軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愚かな男(テディ視点)

「王家からのお達しだ」

執務室内に父上の言葉がこだまする。隣にいる母上が体を強張らせた。

僕はそれをどこかぼんやりと聞いていた。

「王家からのお達しだ。テディは身分剥奪の上、明日移送され放逐される。場所は南大陸だ」

「な、なぜテディを南大陸まで!!」

「セラフィーナ嬢は外交官夫人として今後は中央を回ることになる。同じ大陸では生ぬるいと王家

が判断した。しかも持てるのは銀貨一枚と簡素な衣服のみだ」

「そんなっ!!それじゃテディにのたれ死ねと言っているようなものだわ!言葉も何もかも違う大陸でどうやって生活していけというの?!」

「それはお前が散々やった金でテディがよからぬ場所に入り浸ったせいだ!小金を持たせると同じことを繰り返すと王家はお考えだ。銀貨一枚あれば市井で三日は過ごせる。その間に身を立てよとな!」

父上の言葉に母上が悲鳴をあげる。

それがどこか他人事のように聞こえる。

「それだけではない。私達は隠居しモルガンの爵位は弟夫婦に譲られる」

「義弟ご夫妻にはお子がいないわ!」

「弟夫婦は代理だ。セディを養子にしてもらい、成人したらセディがモルガン侯爵家を継ぐ。私達はこの先、領地の屋敷から一歩も出ることはできない」

「そ、それなら私もテディと一緒に行くわ!」

「駄目だ。お前はもう二度とテディと会うことは許されない。これは決定事項だ」

「ひどいわ!!なぜなの?!なぜこんな目に!!」

父上が両手でテーブルをバンッと叩いた。

「まだわからないのか!!いい加減にしろ!!接近禁止令が出ているにも関わらず、王家に嫁ぐことが決まったセラフィーナにテディが乱暴を働いた結果だ!!王家の命令に背いたんだ!」

「で、でもセラフィちゃんはテディの婚約者だわ!」

「元婚約者だ!我が家とはもう何の繋がりもない女性だ!あのときの彼女の悲痛な叫びが聞こえなかったのか!?言っていただろう!テディとの婚約は望んでいなかったと!破棄されて歓喜したと!テディのことが大嫌いだと!!」

その言葉が胸に突き刺さる。

セラフィーナに初めて会ったとき。

引き込まれるようなダークブルーの大きな瞳が印象的だったんだ。

ぼくを置いていこうとするから髪を引っ張ってやった。そしたら大きな瞳から綺麗なしずくが落ちてきた。

それがまた見たくて、何度も引っ張った。ひどいことを言った。そうすると、何度もしずくが見れたからだ。

そのうちセラフィーナが家に来なくなってしまった。異国の地を回っているらしい。そんなことに何の意味があるのか。つまらない。

年月を重ねるとセラフィーナが僕の婚約者になった。ダウナー家からの要望らしい。

母上が喜んでいる。「セラフィちゃんはテディのことが好きなのね」その言葉に気分がよくなる。

そうか、セラフィーナは僕が好きなんだ。

なら婚約者になってやろう。そしてまたあの大きな瞳から雫を垂らしてやろう。きっと綺麗だから。何よりも僕が欲しいものだから。

だが婚約者になったというのにセラフィーナに手紙を出しても返事はなく、会いにも来ない。

僕のことが好きで婚約したくせに。なんで僕の言うことをきかないんだ!それがすごく腹立たしい。あの瞳を服従させてやる。そう思い続けた。

学園に入ってからのセラフィーナは人相ががらりと変わってしまった。

セラフィーナへの興味が薄れる。だがあの瞳を思い起こす。だから苛立ちをぶつける。

なのにずっと雫を見ていない。

本当に婚約破棄するつもりなどなかった。

マリエラに嫉妬したセラフィーナを問い詰めれば、雫が見られると思ったんだ。

なのに!レオナルドに邪魔された!

あげくに接近禁止令だと!?セラフィーナに会うなということか!馬鹿な!!きっと王家がセラフィーナに目をつけたんだ!

だが渡さない。

機会を見つけ、セラフィーナを奪い返してやる。

「セラフィーナは僕との婚約を望んでいます!こんなのはおかしい!」

セラフィーナは僕のことが好きなんだ。

だから僕が婚約破棄するまで、ずっと婚約者だったんだ。

そう思っていた。けれど。

「子供のころから傲慢で我儘で暴力を振るうテディ様が大嫌いだった!大嫌いだったのよ!!」

「いいか、よく聞け。お前の勘違いだ」

「やめて!名前を呼ばないで!」

「お前の独りよがりな思いなど」

見つめ合う二人を目の当たりにしてやっとわかった。

セラフィーナが好きなのは僕じゃない。

レオナルドだったんだ。

レオナルドの腕の中に収まっているセラフィーナは、それを望んでいたのか。僕との婚約は望んでいなかったのか。

僕は綺麗な雫が落ちるのを見たかったんだ。

だけどあんなふうに幸せそうな大きな瞳も見たかったんだ。

ぼくは……ぼくは………

執務室から出るとセディが廊下の壁にもたれてこちらを見ていた。

僕達兄弟はよく似ていると言われる。けれどセディはとても冷静な目をしていて、見透かされているような気がして、四つも下のはずなのに苦々しく思っていた。

「今さら気づいても遅い」

セディの言葉に首を傾げる。

意味がわからず黙って通り過ぎようとしたが、また話しかけてきた。

「さんざん傷つけておいて、自分のことが好きだとか。ありえない」

その言葉に心臓がドクンと音を立てる。

「あんたのやってきたことは、ただ嫌われる行為だ。だから失くしてしまったんだ。失くしてしまったものはもう戻らない。いくら自分の気持ちに気づいても。もう遅い」

セディは僕に背中を向けて歩き出した。

「せっかく自分の手元にあったのに。愚かな男だ」

部屋で一人、ベッドに腰かける。

セディの言葉がぐるぐる回る。

ぽたんぽたんと涙が溢れ落ちる。

“自分の気持ちに気づいても”

そうか。僕はセラフィーナが好きだったんだ。ずっと、ずっと。初めて会ったときから。あの綺麗な泣き顔を見たときから。

“せっかく手元にあったのに”

そうだ。僕達は婚約していた。もしセラフィーナを大切にしていたら、今頃は僕の腕の中にいただろうか。レオナルドの腕の中で幸せそうに微笑んでいた。あれが自分に向けられていただろうか。

“失くしてしまったものは戻らない”

レオナルドに奪われてしまった。ちがう。僕が遠ざけた。

綺麗な涙が見たかったんだ。

でもそれ以上に、僕に向けて幸せそうに微笑んでほしかったんだ。

やっと、やっとわかったんだ。

セラフィーナ……

翌日、凪いだ瞳を見せるテディが静かに馬車に乗り込んで行った。