軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三章 そして聖女は

翌日からアーサーは誰からも嫌がらせを受けなくなった。ミサキが編んだ組紐が10本腕に巻かれているのを見てサイラスたちは顔を青褪めさせる。

しかし昨日の演習場の一件を知らないアーサーは周囲の様子に首を傾げるばかりだ。

(さては団長たちにきっと注意を受けたんだな?)

アーサーは単純に団長たちの注意喚起でことが収まったのだと考えていた。

ミサキは決して表立って騎士団の面々を攻撃することは無かったがじわじわと貴族の彼らが『痛い』と思うことを実行に移した。

『組紐』と『聖女の祈り』は危険と隣り合わせの騎士たちを護る………

ミサキはドミニクたちを皮切りに親友のマーロン、身近なアーサーの友人たちに組紐と菓子を配り始める。

当然呪文付きで。

『いつも主人がお世話になっております。』と頭を下げながら『お近づきの印に』と組紐を渡す。

当然のように彼らは腕に巻き『これは王家の覚えめでたい聖女様が自分に下さったのだ』と吹聴して歩いた。

その噂はすぐに団内に広がり、王宮でも噂され、社交界にも広がった。

マリア達女性陣は豪華なアミュレットに加護をつけ、怪我や病気から少しでも遠ざけた。

やがて組紐をもらえる人間と貰えない人間が出てくる。

ミサキに『クロフォード家をこれからもどうぞ宜しく』と言わせれば貰えるし、アーサーを馬鹿にし続ける人間は無視された。

ゴイル騎士団長は組紐をもらうまで随分と時間がかかり、サイラスたちバークレー兄弟は当然ながら最後まで組紐を渡されることは無かった。

聖女の力を込めたその紐は金で買えるものではない。そのことがクロフォード伯爵を下に見ていた貴族の彼らには屈辱であり、下級貴族から金で買うのも矜持が許さなかった。

『それを譲ってくれ』と言葉にすると『私は聖女から嫌われており加護を授けてもらえなかった家なんだ』と吹聴して回るのと同じことだからだ。

初めは文句をつけていた彼らも騎士としてこの組紐は喉から手が出るほど欲しい。

『必要ないさ』と強気に発言しながらも、他の団員が授けてもらったと聞けばほぞを噛む。ある者は素直に『これから是非懇意にしてください。』と頭を下げ、ある者は『クロフォード伯爵家なんて大昔の過去の遺物だ。』と見向きもしなかった。

そんなことを繰り返しながらクロフォード伯爵家は貴族たちと少しずつ歩み寄る。

騎士団中心に広がり始めたことも無理が出なかったのだろう。

貧しさを理由に社交界から足が遠のいていたクロフォード家は組紐を足掛かりに社交界へゆっくりと返り咲いた。

そしてミサキから渡された菓子もその後社交界で話題となる。

マーロンがある日大威張りで実家の茶会で披露したお菓子。

それは聖女の飴細工であった。

ミサキはお菓子の種類を殆ど知らない。いや、知っているが作れない。

まず、この国にはチョコレートなどなかったのだ。

『○○無双は無理だ………』とガックリ項垂れたがその後思いついたのが『飴』であった。

中学生だったミサキが唯一日本でレシピなく作れた食べ物はバレンタインやホワイトデーの時にプレゼントしあった『キャンディー』『キャラメル』である。

砂糖と水で作るその唯一のレシピに食紅などで色をつけるとあら不思議、素人の自分でも驚くほど可愛らしいものが作れた。

初めは単純にバットに流してべっこう飴を作ったが、同じものをずっと作り続けるとだんだんとコツが掴めてくる。

ペニシール時代に暇つぶしとしてエストと果物の飴がけを作ってみた。

あの頃はパンダやなんちゃってウサギを何度か作っただけであったが、クロフォード家で料理長たちと作ったのは、色とりどりの魚や、鳥を模したもの。

棒の先にそれらをつけて、熱いうちにハサミやピンセット、熱を加えながら形を整えていく。

幸いウランバルブ王国にこのタイプの菓子はまだなく、社交界では持て囃された。

曖昧に作っていたそれらを僅かな聖女の力も使い(力の無駄使い?)精巧な作品へと作り変えていく。

エストには絵の才能もあったらしく、絵付が非常に上手かった。

(ミサキはウサギと亀の見分けがついただけで誉められるレベルで芸術面は残念ながら……)

『え?この世界にはハートマークって無いの?!』

『丸型を失敗したのでは無かったのですか?!』

ハート型はうまく出来た!とほくそ笑んでいたミサキはエストの指摘に思わず大きな声が出た。

ハートマークを『あらあら、ミサキ様ったらまた歪な形になっちゃって』と思われていた事実にショックを受けたミサキは『あ、味で勝負するわ…………。』

と女性に人気の出そうなキャラメルを試行錯誤して開発した。

柔らかな食感で、まろやかな風味。牛乳とバター砂糖で同じく大量に作り組紐と一緒にプレゼントしまくった。

女性が喜びそうなラッピングも貴族の女性たちに評判が良く、この菓子を手に入れられることこそがやがて社交界のステータスとなった。

マーロン・ウッドスター家で配られた聖女が作った手土産は味はもちろん、目にも美しい作品である。

話題にならないわけがなかった。

ウッドスター家は聖女と懇意にしている家柄であると周知され実家の商売は益々繁盛した。

貧しい貧しいと嗤われ続けたクロフォード家はやがて聖女の作ったこの飴細工の店で貴族からも注文を受け金を生み出すようになった。

ミサキは聖女としてマリアたちが宣言していた通り平民たちから支持を受けた。

村の田畑を守り、魔獣被害を最前線で食い止めたことは正当に評価されたのだ。

顔を晒さなかった理由も王家が正式に発表したことで文化の違いとすんなり受け入れられる。

王家がミサキをこれ以上侮られることが無いように対策を練った結果であった。

そしてそれらを広めるために使われた紙芝居芸人たちは聖女が作る飴を配り続けた。

地道な布教活動が功を奏し数年後には聖女は不動の人気を築くことになりミサキはクロフォード家の奥方として誰にも後ろ指差されることなく認められる様になった。

ミサキは商売が軌道に乗ったあたりから福岡の母親を思い出すことが多い。

母親は九州男児に嫁いで姑との問題で少しだけ頭を悩ませている人であった。

どの家でも少なからず問題はあるが父親を尊重し、上手に婚家と付き合っていた人だと今ならわかる。

少し控えめで口を出しすぎない。父親がなるべくやりたいように環境を整えてあげる昔ながらの考えの人であった。

『お母さんおばあちゃんに言いたいことは言えばいいのに。』そういった話をしたこともある。

だが母は『少し相手に歩み寄って、自分の意見を半歩下げると、不思議と相手が私のことを段々理解してくれるようになったりすることもあるんよ。』と言っていた。

アーサーにはその気質があるのだと思う。

そしてミサキはそんな彼を支えて、自分が半歩前に出たり、後ろで見守ったりを繰り返している。

夫婦になるからには当然喧嘩もあるが、アーサーは『本当にごめん!!』と先に謝ってくれる。

半歩譲ってくれるその姿勢がミサキの頑なな心を溶かし、自分も必ず謝るのだ。

「私こそごめんなさい。アーサーってば本当に優しいわ。意地を張って私が悪かったの。」冷静になれば喧嘩の原因は大概大した内容ではないものだ。

照れる夫を見つめる時ミサキはデイビッドのことも思い出す。

『アタシって『イッテきまーす!』と出かけた先で死ぬ運命かもしれないでしょう。だから誰かと喧嘩したまま死んだり、心残りを成る可く作りたく無いの。だから楽しいことを優先して、何が一番大切かを間違えたくないっていつも思うわ。『ありがとう』が言えなくて死んだなんてコトにはなりたく無いのよ。』

その意味がミサキはよく分かる。

この世界は日本に比べて命が儚い。

魔獣が突如現れることもあるし、医療のレベルもまだまだ低い。

騎士団の練習中に起こった些細な怪我が元で死んでしまう人だっている。

だからお互いに『ごめんなさい』が言えずに別れてしまう環境は作ってはいけないのだと。

未亡人だった聖女は地味な貧乏伯爵を幸せにするのだと日々息巻いている。

幸せにしてもらうのを待っているのは性に合わないと周囲に話し、大好きな夫と二人でゆっくりと年を重ねて生きたいと考えているからだ。

残念なことに二人は中々子宝に恵まれなかったが4年後にミサキは懐妊する。

それはペニシールのジェローム辺境伯の結婚式に呼ばれた後のことであった。

長男が生まれた時ミサキ達は迷わず<デイビッド>と命名した。

大きめに生まれたその赤ん坊はミサキの顔立ちにアーサーの色彩を受け継いでいた。

魔力が発動した長男は不思議なことにデイビッドと同じ属性が認められた。

教会での診断を受けた時ミサキの瞳からは涙が零れ落ちる。

(きっとこの子はペニシールでデイビッドの何かを受け取ったんだわ)

魔法や聖なる力が存在するこの世界である。

そんな奇跡があっても良いじゃないかとミサキは喜んだ。

そしてアーサーはそんなミサキの心を真綿で包み込むように守っている。

人間らしく少しずつ年を重ねるミサキを『俺の奥さんずっっっと可愛い!』と本気で思っている人だったと周囲は可笑しそうに話す。特に長男のデイビッドは『父上は母上離れ出来ない子供みたいだ!』と揶揄った。

アーサーの晩年は騎士団の要職に就いた。貴族位であっても、平民であっても、生まれに拘らず実力で登用し爵位に左右されない穏やかな指導者として支持された。

聖女としてウランバルブ国に召喚されたミサキは良い夫を持ち、子供に愛情を惜しみなく注ぎながら天寿を全うした。

国のシールドを張り続けることで『寿命が縮むかもしれない。』と密かに心配していたミサキであったが杞憂に終わった。

60歳の頃。やっと聖女の日記に自分の考えた聖なる力の詠唱などを書き込み始めたがこれには理由があった。

ミサキは自分の聖なる力が歴代の聖女たちより劣っているとずっと気にしていたのだ。

日記に記されている 防御壁(シールド) の出来も記述された内容より弱いものであったし、他の聖女が使えた攻撃魔法はミサキには扱えなかったからだ。

(金盥を落とす呪文は何故か完成度が高かった)

そんな自分がこの日記に詠唱の記録を残して良いものかかなり迷ったのだ。

子育てもひと段落したある夜、聖女は夫に相談した。

しかし、アーサーはそんなミサキにこう言ったそうだ。

『どんな経験も無駄ではない。俺は貧しかった学生時代も、騎士団で生活のために努力し、苦労した日々も全部ミサキと会うために必要だった道程だと思っているんだよ。』

それを聞いた時、ミサキは自分が拘っていたものがとても小さなことであると気がついた。

後々の聖女に自分の力の弱さを知られるのを恐れていたのだ。

しかし、結果を見ればミサキは命を削ることなく 防御壁(シールド) を維持し続け使命を全うしている。

もう、そんなことに拘らなくても良いのだ。他の貴族たちの意見に惑わされたり評価されたりは必要ないのだと気がついた。

それに、この日記を読む可能性のある『力が弱めな聖女』が居ないとも限らない。

自分のように突如召喚される人間が一人でも減った方が良いと思っているのも事実だが魔獣が消滅しない限りこの召喚は何れ行われるだろう。

けれど万が一に備えておけば、彼女たちの憂いをこの一文が救う可能性があるかも知れない…そう思えばその日記に向き合うことができた。

ミサキの詠唱呪文として書き記されたものの多くは、怪我や病気の治癒魔法が多く、歴代の聖女の中では異例であるが『微弱な力を効果的に使う方法』も書き加えられた。

聖女の日記には魔石で作った基地局の作り方も当然細かく記した。

力の強い聖女には必要がないことかもしれない。

しかしデイビッドと築き上げたこの方法が後々のこの国の助けになることを祈ってミサキは記す。

顔も知らない多くの人々。

そして自分とアーサーとの子供やその子孫の命が少しでも天寿を全うできる環境を整えてあげられるようにと。