作品タイトル不明
522.大人と子供
そろそろ寝ようかという時に、エミリーが部屋を訪ねてきた。
「どうしたのエミリー」
「話があるです、ちょっと一緒に来るです」
「話?」
「はいです、大事な話なのです」
「そう? ……わかった」
なんの話かは分からないが、エミリーの表情は真剣だった。
よっぽど大事な話なんだろうなという事はわかったから、俺はそれ以上何も聞かずに、部屋を出て彼女についていった。
エミリーにつれられてやってきたのはサロン。
仲間達が解散した後のサロンだが、さくらとバナジウムの姿があった。
「まってたよ、ついでにバナジウムちゃんも呼んできた。話もしといた」
「ありがとうなのです」
「えっと、それで……なんの話?」
この組み合わせからして、バナジウムになんか関係のある話なんだろうな……と何となくの察しはつく。
「ヨーダさん!」
「は、はい!」
エミリーの剣幕に、思わず気圧されそうになる俺。
「バナジウムのドロップを売るです」
「……はい?」
「それじゃすっ飛ばしすぎてわかんないと思うよ。おじさん」
「はあ」
「今のままじゃ稼ぎ足んないよね」
「……まあ、な」
「それをさ、おじさんの稼ぎじゃなくて、バナジウムの水を売ってここの賃料に充てようってはなし」
なるほど、そういうことか。
前にも似たような話があった、そして俺の返事はその時と変わっていない。
「それはダメだ」
「まあ聞いてよおじさん。ダンジョンを丸ごと借り切ってるんでしょ? こっちの世界に来てまだ間もないけどさ、それでもわかるもん。普通こういうのって、借り切るにしてもそれで利益を出さないと話になんないでしょ。おじさんサラリーマンだったから分かるよね」
「まあ、な」
そこは確かにさくらのいうとおりだ。
ダンジョンを畑だと思うにしろ、店舗だと思うにしろ、工場とかそういうものだと思うにしろ。
そこは何かを生産する拠点であり、借り切るということは通常賃料以上の稼ぎを出すものだ。
「おじさんは年間十五億ピロのお金を払ってる。他の精霊とちがって、バナジウムの力を借りて金儲けするのは正当な権利じゃん?」
それもまた、さくらのいうとおりである。
だが。
「言いたい事は分かるけど、それはダメだ。ここの賃料を出すことは俺とバナジウムとの約束。彼女を他の人間から守るための約束なんだ。だからここの賃料は俺が出さなきゃいけない」
「うん、そういうと思った。だから彼女にも来てもらった」
さくらはそういい、バナジウムの肩をおした。
バナジウムはてくてくとこっちにやってきて、いつものように俺の裾を――つかまなかった。
代わりに俺の前で両手で小さくガッツポーズをして、「フンスッ!」って感じで鼻息を荒くした。
「どうした?」
「通訳したげる。私もおじさんとの生活を守りたいから、出来る事をさせて」
「……(フンスッ!)」
さくらの通訳に、バナジウムはほとんど間をおかずに同じ行動をした。
それが正しい通訳だといわんばかりの行動だ。
「えっと……」
「まだわがままいう? 精霊がはっきりとやりたいことを主張してるのに」
「むっ……」
それを言われると弱かった。
精霊のやりたいこと。
それは俺がいままで守ろうとしてきたことで、この一連の騒動のキーワードでもある事。
俺はしゃがみこんで、バナジウムに目線の高さを合わせて。
「本当にそうしたいのか?」
「……(こくこく)」
「そっか……」
バナジウム自身がそういうのなら、そうしてあげなきゃダメだな。
「ヨーダさん、なんか寂しそうな顔してるです。……でもちょっと嬉しそう?」
「おじさんは大人だからね」
「大人なのです?」
「子供だと思ってた相手に独り立ちみたいな事をされるとああなるの。ちなみに子供は大人に守られてるだけなのを嫌がるから」
「はあ……なのです」
さくらとエミリーのやりとりも、実はちょっとグサッときた。
バナジウムを子供扱いしすぎてた、か。
「話は分かった。バナジウムのドロップを売るとなると水だが、その水をどうするのかだな」
「水素水にして売ろうよ、H6Oくらいの感じの」
「それはやめよう!? ハイドロジェンあたりがネプチューン使って怒鳴り込んできそうだ」
ただでさえ、精霊達が次々と主張を始めて大混乱している最中だ。
H6Oなんて言い出したらネプチューン辺りから新たな問題が発生する可能性がきわめて大だ。
「まあ、それは冗談だけどさ」
「冗談に聞こえなかったぞ」
「あたりまえじゃん。あんなのにひっかかるほどバカじゃないって」
「いやまあ……ノーコメントだけど」
水素水の事は一旦完全に頭から追い出して、考える。
「やっぱり品種改良して、クロムにない水を作った方が一番の手だな」
「ふむふむ……ねえおじさん。おじさんって例のビールの店よくいってるよね」
「うん? ビラディエーチか? そこがどうかしたのか?」
「思ったんだけど、こっちの世界に炭酸水ってある?」
「炭酸水か……エミリー、どうなんだ?」
「初めてきくです」
「バナジウムは?」
「……(ぷるぷる)」
エミリーもバナジウムも知らないと答えた。
いけるのか? それで。