作品タイトル不明
590.サトニウム
「まずい、ぼうっとしてる場合じゃない」
モンスターを目の前にぼけっとするのはまずい、まずは回避して小手調べに攻撃してみないと。
そう思ってよけつつ拳銃を取り出して、銃口を突きつけてみたのだが。
「……あれ?」
回避と攻撃の手を止めた。
様子がおかしい。
事務のお局様は動いていないからだ。
モンスターなら何か攻撃してくるだろうと思って、大抵の攻撃には対応出来るように身構えたが、何も来なくて拍子抜けした。
俺は銃を持ったまま手を下ろして、ゆっくりと事務のお局様に近づいていく。
反応はない。
手が届くほど近くまで来ても反応はなかった。
それどころかこっちも見ていない。
まるでマネキンか蝋人形の様に、生気のない目でまっすぐ前を見つめたままだ。
「なんで動かないんだ? モンスターじゃないっていうのか?」
そう独りごちたが、やっぱりモンスターだろうと思った。
何しろ脳内マップで、モンスターである事を表す光点が光りっぱなしだ。
「うーん、いや、まあ。攻撃してこないモンスターもあるか」
アルセニックなんかがそうだ。
あそこのロックシリーズはまったく攻撃してこない、それどころか動きもしない。
ただ、それでも。
岩に顔がついているって感じのロックシリーズは、目とかが動いて視線をこっちに合わせてくる。
目の前にいる事務のお局様はそれすらなくて、不気味さに拍車がかかっている。
「うーん、こういうのって真っ赤っかで三角っぽいメガネをぐいっとしたり、ネチネチいったりしてくるもんだがな。ハリセンで叩くーーのは昭和すぎるか」
自分の中のイメージが古すぎることに苦笑いーーした瞬間。
事務のお局様の姿が変わった。
それまでなかったインテリメガネをつけて、右手にハリセンをもつようになった。
そしてーー動き出す。
ハリセンを振りかぶってはたいてきた。
「おっと」
とっさに床を蹴って後ろに飛び下がって、ハリセンをかわした。
大した攻撃じゃないから、楽にかわすことが出来た。
「なんだなんだ? いきなり」
俺は拳銃を再びあげて、銃口を向けた。
かっかっと靴をならして迫ってくる事務のお局様に向けて通常弾を撃った。
小手調べの通常弾、攻撃力は低いがとにかくまっすぐ飛ぶこれを俺はいつも最初に使っている。
弱くても、相手の特殊能力があれば発動させるのと、反射とかの能力だったときに返ってくるダメージが少ないのがいい。
いわば安全策で、それで倒せるとは思っていない。
――が。
通常弾は事務のお局様を撃ち抜いた。
眉間を撃ち抜かれた事務のお局様は、まるでゾンビゲーのゾンビのように、ゆっくりと仰向けになって倒れた。
そして――消える。
モンスターのように消えた事務のお局様。
人ではなくモンスターであるという証がもう一つ増えた。
「あれ? ドロップ無し?」
事務のお局様が倒れた付近を探した。
ドロップされたっぽいものはなかった。
モンスターなら何かしらドロップするはずだ。
この世界に転移してきた俺の特殊能力、他人にはない 俺だけの能力(ユニークスキル) が、ドロップステータスS。
かつての旧ニホニウムでも、各種の種をドロップさせたほどの力だ。
それが、ドロップなし。
「どういう事なんだ……?」
俺はまわりを見回した。
さっきからずっとおかしい。
どう見てもダンジョンだ。
しかしダンジョンというには、欠けているものが多すぎる。
その中でも最たるものが、モンスターを倒してもドロップしないということ。
これはこの世界ではあり得ない。
最悪でも空気か水をドロップしてくれないと。
俺はその場に立ち止まって考えた。
さっきから起こった出来事を、一つずつ思い返して、状況を整理する。
その場でさんざん唸りながら考えていると、ふと、ある可能性が頭をよぎった。
それはニホニウムとの会話――いや。
さくらとのやりとりまでなんとなく思考が遡って、その可能性が頭に浮かんだ。
「まさかな……」
俺は苦笑いした。
それ(、、) が本当なら、ちょっと複雑どころの騒ぎじゃない。
だけど、目の前に起きた状況を考えれば、その可能性は十二分にある。
「とにかく試してみよう」
俺は目を閉じて深呼吸して、気を取り直した。
そして――イメージする。
オフィスというロケーションにあるもの。
俺がかつて勤めていた会社によくあったもの。
イメージしたあと、脳内マップに光点が増えた。
その光点を追いかけて、俺が気づいたら立っていたオフィスの様な場所に戻ると、机の下に何人もサラリーマンがいた。
ある者はタオルケットを、あるものはスーツの上着を。
そしてあるものはダンボールを。
それぞれに地面に何かを敷いたり、体にかけたりして、机の下で寝ている。
俺がイメージした、かつて当たり前の様に眺めていた――というか俺もその一員だった。
残業200時間越えのサラリーマンの姿だ。
そのサラリーマン達はまるでゾンビのように起き上がって、こっちに向かってきた。
「……」
苦笑いしつつ、拳銃を抜き放って、それぞれにヘッドショットを決めていく。
残業サラリーマン達は一人残らず眉間を撃ち抜かれて倒れる。
そして、ドロップ。
ドロップしたのは、500mlの缶。
アルコール度数が10%近いチューハイの缶。
残業に次ぐ残業でありながらそれでも薄給な、 ああいう(、、、、) サラリーマンが愛飲するスト○ングゼ○。
ゾンビサラリーマンも、ドロップしたスト○ングゼ○も。
両方、俺がイメージしたもの。
つまり、ここは。
「本当にサトニウム……ってことなのか?」