作品タイトル不明
幸せの中で過ぎる時間
エレナが、目を覚ますと、珍しいことに銀色のモフモフがまだ隣で寝息を立てていた。
「珍しい……。そして眼福」
最近のエレナは、幸せ過ぎて、このままではいつか、幸せ過ぎた分を回収されてしまうのではないかと、不安になってしまうほどだ。
おそらく、エレナがローグウェイ侯爵家の養女になるか、フィアンツ伯爵家の養女になるのかで、ひそかな攻防があったせいもあり、レイは疲れ切っているのだろう。
エレナは、いつも朝早くに起きる。でも、レイはいつもエレナよりずっと早く起きていて、すでにモフモフの姿ではなく、麗しすぎる騎士服を身にまとっていた。
「レイ様……かわいい」
その少し長い、白銀の毛並みに顔を埋めれば、ジャスミンティーの匂いとともに、何とも言えない多幸感に包まれた。幸せだ。
「――――そうか。だが、かわいいのは、エレナのほうだな」
気が付けば、形勢が逆転していた。
いつの間にか、スンスンと毛並みに顔をうずめていたはずのエレナは、仰向けになり、その上にレイが馬乗りになっている。
「眠っているところを、ごめんなさい。レイ様」
「うん? むしろ、幸せだと言いたかったのだが……。なかなか、伝わらないものだな」
エレナのスミレ色の瞳が、ゆらゆらと揺れるのを見て、レイは幸せをかみしめる。
いつも、深く眠ったときには、人の姿を取ることができないレイの見る夢は、たぶん狼が見る夢だ。それでも、いつからだろうか。レイの夢の中に、愛しい姿が現れ始めたのは。
「――――夢の中に、エレナが出てきた」
「え? どんな夢ですか? 気になります」
レイは、美しい金色の瞳を揺らして、夢の内容を伝えるべきかと逡巡した。
きっと、伝えてしまえば、エレナの頬は桜色に染まるに違いない。
その姿を、見てみたい気もするし、逆に秘密にしておいて、ずっと気にしてもらいたい気もした。
しばらく見つめあっていた二人。けれど、その楽しくも、じれったい時間は、エレナの一言で終わりを告げる。
「――――実は、私もレイ様の夢を見ていたんですよ」
「――――え?」
いたずらっぽくエレナが笑うのは珍しいと、レイはその表情を見逃すまいと、目を逸らすことなく見つめる。
「レイ様と一緒に、マルシェで野菜を買ったり、お弁当の材料を買ったりするんです」
「――――お弁当?」
レイにとって、お弁当なんて、単語としては知っていても、自分にはあまり関係のない言葉だった。
それでも、それに込められた温かさは、とても興味が惹かれる。
「え? ああそうか。庶民と違って、貴族様はお弁当を持っていくなんてないんですよね……?」
「――――そうだな。聞いたことはあるが」
狼姿で、家族に疎遠にされていたと言っても、レイの待遇は決して悪くはなかった。
王立騎士団は、食事は貴族向けの食堂で食べているし、お弁当とやらが必要な場所には、料理人が付いてきていることが多かった。
または、遠征ではお弁当なんてものが食べられるはずもなく、泥水をすすっても生き延びる必要があった。
「ん~……。もしもですよ。……もしも、ご迷惑じゃなかったら、お弁当をレイ様に作りましょうか?」
「ぜひ!」
食い気味に答えたレイに、一瞬目を丸くしたエレナだが、直後にふんわりとほほ笑んだ。
「わかりました。今日は、非番だっておっしゃってましたよね? 材料を買いたいので、マルシェに一緒に行ってもらえませんか?」
「もちろん!」
レイは、いつだってエレナと一緒にいられることが、本当にうれしいとでもいうように反応してくれる。遠目に見て、初恋を募らせていた、騎士団長様が、美しい姿であっても、こんな風に喜怒哀楽を表現してくるなんて、エレナは想像したこともなかった。
そのことがうれしすぎて、思わずエレナは、にやけてしまう。
「朝一に行けば、朝食も食べられるらしいな? 行ったことがないんだ。連れて行ってくれないか?」
「はい、喜んで!」
エレナも、食い気味に答えてしまったという自覚がある。
そのことが妙におかしくて、二人して向かい合ったまま笑う。
幸せな時間は、過ぎていく。
このあと、再び予言が二人にもたらされるのだとしても、今は幸せの中で、大きな川の流れのように、二人の時間は、過ぎてゆくのだった。