軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

サイプレスの空に誓って

婚約披露パーティーまで残すところいよいよ三日と迫った日、サイプレス帝国のエメレーンが到着した。

「会いたかったぞ、ティア。さあ、かわいい顔を見せてくれ」

エメレーンは極上の笑みを浮かべ、ティターニアの手を取りキスを落とした。そのしぐさが素晴らしく似合っている。その辺の男性など蹴散らす格好良さだ。

エメレーンは男装の麗人だった。

燃えるような真っ赤な髪は大きく波をうち胸の下まである。キリッと引き締まった顔立ちに、びっしりと睫毛に覆われた金の瞳は強い意志を感じさせる。

金糸の入った黒い騎士服姿は細身ながらおうとつがしっかりあるのがわかり、手足の長さを強調していてスタイルの良さが際立っている。

迫力ある美人というのはまさにこの方のことだろう。あまりの凛々しさにセラフィーナはドキドキした。

「おい、エメ!ティアから離れろ!」

「なんだ、嫉妬深い男は嫌われるぞ。ティアとは久しぶりなのだ。私の好きにさせろ」

「そう言ってやるな、エメレーン。兄上は羨ましいだけだ」

仲の良い幼馴染みという言葉がしっくりくる三人のやり取りだ。

「ふふふ。お久しぶりです、エメ様。私もお会いできるのを楽しみにしてました」

嬉しそうに微笑みを浮かべるティターニアにエメレーンは満足そうに頷く。

だが少し後ろに控えているセラフィーナにふと目をやって、怪訝な顔をした。

「ああ。エメ、紹介しよう。コクーンからの客人でティアの話し相手のフィーナ嬢だ」

「お初にお目にかかります。コクーン国ガレント侯爵家が第二子フィーナにございます。どうぞお見知りおきください」

カーテシーをするセラフィーナにエメレーンはちらりと視線を向ける。

「ガレント侯爵家の者か。だがしかし……」

思案顔だったエメレーンはいきなり、とても早口なサイプレス語でアレクセイに詰め寄った。

《お前のことだ。ティアのためになることだとは思うが、変な輩は近づけるなよ。この婚姻はサイプレスにとっても重要だ。前回はこちらの落ち度だが次はないぞ》

《ああ、わかっている。そしてこれはあまり意味がない。フィーナ嬢はサイプレス語が話せる》

《なんだと?!》

エメレーンは鋭く光らせた金色の瞳で、セラフィーナを食い入るように見つめた。早口になったのはティターニアに聞かせないためだろう。

セラフィーナもエメレーンを真っ直ぐ見つめ返し、同じように早口で返す。

《ティターニア殿下のことを思えば当然のこと、お心お察しいたします。ですがわたくしには一切他意はございません。お心行くまでお調べくださっても結構です》

《……ふむ。クレイズとサイプレスを解すのか。まあよい。お前達の判断を信じよう》

エメレーンはアレクセイの肩に手を置いた後、ティターニアに優しく微笑んだ。

「かわいいティア、夕食会を楽しみにしているぞ」

エメレーンは颯爽と退出し、部屋にはいつものメンバーが残った。レオナルドがセラフィーナに近づき心配そうに瞳を覗き込む。

「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。さすがの迫力で緊張しましたが、レオナルド様が前もって教えてくれていたおかげで動揺せずにいられました。それにしても噂に違わず凛々しいお姿ですね!とても格好良いです!」

目を輝かせるセラフィーナにレオナルドは苦笑した。

「夕食会もあるが、これなら大丈夫そうだな」

「はい。大人しくしています」

夕食会はお酒も入り、皆楽しく談笑していた。

ティターニアに余計な心配をさせないようセラフィーナも時折会話に混ざったが、エメレーンに警戒されているので大人しくしている。

だがエメレーンの格好良さに、セラフィーナはついつい盗み見してしまうのだった。

翌日はセラフィーナとティターニア、エメレーンの三人でお茶会なのでバラ園に向かった。

このバラ園はティターニアの宮にあり、色とりどりの見事なバラが年中咲き誇っている。

普段でも出入りには許可が必要だが今は立入制限もされているので、ここのテラス席でお茶会を開くことにした。

ティターニアと二人で席に着いて待っているとエメレーンがやってきた。

「エメ様、ようこそお出でくださいました」

「ああ、邪魔するぞ」

三人が席に着くとリンカがお茶とお菓子を用意する。

「リンカも、ひさしぶりだな」

エメレーンはゆっくりと話しかけた。リンカの言葉の不安をわかっているのだろう。他国の侍女にも丁寧に話しかける、やっぱりとても優しい方だと思った。

リンカはにっこり笑い、流暢なクレイズ語を使った。

「はい、エメレーン様。お久しゅうございます。本日は姫様のご指示により、エメレーン様のお好きなバラの砂糖漬けをご用意いたしました。どうぞご賞味くださいませ」

今のは完璧だ!成果の賜物だ!

セラフィーナとティターニアは心の中で拍手喝采して、三人で目を合わせ笑顔で頷きあった。

驚いたのはエメレーンだ。

リンカはサイプレス語も必死で勉強していた。ある程度聞き取ることはできていたが、話すのはたどたどしかった。それがクレイズ語をここまで操れるようになるとは。

アレクセイとの婚約話が持ち上がってすぐ、二人はクレイズ語の勉強を始めた。下地があったティターニアはともかく、聞き取りができるようになっただけでも素晴らしいと思っていたのに。

「そうか。リンカ、頑張ったのだな」

目尻が下がり、優しい微笑みを浮かべるエメレーンにリンカはほんのり涙を浮かべた。

サイプレスにいたときも他国の侍女であるリンカをずっと気にかけてくれていたのだ。

「ありがとうございます、エメレーン様。これもすべて姫様とフィーナ様のおかげにございます」

「私はほとんど何もしていないわ。フィーナのおかげよ」

「いえ、リンカの努力の賜物です」

「でもあなたが教えてくれなければリンカはここまで上達しなかったわ。でもそうね。ふふふ。フィーナのあの厳しい指導にリンカは頑張ってついていったものね」

黙って聞いていたエメレーンがセラフィーナをじっと見る。

「……そなたがリンカに言葉を教えたのか?」

「はい。ですがリンカのやる気がなければここまで早く上達することはできませんでした。私はティア様とリンカの強い絆を見て、力をお貸ししただけにございます」

「………」

黙るエメレーンにティターニアが楽しそうに話す。

「エメ様、フィーナはとても素晴らしいのですよ。中央大陸と東大陸すべての言葉を話すことができるのですって。それに他国のマナーにも詳しくて、レザール様も褒めていらっしゃいました。それに王妃教育でも私を助けてくれて」

「姫様、どうぞそこまでに」

「あっ!……ご、ごめんなさい」

やっちゃった!みたいな顔をしているティターニアもかわいらしい。

本来は内密にするべきことだが。

「大丈夫ですよ、ティア様。エメレーン殿下は薄々気づいていらっしゃいます」

セラフィーナは姿勢を正してエメレーンを見つめた。

「すでにおわかりかと思いますが私は身を偽っております。本来はクレイズの一貴族であり、レオナルド殿下に私の知識を買われました。ですが今の状況下でティア様のお側に上がるには、少々身分が心許ないのです。ですので殿下方の指示のもと、こうして身を偽りティア様のお側にいることを許されております」

「中央と東の十ヵ国語すべて話せるというのは本当か?」

「はい。幼き頃より異国の地に魅せられて、必死に勉学に励みました結果にございます」

「……だとしてもすごいな」

エメレーンは小さく呟き、セラフィーナは鋭く見据えた。

「他意はないと?」

「ございません。サイプレスの空に誓って」

“サイプレスの空に誓って”

これはサイプレスでは約束を守らせるときに使う言葉だ。

サイプレスはクレイズと同様過ごしやすい気候だ。だから嘘をついたら空が怒って大雨が降り続くぞ、本当に約束を守れるのか、という意味が込められており、子供の躾から大人の約束事まで広く使われている。

その言葉を聞いたエメレーンは目を丸くした後、ふわりと表情が和らいだ。

「そうか。サイプレスの空に誓うのか。っははは!ならば信用せんとな!」

笑顔になったエメレーンを見て、セラフィーナは心から安堵した。

できればエメレーンには信用してもらいたかったのだ。最初に会った時から惹かれるものを感じている。それは初めて訪れた国がサイプレスで、セラフィーナが変わるきっかけとなった特別な国だからか、エメレーンの強い意志を感じさせる瞳に惹き付けられたからか……

その後のお茶会はとても和やかな雰囲気になった。

エメレーンとティターニアはそれぞれの近況を報告しあう。

「それでお義姉様の妹が次代の巫女姫に決定したのです」

「ほう、よかったではないか。そなたの憂いがなくなったな」

セラフィーナは疑問に思ったが口を挟まなかった。だがエメレーンがそれに気づく。

「そなた、フィーナとやらに話していないのか?」

「あ、そうでした。毎日忙しくて。ね、フィーナ。巫女姫の私がそもそもサイプレスに留学していることに疑問を持たなかった?」

「……はい、実は。巫女姫様には細かな制限がありますし、皆様十年程は務めていらっしゃいます。サイプレスに渡るのはかなり厳しい状況だったのではと思っていました」

東大陸それぞれの巫女姫は、どの国でもとても敬われている。王家に匹敵するほどの人気だ。なので神殿が結託して巫女姫を担ぎ上げ、国家転覆とならないよう制限がかけられている。巫女姫は自国以外の言葉を覚えることができない、別の国に入国できない、などだ。

東大陸内での制限なので海を渡ったサイプレスは対象ではないが、法律の抜け穴みたいなものだ。

「ふふふ。よく知っているわね。さすがだわ。本来なら私も十年程は務めるはずだったの。でもね……数年前、王太子であるお兄様はずっとお好きだったご令嬢とご成婚されたの。お二人はとても仲が良いのよ。でもお義姉様のご実家が伯爵家だったから後ろ楯が弱くてとても苦労されていたわ」

ティターニアはふうっと息を吐いた。

「お義姉様は私にとてもよくしてくださったわ。でも後ろ楯が弱いお義姉様と巫女姫の私では、皆私を優先してしまうの。だから私がいなくなってお義姉様の妹が次代の巫女姫になれば、お義姉様にも強い後ろ楯ができると思って。でも東大陸内は移動できないから、思い切って海を渡ってしまおうって決めたの」

ティターニアは笑顔で続けた。

「その後はリンカと二人で必死にサイプレス語を勉強したわ。お兄様にも最初は反対されたけど、最後は折れてくれた。ふふ。まさかアレクセイ様に見初められてクレイズまで来るとは思わなかったけど。ふふふ」

ティターニアは笑って話しているが、それほど簡単な話ではないだろう。

巫女姫として敬われながら裏で国を出る決断をし、語学の勉強をしつつ、根回しと説得を繰り返して……。

いつも穏やかで笑顔を絶やさないティターニアの芯の強さを垣間見ることができた。

「それで次代に妹君が選ばれたことが、ティア様の憂いを払ってくれたというわけですね」

「ええ!こんなに早く進むとは思っていなかったわ。エメ様とアレクセイ様が尽力してくれたおかげよ」

「そうですね。ティア様の願いが叶ってよかったです。勇気ある、素晴らしいご決断をされたと思います」

「そうね。色々あったけどよい決断だったと思うわ」

その時ガサッという音が聞こえ、皆がそちらに視線を向ける。

「やあ、お嬢さん方」

ド派手な男が声を掛けてきた。