軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

並の受付嬢と救国の英雄たち 1

あの騒動から一週間がたった。

ようやく職場復帰が許されたエレナは、いつもより少し早く出勤していた。

しかし、ギルドの職員たちは、すでに勢ぞろいして、エレナが来るのを待っていた。

なぜか、『おかえり、エレナ』と横断幕まで掲げられている。

「――――エレナ!」

まず、最初に受付嬢のフィルが、淡い茶色の髪をなびかせて、緑色の美しい瞳を潤ませながら、エレナに抱き着いてきた。

最近、銀色の狼が飛び込んでくることが多かったせいか、なんとかエレナはその体を体勢を大きく崩すことなく受け止める。

「フィル……。どうしたの、こんなに早く。それに、皆さんも」

「だって、こんなに長く休んだことないでしょう? 王立騎士団に関わったからって、処罰が重すぎるわ!」

エレナの肩にしがみついたままのフィル。

鼻をすする音までするということは、号泣しているのだろう。

本当に、予言を出来心で聞いてしまったあの日から、フィルには心配をかけ通しだ。

(もし、レイ・ハルト騎士団長と、恋仲になったなんていったら、大変なことになりそうだわ)

そもそも、王立騎士団と魔術師ギルドは、犬猿の仲だ。

いくら、ギルド受付嬢が花形職で、貴族と結婚することすらあると言っても、やはり調べてみれば、その帰属はローグウェイ侯爵家側の人間ばかりだった。

たぶん、レイを選ぶなら、エレナはここにいることは叶わない。

それくらいは、派閥というものに関わったことのないエレナにだって理解できる。

(でも、まだ私は、この場所と、あの人に、恩を全く返せていない)

あの日、故郷を追われ、弟まで失ったエレナは、すべてを諦めた。

そんなエレナのことを救ってくれたのが、ギルド長なのだ。

(私の髪と瞳は、幸せと同時に波乱も呼ぶと……)

エレナの髪と瞳は、幸せと波乱を呼び込むのだと。

それは、予言に定められているのだと。

(――――でも、どこでその予言を聞いたのか、思い出せない)

「その髪の毛と瞳の色は、絶対に隠さなくてはいけない。本当に信頼した人間以外には、絶対に明かしてはいけない。いつか恋に落ちる日まで、できる限り誰にも見せずに」

その言葉は、エレナを心配しているような、真摯な響きを持っていた。

だから、エレナは忠実に、その教えを守ってきた。

王都にたどり着いてからは、一番初めにエレナの髪と瞳の色に気が付いた魔術師ギルド長ディアルト・ローグウェイだけが、それを知っていた。

(ほんの一週間と少し前まで、そうだったのに)

今は、アーノルドが、ジャンが、騎士団の一部の人間が、そして何よりもレイが、エレナの本当の姿を知っている。

(それに……。恋に落ちてしまった)

「エレナ。おかえり」

「ギルド長、この度はご迷惑をおかけしました」

「――――いや、俺は大したことは、していない。むしろ、俺の力が至らなかったせいで、王都に大きな被害が出るところだったんだ。……エレナには感謝しかない」

その言葉を、ぶんぶんと首を振りながら否定しつつ、エレナは不思議に思った。

(どうして、ギルド長はここまで私に良くしてくれるのだろう)

幼い頃、命を救われた。

そして、そのあとだって、何かと目にかけてくれたし、魔術師ギルドで働きたいと言えば、必要な教育まで受けさせてくれた。

不死鳥討伐では、エレナが起こした無謀な単独行動の後処理まで秘密裏に請け負ってくれた。

ギルド長がいなければ、今、エレナは生きていないだろう。

もし、生き延びていたとしても、こんな風に毎日充実して、幸せに生きているなんてありえるはずもない。恩は返すどころか、増える一方だった。

「ありがとう……ございます」

エレナは、レイのことを選ぶのだとしても、ギルド長には絶対に恩を返さなければいけないと決めている。そうでなければ、エレナは前を見て生きていくことができなくなるだろう。

「さ、仕事だ。エレナがいないと、在庫管理がいまいちでな。危うく、いくつかの魔法薬が在庫切れしそうなんだ」

今日も、深くローブを被ってその容姿を隠したままのギルド長が、その姿が感じさせる印象に合わない明るい声で告げたのは、在庫品薄宣言だった。

「ええっ! ギルドの受付開始まで、もう1時間しかないですよ?!」

ギルド職員は優秀な人間が多いが、地味な作業はエレナが中心になって行っていた。

エレナがいないと、在庫管理すらままならないらしい。

「とりあえず、バックヤードの作業から開始してくれ。受付は、落ち着いてからでいい」

「――――了解しました」

エレナは、腕まくりをする。

手袋の中の、紫に染まった爪は、ようやく元の薄紅色を取り戻していたが、近いうちに再び、ほかの色に染まってしまう可能性は、高いようだ。

エレナは、久しぶりに仕事ができる幸せをかみしめながら、バックヤードに消えていった。

ギルド長は、そんな後姿を、思案気に見つめる。

「隠すのも……さすがに、限界が近いか」

そのつぶやきは、誰にも聞かれない。

ただ、切なげに響いて消えていった。