軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第43話 野生と公式のラスボスに挟まれた(挿絵あり)

彼―― 南十字(みなみじゅうじ) 瀬衣(せい) は西暦2015年の日本の高校に通うごく普通の男子高校生である。

年齢は17、身長は170。体重は60。

極めて平均的な体型であり、得意な学科もなければ苦手な科目もない。

成績は中の上。運動は割と得意だが、クラスで一番かというとそうでもない。

勉学にしても運動にしても、やや平均を上回る程度、というところだろう。

顔立ちはかなり整っている部類だろうが、それでもアイドル顔負けの、という形容詞が付くような際立ったものではなく、あくまでクラスの中では上位という程度だ。

そんな語る部分に困る男は今、日本から遠く離れた――というよりは地球からすらも離れているのだろう異世界ミズガルズの地に足を踏み入れていた。

切っ掛けは頭に突如響いた、助けを求める声。

彼はそれに応じ、助けを求めている誰かを探そうとした。

怪我をしているなら応急処置をして救急車を呼ぶ。

暴漢に襲われているなら、とにかく人を連れて現場に駆け付ける。

どちらにせよ、求められたならば助けようと思い、声に応じたのだ。

しかし現実にはそれらの心配は空振りに終わり、気付けば異世界で『魔神族と覇王を倒して下さい』と言われていた。

意味が分からない。

これは何のギャグだとひたすらに困惑させられた。

1969年にアポロ11号が月面着陸を成功させた大偉業より40年以上。

科学は遥かに進歩し技術は飛躍したが、未だ人類は太陽圏すらも脱していない。

だというのに、魔法とかいうわけのわからないオカルトな力で、宇宙服すら着込まない人間たった一人の単独異世界着陸成功だ。

そんなわけのわからない状況に立たされたはしたが、しかし彼は何と言うか適応が早かった。

あるいはただの馬鹿なのかもしれない。

どちらにせよ、一人で異世界に呼ばれるという未知の事態に遭遇した彼は喚くでも帰せと暴れるでもなく、終始落ち着いて自分が呼ばれた理由と成すべき事を周囲の人々や自分を呼んだらしいエルフの若者(実際は200歳超えらしい)から聞き、素直にそれを受け入れた。

別に戦いが怖くないわけではない。

しかし彼には夢があった。

若いからこそ抱ける、無謀で理想に満ちた未来の指針。

幼い頃に警察官になりたいと思った。

人々を助ける現代のヒーローに憧れた。

まだ汚職も、裏にある世知辛さも何も知らない頃の子供が描いた夢の未来絵図。

警官として生きた父の背中を見て育った。

いつでも人々から頼りにされる父が自慢だった。

だからそうなりたいと思い、憧れ、目指し、今も尚夢は色褪せていない。

異世界で魔神王やら覇王やらとの戦いのというのは、正直想像もしなかった出来事だ。

殺し合いなんて今でも出来る気がしない。

それでも助けを求めて伸ばされた手を振り払う事など出来ない。

救いを求める人をここで見捨てては、己が望む未来になどきっと届かない。

そう思うからこそ、彼は異世界の人々の頼みを了承した。

己の心の中で今も輝き続ける自分だけの ヒーロー(父親) ならばきっと、彼等を見捨てたりしないと思うから。

「……と、意気込んではみたものの、実力が伴わないとなあ」

修練所で剣の師匠であるフリードリヒと剣を合わせながら瀬衣は小声で呟いた。

しかし訓練中に他所に気を回すのは自殺行為だ。

ましてや相手が格上の剣聖――この世界最強の剣士ならば尚の事だろう。

フリードリヒの剣が瀬衣の持つ剣を弾き飛ばし、喉元に刃を突き付けられる。

勝負あり、だ。

瀬衣は手を上げて参ったというジャスチャーをし、改めて己の師を見た。

当初は剣聖という格好いい二つ名と、フリードリヒという名前の響きからしてイケメンの騎士を想像していたのだが実際会ってみたら、その外見はまるで異なっていた。

彼を一言で言うならば……虎だった。

比喩ではない。本当に顔が虎なのだ。

いや、顔だけでない。全身の体毛も虎そのもののオレンジで、黒の模様が入っている。

全長2mを超える虎人間が鎧着て剣を振り回すのだから、その迫力たるや初見では腰を抜かす事間違いなしだ。

実際瀬衣は腰を抜かした。

しかもこれで猫科のしなやかさも合わせ持ち、自分より狭い箱に何の目的もなく入ったりする。

というか暇さえあればどこかの隙間に挟まっていたり箱に入って出られなくなったりしている。

ただのでかい二足歩行の猫とか言ってはいけない。彼は誇り高い虎なのだ。

例え猫じゃらしに反応してしまおうとも、偉大なる虎の獣人なのだ。

たまにネズミを咥えて帰って来ても虎なのである。

「グルゥワオオオオオオ!」

剣聖が吼えた。

どうでもいいがせめて人語で話して欲しい、と瀬衣は強く思う。

獣人は人語を介さない種族かといえばそうでもなく、結構普通に話せると聞いている。

しかし剣聖は吼える。虎そのものといった声で吼える。

多分その気になれば人語も話せるはず、とはエルフの青年の言葉だが未だに瀬衣は彼の人語を聞いた事がない。

「団長は瀬衣様が模擬戦の最中に気を抜いた事にご立腹のようです」

そう言って剣聖の言葉を訳してくれるのは副団長を務める女性だ。

女騎士の顔立ちは美人……が定番のはずだが別に美人ではない。

むしろゴツイその顔立ちは、雌ゴリラといった有様だ。

筋肉質で黒い肌とドレッドヘアー、そして大きな鼻孔に厚い唇、と『女騎士』のイメージを粉々に砕いてくれる外見だ。むしろこれはアマゾネスではないだろうか。

ついでによく見ると鼻孔からは鼻毛が出ている。現実なんてこんなものだ。

「グルル……」

「団長は今日は鶏を食べたいと申しています」

「いや、それ俺に言われても……」

「グルァ!」

「団長は外に出たいそうなので今日の訓練はここまでのようです」

「……少し気紛れすぎやしませんか、その剣聖」

フリードリヒはとても気紛れであった。

ちょっと前まで夢中になってボールで遊んでいたと思ったら、急に飽きてどこかへ行ったりするのだ。

というか、これもうただのでかい猫だろ。

そう言いたい気持ちを瀬衣は必死で我慢した。

あんなのでも世界唯一のソードマスターで剣聖なのである。

この国の象徴みたいな剣士なのだ。

だから悪口を言ってはいけない。

「セイ殿!」

「ああ、クルスさんですか。どうしました?」

瀬衣がなんだかなあ、と剣聖の背を見送っているとエルフの青年がこちらへと駆け寄って来た。

彼こそ瀬衣をこの世界へと召喚した張本人であり、外見に反して200年間の時を生きている、王の相談役だ。

フルネームは確かクルス・ノーザンだったか。

「遂に旅立ちのメンバーが揃ったようです。一度フリードリヒ殿と一緒に王の元へ集まって下さい」

その言葉を聞き、瀬衣は表情を引き締める。

ついに来たか、と思う。

いくら勇者として呼ばれようと、ここで剣の訓練をしようと瀬衣は少し前まで平和な日本で暮らしていた一般人であり、一人で旅に出すのは殺すに等しい行為だ。

だからこそ仲間も、そして装備も最善のものを用意しなくてはならない。

それが出揃うまでの間は訓練に勤しむべしと王に言われていたのだが、遂にそれが揃い万全の状態となったのだ。

そして、それはそのまま、旅立ちが近い事も意味していた。

「……わかりました」

「勇者よ、旅立ちの時が来た」

「はっ!」

王の御前にて瀬衣とフリードリヒが膝を突き、頭を垂れる。

玉座の脇には見知らぬ人物が何人かおり、恐らく彼等が今後の仲間になるのだろうと瀬衣は考えた。

「装備、そして人材。全てにおいて揃えられる限り最善のものを揃えたと儂は自負しておる。

まずは我が国の誇り、剣聖フリードリヒ」

「グワォオオオオ!」

王に名を呼ばれると同時に剣聖が応える。

いや、王の前でくらい話せよ。

それ無礼なんじゃないのか、と瀬衣は思うものの、これはいつもの事らしく誰も突っ込みを入れない。

「天法の達人、儂の相談役でもあるアコライトのクルス」

「この命に代えても必ず」

続いて読み上げられたのは、エルフの青年だ。

ここで呼ばれると言う事はあれで結構強いのだろう。

話を聞けば200年前にルファスと戦って生存した数少ない生き残りとも言うし、案外妥当なのかもしれない。

「スヴェルの魔術学校をトップの成績で卒業したという新鋭の星、アルフィ。

父の傭兵ガンツから教わったという剣術も身に付けており、きっと力になってくれるだろう」

「私を選んで頂けた事、光栄に思います。陛下」

王の側に控えていたうちの一人、茶色の髪をサイドテールにした勝気そうな少女が王に応える。

いかにも魔術師、といった黒いマントを羽織り、その内側には白いシャツと赤いスカート。

どうでもいいがスカートが少し短い気がする。誘っているのだろうか。

「同じくスヴェル国から、賢王メグレズ様より送って頂いた鋼のゴーレム。

ゴーレムのほとんどを12星のアリエスに潰されてしまったらしいが、それでも勇者の旅立ちを聞き、緊急で造って下さった」

ガシャン、ガシャン、と音を立てて無骨なゴーレムが前に出る。

その威圧感たるや、剣聖にも引けを取っていない。

「そして万一に備え、常にレンジャー10人の隠密部隊が君達の旅を影からサポートする。

いずれもレベル50を上回る精鋭だ」

王の側に何時の間にか控えていたのは全身黒尽くめの顔を隠した集団だ。

彼等は瀬衣の視線に気付くと、一斉にサムズアップをした。

「そして黒翼の王墓より『鷹の瞳』の4名が持ち帰った覇王の宝。

その中から特に選りすぐった武器を汝らへ与えよう」

王のその言葉に剣聖とクルス、それからアルフィ、という少女が目を輝かせた。

瀬衣には分からないが、どうやらかなりの価値があるものらしい。

どちらにせよ、檜の棒一本で送り出される、などという事だけはなさそうだ。

瀬衣達の前に武器が差し出され、アルフィとクルス、虎は心底嬉しそうにその武器を眺めている。

生憎と武器に詳しくない瀬衣でも一目で業物だと分る妙な存在感。

なるほど、生粋の戦士や魔法使いで、この世界の住人でもある彼等なら喜ぶはずだ。

「さあ、旅立ちの時は来た。

勇者よ、そしてその仲間達よ!

必ずや悪しき魔神王と復活した覇王を討ち倒し、暗雲の時代を晴らしてくれ!」

あ、これもう旅立つ流れなんだ。

そう思いながら瀬衣は慌てて立つ。

それと同時に他の面子も立ち上がり、そこにアルフィが合流した。

周囲から吹き鳴らされるラッパの音。

五月蝿いほどの城の外の民衆の歓声。

瀬衣を先頭にまるでパレードのような行進が始まり、城の外に出れば人々が一目その姿を見ようと群がる。

やばい、超恥ずかしい。

瀬衣は顔を赤くして、早足で歩く。

とりあえずさっさと王都を出たい。考えるのはそれからだ。

それから数分、まるで公開処刑のようなパレードを続け、瀬衣達はようやく王都の門を潜った。

さあ、これから始まるのだ。

世界を救う為の冒険が。

テレビゲームでしか有り得ないと思っていた、いつだって画面越しの安全な場所から見ていた英雄譚。

自分が今、その中にいる。主人公の位置に立ってしまっている。

唯一違うのはコンティニューなど存在しない事。

否が応にも緊張が高まり、汗が流れる。

恐れるな。怯えるな。

さあ、前を見て歩け。

正直似合わないとは自分でも思うし、どう考えてももっと相応しい人物がいるだろうと思うが、それでも今は自分が勇者なのだ。

だから、さあ。仲間達が心配しないように前を――見たその瞬間、黒い羽根が視界を過ぎった。

直後そこに舞い降りたのは黒い天使。

純白のドレスの上から真紅の外套を羽織り、背中には象徴である不吉の黒翼が存在を誇示する。

炎を混ぜ込んだような朱混じりの黄金の髪に、絶世以外に形容出来ない顔立ち。

ただ着地しただけだというのに地面が砕け、その絶大な存在感だけで控えていたレンジャー部隊が腰を抜かした。

「え? 嘘、あれって……」

「ル、ルルル、ル、ルファス・マファールゥゥゥゥ!!?」

アルフィが怯えたように呟き、クルスが絶叫する。

やはりそうか、と瀬衣は思った。

だって見ただけで足が竦んでいる。

全身が勝手に恐怖してしまっている。

間違いない。彼女が“そう”なのだ。

この女性こそが――黒翼の覇王!

――野生のルファス・マファールが現れた。

そんな間抜けなメッセージを思い浮かべてみるも、恐怖は和らがない。

恐怖。そう、瀬衣は今、生まれてからかつてない程の恐怖を感じ、ガチガチと歯を鳴らしていた。

駄目だ、これは戦えない。

こんなのと戦っていいわけがない。

あれは人の姿をした化け物だ。

立ち向かうとか、そんな次元に存在していない。

だが、ああ。現実とは何故こんなにも無情なのか。

旅に出て第一歩目でいきなり覇王とエンカウントというだけでもう最悪なのに、まだ悪夢が続く。

ルファスが上空を見上げる。

それに釣られて瀬衣も空を見上げれば……そこにももう一人、化物がいた。

男だった。

人間では在り得ざる青い肌をした美丈夫。

黒い髪をなびかせ、その瞳は黄金。

漆黒のマントに全身を隠し、その周囲はまるで蜃気楼のように空気が歪んでいる。

そしてあろう事か……全く考えたくもない事に、その存在感は黒翼の女性にも劣っていない。

彼はゆっくりと地面へ降下し、着地する。

その位置はルファスの反対側。

丁度瀬衣達を挟むようにしてルファスと睨み会う形になっている。

おいやめろ馬鹿。俺達を挟むな。そう瀬衣は叫びたかった。

「な、あ……馬鹿、な……そんな、そんな事って……」

クルスはもう、今すぐ死んでしまうのではないかと心配してしまうほどに顔が真っ白だ。

目には涙すら浮かび、絶望に顔が歪んでいる。

どうやらあの男も、クルスの知る顔らしい。

知り、そして心底恐怖する対象のようだ。

「魔神……」

「え?」

「魔神王……! 何故魔神王がここに……!?」

――野生の魔神王も現れた。

旅に出て第一歩。

いきなり覇王と魔神王のWラスボスに挟まれてしまった勇者一行は思う。

これは一体、何の罰ゲームだと。

そして瀬衣は思う。

……これ、俺達死んだんじゃね?