軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 アリエスの地震

アリエスは考えていた。

この戦いにどのタイミングで割り込むべきか。それとも割り込まないべきなのかを。

ここでアリエスがメルクリウスを片付けてしまう事は簡単だ。

いかに属性による相性があろうがレベルに倍以上の開きがあれば、それはもう埋め難い差でしかなく、有利不利など無視して強引な力押しで倒せてしまう。

かつてアリエスを苦戦させたレヴィアという水のゴーレムがいたが、あれほどの規格外でもなければレベル差などそうそう覆せない。

レヴィアはマナを豊富に含んだ湖が原材料であり、そしてマナはレベルアップに代表されるように物や生物に含む事でそれを強くする働きを持つ。

基本、ゴーレムにマナを含む事は出来ない。魔法で創り出した物質を材料にしてもマナに戻ってしまうからだ。

だがメグレズは魔法になる前の純粋なマナを含んだ水を大量使用する事でその欠点を埋め、マナを豊富に保有したゴーレムという矛盾を成立させてしまった。

気に入らないが、こういう所だけは素直に賢王と呼ばれるだけの事はあると認めるしかない。

話を戻すが、アリエスはメルクリウスに造作もなく勝ててしまう。

他の七曜よりは多少手こずるだろうが、それだけだ。

あくまで少し鬱陶しくてしぶとい敵でしかなく、負ける相手ではない。

だが……アリエスは考える。

ここで自分が割り込んだとて、それは果たしてウィルゴの為になるのだろうかと。

もしここにいるのが自分以外の十二星ならば何の迷いもなく割り込みをかけただろう。

正体がバレるのなど気にせず七曜の前に飛び出して屠ったはずだし、それが正しい。

ウィルゴと七曜は互角なのだから、勝てるとは限らない。ならば危ない橋など渡らせずにさっさとこちらで始末してしまえばいい。それが正解だ。

だがアリエスにはウィルゴの気持ちが分かってしまった。

アリエスと他の十二星は違う。彼等は全員、元々強かった。

リーブラは最強のゴーレム。アイゴケロスは地獄の魔王。

カルキノスは海辺に生息する甲殻系モンスターの頂点、スコルピウスは蠍の女王。

パルテノスは女神に仕える一族の長だったし、他の十二星だって妖精の女王や女神の子息、最強の魔物といずれ劣らぬ強豪ばかり。十二星とはアリエスただ一人を例外とし、あらゆる地域における最強級の精鋭を揃えた強者の集団なのだ。

本来ならばそれぞれの暮らす地域にて伝説の存在として謳われ、そして畏れられていたはずの者達。

もしもルファスが一つに纏めなければ今頃は敵対して覇を競い合っていたかもしれない。

そんな、それぞれの種族、あるいは地域における最強のみを集めた集団こそが覇道十二星。

だがアリエスだけは違う。彼は単に運がよかった。

一番最初に捕獲されたという理由で、ルファスが彼に愛着を持っていたから強くしてもらったに過ぎない脆弱モンスターだ。

本来ならばとても彼等と肩を並べる事が出来る存在ではない。

否、それどころか普通の魔物にすら及ばない最弱の魔物。それがアリエスだった。

だからアリエスだけは分かってしまうのだ。今のウィルゴの気持ちが。弱者の心が。

今のウィルゴはかつての自分と同じだ。周囲を強者で囲まれて自信を持てずにいる。絶えず劣等感に悩まされている。

自分は何故ここにいるのか、本当に必要なのか。他の誰かに座を明け渡すべきなのではないか。

そんな考えに支配され、自分の存在価値が分からない。

彼女がかつてのアリエスほどに悩んでいるかは不明だが、少なからずそんな思いを抱いてはいるだろう。

だからアリエスは――まだ手を出さない事にした。

だってそれは、やられた側にしてみれば凄く悔しい事だからだ。

もしかしたら勝てたかもしれない戦いだったのに、少し危なくなったら他の十二星が前に出てきた事がある。

弱いんだから引っ込んでろと言われた事も一度や二度ではない。

そして思うのだ。ああ、何で自分はこんなに弱いのだと。

悔しくて情けなくて惨めで、眠る事も出来なくなる。アリエスはその気持ちを知っている。

他の十二星はこんな気持ちを絶対に分からない。だって彼等は例外なく強いから。

だからアリエスは、今すぐに七曜を殴り倒してしまいたい気持ちを抑え込んだ。

まだだ……まだ出るべきではない。今出て行くのはウィルゴに『君じゃ勝てないからもういいよ』と告げているようなもの。これでは何も変わらないし彼女も自信を持てない。

だからまだ……今は、見守るべき時だ。

「お前は、何者だ?」

「え、私?」

「お前以外誰がいる」

メルクリウスの敵意を隠さぬ視線と問い。

それに晒されたウィルゴは戸惑っていた。

何者、と言われても答えに困る。

一応十二星の一人ではあるが、それは祖母の後を継いだだけだし自分自身にそんな力はないと考えてしまっているからだ。

だが七曜の男には何故かかなり警戒されてしまったらしい。

彼は素早く陣を描き上げると、低い声色でウィルゴへと告げる。

「いや、お前が誰だろうが関係ない……その術を使える者を生かしておくわけにはいかん。

ここで、私の全力をあげて始末させてもらうぞ!」

メルクリウスの宣言と共に掌から圧縮した水の弾丸が放たれる。

たかが水、されど水。圧縮し、高速で射出した水の塊は岩すらも砕く凶器となる。

攻撃と同時に全員が散開し、避けられた水の弾丸は後ろの岩壁を容易く破壊した。

もしこれを人間が喰らってしまえば無事では済まないだろう。

「おおおおお!」

まず先陣を切ったのはガンツだった。

旅立ちの日に王より賜った黒翼の秘宝、その一つである巨大戦斧を大きく振りかぶって叩き付けた。

特別な効果など何もない、ただ重くて強いだけの斧だが、それがガンツの手に馴染んだ。

今まで騙し騙しで使ってきた斧などとは比べ物にならない威力がこれにはある。

その破壊力たるやメルクリウスを一撃で寸断して地面をも砕き、砂塵を巻き上げるほどだ。

だが、それだけの攻撃をもってしてもメルクリウスの表情に変化はない。

「無駄だ。そんな攻撃は私には効かぬ」

「おお、そうだろうよ! だが切られた身体を戻すにゃあ少しくらい時間がかかるだろう?!」

攻撃は効かない、ダメージも通らない。なるほど確かにその通りだ。それがどうした。

ガンツは獰猛な笑みを浮かべたまま更に斧を振り回し、メルクリウスを細切れにする。

元よりダメージを与えようなどと考えてはいない。こいつに物理攻撃が通じないというのは既にカイネコから聞いた情報だ。

ならば決め手となるのは魔法攻撃に他ならず、今回の自分の役割は前に出続けて敵の手を止め続ける事だと理解している。

切り裂かれたメルクリウスの身体がうねり、水の触手がガンツへと飛んだ。

その先端は鋭利に尖り、生半可な鎧など貫通するだけの威力を持つ事は一目で分かる。

だがガンツは獣のように獰猛に笑みを深め、避けるどころかここで益々力んだ。

結果、触手は全てガンツへと刺さり……しかし、全てが肉に突き刺さっただけで止まっている。

鍛え抜いたガンツの筋肉が水の触手を食い止めてしまったのだ。

「温い、ぜえ!」

ガンツがまたも斧を振り回し、メルクリウスを切り裂いた。

本来ならばガンツの筋肉すらも貫いた攻撃なのだろうが、やはり弱体化している。

余裕とまではいかないが、ガンツの防御力で防げる程度には弱まっているのだ。

だがそれでも七曜。単純な膂力で負ける事はない。

メルクリウスの腕が鞭のようにしなり、ガンツを殴り飛ばした。

だがそれと入れ替わるように、今度は冒険者のジャンとニックが前に飛び出す。

「いくぜニック! 魔法を使う暇を与えるなよ!」

「わかっている!」

元々冒険者としてパーティーを組んでいたこの二人の連携に淀みはない。

ルファスからすれば『弱すぎて要らない』と言われてしまうジャン達だが、それでもこの世界の冒険者としては腕利きの部類に入るのだ。

ジャンの剣とニックの短剣が休まずにメルクリウスを裂き、魔法を使う間を与えない。

後ろからはシュウによる矢の援護が休まずに届き、メルクリウスの指先を狙い続ける事で魔法に必要な陣を描かせない。

勝とうなどと思わなくていい。今回の仕事は勝つ事ではない。

仲間が勝ってくれるまでの間を稼ぐ事。それがこの戦いにおける前衛の仕事だ。

「舐めるなよ、身の程を知らぬ愚者共が」

メルクリウスが苛立ったように水の触手をウィルゴへと飛ばした。

だが彼女に攻撃は届かない。

その前に割り込んだ鎧の巨漢、リヒャルトが攻撃を代わりに受けてしまったからだ。

ダメージはある。鎧の上からでも通じる攻撃力もある。

だが致命傷ではない。死んでさえいなければウィルゴの回復魔法で癒す事が出来る。

しかもそれが驚くほどに早い! 既にガンツは完治し、今リヒャルトの傷に取り掛かったばかりだというのに、もう治りかけている。

「鬱陶しい!」

メルクリウスが叫び、ジャンの鳩尾を殴る。

一撃で肋骨がへし折れ、ジャンの口から鮮血が溢れた。

更にニックを蹴り飛ばし、二人の冒険者を引き剥がした。

それと同時に無動作の魔法行使!

陣を描くという過程を飛ばして水の刃を生成し、部屋中に巻き散らす。

だが無動作の魔法など威力も然程大したものにはならない。

ウィルゴが展開した結界に易々と阻まれてしまい、決定打には程遠い事を思い知らされただけだ。

「はああ!」

瀬衣が地を蹴って飛び込み、刀を薙ぐ。

ただの物理攻撃と侮る事なかれ。勇者である彼のスキルは見た目に反した効果を発揮する。

これもまた、その一つ。勇者である彼だけがこの世で唯一扱えるスキル『マジックブレイク』。

その効果は相手のHPではなくSPにダメージを与えるという後衛殺しであり、僅かなりともマナを霧散させる効果を持っていた。

つまり、物理攻撃でありながら魔神族に有効な一撃となるのだ。

だがそんなものを黙って喰らうメルクリウスではない。

彼は即座に身体を硬質化させ、水の身体が氷へと変わる。

そうして強固になった腕で瀬衣の一撃を止め、反撃で彼の顎を蹴り上げた。

「ぐふっ!」

弧を描いて瀬衣が吹き飛び、その直後に光の刃が飛来した。

ウィルゴの持つ剣から放たれた光の斬撃だ。

それを何とか咄嗟に避けるも、続けて今度はウィルゴ本人が低空飛行で距離を詰めた。

そしてすれ違い様に一閃! 彼女の剣がメルクリウスに命中し、彼の表情が変わる。

「ぐっ、あ……!」

効いている! ウィルゴは確かな手応えを感じ、しかし実戦経験の無さが災いして油断してしまった。

メルクリウスはすぐにウィルゴへと狙いを変え、掌を向ける。

狙いは首。一撃で仕留めなければ危険と判断した故に必殺を心がける。

だがそのタイミングを計ったかのように地面が一度大きく揺れ、彼の体勢を崩してしまった。

結果ウィルゴへの攻撃の機会を逃し、そればかりか再び接近してきたウィルゴの斬撃に身を削られる。

(今のは……あの黒い奴か! あの黒衣の男、一体……!)

今の揺れを起こしたのは、あのよくわからない黒衣の男だ。

彼はメルクリウスの視線を無視したように沈黙を守っているが、それがかえって不気味だ。

戦況は決して思わしくない。メルクリウスはその事を認めざるを得なかった。

判断を誤った、と今なら分かる。

エリクサーによる守護竜の復活を恐れ、この山へ来てしまったのは完全な誤りだった。

結界による弱体化は承知の上だったが、それでもこの山の構造を考えれば勇者達を水魔法で押し流せると踏んでいた。そうでないにしても警戒して撤退するだろうと考えていたのだ。

何たる早計。まさか奴等の中に魔法無効スキル持ちがいて、構わずに登ってくるとは誤算だった。

それでも勝てる自信はあった。勇者パーティーなど弱体化したままでも勝てる自信があった。

だが……あのウィルゴという女。あいつが厄介に過ぎる。

あの女のせいでダメージをいくら与えても回復されるし、隙を見せればすぐに切りかかってくる。

敗北――その二文字が実感を伴って脳裏に過ぎる。

「……否! 私は負けん!」

メルクリウスは己を奮い立たせ、全身を刃へと変えて勇者達へ攻撃した。

そう、負けるわけにはいかない。

例えこの身が神の傀儡だとしても、ただ倒される為だけに存在するなどと認めるものか。

いや、己はいい。それが運命だというなら享受も止む無しだ。

だが……。

(我等魔神族は人形なのかもしれん……だが、人形にだって守りたいものぐらいはある!)

脳裏に浮かぶのは、月の名を冠した昔馴染みの少女の笑顔。

そして、決して自分には向けられぬと分かっている彼にとっての宝だった。