招くようなことを言ってしまって」

「……どうだろうな」

「えっ、何です? よく聞こえなくて」

「いや、なんでもない。とにかくジャミルは不在だが、アレスとルベルは宿に残っている。部屋にいるそうだから何かあれば相談するように」

「はい、わかりました! あ、そうだ。ジル、ちょっといいですか?」

アンジェリーナは真面目な顔をして、ジルベルトの袖を引くと顔を近づける。

「どうした?」

顔を近づけたジルベルトの頬に唇を寄せるとアンジェリーナは口づけた。

衝撃で固まったジルベルトに、ふふっと笑う。

「おまじないです。お仕事がうまく行きますように」

「だからどうしてこういうことを突然……リゾルド=ロバルディア王国で邪竜が出たときのことを思い出すな」

動揺したジルベルトは目元を赤くする。

そしてアンジェリーナの顎の下に指を当てると、上向かせて、アンジェリーナの唇に口づけを返した。唇は軽く触れただけなのに、今度はアンジェリーナの顔が真っ赤に染まる。

「けがをしないで、おとなしく待っているように。おまじないだ」

「その言い方、なんだかずるい気がします」

小さく笑って、ジルベルトはアンジェリーナの髪をなでると背を向けた。

「行ってくる」

「どうか、お気をつけて」

アンジェリーナはいつかと同じように、しとやかな礼の仕草で送り出した。

背中を見送っていると、アレスティオの部屋の前を通り過ぎたジルベルトが扉を軽くノックする。するとガタンという椅子の動くような音がして、薄く開いていた部屋の扉がパタリと閉まった。

ジルベルトの背中が見えなくなったのを確認して、アンジェリーナは残った熱を確かめるように唇に指先を当てる。

やがてハッと我に返ると、あわてて周囲を見回した。

「よかった、誰も見てないわね。さすがにこれは恥ずかしいもの」

アンジェリーナは急いで部屋に逃げ込むと、静かに扉を閉めた。

ーーーー

部屋にこもったアンジェリーナは、ごろごろしながらベットの上でおばあさま達の残した覚書と知恵袋を見直している。

セイレーンや果樹園を襲った魔獣や魔物について、両者に共通点はないかと探していた。

「……ダメだ、全然ない」

アンジェリーナはベットの上に束ねた紙を軽く放った。

セイレーンが魔物を呼ぶのはあくまでも自分達の住む海域を荒らされたときだけ。アンジェリーナにすれば、ラグイアーナ王国に魔獣や魔物が増えた理由は聖なる果樹の力が弱まったからとしか思えない。

「それなのに、こんな頻繁にセイレーンが姿を見せるのはなぜだろう。しかも出現地点や目撃情報も一貫性がなくバラバラだ」

地図の上に書いた丸印のほかに加えた印はセイレーンの目撃情報があった場所。地図をにらんでいたアンジェリーナは深々と息を吐く。

すると唐突に、アンジェリーナの部屋の扉を叩く音がした。

「はーい、どなたで」

「私よ」

アンジェリーナは笑顔のまま固まった。

ものすごく声に聞き覚えがある。というか隔離されているのではなかったの?

「今すぐ扉を開けなさい」

いやだ、開けたくない。

とっさにそう思ったアンジェリーナは扉の前に立ち尽くして、ため息をつく。

約束もせずに会いに来たわけだから会う義理もない……とかっこよく断ることができたらいいのに。

「第一王女殿下。失礼ですが、第二王子殿下からジルベルト様に会うことを止められているはずです」

「あなたに会ってはいけないとは言われていないわ」

「ええと、それは……私も含めてだと思いますけれど?」

もはや子どもの屁理屈と同じだった。

あまりにも話が通じなくてアンジェリーナは唖然とする。

「出てこないなら護衛に扉を無理やり開けさせてもいいのよ?」

反論する時間も与えられずに、ふたたび扉が強く叩かれる。

宿に迷惑かけるのも申し訳ないと、アンジェリーナは扉越しに答えた。

「わかりました、話を聞きます。ですがこの部屋は狭いので右隣の部屋に移動してもいいですか?」

「いいわよ。そのくらいなら譲ってあげる」

「念のため隣の部屋に人がいないか確認してください。部屋の扉を三回叩いて返事がなければ誰もいないので使ってもいいと言われています」

「誰の部屋なの?」

「ジルベルト様の部屋です」

扉の向こうに沈黙が落ちたる。

次の瞬間、部屋の扉をバタンと勢いよく開ける音がした。

音だけでも、十分に状況を理解したアンジェリーナは頭を抱える。

たぶん隣の部屋を開けた、しかも扉を三回叩かずに開けたのか。

「隣の部屋でも問題はないみたいね、さあ出てきなさい。話し合いましょう」

何事もなかったかのようなエリティアの声がした。

人の話を聞かないだけでなく、相手の都合にもおかまいなしとは。このままでは王女という身分の人を一緒くたに嫌いになりそうだ。

眉間に皺を寄せて、アンジェリーナは落ち着こうと息を吐いた。

「いいですよ。その代わり無理強いするようなことがあれば悲鳴を上げますからね」

「まあ、はしたない。これだから平民は」

言葉をさえぎるようにアンジェリーナはいきなり扉を開けた。

目の前には息を止めたエリティアと、彼女をかばうように侍女と思しき女性が立っている。

先手必勝、空気に呑まれてたまるか。

アンジェリーナはにっこりと笑って隣の部屋を指した。

「お待たせしました、さあ行きましょう」

アンジェリーナは先に立って扉が開け放たれた右隣の部屋に入る。背後からアンジェリーナの勢いに負けてエリティアと侍女がおとなしくついてきた。

ジルベルト様の部屋は荷物がきれいに片づいていて、空気の入れ替えのために窓が開いている。

先に部屋の中を確認していたらしい護衛が最後に扉をパタリと閉めた。

アンジェリーナは護衛と視線を合わせる。

「開けてあった扉を、なぜ閉めるのです?」

護衛はアンジェリーナを冷ややかな眼差しで見下ろすだけで答えない。すると今度は侍女が窓の外を確認して同じように閉めた。

黙って従うこの二人はジルベルトの言っていた「信奉者」なのかもしれない。

二人から視線をアンジェリーナは

口をきかない彼らに代わって、エリティアが笑みを深める。

「これから真剣な話をしようとしているのに邪魔が入ってはつまらないでしょう?」

逃走防止、密室にしておけば不都合があっても誤魔化せるということらしい。

王女殿下は護衛が引いた椅子に座って、侍女はエリティアの背後に控える。護衛が扉の脇に立ったので、アンジェリーナは三人を視界に収めるようにして向かいの椅子に座った。

「話とは何でしょう?」

「単刀直入に言うわ、もう十分でしょう」

「十分とはどういう意味です?」

「自身の無実を誇示するためにジルを連れて歩いているのでしょうけれど、宣伝効果はもう十分でしょうという意味よ。あなたの無意味な贖罪の旅にこれ以上彼を同行させるのはかわいそうだわ。解放してあげなさいな」

エリティアはあえて彼の愛称であるジルという呼び方を使った。そのことに気がついて、アンジェリーナは一瞬頭に血がのぼる。

感情的になったら相手の思う壺だ。

わかっていても、アンジェリーナの口調が一層冷ややかなものになった。

「宣伝効果でも、無意味でもないのですが。では彼を解放した後は?」

「あなたが知らなくてもいいことよ。安心して彼を私に任せてちょうだい」

極上の楽器のようなエリティアの声が空気を震わせる。彼女の微笑みは、とろりと蜜が滴るように甘い。

アンジェリーナは、これほどの悪意を振り撒きながらエリティアの美しさが欠片も失われていないことに背筋が寒くなった。

遠くから見てもきれいな人だと思ったが、こうして間近で見るとさらに美しく見える。磨き抜かれた容姿、仕草の一つ一つにも品がある。

極めつけはこの声だ。悪意を向けられても、善意からのように思えてしまう。完璧な容姿と、美しい声の相乗効果によって魅了された熱狂的な信奉者がいると言うのも納得だった。

そしてアンジェリーナにとっておそろしいのは、これが魔法ではないことだった。

――――神が人に与えた 才(・) 能(・) という名の祝福。

こればかりはアンジェリーナが望んでも手に入らないものだ。

自分には敵わない、それがわかるから余計にこわかった。

それでも負けるものかとアンジェリーナは再び前を向いた。

「具体的には私に何を望みます?」

「話が早い子は好きよ。このままジルには何も言わず去りなさい。きっと彼もあなたから解放されることを望んでいるはず」

「どうしてそう思われるのです?」

「だってジルにすれば、しなくてもいい苦労だもの。あなたのせいで失った身分も、私と結婚したら取り戻せる。ラグイアーナ王国で兵を率い、存分に能力を生かせるわ。あなただって本当はわかっているのではなくて?」

アンジェリーナは胸元に下がる星色のネックレスを無意識のうちに握った。

――――彼ほどの人をこのまま自分にだけ縛りつけていいものなのか。

不意を突かれたせいか、言葉が棘のように刺さってどうにも抜けない。

「だからね、もうジルを解放してあげてほしいの。私があなたの代わりに幸せにしてあげるから」

彼女は侍女に目配せして机の上に、じゃらりと音がする袋を置いた。

固いものが擦れる音がするのは硬貨が入っているからだろうか。

「これはエリティア様からの慈悲です。拒むのは不敬になりますよ。さあ、受け取りなさい。これを持って今すぐ宿を出るのです」

侍女は畳みかけるように言葉を重ねて、机の上に袋を滑らせる。

深く息を吐くと、嫌悪感をにじませてアンジェリーナは首を振った。

「お断りします。それはジルベルト様をお金で買うと言っているようなものです」

「いやらしい言い方をしないで。これだから機微の読めない平民は面倒なのよ」

「こればかりは平民だろうが、貴族だろうが関係ありません」

「困った娘ね。こちらもできれば手荒な真似はしたくないのに」

愁いを含んだ表情で王女殿下は首をかしげる。

ここまでしておいて悪気がないというのは無理がある。なぜこんなにもアンジェリーナに敵意を向けるのだろう。本当にジルベルトが好きだからという理由だけなのだろうか?

探るように、アンジェリーナは目を細める。

「ジルベルト様に手を出した、本当の目的は何です?」

視線を受け止めたエリティアはこれまで見せたことのない顔で笑った。その表情の変化は劇的で、あまりにもおぞましく、アンジェリーナは一瞬呼吸を止めた。

「やはり思ったとおり、おまえは無能で役立たずという偽りの皮をかぶった魔女だ。ずるくて、嘘つきで。神から与えられた力を隠して人を不幸にする魔女」

理由はわからないけれど、目の敵にされているような気はする。

察するものがあって、アンジェリーナが顔色を悪くしたそのときだ。

侍女がエリティアの耳元に顔を寄せて何事かをささやいた。

「そうね、もういいわ。恨むなら、自分の浅慮を恨むことね」

王女殿下の言葉を合図に、護衛と侍女が一歩前に踏み出した。彼らの表情の変化に何となく察するものがあってアンジェリーナは笑みを深める。

この場でどうこうすることはなくても、連れ出して魔の森に放置するくらいはしそうだ。ただ残念なことに、恐ろしいはずの魔の森に投棄されてもアンジェリーナは痛くもかゆくもない。

むしろ素材採り放題、待ってて未知の高級食材!

――――コホン。

誰かの咳払いが部屋に響いて、侍女と護衛が動きを止めた。