作品タイトル不明
525.信頼されている
「なるほど」
「マーガレット姫の……炭酸水」
エルザとイーナ、二人は商売人の顔で、その可能性を検討した。
「金にはなるわね」
「そうですね。特にこの炭酸水――はまだ全然知られてませんので、世間に存在が浸透するために彼女の名前を借りるのはすごくありだと思います」
「でも、ねえ」
「はい……」
そして一変、二人とも難しい顔をした。
二人がそんな顔をする意味はすぐに分かった。
いや、最初から分かって、マーガレットの名前を出した。
「バナジウムに彼女を入れるのか、って事だよな」
「ええ」
「大丈夫なんでしょうか」
「もちろん本人の意志が一番大事だ。ただ」
「ただ?」
「直前に、本人の意志関係無しに俺が決めつけてたのをやったばかりだろ」
「ええ、そうね」
「だったら、たとえトラウマに触れるかもしれなくても、ここは本人に確認するのが筋だろ。また決めつけで俺だけで色々決めてしまうのはだめだと思う」
「そうですね、その方がいいと思います」
☆
金のなる木を出て、ダンジョンの転送ゲート経由で屋敷――バナジウムダンジョンに戻ってきた。
転送部屋を出て、廊下を歩いてバナジウムを探す――までもなく向こうからやってきた。
パタパタパタ、と足音をたてて、いかにも子供の「かけっこ」って感じでやってきたバナジウム。
彼女は俺の前にやってきて、ニコニコ顔で裾をつかんできた。
「ただいま」
「……(にこっ)」
「早速で悪いんだけど……ちょっと頼みがあるんだ」
「……?」
俺はバナジウムの手を引いて、サロンにやってきて、一緒に座って目をみて話した。
「あの炭酸水、すっごくよかった。あれを売っていけば、バナジウムダンジョンの賃料にはなるはずだ」
こっちの世界に飛ばされてくる前にも、炭酸水は年々市場が拡大しているってニュースを見た。
あれにはそれほどの潜在能力がある。
「ありがとう」
「……(ぶるぶる)」
バナジウムは首を振って、それからニコッとわらった。
「こっちこそありがとう?」
「……(こくこく)」
付き合いも長くなって、彼女の言いたいことが普通に分かるようになってきた。
最初の頃に比べると、よく笑う様にもなった。
だからこそ、これを切り出すのは少し怖い……が。
今回はそれを避けて通るのはもっといけない。
そう思って、俺は意を決して切り出した。
「それで、バナジウムに頼みごとがあるんだ」
「……!」
バナジウムは小さな手でガッツポーズを作って、気合を入れるジェスチャーをした。
「あの炭酸水、マーガレット産だともっと売れるかもしれない。だから――マーガレットをダンジョンにいれて欲しい」
「……」
バナジウムはびっくりするでも、怯えるでもなく、ただ俺をじっと見た。
じっと見た後、サロンの中をぐるっと指して、質問するような目で見つめてきた。
俺は少し考えて。
「信頼できる人か? って事?」
「……(こくこく)」
「うん、信頼できる人だ」
「……(こくこく)」
さっきの頷きとはちょっと違う頷き。
だったらいい、って感じだ。
あまりにもあっさりと受け入れられて、俺は拍子抜けした。
「本当にいいのか?」
「……(にこっ)」
聞くと、バナジウムはにこりと笑った。
「おれが言うのもなんだけど――」
「おじさんわかってなーい」
さくらが現われた。
サロンに入ってきて、一直線に俺のところにやってきて――デコピンしてきた。
「痛っ、な、なんだ?」
「分かってない人にお仕置」
「わかってない?」
「本当にいいの? そんなの良いに決まってるじゃん」
「でも、なんで?」
「てい!」
もう一回デコピンされた。
「そんなの、おじさんを信頼してるからにきまってるじゃん」
「俺を信頼しているから?」
「おじさんを信頼してるから、おじさんが信頼できる人も信用する。そんなに難しい話?」
「……」
俺は黙ってしまった。
いや、全然難しい話じゃない。
むしろ普通の話だ。
「そういう……事なのか」
「……(こくこく)」
微笑みながらなんども頷くバナジウム。
その目には、俺を完全に信頼している、そんな目だった。