軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

銀狼の騎士とギルドの受付嬢 2

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壁際に追い詰められたエレナは、まるで普段は木の実を好んで食べる小動物のようだった。

小さな体で、プルプルと震える姿は、庇護欲を誘う。

その一方で、美しく整えられていた髪は、乱れて、しわになってしまったドレスの裾をつかむ姿は、ひどく扇情的だ。

「なんてな……」

壁に追い詰めて、おびえさせたいわけではないと、レイは冷静さを取り戻した。

幼い頃から、記憶は戦場が中心だったし、生まれた直後に、狼へと姿を変えたレイは、ある程度自由に人と狼の姿を行き来できるようになっても、誰かのぬくもりの中で眠るという経験がなかった。

「レイ様? あの……」

「驚かせてすまなかった。それにしても」

金の瞳を、いたずら好きの少年のように細めて、レイがエレナの姿を上から下まで眺める。

(やっぱり、見苦しいよね! 普段はちゃんと、寝間着に着替えて寝ているんです。本当です!)

どうにもならずに、頬が赤くなっていく。

レイのかっこよさ、やさしさを知ったときの、どこか甘酸っぱい火照りではない。

(本当に、恥ずかしい……)

そう、完全に、醜態を見せてしまった時の、恥ずかしさだ。

視線に耐えられず、下を向いてしまったエレナを見て、何を思ったのか、レイが使用人をベルで呼び出した。

「――――あの、ご迷惑をおかけしました」

「……? 迷惑なんてかけられてないし、まだもてなしすらしていない。昨日のことで、疲れていたんだろう。朝早くから」

そこまで話しかけて、ふとレイは、エレナがいまだに手袋を外していないことに気が付いたらしい。そっと手を寄せ、手袋の指先を引っ張ると、エレナのほとんど日に焼けてない細い指、続いて紫色に染まってしまった爪が現れる。

「……そうか、この指先に、救われたのか」

無意識だったのだろうか。レイは、まるで繊細なガラス細工を持ち上げるみたいに、エレナの指先を掲げ、爪先に鼻先を近づける。

「木の実や香草の香りがする……」

「…………あ」

エレナは、何か気が利いたことを言おうとした。

言おうとしたのに、ハクハクと唇が動くばかりで、呼吸することすら難しく、息が苦しくなる。

(たぶん……姫君や、貴族令嬢と共にある、騎士団長様にとっては、こんなのごく当たり前の距離感なのだろうけれど)

小さな悲しみと、大きな羞恥と、どこか認めたくない悦びがごちゃ混ぜになったまま、エレナはレイを見つめた。

その瞬間、いつもよりも大きく見開かれた金色の瞳が、初めて気が付いたようにスミレ色の瞳を真正面から見つめた。

「うわっ! すまない! 許可を得ることもなく」

「えっ……」

その瞬間、レイの目元が、赤く染まった気がした。

もちろん、騎士団長ともあろうお方が、少年のように照れることがあるなんて、エレナには信じられなかった。

「あの、本当にすまな……」

その時、扉をたたく音がして、二人の肩は、悪いことが見つかってしまった時みたいに、同時に跳ね上がる。

「入れ」

動揺を鎮めようとしたのか、レイがぐしゃりと乱暴に前髪をかき上げた。

その細い髪は、朝日にキラキラ輝いているところは同じだけれど、モフモフの手触りだった銀の毛並みとは違い、絹糸のように滑らかなのだろうか。

(触ってみたいな……)

エレナは、そんなことを思ってしまったことに、一瞬強く混乱しかけたけれど、それよりもドアが開いて人が入ってきたことに、ドキリと心臓を跳ねさせた。

(この状況……私たち、一晩中一緒にいたことになっている?)

いや、一緒にいたことは事実なのだ。

モフモフの毛並みに包まれて、幸せに、それこそぐっすりとエレナは眠っていた。

でも、普通に考えて、この状況を使用人たちはどう感じるだろうか。

「――――おめでとうございます。坊ちゃま」

白いハンカチで、目尻をぬぐった、白い髪の執事らしき男性。

(坊ちゃま……? いや、違う。今、気にしなければいけないのは、その部分ではないの)

「ジェイル……坊ちゃまは、やめるようにと言っているだろう」

「申し訳ありませんっ。ただ、あまりの喜びに」

「……勘違いしているようだから、説明も必要そうだな。とりあえず、エレナの身支度を整えてやってくれ」

急展開の中、小説の中に出てくるような老齢の執事に向けた、レイの表情が家族を前にしたように、緩んだのをエレナはみた。

けれど、その直後、有無を言わさない圧を感じて、エレナは少々強引に、現れた複数のメイドたちに促され部屋から連れ出される。

(なに、この既視感……)

それは、確かに洋服店にいた時の状況と重なっている。

エレナは、そのわずか数分後には、レイが端から端まで、本当に購入してしまっていたドレスが、いつの間にか屋敷に届けられていたことを知る。

そして、予想通りどころか、バスタブに連れていかれて、磨き上げられ、幾多のドレスを試着したのち、盛り上がるメイドたちに飾り付けられたのだった。