作品タイトル不明
592.出口
それに気づいた俺は、ますます、まずは一回出ようと思った。
階段を上っていくと、すぐに外に出ることが出来た。
まるで今まで、俺がそれに気づくのを待っていたとでもいうかのように、気づいた後に一階分上っただけで外に出られた。
表に出たそこは、見覚えのある場所だった。
一時期住んでいて、すぐに住み替えて住まなくなった場所。
住まなくなって、維持だけはしている場所。
月2万ピロの、あの安アパートだ。
階段を出たら、そのアパートの中にいた。
「ここに出るのか……ああ、そっか」
ここが、まさにそうだということだ。
初めてこの世界に来て、頑張った分のお金で手に入れた住み家。
頑張ればかなう、という形を俺が叶えた初めての場所だ。
そう考えると、ここに出るのは当たり前の様な気がする。
そして、俺がずっとこの部屋を維持し続けたのも、この時のためのような、そんな気がしてきた。
「……それはこじつけが過ぎるか」
俺は苦笑いした。
いきなりサトニウムが出来て、それで混乱してるせいで、思考がいろいろ飛躍してるのかもしれない。
俺は苦笑いしつつ、エミリーが今でも手入れしてくれてるその部屋を出た。
シクロの街は、今日も賑やかだった。
俺が転移してきた直後に比べると、更に賑やかになって、繁栄している。
人々も笑っている。
サトニウムがこの繁栄に更に寄与するのかな。
そうなればいいな。
働く人がちゃんと報われるような場所に、もっともっとなっていけばいいな。
そう考えていると。
「あれ? 珍しいね」
「え?」
「街中で会うのはずいぶん久しぶりかな?」
声の方を向くと、そこにいたのはネプチューンと、彼といつも一緒にいるランとリル、その三人だった。
ネプチューンは二人に左右から腕を組まれながら、こっちに近づいてくる。
「このあたりにいてどうかしたの? ニホニウムとなにかある?」
「ああ、いや。そういうわけじゃないんだ」
ネプチューンは俺がニホニウム攻略してる事は知っているが、攻略したその後の展開を知らない。
さて、それをどう説明するべきか……と、考えていると。
「あれ?」
ネプチューンは何かに気づいたような表情で、俺をじろじろと見た。
「な、なんだ?」
「君……なんか雰囲気が変わった?」
「え?」
俺はどきっとした。
まさか、と思った。
このタイミングでそれを言われると、心当たりが一つしかない。
いやでも、そんなピンポイントに言い当てられるなんて――。
「ハイドロジェンとオキシジンと似てる……、だよね」
「言われて見れば」
「似ているわね、たしかに」
彼と一緒にいる、ランとリルは珍しく、突っかかって来るではなく、冷静に俺を見つめながらそう応えた。
水素のハイドロジェンと、酸素のオキシジン。
ランとリルがハイドロジェンの精霊付きで、ネプチューンはオキシジンの精霊付き。
それでいていつも三人で一緒にいるから、俺は彼らの事をこっそりとH2Oトリオって心のなかで呼んでいる。
精霊付きっていうことは、彼らは――。
「うん、やっぱり似てる。あの時あった精霊と」
「えっと……」
「君………………………………精霊になった?」
ネプチューンの言葉の、「君」から次の言葉までの間が大分あった。
それは彼の迷いを表しているようだ。
さすがにこんなことは普通馬鹿らしくて言えない。
同時に、彼が優れた冒険者であることをも表している。
目の前に起きている事を、常識の枠に捕らわれずに、見えている事実のみで判断できるということ。
俺は感心しながら、静かにうなずき。
「まだはっきりしないけど、そうかもしれない」
と答えた。
「……あはは、すごいねキミ。やっぱりすごいよ」
ネプチューンは、何故か大喜びした。