軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. 騎士の話

侯爵領の端であり男爵領との境目、北東支部の隊長になった俺は訓練に勤しんでいた。

風が吹く。あっちの方角は、侯爵邸がある方だ。アンナさんは、今頃どうしているだろうか。

「……悪いことをしてしまった」

今でも、後悔している。

『これからよろしくお願いします』

『急なことですみませんが、よろしく頼みます』

チャイムを受けてドアを開け、その鋭すぎる気配に驚いた。真剣勝負の時の騎士団長のようであり、手負いの動物のようでもあった。汚い部屋で申し訳ないと謝ろうと思っていたことは抜け落ちた。亜麻色の髪をしっかり纏め、ベリーよりも真っ赤な瞳は冷たかった。

リビングの椅子に向かい合って座っても、彼女は背もたれに背をつけない。

『まずは、お互いに擦り合わせがしたく』

『はい』

『自分は、婚約者として家事や付き合いを頼みたいと考えています。アンナさんは、私に何か求めるものはありますでしょうか』

たとえ気配が鋭くとも、婚約破棄をされて我が家に来たんだ。出来る限りのことはするべきだし、若旦那からもそう言われている。

『最低限の生活……でしょうか』

『それは勿論です。お金も好きに使ってください』

無欲さに驚いた。遠慮しているようには見えない。本当にないのだ。話が済むとすぐに掃除を始め、呆気に取られている間に仕事で呼ばれ、帰ってくるともう家は来たばかりの時のように片付いていた。

『……挨拶など必要だったのですね。至らず申し訳ないです』

『いえ、お気になさらず』

アンナさんは出来る人だった。何でも完璧にこなしていた。村出身で色々あって商会に嫁いだのだとは聞いていたが、まさかここまで有能だとは。気がつけば、侯爵領の生活に馴染み、仕事に忙殺されている自分を完全に支えてくれる流れを作り上げていた。家が寮のようだった。仕事に精を出しやすく、とてもありがたかった。

『本邸のメイドが足りないらしく……』

『わかりました。行って参ります』

どうしても断れなくて請け負ってしまっても、アンナさんは一切文句を言わなかった。まずは話してみるだけのつもりが、すぐに準備し始めてしまった。流石の仕事ぶりで、メイド長から主君にまで褒めていただいた。自分の功績ではないから、とてもむず痒かった。その分アンナさんに感謝を伝えたら、なぜそんなに褒めるのだろうという顔をしていた。

『おかえりなさいませ』

『……ただいま帰りました』

居心地が良い訳ではないが、とても楽な生活だった。ついには遠征の指揮を取るように任され、異民族の賊の討伐を任された。

しかし、賊は予想よりかなり手強く、部下の選抜を間違えた。鎧は壊れ、腹に槍が刺さる。後ろで倒れている部下の顔に、血がかかった。

『副団長!!』

『……お前には、まだ小さい子供がいるんだろ?』

『っつ!』

痛い。熱い。生命の危機を感じる。守ったことを恥じてはいない……が。

『ぐっ……カハッ』

俺が死んだら、アンナさんはどうなるのだろうか。若旦那様からは、辺境の村に家族がいて頼れる人はほとんどいないと聞いていた。何かあったら商会に連絡するように言っていたが、俺が死んでは、アンナさんは自分から頼ろうとしないだろう……。

どうにか生きなくては、と思ったその時に目の前がブツンと途切れて。そこからの意識はない。

次の日には討伐は終わっていて、部下からはめちゃくちゃ感謝された。

『確かに腹に穴空いてたよな?』

『人間じゃねえ』

帰還まで日数がなく、どうにか気合いで馬に乗れるくらいにまで回復した。俺が帰らなかったら、アンナさんはきっと不安だろう。

『ちょ、無理しないでくださいよ?』

『辛かったら俺も残りますし』

『おーい、フクダンチョー』

痛みに耐えながら馬に乗っていたが、休憩で男爵領に立ち寄った時に限界が来た。一人で立てなくなってしまっていた時、ふわりといい香りがした。

『もし、大丈夫ですか?』

チョコレートのような髪が日に透けて、キャラメル色に光っていた。

『ああ、よかったわ。今、他の騎士様たちを呼んできますから』

彼女は小鳥の囀りのような澄んだ声でそう言って、小走りで去っていく。夢でも見ているのかと思った。

『副団長!! ちょ、大丈夫すか!?』

『やっぱり辛いんじゃないですか!!』

『つ、連れて、きましたっ!』

息を切らしてまで、走って呼んできてくれたらしい。自分より年下の、少女が……。不甲斐ない。

『あ……ありがとう存じますっ!』

自分の未熟さを恥じて、ブワッと熱くなった。口から心臓が出そうだった。後で部下からあまりにも顔が赤すぎたと言われた。部下は走らせた。