軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42. 愛しい人たちへ

『クリフのためにも頑張らなきゃな』

そしてアンナと一緒にお腹を撫でて、いつものように町に卸しに行ったきり、もう二度と帰ってこなかった。

『……ねぇお母ちゃん、お父ちゃんはいつ帰ってくるの?』

ずっと待った。待って、待って、待って……馬車が、落石事故に遭ったと知った。人が乗っていた馬車は谷底に落ちてしまったのだと、自分は知らないおじさんがギリギリで投げ飛ばしてくれたのだと、その人は「エルシィ」と呟いていたのだと、生き残った男の子が教えてくれた。

子供が生まれて呼ばれることの少なくなった、私の名前だった。

『……そばにいるって、言ったくせに』

身重で現場に行くことはできなかった。行ったところで谷は深く、どうしようもなかった。亡骸もない葬式だった。みんな泣いていた。何もかも感覚が遠くなって、地面の丸いシミを見て、泣いているのだと気づいた。

お腹の子は無事に産まれた。本当に男の子だった。あの人に似たのか、大きくて丈夫で経過も順調だった。対して私は、どんどん弱っていった。

『お母ちゃん、私ももう大きいもの。大丈夫よ』

ベッドから出られなくなって、少し回復してきたと思ったら病気にかかった。薄皮を一枚隔てたような曖昧な世界で、何もかも朧げだった。

『アンナ、無理しないで』

『大丈夫よ、お母ちゃん。クリフはとってもいい子だもの』

こんなところまで私に似なくて良かったのに。自分が逆の立場になって初めて、あの死に際の『ごめんね』の重さを知った。

村の人たちを頼るように言った。でも、アンナは聞く耳を持たなかった。責任感の強い子だった。

『そんなに大変じゃないもの』

アンナは村で一番成績が良かった。村の学舎の先生は代々一番の子がなった。名誉あることだった。でも、アンナは二番目の子に譲ったのだと聞いた。自分には面倒を見る家族も牛もいるから、と。

『大丈夫よ、お母ちゃん』

何を言ってもそれだけだった。気がつけばアンナは大人になっていて、クリフも学舎に通う年になっていて。

『ねえ、アンナ。お嫁に行きたいのなら、何も考えずに……』

『何言ってるのお母ちゃん。あいつと結婚するって話じゃない』

いつのまにか、隣の家の息子と結婚するという話になっていた。確かに村では何もおかしな話ではなくて、逆にアンナの歳ではいない方が困るほどでもある。でも、昔生まれたばかりの時にそう話しただけだったのに。

『気にしないで。全部こいつが悪いから』

ある日打撃音が聞こえてどうにか外に出ると、アンナが幼馴染をぶん殴っていた。隣には知らないお嬢さんがいて、あまり良くない状況だとはすぐに想像がついた。

『アンナ、私は大丈夫だから。そんな……』

『家族を見捨てる馬鹿がどこにいるの、お母ちゃん。クリフ、隣のおばさんを頼るのよ』

『そういう話じゃないでしょう! ッゲホ』

一方的な婚約破棄なんて受け入れる必要がない。そう伝えたくてもままならなくて。

次の日、アンナは置き手紙一つ残して行ってしまった。強情なんだから、と恨み言が出た。同時に、止める力も守ってあげることもできない自分を恨んだ。

一年後、アンナは突然帰ってきた。

『婚約破棄されたんだけどね、次の婚約相手は決まってるの』

私の大事な娘に、と怒りが沸いた。でも久しぶりに見たアンナは、枝のようだった腕がふっくらとして、肌艶が良くなっていた。帰ってきなさい、というのを少し躊躇うほどだった。

『好きな人ができたんですって』

騎士に婚約破棄された後に帰ってきた時、追い詰められていたような焦りが消えた。随分と穏やかな顔をするようになった。

『ただいま。やっぱり高くて最新の薬って凄いのね。お母ちゃん、元気になってきたじゃない』

侯爵と婚約して、日々が楽しそうだった。能力を活かすのは素敵なことだと思う。

何より、侯爵の支援は心強かった。お金を渡すのは簡単だ。けれど、人を使って物資や労力を渡すのは容易ではない。

生活が楽になって、私も体調が良くなってきて、体を動かせるようになった頃。

『ここか』

王子殿下が、お忍びで我が家にやってきた。アンナと結婚するのだと、彼は話した。勝手に決めて、アンナを傷つけることに私は怒った。王族だとか関係なかった。彼はただ顔を顰めて全てを受け入れると言った。あまりにも痛々しくて、とりあえず頬を叩くだけにしておいた。

『本当に傷つくのはアンナだから、あとはアンナから受けて』

『はい』

いかにアンナを愛していて、どう守り抜くのか。彼は語った。

『あの子は平民として生まれ育ったの。同じ平民にしか話せない悩みもあると思うわ』

『わかりました。用意しておきます』

確かな約束をして、証書の親の場所にサインをした。その晩は、久々にレオのことを思い出した。ずっと、早く良くならなきゃと思い出さないようにしていた。

『……不思議ね』

ただの村娘と伯爵令息が出会って、人生を共にして、死に別れて、娘は婚約破棄をされ続けた先に王子と結婚する。

人生どうなるかなんて、死ぬまで良くわからない。

『愛しているわ。愛していたわ』

「ねぇお母ちゃん、あのね、お父ちゃんの親戚がね!」

今度こそ、守れるように。母として、いざという時に頼れるように。過去に振り回されるのはもうやめようと、私は町に来た。

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