軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

132.有害と無害

銃口を突きつけつつ、そいつをもっとよく観察した。

フォルムは犬だが、サイズが大きい、セントバーナードのような大型犬よりも更に一回り大きい。

大体ポニーくらいの大きさだ。

毛皮は汚れているからはっきりと分からないけど、多分地は灰色かなんかだろう。

顔はキリッとしてれば勇ましいか獰猛か、そんな感じの作りだが、ハの字になってる眉やらうるうるしている目やら、困り果てている人間にしか見えない。

本当にモンスターなのか?

「殺さないで。そうだ、いいものをあげる」

犬はそう言って、俺が剥ぎ取った布をガサゴソとし出した。そこから一枚の汚れた紙を取り出す。

「見逃してくれたらこれをあげる。人間さんにはこれすごく価値があるんだよね」

「それは……千ピロ札?」

犬が取り出したのはボロボロで、あっちこっち汚れている千ピロの紙幣だった。

「うん! すごく前に拾ったものなんだ? 人間さんはこれでご飯を食べられるよね」

「そりゃ……食べられるけど……」

「だったらこれをあげる! そのかわりぼくを見逃して」

困った、俺は困った。

というか困り果てた。

目の前のモンスターらしき犬がしゃべれるのだけでも驚きだったんだが、その上モンスターにありがちな攻撃性とかはまったく無くて、更に命乞いまでしてくる。

その命乞いの方法がまた困る。大分前に拾ったという、ずっと大事に持っていたボロボロの千ピロ紙幣。

こいつ……一体どういう事なんだ?

ぎゅるるるるる。

まわりにも聞こえるくらい大きな音が鳴った。

犬の腹から出た空腹の音だ。

「うぅ……」

「……はら、減ってるのか」

「うん……でも大丈夫! もうゴミをあさったりしないから。見逃してくれたらすぐにこの街を出るから! 本当だよ、信じて!」

更に必死にアピールしてくる犬。

俺は銃を下ろした。

撃つ気には、まったくなれなかった。

裏路地に移動した俺と犬。

「ほ、本当にいいの?」

犬はおそるおそるって顔で俺を見あげた。

地面に肉が置かれている。犬をその場に待たせて、近くの店で買ってきた生肉だ。

犬の図体もあって、三キロ分まとめて買ってきた肉の塊だ。

値段は一万ピロ。グラム350ピロだけどちょっとオマケしてもらえた。

「肉は嫌いか? それとも生は食べられないとかか?」

「そ、そんな事ないよ! 食べものならなんでも食べられるよ」

さっき街中でみたクリプトン産のネギを思い出したが、目の前の犬が可哀想でいじる気にはなれなかった。

「なら食べろ、遠慮しないでいい」

「……本当に?」

「本当だ」

「じゃ、じゃあ……」

犬はやっぱりおそるおそると、俺をちらちらみながら肉にかじりついた。

元々食べさせるためにかってきたのだから、食べるのを普通に見守った。

犬は終始俺を気にしながらも、肉をペロリと完食した。

「ありがとう、美味しかったです」

「足りたか? 何だったらもうちょっと買ってくるぞ」

「だ、大丈夫! もう一ヶ月分食べたから」

「一ヶ月分?」

「うん、普段は人間さんのゴミをあさってるんだけど、こんなにお肉があるなんて事はないから」

「やっぱりお前がゴミあさりしてたのか」

「あっ、ごめんなさいごめんなさい」

「なんでゴミををあさってた……のかはみて分かるけど」

そう、みてて分かる。

モンスターかもしれない巨大な犬でしゃべれるが、本質はもっと違うところにある。

ボロボロの布をまとい、ひっそりと人の目から隠れるようにしながらゴミをあさり、拾ったたった一枚の紙幣を後生大事に持っている。

ホームレス、っていう言葉が頭の中に浮かんだ。

「そもそもお前はなんだ? モンスターなのか?」

「多分」

「多分?」

「わからないの、ずっと前なんだけどね、気がついたらこことは違う別の街の中にいたんだ」

「じゃあモンスターじゃないかも知れないって事だ」

「でもそうだと思う。たまに見つかって、その時いつも人間さんに『サーベラスのハグレモノが出たぞ』って言われるんだ。ハグレモノって、街中に出たモンスターの事だよね」

「正確には少しちがうが、そうだな」

どうやらこの犬はサーベラスってモンスターのハグレモノらしい。

発見した複数の人間がそういうのだから、それは間違いないんだろう。

「ハグレモノって人間さんに見つかると殺されちゃうからずっと隠れてたんだ。でも同じ街にいると見つかっちゃうから、いろんな街を移動してたの。この街は人間さんも多くて食べ物も探しやすいから、つい嬉しくなってあっちこっちのゴミをあさってしまったんだ……」

「それで最近フランケンシュタインがよく出るようになったのか」

「それで人間さんについていってダンジョンでお仕事とかも考えたけど、ハグレモノはダンジョンに入ると消えちゃうって聞いたから、怖くていけないんだ」

「あぁ……」

そうだよな。

サーベラスが本当にハグレモノなら、ダンジョンに入って稼ぐことは出来ないんだよな。

この世界で一番人気があって当たり前の職業に就けないんだよな、

「ごめんなさい。すぐに街を出ていくから。ぼくを殺さないで」

また命乞いをされた。

いわれなくても、もう退治する気にはまったくなれなかった。

自分の正体もよく分からず、流浪の生活を強いられるサーベラスをどうにかするなんて出来なかった。

「ありがとう人間さん。ごちそう様でした。これ人間さんにあげる」

サーベラスはさっきも見せた、千ピロの紙幣を俺の前に置いて、それから身を翻して歩き出した。

正体を隠すためのボロい布を咥えて、裏路地に向かって進んでいく。

このまま行かせていいのか? でも呼び止めてどうにか出来るのか?

なんて、俺が迷っていると。

「わわ!」

「げっ、ハグレモノかよ!」

路地の向こうから冒険者が現われた。

エミリーモデルのハンマーを担ぎ、魔法カートを押してる男の冒険者。

ダンジョン帰りでこれから買い取り屋に行く途中、そんな感じの冒険者。

出会い頭の一人と一頭は両方止まってしまった。

先に動いたのは冒険者。男はハンマーを横に振った。

ハンマーはサーベラスに直撃した、ポニーサイズの体が真横に吹っ飛ばされ、壁に頭を突っ込んで体が地面に崩れ落ちた。

「なんだよわいじゃないか。びっくりさせんなよまったく」

男はぶつぶつ文句を言いながら、魔法カートを押しながらスタスタと立ち去った。

ハグレモノと出会っても倒さない冒険者は非常に多い。なぜならハグレモノは一切アイテムをドロップしないからだ。

ダンジョン協会から報奨金が出たり依頼されたりしたらやるが、そうじゃない場合は見かけても倒さない事が多い。

この世界における大多数の冒険者はそうで、男もサーベラスにとりあえず一撃を加えた後、そそくさとこの場から立ち去った。

一方、ハンマーで殴られて壁に突っ込んだサーベラスはびくりともしなかった。

死んではいない、モンスター……ハグレモノなら死んだらすぐに消えるはずだ。

だから死んではないと判断した。

その判断は正しかった。しばらくしてサーベラスはゆらり、と立ち上がった。

「おい大丈夫か」

駆け寄ろうとしたおれ、一歩踏み出した瞬間止まった。

この時は何も考えてなかった、何か兆候があったわけではない。

でも止まった、そして両腕を顔の前でクロスさせた。

そうしたのは勘。

勘というのは積み上げた人生経験から来る瞬間的総合判断である。

その勘が、俺に防御態勢を取らせた。

次の瞬間、サーベラスが猛烈な勢いで突進してきた。

クロスでガードした俺の体ごと吹っ飛ばした。

真後ろにすっとんで行く俺、裏路地からはじき出されて、建物に衝突した。

「きゃあああ!」

「何が起きた!」

街の住民が悲鳴を上げる、通行人に緊張が走る。

裏路地からサーベラスが飛び出してきた、今度は口を開けて俺にかみついた。

両手を突き出す、かみつく口の上下をがっちり受け止める。

鋭い牙がちょっと手のひらにめり込んできた、痛い。

「がるるるるる」

サーベラスは低いうなり声を上げながら、更にあごに力を込めた。

「サーベラスだ! 魔犬のハグレモノが出たぞ!」

「おい誰か冒険者呼んでこい、ダンジョン協会でもいい」

「待て、あれはリョータ・サトウだ」

「リョータファミリーのボスか」

「冒険者が嫌がってやりたがらないハグレモノ退治をするって噂の?」

まわりからいろんな声が聞こえた。俺を応援したり持ち上げてくる声もある中、視界の外れに冒険者を呼びに行くらしきやつの姿を見つけた。

まずい、早くケリをつけないと。

普通の冒険者ならハグレモノは見逃すが、こういう時呼ばれて来た冒険者は最後まできっちりと倒す。

不遇の流浪生活を強いられるサーベラスに同情した俺は、こいつが殺される光景なんて見たくない。

冒険者が来る前に何とかしないと。

「がるるるる」

サーベラスは血走った目をしていた。

壁に頭を打ち付けたせいか、正気をなくしている様だ。

――だったら!

口から手を離して、一瞬だけ飛び退いた。

銃を抜き、弾を装填して構える。

サーベラスは更に飛び込んでくる、早い! 速度はAくらいは普通にある。

猛烈な飛び込みに、俺は冷静なまま銃を撃つ。

二丁拳銃からマシマシの回復弾――それが空中でぶつかって融合した睡眠弾。

まっすぐ飛び込んでくるサーベラスに睡眠弾が直撃。

血走った目が瞬時に白目を剥いた。

ついた勢いのまま飛び込んでくるサーベラスを抱き留めた。

睡眠弾の効果は抜群、さっきまで血走った目でうなり声を上げていたサーベラスは、俺の腕の中で鼻提灯を膨らませて寝息を立てはじめていた。

「なんだ、キミがここにいたのか」

聞き覚えのある声と共に現われたのはネプチューンだった。

ネプチューン一家のリーダー、実力と名声を兼ね備えた冒険者。

その後ろにランとリルって女も一緒に来てる。前にみたときは二人の歌声でネプチューンがパワーアップしていた。

つまりは本気。

もうちょっと遅かったらサーベラスはこいつにやられてたかもしれない。

「キミがいるんだったらぼくが急いで来る必要はなかったね。ところでいつまでそれを抱いてるんだ?」

「え? ああ……そうだな……。どうしたもんか……」

「それよりもぼくの方を抱いたほうが楽だし楽しいよ」

「お前ぜったいホモだろ!!!」

盛大に突っ込むとネプチューンはあははと屈託なく笑った。

「そんな事ないってば。ぼくはちゃんと女の子が好きなんだから。ね、ラン、リル」

仲間の二人に同意を求めるネプチューン。

「でも本当にどうしたの? ハグレモノなんだからさっさと倒しなよ。そうしないとギャラリーが満足しないよ?」

「……こいつは倒さない」

「どうして?」

「……」

「こたえない、か。じゃあ飼うんだね」

「飼っていいのか?」

まるで当たり前のようにいうネプチューンに俺はびっくりした。

「ハグレモノだぞ」

「飼い慣らせるならね。そもそもハグレモノだからって必ず退治しなきゃいけないって事はないよ。魔法カートの新車種に何回も関わったキミならよく知っているはずだ」

そうだった。

魔法カートについた計算機能や転送機能、あれはアルセニックの岩モンスターを使ってる。

攻撃は絶対にしない、故にハグレモノになっても無害な岩を普通に使ってる。

ハグレモノを退治するのは暴れて危険だからだ。

「危険が無いって認められるんなら、もっと言えば危険でもちゃんと押さえられるって認められたら」

ネプチューンはにやりと口角を片方だけ持ち上げた。

「何もドロップしないハグレモノをわざわざ狩る物好きなんていないよ」

当たり前の事だけど、目からうろこな気分だった。