軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第91話 野生の亜人が現れた

逃げるように飛び出してしまった瀬衣は空を見上げて黄昏ていた。

つい勢いに任せて逃げてしまったが、よく考えなくても結構無礼だったかもしれない。

しかし、あのままあの場にいると本当に流れで熊姫と婚約させられていただろうし、どちらが正しいかなど終わってみないと分からないのだ。

しかしエリクサーを守護竜に使うという名目で出てきたものの、今エリクサーを持っているのはカイネコだ。自分ではない。

つまりこれでは本当に逃げただけで、やる事が全くなかった。

こりゃ失敗したなあ、と今更ながら額を抑える。

「瀬衣!」

そうしているとテントからクルスやウィルゴ、ガンツやフリードリヒといった他の面々も出てくる。

クルスは瀬衣の近くまで寄ると、怒ったように声を発した。

とはいっても怒っているフリであって本気で怒っているわけではないという事は何となく声の調子で分かってしまう。

「いけませんよ。あのように皇帝の御前から許可なく退室しては。

ベアー皇が能天気……もとい、おおらかな方だからいいものの、他の王の前でやれば最悪無礼者として牢に投獄されかねません。特に吸血姫などに同じ事をやれば死罪にされてもおかしくないのですよ」

「す、すみません」

「いやまあ、今回はそれで助かったというか……とりあえず次からは絶対にやらないように。いいですね」

今回は国を救った功績もあり無罪となったが、本来ならばやってはならない事だ。

その事を厳しく指摘され、瀬衣は項垂れる。

そんな瀬衣の様子に、とりあえずこのくらいでいいかと判断したクルスは軽く咳払いをすると、これ以上の追及を止めて話を切り替える事にした。

「さて、それでは守護竜様の元へ向かいましょう。こうしている間にも守護竜様は苦しんでおられるはずですからね」

「うむ、異論はない」

クルスの言葉にカイネコも賛同し、一行はカイネコ先導の元歩き始めた。

守護竜の居場所は国のトップシークレットだ。したがってカイネコ以外は誰も守護竜の位置を知らない。

しかし瀬衣達は国を救った英雄であり、隠す必要もないと思われたのだろう。

カイネコはさも当然のように瀬衣達を連れたまま歩き、やがて一行は森の中へと足を踏み入れる。

瀬衣もここには見覚えがあり、間違いなく最初に恐竜が出てきたあの森だ。

木々の間から日差しが差し込み、鳥のさえずる音色が聞こえてくる。

キラキラと輝いているのはマナだろうか?

人の手が加わっていない自然というのはそれだけで神秘的であり、幻想的だ。

そこにマナの輝きが加わっているのだから、現実離れした空間となっても不思議はないのかもしれない。

ふと顔をあげれば人間サイズの蝶がヒラヒラと飛び、人の腹まで届くサイズの小鳥のような何かがピョンピョンと跳んでいる。

……いや、でかいよ。せっかく幻想的な光景だったのにいきなり魔物の巣窟に見えてきたよ。

それよりも興味深いのは、森に踏み入ってから目に見えてウィルゴが上機嫌になった事か。

今にも鼻歌でも歌いだしそうなくらいで、楽しそうに森を見まわしている。

「ウィルゴさん、森が好きなの?」

「ウィルゴでいいですよ。さん付けは何だかくすぐったいので」

「あ、うん、わかった。それで、妙に機嫌がいいみたいだけど」

「ええ。私、物心付いた時から森で暮らしていましたから。

普通の天翼族は山の上が好きだってよく聞きますけど、私は森の方が落ち着きます」

獣人は草原に住み天翼族は高山に住む。

ドワーフは洞窟を好み、フローレシエンシスは決まった住処を持たずに放浪する。

人間はどこにでも町を作り、吸血鬼は闇に棲む。

そしてエルフは森の中……これがミズガルズにおいて一般的に知られている七人類の主要生息地だ。

そう言われる事からも分かるように本来天翼族は森ではなく山の住人である。

山、というよりは単純に高い場所が好きなのだろう。ルファスもその例に漏れずかつて建設した居城は天まで届く塔であった。

その中にあって、ウィルゴはなかなか珍しい天翼族なのかもしれない。

「それは珍しいですね。天翼族はマナの溢れる森をあまり好まないはずなのですが」

「それもよく聞くんですけど、私はあんまりそういうの気にならないみたいです」

「ほう、随分と興味深い。もしかしたらウィルゴさんはご両親のどちらかがマナを豊富に取り込んでいたのかもしれませんね」

「そうなんですか?」

クルスが指を立て、マナを嫌わない天翼族の数少ない例外について語る。

「ええ、親が多くのマナを取り込んでいた場合、天翼族の中にも稀にマナを嫌わない者が現れます。

例えば彼のルファス・マファールなどは我らエルフですら立ち入る事に躊躇する高濃度の マナの只中(ヘルヘイム) にすら顔色一つ変えずに踏み込んだという記録が残っていますから」

「でもウィルゴの翼は真っ白ですよ?」

「マナによる変化は必ずしも外面に現れるとは限りません。ルファス・マファールの両親も普通の白翼だったと言われています」

クルスの説明を聞き、瀬衣が思い出したのはメグレズの語った仮説だ。

そういえばメグレズも、ルファスの遠い祖先が禁断の実を食したが実際にそれが外面に出てしまったのはルファスだけだった、と推測していた。

ウィルゴは恐らくその逆パターンで、親がマナを取り込んだのが外面には現れずに純白の翼を保っているケースなのだろう。

しかしそうなると気になるのはウィルゴの親の正体だ。

娘であるウィルゴがこうしてマナに一切の拒否感を示さず、それどころか森の中が好きだとまで言う以上、親は相当量のマナを取り込んでいる計算になる。

つまり、ウィルゴの両親、あるいは親のどちらかは二百年前に存在していたという英傑の誰かという可能性が非常に高いのだ。

「着いたぞ。この先だ」

そうして話している間に目的地に到着したらしい。

先頭を歩くカイネコが声をあげ、歩調を早める。

それに合わせて瀬衣達も進み、開けた空間へと出た。

そこは不自然なまでに木が生えておらず、竜が住みやすいのように自然の側から円形の空間を作ったかのような場所だ。

柔らかな草が地面に生い茂り、平常時であればさぞ絵になった場所なのだろう。

だがその場所へ立ち入った瀬衣達がまず感じたのは戦慄と驚愕であった。

地面に横たわる、全長にして五十mを超えるだろう巨体。

それはまさしく幻想の中に生きるドラゴンそのものの出で立ちであり、青い鱗も普段ならば日光を反射して神々しく輝いているに違いない。

だが今、その巨躯は激しく傷付いていた。

鱗は罅割れ、至る箇所から流血し、息も絶え絶えだ。

病気による影響? いや、違う。病気だけでこうはならない。

それを証明するように竜の上には四人の影が立っており、今瀬衣達に気付いたように顔をあげた。

「おや、こんな森の中にお客さんとは珍しい」

まず最初に声を発したのは異形の女であった。

上半身のシルエットは人のそれなのだが身体の表面には鱗が生え揃い、下半身は蛇となっている。

ラミア、と呼ばれる魔物の一種でありその知性は人間にも決して劣っていないと言われている。

だが現在の人類の定義では魔物に分類され、迫害を受けている一族だ。

「どうやら守護竜の病気を治しにきたみたいなんだな。でも無駄なんだな」

次に声を発したのは魚の頭を持つ怪物であった。

こちらは人魚と呼ばれる魔物であり、雄は上半身が魚、雌は下半身が魚という特徴を持っている。

人間との共存も不可能ではないと長年言われておきながら未だに魔物にカテゴライズされ、今では海の中で独自の文化を築いているとも言われている。

「去れ、少年達よ。俺達の目的はお前達ではない」

次いで声を発したその存在に、思わず瀬衣は悲鳴をあげそうになった。

虫――であった!

身体の全体的なシルエットこそ人間に酷似しているがその頭部は蜘蛛のそれであり、更に背中からは何本もの蜘蛛の手足が生えている。

『蟲人』と呼ばれる魔物の一種であり、獣人などと同じく蟲が変異して人に近くになってしまったものだ。

あるいはマナを取り込んだ蟲を喰らい続けた人間が変異してしまったのかもしれない。

どちらにせよ今の世界においてはその醜悪極まりない姿から魔物へ分類されてしまっており、人と同じ権利を与えられていない存在だ。

「キャハハッ、怖がってる怖がってる! だから軍曹はその見た目でもうアウトなんだって!」

最後に声をあげたのは頭に花を乗せた少女であった。

こちらも全体的なシルエットは人間に近いがしかし手足からは草や花が生えておりやはり人間ではない。

更によく見れば足は植物の根が変化したものであり、肉ですらなかった。

ドリアード、あるいはドライアドと呼ばれる植物の特徴を持った限りなく人類に近い魔物だ。

しかし彼女たちも現状においては魔物として不公平な扱いと迫害を受けている。

つまりは、ここにいる四体。そのいずれもが人類に限りなく近い存在でありながら定義の問題だけで魔物に分類されてしまっている、ある意味でのこの世界の被害者であった。

「おのれ魔物め! 守護竜様から離れろ!」

カイネコが怒りの声をあげて剣を抜く。

だがその言葉に更なる怒りを示したのは竜の上の四体だ。

彼等はまるで親の仇のような目でカイネコを見据え、そして蜘蛛男が代表して言葉を発する。

「魔物か……そうだな、俺達は今の世界では魔物だ。そう区分けされてしまっている。

だが俺達とお前達とで、一体何が違うというのだ?」

「何!?」

「俺達はこうして言葉も通じる。意思疎通だって出来る。見た目が違うだけでお前達と同じなんだ。

なのに何故、俺達は魔物として扱われねばならん。何故迫害され、追い立てられねばならん」

蜘蛛男の問いに、すぐに答える事が出来る者はそこにはいなかった。

何が違う――そんなの、問われても分からない。見た目が違うとしか答えられない。

だがラミアの女が蜘蛛男の肩に手を置き、彼を諫めた。

「止めな。そんな事を問うても意味はないよ。

アタシ等はそうやって何百年も権利を主張し続けて、歩み寄ろうとして、それでも無視されてきた。

だから決起したんだ。そうだろう?

それが今更こんなところで、こんな連中に話して何が変わるもんか」

「……そう、だな。その通りだ」

「アタシ等を救えるのはレオン様だけだ。もう人類に期待するべきじゃない」

ラミアと蜘蛛男の会話を聞きながら、瀬衣は今ままでにない動揺を感じていた。

違う……こいつ等は今まで出会ってきた魔物とは違う。

理性がある、知性がある、言葉も通じる。

見た目こそ怪物だが、歩み寄れる存在だ。

この世界の事など何も詳しくはないし、魔物と人類の明確な区分けも瀬衣は知らない。

だがそれでも、彼等が苦しんで悩んで、その挙句にここにまで来てしまった事は何となく理解出来た。

しかしそれは彼が異世界の住人だからだ。

元々この世界に生きる者はそう思わない。魔物が何か勝手に喚いているとしか感じない。

それが彼等の常識だからだ。

「黙れ魔物め! 守護竜様をそこまで傷付けておいて歩み寄れるとは笑わせる!

お前達が魔物として扱われる理由だと? 笑止! 今吾輩達の前にある現実こそがその答えだ!

歩み寄るなどと口でほざき、手には武器を持ち我が国の誇りを傷付ける! 荒唐無稽なり!

我が剣の錆となるがよい、魔物め!」

カイネコが怒りの彷徨をあげ、猫ならではのしなやかな身の軽さで跳躍をする。

まずは先頭にいる蜘蛛男を仕留めようというつもりだろう。

しかし振りかぶった剣は蜘蛛男の腕の一本に容易く阻まれ、反撃の蹴りで吹き飛ばされる。

「グオオオォォォオオ!」

カイネコがやられた事で怒りを露わにしたフリードリヒが吠えた。

人類最強との呼び名も高い剣聖が守護竜の上を駆け上がり、圧倒的な膂力で斬撃を放つ。

だが蜘蛛男はそれすらも正面から受け止め、僅かに後ずさっただけで剣聖の攻撃を完全に止めてしまった。

更に無防備な剣聖の背中にドライアドの腕が鞭のように叩き付けられ、そのまま全身を縛り上げてしまう。

「グ、オォ……」

「キャハッ、脆い脆い! 人類最強の剣聖ってこの程度なのお?

ほんっと、今の人類って弱くなってるのねえ。レオン様が言った通りだわ」

「くっ!」

今度はウィルゴが飛翔し、ドライアドへと斬りかかる。

一閃で腕を断ち、二閃で咄嗟にガードした葉を切り裂いてドライアドへと亀裂を刻んだ。

人間ならば間違いなく致命となる傷。だがドライアドは多少驚いてはいるものの大きなダメージを負ってはいない。

「あ、あれ? お嬢ちゃん、結構やるじゃない!」

ドライアドが触手を伸ばすがウィルゴが高く飛翔してその全てを避ける。

それを追って蜘蛛男と魚男が跳び、空中で激しくぶつかりあった。

瀬衣の動体視力では到底捉え切れない速度で魚男の銛と蜘蛛男の腕がウィルゴを攻め、だがウィルゴも素早い剣捌きでそれを何とか流す。

ラミアが手から魔法の弾幕を放ち、ウィルゴは咄嗟に空を翔け巡って魔法を避け続けた。

だがその隙を突いて魚男がウィルゴの上へと跳び、銛を叩き付ける。

間一髪で剣による防御は間に合うものの墜落は免れず、何とか地面寸前で勢いを止めて浮遊したのも束の間、横から飛び込んできたドライアドの触手に殴り飛ばされてしまった。

木に打ち付けられる寸前に瀬衣が割り込んでウィルゴの背中を受け止めた事で大ダメージは免れたものの、そこに蜘蛛男が口から糸を吐くことで二人の動きが拘束されてしまう。

「し、しまっ……!?」

「ちょ、翼で前が見えない!?」

ほんの短い間にカイネコ、フリードリヒ、瀬衣、そしてウィルゴまでもが無力化されてしまった。

その事実にクルス達が戦慄する中、ラミアがウィルゴを見て溜息を吐く。

「驚いた。結構出来る子もいるじゃないか。

しかしそれだけの力があると今後アタシ等の障害にもなる。

悪いが、ここで死んでもらうよ」

「待て。見た所まだ幼い娘だ。何も殺す事は……」

「軍曹、アンタ甘いんだよ。いいから引っ込んでな」

ラミアがウィルゴへ手を翳し、水の槍を生成する。

いかにウィルゴでも身動きの出来ないこの状態であれを受ければ致命傷となるだろう。

躊躇なく放たれる槍だが、しかしその前にリヒャルト、ニック、シュウが飛び出した。

それぞれの得物を叩き付けて水の槍を何とか軽減させようとするが逆に武器が折れてしまう。

更に水の槍は鎧すらも貫通し、三人の男の脇腹や足を抉って突き進んだ。

「――!」

ウィルゴが目を瞑り、瀬衣は何とか身体の向きを変えて自分の背で受けようと四苦八苦する。

だが結果からいえばどちらも必要のない動作であった。

森の奥から飛び出してきた錨が回転して木を薙ぎ倒しつつ飛来し、水の槍を弾いたのだから。

「な、何者!?」

ラミアが驚愕に目を見開き、錨を見る。

一同の視線が集まる中で錨は弧を描いて旋回し、持ち主の元へと戻った。

そして森から出てくるのは一人の男だ。

白いコートを羽織った、片目を眼帯で隠した金髪の美青年は巨大な錨をまるで軽い武器であるかのように持ち、亜人四人を威圧するように見据える。

「何者、という程の者ではない。ちょっとしたアクシデントで偶々この付近に墜落しただけの情けない男さ。

しかし、どうも見過ごせない事態だったようなのでね。状況は知らんがひとまず手を出させて貰った」

コートをなびかせ、男は錨を構える。

よく見ればその全身は傷付いており、服もあちこちが破れている。

だがそれでも尚、対峙しただけで分かる力強さに満ちている。

瀬衣もまた、かろうじてその強さを肌で感じ、そして思う。

(この男……強い! それも、桁外れに!)

彼に一体何があったのかは知らぬがダメージを負っている。

万全とは程遠いコンディションだろう。

だがそれでも、単騎で四人を圧倒するだけの存在感を示して男――覇道十二星の一角である『双子』の片割れ、妖精姫の剣カストールは不敵に笑った。