軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 ぼうけんしゃたちはにげだした

水魔法『アプサラス』。

それはマナを水に変換し、大質量の水の白鳥へと変えて敵へと叩き付ける大技だ。

この魔法の最大の特徴は追尾性能であり、白鳥は敵と定めた物をある程度自動で追尾し、確実に仕留めようとする。

威力、規模、命中共に申し分のない魔法であり、しかしその分必要とするマナは多く難易度は高い。

もしもこれを人間の魔法使いが行うならば、確実に数分の準備時間を要するだろう。

だがそれを魔神族の男は軽々と放った。それだけでも実力の差が伺い知れる。

「フォースバリア!」

しかし水の白鳥が衝突する寸前に、全員を守るように光の壁が出現した。

ウィルゴが使う天力の防御壁だ。

しかし咄嗟に張ったバリアで防ぎ切るのは簡単ではない。

本来ならばしばしの均衡の後に突破されただろう。

だが壁と白鳥の間に虹色の炎が割り込み、バリアで防げる程度にまで水を蒸発させてしまった。

そればかりか虹色の炎は更に軌道を変え、魔神族の右腕を飲み込み消失させた。

あまりに一瞬の事だったのでそれを見た者はウィルゴと魔神族だけだ。

「ッ! 誰かは知らんが一人、厄介なのが紛れ込んでいるようだな……私は己の技量を弁えぬ愚者ではない。ここは退かせてもらうとしようか」

一撃で消えてしまった己の腕を見ながら、魔神族はその場から跳躍して姿を晦ませた。

その動きもアリエスにはしっかりと見えていたのだが、彼はあえて深追いを選択しなかった。

追いかけて仕留める事は容易。だが主より与えられた任務はウィルゴのサポートだ。

少しでもこの場を離れて、それで彼女の身に何かあっては困る。

どうせ、あの程度の相手ならばいつでも消す事が出来るのだ。慌てて留めを刺す必要などはない。

「ひ、退いてくれた?」

「そのようだな」

敵が何故かいなくなった事を瀬衣が不思議に思い、ビキニアーマーの変態が頷いた。

戦いは僅かなものでしかなかったが、それでも相手の段違いの実力は理解出来た。

間違いなくただの魔神族ではない。

その事を察したカイネコが倒れたまま苦しげに呟く。

「い、今の水魔法の錬度と威力……まさか、奴が七曜の一人メルクリウスなのか?」

ウィルゴが駆け寄り、カイネコに回復天法を施す。

すると彼も幾分か痛みが消えたらしく、表情も大分和らいだ。

「メルクリウス?」

ウィルゴが復唱すると、カイネコはうむ、と頷く。

「我輩も噂で聞いた程度なのだが、魔神族の中にはあらゆる物理攻撃を受け付けぬ流動体の身体を持つ男がいるという。今戦ったあの男はその特徴と完全に一致していた。加えてあの水魔法の錬度だ」

「し、七曜だって? 冗談だろ、俺は抜けるぜ! そんなのを相手にしてたらいくら命があっても足りねえ!」

「お、俺もだ! 冒険者に頼む仕事じゃねえぜそんなの! そういうのは正式な訓練を積んだ国の兵士でやってくれよ!」

カイネコの口から敵の名が明かされた瞬間、場が騒然となり何人かの男が止める間もなくテントを出て行った。

だが無理もない事だ。魔神族七曜といえば現状における人類の大敵であり、たった七人で人類を追い詰めている恐るべき侵略者達なのだ。

それと戦おうという発想がまずおかしい。

例えルファスに一撃で殴り飛ばされようと、リーブラに手も足も出なくとも、アイゴケロスに弱者扱いされようとも、アリエスに追うまでもない相手と判断されようと、それでも彼等は恐るべき存在なのだ。

おかしいのはルファス一行の方だ。それを忘れてはならない。

かくしてほとんどの狩猟祭参加者は逃げ出してしまい、残ったのは僅か三人となった。

即ちウィルゴ、瀬衣、そして黒衣に変装したアリエスである。

「こ、これは不味い……どうすれば」

「でも彼等の言う事も一理ありますよ。冒険者を雇うよりも訓練した兵士達を山に送った方がいいと思うんですけど」

ほとんどの参加者が逃げてしまった事にカイネコが項垂れるが、しかし冒険者が逃げるのも無理はない事だ。

何せ彼等は別に正式な訓練を受けたわけでもなければ武器の支給を受けているわけでもない。

あくまで魔物などを狩って生計を立てているだけの一般人であり、その中では腕が立つ部類、というだけなのだ

武器だって兵士が持っている物と比べれば安物であり、それを騙し騙し使っているに過ぎない。

時折、遺跡などから強い武器を入手する者もいない事はないがそんなのは稀だ。

瀬衣がやっていたゲームのように伝説の武器を振り回したりする冒険者なんて現実には存在しないのである。

「それが出来れば我輩達もそうしている。出来ないから冒険者を募ったのだ」

「出来ない? どういう事ですか」

「あの山は聖地。それ故に魔物避けの聖なる結界が張られている。我等獣人はそれが堪えるのだ」

カイネコの言葉を聞いて瀬衣が思い出したのは、クルスより教わったこの世界の人類の事だ。

その中の一つにカウントされる獣人は、本質的には魔物とほとんど変わらない、とクルスは語っていた。

例えばオークなどがその最たる例であり、あれは極論から言えば豚の獣人である。

同じ人間と祖とし、同じくマナで変質し、そして同じように動物の特徴を備えている。そこに違いなどはほとんど存在しない。

では獣人とオークの差は一体何なのか? と言えばそれは共生可能か否かだ。

獣人は共生出来る。だから人類に含まれた。

オークは共生出来ない。だから魔物にカテゴライズされた。違いなどそれしかないのだ。

つまり魔物に効果があるものは大体獣人にも効いてしまうのである。

「しかし、今回はそれが幸いでもあった。魔物避けの結界は正確に言えばマナ避けの結界なのだ。

だから魔神族もそうそう立ち入る事は出来ん。エリクサーがすぐに奪われる事はないだろう」

「マナ避け、ですか」

瀬衣はこの後、一度仲間達に相談するつもりであったがこの結界は少し厄介だった。

何せ彼のパーティーで一番の実力者といえば剣聖フリードリヒなのだ。

だが彼は虎の獣人。これでは一番の戦力を連れていけない。

一方でウィルゴはアリエスを心配そうに見ていたが、アリエスはそれに問題ないとジェスチャーで返した。

こう言ってはあれだが今の世界で張れる結界などたかが知れており、十二星のような本物の化物を食い止めるような結界など展開出来ない。というより出来る者がいない。

十二星の侵入を止めたければ、それこそアリオトがレーヴァティンに張ったレベルの結界が必要だ。

そして恐らく、七曜も多少の影響はあるだろうがその程度の結界ならば強引に突っ切る事が可能だろう。

つまりカイネコの見立ては根本からして間違えている。

しかしアリエスはあえてそれを指摘する事はしなかった。

「だが悠長にもしていられん。エリクサーの存在が知られてしまった以上いずれ七曜が何らかの手段で奪いに来るだろう。恐らくは人間などを洗脳してな」

「あまり時間はない、という事ですか」

事態はもう一刻の猶予もない。

エリクサーがなければ守護竜が失われ、この国は落ちる。

だがそのエリクサーも放置すれば魔神族に奪われかねないのだ。

瀬衣は決意したように前を向くと、テントの外へ向かって歩き始めた。

「ど、どこへ?」

「少しだけ待っていて下さい。俺の仲間達を呼んできます」

これは一国の存亡をかけた重大な戦いとなる。

そう確信した彼はすぐに仲間を集める事を選択した。

だがテントを出ようとして彼が見たものは、既に入り口前に集っている仲間達の姿であった。

その隣では裏方のレンジャー部隊が親指を立てており、彼等が走って伝えてくれたのだと分かる。

「出番のようだな、セイ」

ジャンがニカリと笑い、テントの中へと踏み込む。

その後をガンツ、クルス、ニック、シュウ、リヒャルト、 女騎士(ゴリラ) 、虎と続きここに勇者パーティーが集結した。

改めて見ても酷い面子である。

「あ、貴方達は?」

「俺は傭兵のガンツ。もっとも今は何を間違えたのか勇者一行なんて似合わねえ事やってるけどな。

ま、国の一大事だ。俺達は狩猟祭の参加者じゃねえが、黙って協力させな」

ガンツの名を聞き、カイネコが目を見開く。

戦いに身を置く者ならば知らぬ者はいないとまで言われる最強の傭兵の登場に驚きを隠せないのだろう。

だが更に彼を驚かせたのは、その後ろに佇む巨大な二足歩行の虎の存在だった。

「お、お前はフリード! 帰ってきていたのか!」

「グルル……」

「ああ、本当に久しぶりだ。お前の勇名は我輩達の元にも届いている」

「グルァ!」

「ああ、勿論元気だとも。お前も後で顔を見せてやるといい」

「グワァオ!」

「そんなに心配ならさっさと告白してしまえ。いつまでも待たせるものではないぞ」

「あの、すみません! 俺達にも分かる言葉でお願いします!」

フリードリヒとカイネコの間ではあれで通じているらしく盛り上がっているが、瀬衣には何が何だか分からない。

思わず声を荒げてしまった彼を誰が責められるだろう。

すると、女騎士が前に出てフリードリヒの言葉を翻訳してくれた。

「どうやらあの猫の獣人は団長の実の兄のようです。久しぶりの再会で話が弾んでいるようですね」

「兄弟!?」

瀬衣は思わず叫び、それから二人を見比べる。

カイネコは身長にして130程度の猫の獣人。対し、フリードリヒは2m半を越える虎の獣人だ。

そのサイズ差はまさに猫と虎。あれで同じ腹から出たとか少し信じられない。

瀬衣のそんな視線に気付いたのだろう。カイネコは恥ずかしそうに顔を肉球で擦った。

「ああ、あまり似てない兄弟だろう? よく言われるよ。

我輩が父親似で、フリードは母親似なのだ」

「そういう問題じゃないと思います」

一体どういう夫婦からこんな兄弟が生まれるのだろう、と思わずにはいられない。

獣人の生態というのは実に不可思議に包まれている。

だが身内というならば話は早い。余計な説得などに手間取る事はないだろう。

二人はしばらく話し合った後、やがて固く手を握り合った。

「どうやら話がついたようです。私達の同行が許可されました」

フリードリヒとカイネコの話し合いは無事に同行で纏まったようだ。

やはりこういう時は剣聖と勇者のネームバリューが物を言う。

国の誇りとまで言われる剣聖と勇者のパーティーだ。これを断ってもそれ以上の戦力など到底見込めまい。

一行は早速、今ここにある戦力でフニットビョルグ攻略を目指し出発する事にした。

「では案内しよう。付いて来てくれ、勇士達よ」

*

ドラウプニルに広がる広大な草原。

その中で何かを探すように歩いているのは『射手』の捜索を命じられたリーブラ、カルキノスの二人だ。

といっても、主に探しているのはリーブラだけでありカルキノスはほとんど役に立っていない。

リーブラは周囲をくまなく索敵し、やがて目的の物を発見して拾い上げた。

それは一本の矢だ。

あの時、自分が狙撃するよりも早く恐竜を撃ち殺した凶器であり、恐らくは『射手』の放っただろう矢。

これ自体に用はない。だが落ちているこの矢の角度などを調べる事でどの地点から発射されたのかが推測出来る。

リーブラの眼がせわしなく動き、視界の中で角度や風向き、空気抵抗などを計算する文字が落ち着きなく踊る。

やがて彼女の視界の中で一つの場所が候補に上がり、そこに円形のマーカーが表示された。

勿論これらは全て彼女だけに見えているものであり、実際にその地点にマーカーが付いたわけではない。

「……あそこですか」

思った以上に近い。

それがリーブラの抱いた感想であった。

『射手』ならばもっと遠く……それこそ、自分よりも更に遠くからの狙撃だって不可能ではない。

だが最有力候補として表示された地点は近くも近く、狩猟祭の際に実況席があった場所からほんの僅かに離れた地点であった。

ならば次に探すべきはあの場所だ。

『射手』も痕跡は消しているだろうが、それでも完璧に消せるものではない。

地面に残る僅かな足跡の残り。踏まれた草。落ちている体毛。

そうしたものさえあれば、リーブラはそれを手掛かりに次の手掛かりを見付ける事が出来る。

「行きますよ、カルキノス」

「Yes」

全く役に立たないカルキノスを連れ、リーブラは次の手掛かりへと向かう。

後はこれを、『射手』本人へと辿り着くまで繰り返すだけだ。

一度追跡へと入った彼女から逃げる事はこの上なく困難だ。

それはたとえ、同じ十二星であっても決して例外ではない。