軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二章 2人を繋ぐ

〈沈丁花の花が見頃を迎えました。

今は貴女に贈るアクセサリーひとつ買えないような僻地の任務に就いていております。

まあ、素敵な店があったところで恥ずかしながら女性に贈り物をしたことが殆どありません。(乳母の誕生日にあげるぐらいです)

センスの良い品を贈ることも出来ない私をどうぞ許してください。

手紙のやり取りで貴女が花を好きなのではと思い今日はこの花を贈らせていただきます。友人のマーロンは商家の息子なので貴族ではないのに博識です。

花を保つ知識も彼のもので今回手伝ってくれたのですよ。

持つべきものは物知りな友人ですね。

今週は私たちの作業もいよいよ終盤に入ります。任務の内容はお伝え出来ませんが危険はありませんのでどうぞ気を揉まれません様に。

聖女様が聞いたら(騎士とはこんな仕事もしなくてはならないのか)と驚かれてしまうような内容ですが、帰還が近づくのは嬉しいものですね。

小さな村ですがご老人たちはとても気持ちの良い人ばかり。

先日も我々を食事に招いてくれました。

素朴な味の料理は私の口にあいます。

いつか貴女にもこの味を食べて欲しいと思い私たちの世話をしてくれる若奥さんにレシピを貰いました。

(すみません、聖女の貴女様に料理を作れという意味ではありませんよ。私が作るのです。)

思い返せば私は母が作った料理など食べたことがありません。貧しい生活でしたが母は貴族育ちのお嬢様で調理場に立つなど頭になかったのでしょう。

考えれば考えるほど私は本当に名ばかりの貴族だと思い知らされてしまいます。学友の平民の友達の方が余程贅沢でした。

この任務が終われば階級も上がります。金銭面で聖女様に結婚後苦労をかけない様精一杯頑張りますので、どうぞ気になることは教えてください。

私は幼い頃から年老いた家令たちとしか過ごしてませんから女性が喜ぶ気の利いた会話も難しいかもしれません。

正直に言うと市井の女性にさえモテたこともありません。

残念ながら乳母の息子マイクの方が見目も良いくらいです。

すみません。後ろ向きな話になってしまいましたね。

あなたに会うのが楽しみです。

いつも優しい言葉を掛けてくれる手紙を読むと体が熱くなります。

どうぞ冷え込む夜などに風邪など引かれませぬよう。

あなたの婚約者 アーサー・クロフォード〉

〈お元気そうで安心いたしました。

私は、変わらず元気です。

私と入れ違いで任務に就かれたと聞いた時は非常に心配しておりましたがこの様にお便りを頂けると安心します。

頂いた沈丁花の花は見事に蕾が開花しました。

マーロン様は見頃を迎えるタイミングを上手にはかられたのですね。

毎日とても癒されております。

私は花が好きです。

異国に来ても花は同じなのだと思うととても心が和むのですよ。

チャペス辺境伯の怪我も回復に向かい、私の仕事もひと段落です。

アーサー様にあの日お会いできなかったのはとても残念でしたが、お世話になった彼らの手助けが出来たことはやはり良かったと思えます。

あの時行かなければきっと死ぬまで後悔したでしょうから。

アーサー様の理解が頂けたこと本当に言葉にできないほど感謝しております。

若奥様に教えて頂いたお料理良かったら一緒に作りましょう。

私は学生の時にこの国に来たので恥ずかしながら料理は未経験です。

ですがアーサー様のお手伝いくらいは出来る様になりたいと思う所存ですので、どうぞお付き合い下さいね。

ところでモテなかったという話失礼ながら皆様に感謝しなければ。こんなにお優しいアーサー様の魅力に気付かれないなんて皆様見る目がありませんね。

アーサー様が他の御令嬢に人気がありましたら私はとても勝てそうにありません。恥ずかしながら私もこの国でモテたことがありませんから(笑)

きっと私は世間知らずでお手数をおかけすることも多いと思いますが、二人で良い家庭を築いていけたら嬉しく思います。

どうぞご安全に。

心を込めて ミサキより〉

このように2人はお互いの情報を織り交ぜながら文を交わす。

穏やかな性格のアーサーと、平和な国から来たミサキの会話は優しく、そして微笑ましい。

マリアは偶に話題に上がるアーサー・クロフォードの話を聞くたびに自分の勘に狂いはなかったと胸を温かくする。

殺伐とした政治のイザコザと関係なく2人はゆったりと愛を育んでいるのだと思うと、恋愛白書を覗き見ているような気持ちになった。

『童貞…………?

二人とも二十歳超えてたわよね?』

そのワードが飛び出したのはメグからであった。あまりに初々しい2人のやり取りは微笑ましくそして、男女関係に無知。

思えばミサキに男女の営みの仕方誰か教えたっけ?!と手紙の内容をコッソリ報告後、宰相たちはザワザワと揺れているが、そんなことはどうでも良い。

いや良くないがなんとかなる。

マリアとメグたちの憂いはひとつだけ。

ジェロームが矢張りミサキに気持ちを寄せていたのだと知ってしまったことだ。

ジェロームは魔術師に風魔法で地面に叩きつけられた時の怪我が酷くその後ミサキと共に治療院に籠ることになった。

だが回復するとすぐにアーサー・クロフォードとの婚約について根掘り葉掘り周囲に質問を繰り出して来た。

あまりにガツガツしてる為、(主にウィリアムが対応したが)その必死な様子から確実に彼女に懸想していたのだと確信する。

ウィリアムは『どうしてもと言うならお気持ちを伝えてみますか?』と幾度もその台詞が喉元に迫り上がる。しかし陛下が既に絡んでいる案件であるし、その言葉をウィリアムたちは呑み込んだ。

ジェロームは初めの頃ミサキに随分と辛辣にあたった。

デイビッドの性癖を知っていたのは当時王宮では王家とヘンダーソン公爵家。グリフィン侯爵家は宰相が個人的に知人で…と言ったところで当然どストレートな 甥(ジェローム) には全く教えていなかった。

崇拝する伯父の結婚に年若い妻が来れば財産目当てと決めつけてしまうのも仕方がなかったかもしれない。辺境の地でかなり追い詰めたのは彼にとって黒歴史であろう。

チャペス辺境伯は手助けしすぎるとミサキがこの国で独り立ちできなくなるからと、見守ることを決意していたようだしミサキも腹を括って対応していた。

ジェロームは挫折知らずの優秀な男である。

見目もよく、学力体力申し分はない。それに辺境の地で一番必要とされた屈強な体と技を生まれながらに持っていた。

信頼も厚く実家からは期待の息子として随分甘やかされていた。

その分男社会で悪い意味で増長された気概のまま彼女に接してしまったのだ。

その後聖女と分かっても、態度を改められなかったのは無駄に高い矜持を曲げられなかったためなのだろうと周囲も想像がつく。

次代の辺境伯として対面を済ませた最初の年の瀬。実家や親戚筋を集めた夜会に、ジェロームが敢えて美咲を招待しなかったのは有名な話だ。

『叔父上を誑し込んだ女など辺境の地に相応しくない。若いばかりでこの国の作法にも明るくなかった。末端の貴族と聞くが町娘と変わらぬような粗末な人間だよ。王たちも何故この度は動いて下さらなかったのか…敬愛する叔父上を信じていないわけでは無いが結婚など全力でお止めして欲しかった。』そうパーティーで話していたらしい。

辺境の地であるが故に王都の噂が届かないと思って聖女を預けたのが仇になった。

まさか身内がこのような反応をするとは思わなかったと、流石のデイビッドも頭を抱える。

漸く安定した生活を送り始めた 聖女(ミサキ) が、この発言により侮られることになったのは想像に難くない。地方とは言え瞬く間に広がった噂を王妃と第二王子が聞きつけ流石に放置できずジェロームを呼び出した。

他言無用の誓約書にサインさせた後、ミサキは召喚された聖女で王都の貴族たちから身を隠している立場なのだと告げれば、目を剥いて茶を溢したという。

王宮に近い者、騎士団の面々等は聖女が婚姻を結んだと知っている。

しかし騒ぐ貴族を抑え込んだことが逆にミサキの立場を明確にさせなかった。

デイビッド・チャペスが囲っていたからこそジェロームは意固地になった面もある。

そんな関係から始まってしまったのだ。

ミサキに惹かれても肩書きは敬愛する叔父の妻。それに彼自らが親族に吹聴した悪い噂が長いことミサキを貶めており、身を隠した聖女のことを『いや実は……………』と覆すには誓約書が邪魔をする。

ミサキが城を出る切っ掛けも自分の流した噂から始まった内容であったが故に益々負い目を感じたに違いない。

エスメラルダ嬢の縁談の断り方もミサキに気を取られたあまり、杜撰で雑であったと今ならわかる。

縁談を勧めようとした親族に対して調べ方も甘かったし、当主としてはあまり良い対応ではなかった。

マリアの言う『タイミングが合わない』にジェロームは当て嵌まるかもしれない。

縁談を持ち込む親族の思惑に乗るまいと遠ざければ噂が一人歩きし、辺境伯になりたてのジェロームには仕事が立て込んでいた。

少しずつの要素が重なり、ジェロームはミサキに気持ちを告げることが叶わなかったのだと推測された。

**************

「ミサキは綺麗になりましたね……………」

寝台に腰掛け、そこから見える中庭を眺めているジェローム・チャペスは溜息を吐いた。

柔らかな日差しの中ミサキは侍女と笑いながら花壇に種を蒔いている。

ペニシールにいた時は地味な配色のワンピースに組み紐一本結びと味気ない装いであったが、今はラベンダー色のブラウスにマーメイドラインのスカートが若々しい。

服を汚さないために着せられているエプロンさえ、フリルが施されておりミサキの可愛らしさを引き立てていた。

黒く真っ直ぐに伸びた髪をハーフアップに纏め、中央には淡水パールを使った髪留めを使っている。

その姿を見ると、ミサキが一番華やかな年齢の時に着飾ることが出来なかったのだと思い出されジェロームに苦い思いが込み上げた。

『財産目当て』と罵ったことから、ミサキは使用人たちより少しだけキチンと見える服しか選べなくなり、アクセサリーも何も強請らなかった。

きっと前の国では何不自由なく暮らしていたであろう少女。

王家が渡した品々は華美過ぎて辺境地には持参出来なかったと後から教えられた。

攻撃ならぬ口撃を受けぬよう、何も持たない生活をペニシールでは強いられていた。

叔父が死ぬ間際、ミサキを憐れに思い数着のドレスを渡したが、何も初めから持っていない女には本当に僅かばかりの品物だ。

宝石の類いも『私の身分に相応しくない』と受け取らず、コーディという直属の部下から贈られた数本の『飾り組紐』が唯一の色物だった。

ジェロームは彼女が聖女であると知って暫く経った頃、ミサキの誕生日が過ぎたことを知った。慌てて宝石を渡そうとしたがミサキは丁寧に断って微笑んだ。

『今までのことはどうぞ気になさらないでください。こんな得体の知れない女には皆同じ対応でしたから。それにジェローム様にこんな高価な物を頂いては親戚たちになんと言われるか・・・』

ジェロームは逡巡した後、その箱を引っ込めることにした。

今までのことを謝りたくて力と金と願いを込めすぎたネックレスは、あまりに豪華であった。それによく考えれば、宝飾に合うドレスをミサキが持っていないことにも思い至ったからだ。

それでは・・・と頭を下げたときに見えたガラス玉を数個編み込んだ可愛らしい組紐が気になって贈り主を探すとそれは側近のコーディであった。

街中で若い女たちが手頃だと喜んで購入する店の普段使いの品物である。

(唯の傭兵上がりだと侮っていたのにあの様なミサキに似合うものを贈るとは…………。)

[ちなみにコーディは筋骨隆々で厳つい男ではあるが、心は女学生だとジェロームはこの時は知らない]

歯車が噛み合わなかったと諦めるにはあまりに切ない話である。

いつの間にかジェロームの視線は一生懸命に努力を重ねる、か弱い女から目が離せなくなり、妻にと願ってしまった。

治癒を続ける中、デイビッドから自分が死んだ後、ジェロームが美咲を娶ることには賛成だとは言われた。しかし『あの子の気持ちを尊重してほしい』とも明言していた。

恋心を自覚しているのに今までのことが頭をよぎり、うまくことが運べなかった。

この仕事が終わったら妻問いをしよう…

いや、この事案が片付いてからの方が良かろう…と、先延ばしにしていたらエスメラルダ・ロドリゲスが現れて、ジェロームの不在を良いことにミサキを追い出した。

コーディは苦笑いし、『急ぎ王都に向かえば間に合いますでしょう。』と言ってくれたが、運悪く領内の大橋が雨で流れてしまう。

慌てて多くの手配をしているうちに1週間遅れ、ひと月経ち、2月経ち。

そこにロドリゲス伯爵からも祠を壊され、魔獣騒動が勃発である。

もう目も当てられない。

ミサキに見合い話があがっていると聞き、慌てて陛下に手紙を出したのに、全て自分の親戚筋から秘密裏に捨てられていたことは最近わかった事実だ。

親戚が送り込んだ妨害工作をする下男を捕まえてくれたのはコーディである。ボーナス3倍は渡さねばなるまい。

その後王家の許可を貰い、彼女が聖女であると親族に説明に回ってくれたが後の祭り。

自分は今近くにいるのに、手に入らない白い 鳥(ミサキ) を只々見つめることしかできない。

『鳥籠から出た鳥は戻らない』

どんなに大切に育てた子供でも、自由を、都会を一度知ってしまうと嫡男であっても実家には中々戻らなくなるという、田舎ならではの諺だ。

条件は違うがミサキもきっともうペニシールに戻ってくれないだろう。

ペニシールではジェロームのせいで随分と冷遇されていたし、彼女が大切にしていたデイビッドも既に神の足元に召されている。

逆にメグとマリア姉妹はミサキをちゃんと友人として厚遇し、その表情は僻地に居た時より随分と柔らかくなった。

デイビッドの死から立ち直り自分の出番がないのだと痛切に理解できた。

アーサー・クロフォード伯爵は物凄く貧しい男らしいが、陛下や宰相たちがこの度騎士としての働きを評価し、褒美として地位を上げ、金銭面でも援助を約束している。何よりミサキも今やヘンダーソン公爵の後ろ盾でひと財産を築いている。

まさに『籠から出た鳥』である。

妨害行為をしていた親戚も、ミサキが聖女様だと知って泡食って面会を求めたようだが、王都の有力な貴族たちに阻まれ、手紙すら届くことは無かった。

彼女の価値は今や辺境の 人間(ペニシール) が思っているような気軽な身分では無くなった。

よりによって(貧乏)クロフォード家に嫁ぐとは…………。

宰相たちの強力な後押しだけが彼らを支えていると王都に来るまでジェロームは甘く考えていたが、どうやらそれだけではないらしい。

ミサキが彼の為人を遠方から見て縁談を望んだのだと聞けば膝下から崩れ落ちるほど脱力した。

マリアが見舞いに訪れた日。

ジェロームはミサキに妻問いをしたいと正直に告げた。

自分の体を癒したミサキに対して思いは最高潮の時である。

だがマリア・ヘンダーソン公爵夫人は淡々とそれを断った。

『結婚について考えたことはございますか?

多くの貴族が住うこの国で、[運命]を感じるほどの人間に出逢うのは最早奇跡だと思うのです。

お見合いで自らの地位を盤石にする者や、金銭関係なく愛を語り合う者。多くの人々を社交界で見てきた私は思うのです。

チャペス辺境伯…

貴方は『間の悪い男』であると。

あれだけ一緒にいる時間があったのにどうしてミサキを口説かなかったのでしょう?彼女の気持ちは貴方には無いのです。だから簡単に王都に出てきた。

同じ目的を有して3年。やりようが良ければ確実にミサキは貴方に心を預けたでしょうし、愛情を向けたでしょう。なのにそうならなかった。

…良いですか?

貴方は今幸せになろうと踠いている女性の妨げ以外の何者でも無い。

無駄に高い矜持で『今は言うタイミングでは無い!』等等先送りにして過ごしていたのではありませんか?

ミサキが永遠に 城(ペニシール) にいると思い込んで。

貴方に次にチャンスがあるとすればそれはアーサー様との結婚生活が破綻した後です。

今はもう何をどうやっても上手くいきませんよ。

遅すぎたのです。』

ズバリ核心をつかれた。

ぐうの音も出ない。

ジェロームはミサキを穏やかな表情で見つめ続ける。

愛の女神に見放されたのは自分のせいでもあるのだと…………。

柔らかなミサキを寝台で抱きしめて眠ったあの日。

後一歩の勇気があればミサキを手に出来たかもしれない。

甘やかな香りと柔らかな黒髪。

寝てるのを良いことに流す涙を何度も舐めとり、半開きの口元に舌を這わせた。

あの不気味な侍女エストが翌日激しく睨みつけていたのも今では良い思い出だ(?)。

矢張りダメか…………。

体調回復後に送られた第二王子からの手紙もやんわりとミサキを好きなようにさせてやってくれと書かれていた。

あの人もきっと自分と同じなんだな…と遠い目をする。

もうすぐミサキは嫁ぐ。

自分に出来る唯一は彼女の幸せを只管祈ること。そして、その為に行動することのみだ…………。

後にわかったのだが、腹立たしいことにミサキを救ったのはアーサー・クロフォード伯爵の鎖帷子のお陰である。

薄気味悪い魔術師の作った媚薬は非常に効果が高いものであったがミサキは鎖帷子に施された守護魔法で難を逃れたらしい。

ターナー魔術師団長が解読後に『このように入念に掛けられた保護魔法は見たことがない。原理は単純だが親が子を守るような気持ちの篭った深い守護だ……』と唸っていた。

地味で大人しく成績も中位だった男らしいが、どうやら一筋縄で語るほど単純な男ではないらしい。

完敗じゃないか・・・・

人生の挫折は余りに大きく、ジェロームはその夜も余り眠れないのであった。

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その頃アーサーは騎士団員達と共に王都に戻る宿屋で火酒を酌み交わしていた。

「クククッあの聖女様ともうすぐ結婚だな?!」

先輩騎士は今回のアーサーの飛び級昇進により配属が格下になったことを何度も詰ってくる面倒な男であった。

「お前は本当にいい奴なのに今回の結婚には同情してしまうぞ。

初婚のお前に未亡人とは陛下も随分と気の毒なことをするものだ。勿論手柄を立てたことは素晴らしい!

だがなぁ〜女を大して知りもしない男に未亡人の聖女ってどうなんだ?

全く・・・何でお前が選ばれたんだろうなぁ?」

「俺には特に相手もいませんでしたからね…………。」

子爵家の次男坊として出世の順調な先輩は余程アーサーに階級を抜かれたのが悔しかったらしく、同じ未婚ならどうして自分が選ばれなかったのだろうか?と普通に悩んでいるらしい。

結婚を祝いながら、気の毒だと笑い者にしようとしては、やはり羨ましいのか、どうやったらそのような幸運にあり付けたのかと聞き出そうと躍起になる。

この繰り返しはどこに行ってもアーサーを悩ませた。

最近はクロフォード家の財政が宰相一家と王家からバックアップを受け始めたことを皆聞き齧っている。

家の修繕が、寧ろ新築のような出来栄えで近所中大騒ぎだからだ。

市井の見回りを仕事とする騎士団員達だとて、平民から情報は貰う。

貴族達も徐々に姿を表しつつある聖女に興味は尽きないのだ。

この先輩騎士のように次男坊の爵位を継げない者はより良い嫁探しをしているのが常だ。騎士団はそういった人間が溢れている事をアーサーも最近になって思い知る。

どうして顔面偏差値の低いアーサーが見初められ、自分が負けたのかさっぱり分からない。と酒に乗じてゴネ上げているのだ。

同じ騎士団であり、金無し、コネ無し、女無し、と見下して付き合っていたアーサーが、突然出世し始めたことに苛立ちを覚える者は少なく無かった。

マーロンは酌をしながら先輩騎士を宥める。

「先輩はモテ過ぎたのですよ。

あんなにいつも女性に騒がれていたら、聖女様の周りにいる方たちだって思いますよ。

『これはお付き合いしている女性は何人もいるだろう』ってね。

そんな女性関係が大変そうな男は選ばれないですよ。何せ地位はありますが未亡人ですから。」

そ、そうか……………。

先輩は満更でもない顔をすると『まぁでも、美人な嫁ってのは諦めた方がいいだろうな。

結局顔合わせもさせてもらえなかったんだろ?』とまた、嫌なことを呟いた。

騎士団の人間は貴族の出身者もそれなりに居るので見た目の良い男も多い。

彼らは優遇されて育った環境から少々矜持が高く、市井では非常に人気だ。

いずれ平民に降るかもしれない給与の高い男たちの後ろ盾の大きさを街の娘達は知っている。

美人で自信のある女は上昇志向も強いため、かなり積極的に彼らに声を掛けることから恋愛模様は割と乱れていた。

マーロンやアーサーのように身辺が綺麗な団員の方が圧倒的に少ない。

いやマーロンを同じ括りにするのは申し訳ない。

何故なら彼には立派な許嫁がおり、彼女一筋であるからその方面を真面目に過ごしているだけだ。

二人部屋に戻るとアーサーはマーロンに礼を言う。

「すまんな。今日も先輩たちからの嫌味を遠ざけてくれて助かったよ。」

「お前はもう少し上手くやらないとダメだと思うぞ?

俺だって今はお前と同じ隊で働いているからこうやって助け舟を出せるが、お前はきっと今からどんどん出世する。

俺とバラバラになる未来はそう遠くないんだ。」

え!!!驚いた顔をするアーサーにマーロンは呆れたように忠告をする。

「短期間でピカピカになった屋敷を見たろ?

あれが公爵たちの財力だ。

そんじょそこらの金額じゃないし、人間を動かす地位も俺たちには到底及ばない力だよ。

確りしろ!今からは魑魅魍魎渦巻く社交界でも戦わないといけないんだ。

それに結局顔も合わせないまま結婚式になったじゃないか。

王家は何がなんでも計画通りに聖女をこの国に縛るつもり満々だ。」

そうなのだ。

どうしてそうなってしまったのか・・・・。

聖女様の仕事と、自分の遠方での任務が重なり結局顔合わせもしないまま婚姻式の日が迫っている。

意図的なのかどうなのか・・・それすら分からないまま事は前へ前へと進んでいる。

クロフォード家に挨拶を!とミサキは申し出てくれたらしいが主人不在時に足を運んでも使用人たちが右往左往するばかりだとヘンダーソン公爵に宥められたらしい。

ミサキからは全てが当日になってしまいますがすみません・・・と詫び状が届けられた。

一方アーサーの任務は順調に済んだが帰りの道程で雨が何度も降り、到着予定日は3日も過ぎている。

時間があえば王宮でお茶を飲みましょう!と誘われていたのに、その一杯を飲む時間さえもとれずに終わった。

手紙のやりとりだけが二人の絆とは・・・・。

まるでどこかの王族同士の結婚の様だな?とマーロンは笑った。

「心配事はあるか?」

マーロンが気遣うように聞いてくれる。

「いや・・・最初は不安だったが手紙で為人が少し見えただろ?だからかな?

心配は無くなったよ。彼女はきっと優しい善い人だと思う。」

「そうだな。

俺もそう思うよ。

聖女が開発する医療道具はどれも弱い人間を助けるものばかりだ。

あんな風に人を助けようとする商品を開発できるのはきっと優しい人だ。」

「うん。俺もそう思う。」

「醜女の噂・・・気になってんのか?」

………気にならない訳じゃない。

人間顔ではないと自分に何度も言い聞かせてきた。

少しの沈黙でマーロンは悟ったのか苦笑いをこぼした。

「心配するな。あのジェローム・チャペスが結婚したがってたという噂もあるんだ。そんな女性が二目と見られない顔なわけあるか。

多分何かの事情で顔を隠していただけだろうよ。」

それを聞いたアーサーはホッと胸を撫で下ろす。

「そうだな。

きっと優しくて少し大人しい顔なんだろうな。」

「そうだよ。

異世界の女性は少しあっさりした顔だって書物にも残っている。

それだけだ。」

二人はそう話し合いながら枕を抱え込みいつの間にか酔いに任せて眠り込んだ。

マーロンはこの人の良い伯爵がこの結婚で幸せになれば良いと本気で願っている。

貧しさに負けない芯の強い善い男なのだ。

陛下たち・・・頼みますよ・・・。

微睡みながらマーロンは友人を励ます。

挙式まで後5日というところであった。