軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第82話 七曜のメルクリウスが勝負をしかけてきた!

「ぐっ!」

クルスの張った結界が流れ込んできた水を受け止めて軋む。

半径にして五m程度。結界が展開された僅かな空間だけが今、この空洞の中における安全地帯だ。

瀬衣は日本にいた頃に一度だけ旅行で通った事のある海底トンネルを思い出していたが、流れの激しい水の中にトンネルを作ればこんな光景が見れるのかもしれない、と場違いにも考えていた。

余裕があるわけではない。むしろ逆だ。

あまりに突発的に訪れた危機に思考が混乱してしまっている。だがそれも仕方の無い事だろう。

今自分達が立っている場所以外の全てを水の濁流が覆い尽くし、もしこれに巻き込まれていたならば水に流されてあちこちの岩壁に衝突し、最後には呼吸も出来ずに勇者一行全員が死んでいたという事態なのだから。

しかし水そのものの威力もまた強力無比。クルスの結界が歪み、亀裂が生じていく。

「おいどういう事だ!? 魔神族は立ち入れないんじゃなかったのか!?」

「ど、どうやらカイネコさんの見立てが間違えていたようですね……ぐっ、奴は、結界を強引に通過して既に侵入しています!」

ガンツの焦ったような声に、クルスも余裕のない声で答えた。

この水は自然に発生したものではない。明らかに誰かが――恐らくはメルクリウスが明確な敵意を持って行使した魔法だ。

つまりそれは、メルクリウス本人の侵入を意味している。

だが幸いなのは、この濁流とて無限に続くわけではないという事だ。

恐らく一定時間耐え凌げばそこで終わるだろう。

だがその一定時間耐えるのがまず困難。クルスは世界でも有数の天法の使い手だが、レベル差というものはどうしようもなく存在するのだ。

クルスのレベルは105であり、人類の中では間違いなく最高位の魔法、及び天法の使い手だ。

しかし敵対する恐るべき魔神の一族はレベル300。到底単騎で相手出来る存在ではない。

遂にクルスの結界が砕け、しかしそれと同時にウィルゴが掌を翳した。

「ヴィンデミ・アトリックス!」

ウィルゴの宣言と共に前方にあった水の濁流全てが『消失』した。

指定した空間のマナを霧散させる上位スキルだ。

その威力はマナを霧散させるという特性上あらゆる魔法に有効であり、特にマナで身体を維持する存在に使えば癒えないダメージを与える事すら可能となる。

クルスが呆然と自分を凝視している事にも気付かず、ウィルゴは水の濁流を全て消し去った。

「い、今のは……馬鹿な、今のは紛れもなくマナの消去!

女神と、彼女が認めた存在しか扱えぬという世界の管理者の力!」

「え?」

「ウィ、ウィルゴさん……貴女は一体何者なのです?!」

クルスの口から出た聞き覚えのない事にウィルゴは目を丸くした。

女神の力だとか言われてもウィルゴはそんな事を意識していないし、知識にもない。

今使った術も幼い頃に祖母に『これで魔神族なんか即死じゃ』と教えて貰った護身用の術だ。

護身というには過剰な気がしないでもないが、ウィルゴにとって今の術はその程度の認識でしかなかった。

だが実際はそうではない。

このスキルの使い手は限られており、少なくとも人類に普及している技ではない。

それもそのはず。これは本来、女神がマナを管理する為に己の息がかかった一族……つまりは原初の人類とされるアイネイアースの直系のみに教えた神の法だ。

現在の世界においてその使い手は僅かに四名。

一人は言うまでもなく女神本人。一人はかつて彼女に仕えていたパルテノス。

そのパルテノスの主であるルファス・マファール。

そして最後の一人。それがパルテノスの後継であるウィルゴだ。

マナを問答無用で消去する――それはマナが蔓延る今のミズガルズにおいて強力無比な、まさに反則的と呼ぶに相応しい神の奇跡である。

どんな魔法もマナで構成されているのだから、これを使えば簡単に無効化出来てしまう。

メグレズが造り出したマナ機関を搭載した乗り物は全て機能停止するだろうし、魔神族に使えば多大なダメージを与える事が出来るだろう。

しかもマナで構成されている彼等にとってそのダメージは永遠に消える事がないのだ。

レベル差などこのスキルの前では関係ない。あまりに膨大なマナは一度で消す事は出来ないかもしれないが、それでも絶対に効果は出るのだ。

つまりこの術を以てすれば、例え相手がレベル1000の魔神族だろうが絶対に効くという事である。

「え? 何者って……最近まで森で暮らしてた普通の天翼族ですけど?」

「普通? HUTUU!? そんなわけないでしょう! 普通の天翼族がマナそのものの消去を行えるものですか! あの天空王だってそんな真似は出来ませんよ!」

「きゃっ!?」

ウィルゴの返しにからかわれていると感じたのだろう。

クルスは取り乱したように叫び、彼女の肩を掴む。

どうやら彼は、普段こそ冷静だがあまりに理解を超えた事態が発生するとパニックを起こしてしまう性格らしい。

しかしエルフの大人が血走った目で天翼族の少女に詰め寄る様は実に大人げなく映る。

流石にこれは不味いと思い、瀬衣は慌ててクルスを引き剥がしてウィルゴを背に庇った。

「何やってるんですかクルスさん、今はそんな事をしてる場合じゃないでしょう!

いつ次の攻撃が来るか分からないんですよ!」

「し、しかし」

「しかしじゃないです! 今やるべき事は、早急に魔法を使った奴を止めるか、それともこの山を出るかを決める事です!」

そう、今は味方を問い詰めている場合ではない。

当初の予定は完全に崩れ去り、前提は崩壊した。

彼等はこの山に七曜自身が出向く事はないという前提の上でここに来たのだが、あろう事かメルクリウスはもう先回りしていたのだ。

つまり初撃は何とか凌げたが、すぐに次の攻撃が来てもおかしくない。

だから彼等は選ばなくてはならない。

一度撤退するか、それとも危険を承知でこのまま進むかを。

「坊主の言う通りだ。進むにせよ戻るにせよ決断は早い方がいい」

「俺もガンツのおっさんに賛成だ。さっさと先に進もうぜ」

「いや、俺は戻るべきだと思う。今のままじゃ敵さんは姿を見せずに俺達に魔法を撃ち放題だぜ。

このまま狙い撃ちされたんじゃあ全滅しちまう」

この中では旅の経験が豊富なガンツとジャンが瀬衣に賛同した。

やはり傭兵と冒険者だ。荒事には慣れている。

しかしその意見は逆で、ジャンは前進を。ガンツは撤退を推奨した。

「俺もガンツさんの言う通りだと思う。ここは一度退こう」

「僕は前進がいいと思います。だってここで退いたらエリクサーを取られてしまいますよ」

同じく元冒険者で影の薄いニックとシュウの意見が割れた。

このまま進めば危険だ。だがここで退けばエリクサーを取られてしまう可能性が極めて大きい。

そうなればこの場は無事助かったとしても、後で守護竜不在となったこの国が落とされてしまうのだ。

だが無理に進むのは危険過ぎる。そうして意見が平行線を辿り、無駄に話が終わらない。

「僕はどっちでもいいよ」

アリエスはどちらでもいいと曖昧な意見を出すが、実際彼にとってはどちらでも全く問題はなかった。

七曜などどうにでもなる相手でしかなく、進んでも問題はない。

しかし守護竜もまたアリエスにとってはどうでもいい存在であり、エリクサーが入手出来ずにこの国が陥落しようが彼にしてみれば憎い七英雄の国が一つ消えるだけなのだから、むしろ望ましい事ですらあった。

「ええと、私は先に進んでいいと思いますけど」

「私は後退を推奨します……と、また二つに分かれてしまいましたね」

「俺、頭悪い。だから皆の指示、従う」

ウィルゴと女騎士の意見が分かれ、未だ意見は真っ二つのままだ。

リヒャルトは自分で決める気がなく、クルスは使い物にならない。

となれば必然的に最後に残った一人に選択権が委ねられる事になり、全員の視線が勇者へと向かった。

瀬衣は圧し掛かる責任に汗を流しながら、しかしはっきりとした口調で己の意見を口にする。

「……進もう。多分、あいつが姿を見せずにこんな遠距離攻撃をしたのは俺達に脅威と判断させて出て行って欲しいからだと思う。

マナ避けの結界の中に無理矢理入ったんなら、あいつだって影響はあるはずだ。

多分、この場所で戦うのはあいつにとって不利なんだと思う。

さっきクルスさんがあいつの攻撃を結構防げていたのだって、この山のおかげなんじゃないかな。

きっと外での戦いだったらすぐに結界を突破されていたはずだ」

「た、確かに。そう考える事も出来るな」

「だから俺は進むべきだと思う。今、苦しいのはあいつの方だ」

意外に冷静に状況を判断していた瀬衣に何人かがほう、と感心したような声を漏らした。

力はまだまだ未熟だが、状況把握能力はなかなかのものだ。

アリエスもこれには少しばかり瀬衣の評価を上方修正し、そして冒険者だった頃の主を思い浮かべた。

『皆、回復アイテムは持ったな! 行くぞ!』

『待てルファス、そこには罠が……』

『案ずるな。もう引っかかった後だ』

あ、駄目だあの人。メグレズとかの制止を無視して罠に引っかかりながらゴリ押ししてた。

ダメージなど回復すればいいと断言し、矢が刺さろうが壁に挟まれようが、上からタライが落ちてこようが火炎放射を浴びようが全く気にせずの脳筋前進である。

一応レンジャーのスキルは発動していたので本当に危険な即死級トラップは避けていたが、それ以外は解除するより発動させてから回復した方が早いとか、とんでもない事を言いながら突っ込んでいた。これは酷い。

「まあ、俺、そんな頭良くないから間違ってるかもしれないけどさ」

「なあに、上出来だ。……間違ってたのは俺だ。確かに、敵を前にしてへたれて逃げてちゃ相手の思う壷だわな。

おい、すまねえが意見を変えるぜ。俺は前進に賛同する」

瀬衣に感化され、ガンツが意見を翻した。

これにより前進五人、撤退二人となり意見は決した。

ニックと女騎士も仕方なさそうに肩をすくめ、危険を承知で前進する事に納得してくれたようだ。

ならば後は早い方がいい。なるべく早く駆け抜けて、先にいる魔神族との戦闘に雪崩れ込むのだ。

魔法を撃たれれば撃たれるほどに消耗も大きい。辿り着くまでに何度攻撃されるかが勝敗の分かれ目だ。

「よし、いくぞ! クルス、お前もさっさと正気に戻れ!」

ガンツがクルスの頭を掴み、先頭を駆けた。

それに続いて全員が走り、山の空洞の中を上って行く。

この霊峰は特殊な形状をしており、山の中が空洞となっている。

そして螺旋上の坂となって上へと続いており、その頂点にエリクサーが安置されているというのだ。

従って山の外から飛んで行くなどの方法では決してエリクサーへは辿り付けない、まさに自然の要塞といえる。

恐らく敵はその頂上! そこから水を流していたに違いあるまい。

ならばやはり彼は自分達に退いて欲しいはずだ。

何せこの山の構造上、道は一本道であり自分達が退かぬ限り絶対に遭遇してしまうのだから。

つまりエリクサーを手にして、コッソリと脱出する事は出来ない。

瀬衣が言ったことは正しかった。このマナを封じてしまう霊峰はいわば袋小路。奴はエリクサーという餌に釣られて自ら追い詰められたのだ。

そしてメルクリウスもその事は理解している。

今、苦しいのはあいつの方だ!

「来たぞ! 第二波だ!」

ガンツ達の前に再び水の濁流が押し寄せてきた。

やはりこの先に居る! この先でエリクサーに王手をかけている。

だが彼の誤算はこの場にウィルゴがいた事だろう。

彼女は再び前に躍り出て掌を翳す。

「ヴィンデミ・アトリックス!」

魔神族の放った水の大魔法が問答無用に消失する。

魔法はマナを集めて現象へと変換する術であり、そうである以上このスキルは絶対に成立してしまう。

まさに魔法使いの天敵だ。こんなのが相手側に一人でもいれば、それだけで魔法使いは価値を喪失してしまう。

その光景にジャンが口笛を吹き、ウィルゴの健闘を心から称賛した。

「すっげえな嬢ちゃん! 強い奴ってのは思わぬ所にいるもんだ!」

「いえ、私なんてそんな」

「謙遜すんなって。自信を持て、お前さんは強え!」

勇者一行が坂を駆け登り、遂に頂上――エリクサーが安置されている部屋へと突入した。

部屋の前には、恐らくはエリクサーの守護者だったのだろうゴーレムが無惨に破壊された状態で散乱し、残骸を晒している。

恐らく、本来は瀬衣達がこれと戦うはずだったのだろう。

そしてこれを為した犯人はもうわかっている。顔をあげれば予想通り小瓶を手にした魔神族が立っており、そして険しい目つきで勇者達を睨んでいた。

どうやら無事、追い詰める事が出来たようだ。

ならば後は倒すのみ。その意気込みの元、瀬衣達はそれぞれの武器を構えた。