軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 シルヴィア・ヒューズの場合

一番初めに倒した魔物は、三歳のとき。相手は雑草だった。

次は、蚊だった。

羽虫や野草、木の実など、たくさんの魔物を倒し、シルヴィアは魔力を上げていった。

でも、それは、シルヴィアにのみ大事なことで、他の人間にはどうでもいいことだった。

シルヴィアは魔獣討伐筆頭魔術騎士の一族であるヒューズ公爵家の第一令嬢だ。七歳になったとき、ほとんど顔を見たことのない父親に連れられて教会に行った。

七歳までに、己の持つ 天恵(スキル) と、魔力がある場合は属性魔術が確定するのだ。ゆえに、皆七歳になると教会へ行き、教会の神官長が聖魔術でスキルと属性魔術の判別を行う、というのがこの国の習わしだった。

そうして判明したのは――。

「『魔物を倒したら魔力が溜まる』というスキルです。属性魔術は――『生活』だそうです。未知の魔術ですね」

父親は神官長の言葉を聞いて硬直し、次に怒鳴りだした。

「なんだそのスキルは!? 強い魔獣を魔術で倒すのが基本なのに、倒してから魔力を得てもしょうがないだろうが! しかも生活魔術とはなんだ!? そんな恥ずかしい魔術など聞いたことがない!」

父親はさんざん怒鳴った。本当は殴る蹴るの暴行も加えたかったのだろうが、父親は魔術騎士団長。そんな役職の者が幼い娘に暴行を加えたとなっては確実に噂になる上に下手をすると何らかの刑罰が与えられる可能性がある。そしてその前に神官長以下の神官が父親を取り囲みなだめていた。

彼らは、親が子にスキルや魔術を期待し、期待に応えるスキルや魔術を得られなかった場合にこの父親と同じように子を罵倒し暴力をふるう現場に慣れていたのだ。

脅しなだめすかされ落ち着いた父親は、勝手に帰ってしまった。シルヴィアはそういう扱いに慣れていたので気にせず自分も帰った。

数日後、領主である母親に呼び出された。

シルヴィアは無視していたが使用人になかば無理やり連れて行かれ、面会させられた。

母親はシルヴィアをチラリとも見ずに淡々と述べた。

「ここから南西に降りたところに、城塞がある。大昔は重要な地点だったようだが、国境変動などがあって今じゃまったくの役立たずだ。お前はそこに行け。――お前は領主としても騎士としても政治の駒としても使い物にならない。その役立たずの廃墟とともにそこで朽ちていけ」

シルヴィアはしばらく考えて、質問した。

「城塞をもらえるですか」

母親が、そこで初めてシルヴィアを見た。

何か言いかけ、気が変わったようにフッと薄く笑う。

「餞別としてくれてやろう」

「契約書ください」

間髪入れずシルヴィアが言った。母親はその言葉に微かに眉根を寄せたが、また薄く笑った。

「無事たどり着けたら、お前のものだ。ただし、助けを求めても無駄だし、ここに戻ってくることも許さない。お前一人でどうにかしろ」

「契約書ください」

シルヴィアが繰り返し言うので、母親はあからさまに顔をしかめ、それでも契約書を作って渡した。

「ホラ、くれてやる。ついでの情けだ、小金も付けてやる」

「ありがとうございます」

シルヴィアは契約書を受け取り読むと、サインをして魔術を流した。

「『永劫の時間、この契約を有効にせよ――【 契約(コントラクト) 】』」

「「なっ!?」」

母親も、そばにいた執事も驚く。

「魔術契約しました。ゆうこうになりました」

母親も執事も呆気にとられる。

「……お、お前は……その魔術……」

「生活魔術です。生活には、契約はひっすです」

「はぁ!?」

驚き呆れる母親に、ペコリとシルヴィアは頭を下げた。

「城塞をくれてありがとうございました」

母親は出て行ったシルヴィアを見つめながら、追放したのは浅慮だったかもしれないと思い始めた。

シルヴィアは、三歳くらいまで今よりは普通に育てられていた。

両親は政略結婚。魔獣討伐筆頭魔術騎士として有名な貴族なので、自身が魔術騎士団長であるならば王族と、公爵家領主としての才腕があるのならば魔術騎士団長と婚姻を結ぶ。歴代が利のある相手だというだけでの結婚なので、愛情は互いになかった。

両親も、父親は魔術騎士として、母親は領主としての仕事を第一に考え、他は二の次だった。

自分たちの子はスキルと魔術を見てから使い途を考えようという考えで、子に対しての愛情など欠片もなかった。

シルヴィアは第一子だったので弟が生まれるまでは使用人がめんどうをみていたが、母親が第二子を授かってからは母親の手助け、弟が生まれてからは乳児のめんどうをみるために屋敷のほぼ全ての使用人がそちらにかかりきりになりシルヴィアは放置された。

シルヴィアは弟が出来たことも知らされず、ただ誰も世話する人がいなくなったことだけを理解した。そもそもが両親にも使用人にもまったく期待していなかった。もともと「そういうもの」と思っていたので、自力で生きる術を身につけようとし、環境に適応するべく今の魔術を授かったということを、周りはわかっていなかった。シルヴィア本人だけはぼんやりと察していた。なぜなら、それらがなければ生きてはいけなかっただろうなと思っていたから。

――単に炎の玉を敵に投げつけるだけの魔術を覚えたところで何になるのだろう。私が生きるためにはそんなものよりもっと必要なことがある。

シルヴィアは、父親が魔術を披露し自慢げに話すのを見かけるたび、そう思った。

翌日、シルヴィアは、ニワトリ、牛、馬、豚、山羊、羊を供に、幌を張った荷車を馬に引かせて一人旅立った。屋敷の誰一人としてシルヴィアが旅立ったことすら知らないまま。

……と、はたから見ると悲惨な状況だが、シルヴィア本人はいたって気楽で、かつ浮かれていた。

なんの見返りも義務もなく城塞を我が物に出来たのだ。そして、それを知らされたあのときに ま(、) た(、) 新たな詠唱を覚えた。

【契約】と【支配】。

【契約】は、契約した書類を魔術で縛るようだ。効力はどのくらいかわからないが、簡単には破棄できないようだ。

【支配】は言葉こそ悪いが、群れのリーダーと認識させる魔術のようだ。今、お供の 魔物(ニワトリたち) にかけてシルヴィアをリーダーと認識させている。

――そう。シルヴィアが使う魔術は、生活において必要なことを実現したり手助けするための魔術なのだ。

そして、魔物とは、この国で討伐対象と決められている魔獣だけではない。この世の全てのイキモノが魔物なのだ。雑草を駆除して魔力を得られ、木の実を食べて魔力を得られ、花を摘んで魔力を得られるのだ。

だが、シルヴィアはそれを誰かに言うつもりはなかった。両親は魔物のカテゴリーを誤解しているのかもしれないが、シルヴィアとしては「だから? それで?」で終わった。関係が希薄だった者たちに対して、シルヴィアはほとんど感情を向けていなかった。

愛情を乞うようなことはない。

自分基準の者たちに囲まれて、誰もが自分以外に愛情を向けていない状況で育ってきたから、シルヴィアも自分にしか興味を持っていなかった。

…………だが。

弟はそこまでわりきれておらず、両親や使用人の姉への仕打ちに恐れおののいた。

一度も会わないまま出て行ったので、もう二度と会うことはないだろう。

そもそも自分に姉がいたことは、自分を世話する使用人が「……あぁ。あの、よく外でボーッとしてた子ね」「気持ち悪かったわね。奥さまが二人目を妊娠してからは誰も世話をしていないのになんで生きていたのかしら?」と自分の前で平気で嘲るのを聞いて知ったのだ。

そして、姉がいなくなったことを数日後にようやく知った父親が「バカが廃墟に向かったらしい。途中で野垂れ死ぬだろう。ていよくゴミを処分できたな」と嘲笑うのを聞いて、母親が珍しく自分の部屋に現れ「……現状、コイツしか子がいないのだからある程度のゴミスキルとゴミ魔術でも我慢してやるが、アレ以下だった場合は分家の者でそこそこの出来のやつと入れ替え、コイツも城塞行きにするか」と冷たい顔で見下ろしながら言い捨てるのを聞いて、幼心に固く誓った。

自分は、なんとしてでも、この両親よりも強くなる。そして、コイツら全員を追い出してやる、と。

弟の考えどころか存在すら知らず、シルヴィアは呑気に城塞へ向かう。

急ぐ旅ではないし、今までも一人でなんでもやってきた。家を出ても同じだ。

歩くのに飽きたら荷車に乗り、しばらくしたら降りて皆と歩く。

皆が疲れたり腹を空かせたら休憩する。

そんなふうにしてゆっくりと進み途中で休憩していると、男がふらりとやってきた。