軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

予言と選択肢 1

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その日の勤務は、何事もなく過ぎていった。

むしろ、少しばかり変わり者が多いエレナの受付目当ての常連客がいない分、ギルドは静かなくらいだった。

(今日は定時上がりかな?)

珍しくエレナにそんな思いがよぎるほど、受付に並ぶ魔術師は少ない。焦げついていた依頼のほとんどが、昨日の大行列で捌けたとギルド長ローグウェイも、喜んでいた。

基本的に、エレナの紹介する依頼は、時間がかかるものが多い。つまりこれは、エレナの日常が戻ってきたということなのだろう。

さっと片付けて、バックヤードに入ると、珍しく定時に終わったらしいフィルも戻ってきた。

「何だか、今日のエレナ、いつも以上に可愛いね」

「え? そうかな。いつもと変わらな……」

そこでふと、レイの屋敷の侍女たちの笑顔が浮かぶ。そういえば、綺麗にしてもらったのだと、今更ながらに思い出した。

「恋をしてるって感じだね!」

なぜか、フィルの方が嬉しそうだ。

(そういえば、レイ様に連れ帰られたから、昨夜はリドニック卿と二人きりにしてしまったのだったわ)

「あの、昨夜はごめんね?」

「具合が悪くなったのなら、仕方がないよ。大丈夫だったの?」

「ありがとう、もう平気だよ。それよりリドニック卿と二人きりにしてしまって」

その瞬間、フィルがパチパチと瞬きながら黙り込んだ。その様子を見たエレナは、やはり何か問題があったのかと顔を青ざめさせる。

「あの、悪い人ではないんだよ?」

「よく考えたら、リドニック様ってあの時の騎士だよね」

あの時というのは、もちろん解毒の魔法薬を求めて、ジャンが魔術師ギルドに乗り込んできてしまった時のことだろう。

「えっ、あの。いくらリドニック卿でも、そんなにいつも乗り込んできたりしないと思うよっ?! あの時は、特別で」

ゴフッと、カウンターの奥から、ローグウェイのものらしい咳が聞こえてきたが、早朝の出来事を知らないエレナは、コーヒーに咽せたのかなくらいにしか思わない。

「うん。悪い人ではなかった。守ろうと決めた人に忠実な中型犬みたいな人だったよね」

ゴフフッと、今度はエレナとローグウェイの咳が、ギルドカウンター内に響く。ギルドナンバーワン受付嬢の直感は、時に事実を正確に射抜く。

「特別メニューも、ご馳走になって得しちゃったかも。ハルト卿にぜひお礼を言っておいてね」

にっこりと笑ったフィルに、一瞬見惚れてしまったエレナは、我にかえると、全力で何度も頷いた。

(さ、帰ろう)

もう少しだけ、依頼書を確認して帰るというフィルより先に、魔術師ギルドから表に出る。

そこには、侍女のリフェルと、何故か、シュンとうらぶれたように見える、狼姿のジャンがいた。

「さ、帰りましょう」

リフェルが当たり前のように、手を差し伸べた。

その手が、思っていたよりもゴツゴツとしているような気がして、エレナは軽く首をひねる。

「えっと、アパートまで送ってくださるのですか?」

エレナの質問に、一瞬だけ呆気に取られたような顔をしたあと、リフェルは「え? まさか、まだ状況を説明してないのあの人」と低い声でつぶやいた。

(あの人って? それに状況説明って何だろう)

不思議そうにしながら、手を引かれるエレナと、今日は街中のせいか、おとなしい中型犬のようなジャン。

「もちろん、帰るのは旦那様のお屋敷に決まってますよ」

何故か、このままレイの屋敷に帰るのが、決定事項らしい。これでは、まるで婚約でもしているみたいではないか。

「あのっ、そんなにいつも入り浸ったら」

「迷惑とか言わないであげてください。確かに、エレナ様に対する愛は、すでに執着に近いかもしれませんが」

「……しゅうちゃく?」

パチクリと、瞳を瞬いて見開いたエレナを見つめるリフェルは、誤魔化すように笑顔になった。

「そこの、中型犬みたいな扱いになったら困りますから、余計なことを口にするのはやめましょう」

一瞬、グルッと威嚇したような音がしたけれど、「今朝の件、反省するように言われてますよね?」と嗜められれば、ジャンも静かになる。

(やっぱり、リフェルさんは、この狼がジャンだって知っているのね。……レイ様との御関係も深いのかしら)

それに、また何かしてしまったらしいジャン。そんな事ばかりしていたら、いくらジャンが強くても、そのうち危機に陥りそうだ。

そんなエレナの心中など、知らないかのようにリフェルが握っている手の力を強める。

「さ、帰りましょう?」

エレナが頷くのも待たずに、リフェルが歩き出す。その後をついてくるジャンは、やはりどこかしょぼくれていた。