軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二章 祭りの灯り

ミサキは馬車の中から物憂げに景色を眺めていた。

(所詮私は聖女と祀られていても、大した自由もなく、普通の女子高生達がキャッキャウフフを繰り広げるような恋愛も許されないのだ。)

今までは生きていくために必死になっていたし、多くのことに気を取られていたからわからなかったが、いざ自分の幸せを考えようとすると日本との違いに絶望しそうになる。

仕事だって選択できず、一生 聖女(この) の仕事を全うするしか無いのだろう。

中学生の時にウランバルブ国に召喚された為、将来の仕事について明確な考えは無かったが、今の環境では選びようもない。

陛下達が話したように、平民になれないミサキは、煌びやかでドロドロしたあの世界に馴染むしかないのであろう。

多くの人間が羨ましいと言う階級ではあるが、毎日人に傅かれて偉ぶるような資質はミサキには無い。

マリアたちと根本的なところで育ち方が違うのだ。

美しいドレスに憧れない訳はない。

しかし『飼われている』その気持ちが美咲の中から無くなることは無いだろう。

「お父さん達に会いたいなぁ………」ミサキの口からスルリと呟かれた。

通り過ぎる広場で手を繋ぐ父子が笑い合っている。

ミサキが幼い時、近所の公園からの帰り道は父親との交流の時間であった。

電車が間に合うと父は必ず公園に寄ってくれる。

スーツ姿の父を見つけるとつい嬉しくなって公園の入り口に向かって駆けていく。

手を繋いで欲しい!ブランコして!と母の手をひきせがんだものだ。

父は母に重みが行きすぎないようにいつもミサキを少し高めに持ち上げていた。

外国の家族の様に『好きだ、愛してる』を大っぴらに言うような男では無かったが、そんな風に母の負担を軽くしようと心がける人であった。

母は口下手だが父のことが好きらしく、彼の好物をよく知っていた。

自分の好物は大して買わないのに父の好きなホタルイカが並ぶ時期になるといつも売り切れる前に買いに走り、料理に手を抜かない人だった様に思う。

会えない人たちを思い出すのは、王都に来てからだ。

きっと多くの人間の生活がすぐ側で繰り広げられているから、何かと思い出と重なり合うのであろう。

ふと前を見るとマリアが滂沱の涙を流していた。

「ちょっと!!どうしたの?!」

「ごめんなさい!!ミサキ!!本当にごめんなさい!!」

マリアは美咲から多くのものを奪ってこの国に縛り付けている事実に心を痛めていた。

国を自分たちを助けてくれたミサキになにも返せていない。

衣食住を与えていると偉ぶって叫ぶ貴族もいるだろう。しかし彼女の国は王国よりも遥かに進んでおり、そもそも『飢える』ことが無い場所から来たのだ。そんな国から少女を攫って来た罪をあまりに自分たちは軽んじている。

洋服であっても好きな服を選べ、学びの場は山ほどある。住む国の選択も広く結婚の形も自由だ。そして何よりこの世界とは比べ物にならないほど安全な場所。

自分は運よくウィリアムに見初められ家族が祝福する中、公爵位の夫と人生を歩み始めた。だがそれはこの国の幸せである。ミサキは好きな事ひとつする自由も叶わないし、損得なしに付き合える友人も家族もこの世界には居ない。

ターナー魔術師団長がマーティン王子を薦めてきたが王子妃の地位を望んでいない人間には余計なお世話以外の何物でもない。

なのに自分たちは更に『結婚』を強要しようとしている。

今度は白い結婚ではない。

相手の子供を産みその地に骨を埋めて欲しいと勝手なことを頼んでいるのだ。

会いたいと望んでいる親にさえ会わせられない自分たちが、自分たちの都合だけをまだ若いミサキに押し付けている………

そう思えば涙が止まらなかった。

ミサキはそんなマリアの気持ちが分かったのだろう。苦く笑うと諦めたように話し始めた。

「私の国では、〈 運命(さだめ) 〉って言葉があるの。私はきっとマリア達の役に立つために生まれて来たのよ。まだ完璧じゃ無いけどシールドも張れてるしね。

私のことで泣いてくれる友人がいるだけでも嬉しいことだわ。」

そうは言うものの晴れた表情を見せるでもなく、ミサキは黙り込んだ。

マリアは申し訳なさに只々唇を噛み締めるのであった。

翌日、グリフィン家の次女メグが公爵家に現れた。

メグは騎士団のワーグナー伯爵家三男と結婚し、今は詰所の近くのタウンハウスに住んでいる。マリアよりも身分的にも気軽な相手であることとまだ子供が出来ておらず時間に縛られることが無いため割と身軽に動いているようだった。

「お 義兄(ウィリアム) 様には秘密でお祭りに行かない?」

メグはそう言うと侍女に運ばせてきた町民達の服を5、6着ほど取り出した。

きっと前日にマリアから王家からの縁談話を聞いたのだろう。

落ち込んだミサキを励まそうと意気込んでいるメグにミサキも思わず苦笑いだ。

マリアより幾分元気の良い妹気質のメグのことはミサキも憎めない。

当初は断ろうとしたミサキだったが侍女たちの勧めもあり、姉妹と市民の祭りに出掛ける事にした。

ペニシールも祭りがなかった訳ではないが軍事色の強い町のお祭りと王都では内容が違う。

華やかな出店も多く、普段は見られない大きなパレードの一団が練り歩けば大きな歓声が彼方此方から上った。

メグに言わせれば建国祭よりは規模は小さいと言うのだから、やはり都は地方より絢爛だと美咲も思わず微笑んだ。

(デイビッドとはお祭りに来たことなかったなぁ)ふとそんなことを思い出す。

デイビッドは辺境伯として動くので大きなイベントは主催者側だ。

準備に奔走し、指示を出し、終了後は配下の者達と酒宴の席に消えてしまう。

ミサキには『ごめんね、一緒にいてあげられなくって』と謝ってくれたがミサキは平気な顔をして見せていた。

『仕方ないですよ。エストとお留守番しておきます。』

あの頃の美咲はデイビッドに負担をかけまいと必死だった。

同じ年頃の使用人達が祭りに浮かれているのを尻目に自分の気持ちを嘘や言い訳で上手に隠していた。

多分デイビッドから愛想をつかされたり嫌われたくなかったのだ。

デイビッドが亡くなる前の年。

看病で城に残っていたミサキに警備で出ていたコーディは飾り紐を祭りで買ってきてくれた。

『忘れないでくれ。ミサキのお陰でこの祭りは再び行えるようになったんだ。皆感謝している。』

明るいランタンの下を歩きながら思う。

(本当はお祭りにも行ってみたかったし、屋台も楽しみたかったんだ私)

町娘らしく着飾り、安いアクセサリーを大人買いするとあの頃の自分が少しいじらしくて愛おしかった。

出店で立ったまま串焼きの肉を頬張り、豆菓子を行儀悪く口に放り込めば意地を張っていた時の苦い思い出が少し薄らぐ。

(この笑顔を守ることが出来たのは私やデイビッドや沢山の討伐隊の人たちの力なんだ。)

大勢の歓声を聞いたり、子供達の楽しそうな表情を見ていると気持ちが上向いた。マリアとメグの笑い声や、出店に燥ぐ侍女たちの幸せそうな姿がミサキを後押しする。

(彼らが認めてくれた自分を誇ろう。自分を可哀想だって思うことは絶対にしない)

大通りを往復する頃にはミサキも笑い声を出すようになった。

周囲の人間はそれを見てホッと胸を撫で下ろす。

そろそろ帰りの時間が気になる頃。

出店で手頃な髪飾りを買ったり豆菓子を土産に買っていると一本筋違いの道から怒鳴り声が聞こえ始めた。

「酔客が暴れているやもしれません。退避を。」

そう護衛の一人が声を掛けて二軒先のレストランの三階へと誘導された。

ミサキは野次馬根性が騒ぎ出し、思わずレストランの一室からその通りを覗き込んだ。薄い窓越しだからか先程よりハッキリとやり取りの声が聞こえ始める。

どうやらお金のことで出店の主人と男が揉めているようだった。

歳が近そうな二人の男が胸ぐらを掴み合い大声を出す様はやはり恐ろしい。

「だからお前が銀貨3枚貰わないとダメだろ?!今日働いたのはお前なんだから!!」

「いや、受け取れないね!カミさんが体調悪くしたって聞いたから今日は助太刀のつもりでここに来たんだ。金を貰っちゃ意味がねえよ。」

「ダメだ!今日は母ちゃんの世話で稼ぎが出ないと分かっていてお前に仕事を押し付けたんだ。働いた分の給金としてちゃんと銀貨3枚は受け取ってくれ!」

大声で話し続けるのでやり取りが段々理解できた。

出店の主人は友人に店を任せて自分は病気の嫁を世話していたらしい。

売り上げは銀貨3枚。

その売り上げを友人が主人に渡そうとしたら、主人はバイト代として銀貨3枚は受け取ってくれと言ってくる。

騎士団の男二人がそのうち駆けつけて二人を引き離し諌めようとするがなんとも人情味のある話だと分かってきた。

寄越せ寄越せと揉めるのではなく、どうか金を受け取ってくれ………と揉めているのだから。

(あ………あの人………)

そこに淡い金髪の以前見かけたあっさり顔の騎士が現れた。

相変わらず大人しい容貌で表情は穏やかそのものだ。

先に来ていた騎士はこんな騒ぎは馬鹿馬鹿しいとばかりに『じゃあ折半で金を分けろよ』と面倒くさそうに言っているが二人の人情家はそれでは納得いかないのか未だに険しい表情だ。

アーサー…クロフォードは事情が分かったのかフムフムと頷くとやがて自分の財布から1枚の銀貨を取り出した。

「じゃあ、ご主人は銀貨2枚、お友達の貴方は銀貨2枚を受け取ってくれ。」

自分の銀貨を足すと二人に銀貨2枚ずつをアーサーは渡した。

………???

皆が首を傾げているとアーサーはニコリと微笑んだ。

「今日ご主人は3枚の銀貨を貰えるはずが1枚減り、お友達は銀貨3枚の報酬のはずが2枚になり、俺はお互いを思いやる良い話を聞かせてもらったから銀貨一枚を財布から出す。三人で一銀貨の損だ。俺まで巻き込んでみんな少しずつ損をした。

これでおさめてくれないか?」

こ…………これは三方一両損という昔の時代劇か何かに出てきた話では………

ミサキが驚いて記憶を辿っているとその界隈の人間達が大きく拍手を始めた。

良いぞ!良いぞ!

成る程!!騎士様やるじゃねえか!!

そんな声が聞こえてくると言い争っていた男二人も照れ臭そうに苦笑いをした。

「ご主人も奥方が体調が良くないなら、このお金で消化の良い食べ物を買ってすぐに戻ってあげな。」

ミサキは見事な解決を見せたアーサーという騎士から目が離せなかった。

銀貨は美咲の感覚からすると2万円くらいの価値だ。

騎士団所属だから貧しいというわけではないかもしれないが、それでもそれなりの出費と思われる。

それをポンと出すその気前の良さに心が揺さぶられた。

集まっていた町民たちもホッとしたのか口々に褒めそやしながらその場を後にしていった。

ミサキは良いものを見たとホッコリしながら階段を降りていくと騎士たちがまだその店先からほんの僅か離れた場所にいるではないか。

お忍びの高位貴族たちが見られるのは良くないと思ったのか護衛騎士がサッとフード付きのマントを被せてくる。

メグもミサキも心得たと顔を俯かせてその場を通過しようとした。

「アーサー、お前には痛い出費じゃねぇのか?」

一人の騎士が呆れたような態度で話しかけるとアーサー…クロフォードはちょっと苦笑いを零しながら頷いた。

「あぁ、俺にとっては痛い出費になってしまったが仕方ないさ。

だけど祭りの日に嫌な思いをする人間は居ない方が良い。」

(やっぱり彼にとって銀貨1枚はそこそこ高かったんだ………)

ミサキはそっと振り返ってアーサーという騎士の顔を確かめた。

だが、その顔には後悔の色はなく、事件解決の安心感からか少し緩んだ優しい表情を浮かべていた。

最近感じなかった温かな気落ちに浸りながらミサキは屋敷に戻る。

陛下たちが申し訳なさそうに結婚を勧めてきた時ミサキは殺伐とした気持ちに駆られた。

国のために陛下たちのために自分を殺して何かを成し遂げても、結局自由が手に入らない………と悲しくなった。

諦めたものの多さに立ち止まりたくもなった。

(だけど………だけど………あんな風に人も役に立つことで爽やかに笑っていられる素敵な人がいる………)

そう思っただけで、この世界も捨てたもんじゃないと勇気づけられた。

結婚するならあんな人がいいな。

具体的に誰かのそばにいることを考えたのは生まれて初めてのことだがミサキはそれが何という名の気持ちなのか分からず、唯只管彼の笑顔を思い浮かべながら幸せな気持ちで瞳を閉じた。

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「………と、いうことが有ったのよ。」

メグは深夜にも関わらずヘンダーソン公爵夫妻と宰相のグリフィンを呼び出し自宅の狭い応接室でワインを振る舞っていた。正確には父親の書斎から勝手に持ち出した物であるから父親が振る舞った………とも言える。

「あの方はやっぱり私を助けてくれた騎士様だったのね!お礼を言いそびれてしまったわ。暗かったし印象が薄かったから……メグはよく気がついたわねぇ。そう言えば彼は国からの報償はどうなっていたのかしら?」マリアが失敗したわ…と口元を手で覆っていると宰相である 父(グリフィン) は渋い顔で答える。

「いや、まだ何も渡せておらんのだ。

正確に言うと、ロドリゲス伯爵の一件が片付くまでは内容が内容なだけに決めかねたというかなぁ。男爵だけで止まっておったのなら騎士階級をあげる程度で終わっておっただろうが、芋づる式で多くの貴族を暴けたであろう?こうなると陛下の心持ちも変わってくるというものだ。

内容はまだ未定であるが我が家からの謝礼金と王家からの形をクロフォード家は受け取ることになるだろうな。

彼は伯爵だが今は随分と堅実に生活しておるらしいからどんな形でも喜ばれそうだが。」

「有名なお家なの?私夜会などでお会いしたかしら?」メグが首を傾げるとウィリアムが首を振る。

「それは無いでしょうね。

世代が一つ前ですが先先代のクロフォード伯爵はそりゃ放蕩の限りを尽くした有名人でした。ですが彼の父親はその煽りで苦労しっぱなしです。貴族税は払えないし、使用人は逃げ出すしで所謂没落した家庭です。

私の従兄弟が同じ時期に学院に通っていましたが、貧しさが目に余るほどで思わず一度だけランチをご馳走したと話していたことがあるくらいです。」

「え?!あの締まり屋のアルバートが?!」

マリアが素っ頓狂な声を上げた。

ウィリアムは素で驚いている自分の奥方にクスリと笑いかける。

「そうですよ。あの、金に煩いアルバートがです。

だけど、あの様な男が『気の毒だから』と思うほどなのであれば余程清貧に徹して過ごしていたとも言えますけど。」

グリフィン侯爵は『うーーーむ』と唸りながら腕を組み直す。

「元々は大変由緒ある家だったんだ。

建国から続く立派な血筋だよ。だが、彼のことを本当にミサキは一目惚れしたのかい?その…私には非常に………非常に大人しく見えるんだがね。彼は。」

これはウマイ!とグリフィン宰相は困惑した表情のままワインを呷った。

「マリア姉様を颯爽と助けたと聞いた時はどんな美丈夫かとワクワクしたけど………確かにちょっとお地味ではあるわね……でも人間顔じゃないしね。わ!このワイン本当に美味しい!」メグも感嘆の声を上げた。

「そうよ。素敵な方だったわ。私をあっという間に悪漢達から救い出してくれたのよ。見惚れるほど素早くって見えないくらいだったわ。

本当!これ私でも飲みやすいわ。」マリアも珍しくグラスをクイッと傾けた。

「メグにしてはかなりいいワインを持ってきたんだな!随分今日はサービスが良いじゃないか。」

「やだ!これお父様の書斎のワインよ。」

「何だって?!?!」

グリフィン宰相が目を白黒させている間に騎士団の夫が帰宅したベルが応接室に鳴り響く。

「どんな人物か聞いてみましょう?ダーリンだったら何か知ってるかもしれないわ。ミサキが心奪われるエピソードをいくつも持っているお方かもよ?」

メグは浮かれた足取りで玄関に向かうのであった。