軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 リーブラ、君に決めた

リーブラは上空を飛行しながら、白の町全体を見渡していた。

現在地は町から見て高度1500m。いかに天翼族といえど理由もなく立ち入る事のない高度であり、そしてまず発見される事のない位置だ。

だがそれほどの距離にありながらリーブラの視界は白の町で暮らす天翼族一人一人の、それこそ髪の毛の本数すらも正確に判別していた。

リーブラは白い翼の天翼族全員を仮想敵として認識している。

彼等は白い翼に誇りを持ち、黒い翼を持つ主を禁忌として排除しようとする人種――即ち主の敵だ。

主の敵は即ち彼女の敵。

ルファスからの攻撃命令がないからこそ今は何もしていないが、少しでも敵対行動を取ればその瞬間町全体を攻撃対象としてブラキウムに巻き込む準備が出来ている。

容赦はない、慈悲もない。

彼女にとっての最優先判断基準は主であるルファスの利か否か。

利になるならば護衛もするし援護もする。

害となるならば生まれたばかりの赤子であろうと抹殺する。

そこに例外があるとすれば、それは産みの親であるミザールだけだが、もう彼はどこにもいない。

「呼吸、動向、視線、言動……現時点においてマスターの存在に気付いている天翼族、0人と判断。

何ら不自然な点はなし……攻撃、不要。

引き続き監視を続行……待機持続……」

能面のような氷の無表情を張り付け、上空で自動人形は監視を続ける。

有事の為に一人一人の身体データを収集し、顔と癖を記憶領域へ保管する。

それから白の町へ訪れた仲間の一人であるディーナを見る。

彼女は町の中央にある時計塔の前をウロウロしており、まるで誰かを待っているかのようだ。

彼女に関しては恐らく記憶データが欠落してしまっているので、詳しい事はよく分からないが主曰く、かなりの情報通で色々な場所に詳しいらしい。

もしかしたら、この町に知り合いでもいるのかもしれない。

「――!」

そうして町全体を監視していたリーブラだが、モニタにおかしな人物を捉えた。

それはサングラスをかけた緑色の髪の美丈夫。

翼が無い事から観光に来た人間族か何かだろうと普通は思うだろう。

しかしリーブラの眼は偽りを認めない。

一見ただの人間に見えるその男の仮面を機械のような正確さで看破する。

「……肌の色に擬態特有の不自然さを確認。

上唇の盛り上がりから口内の牙を確認。

サングラスの隙間から、魔神族特有の縦割れの瞳孔を視認。

98%の確率で魔神族の擬態と判断。エネミー認定完了。

……推測。

歩行角度、視線から目的地、ないしは道中で時計塔に到着する確率87%。

このままではディーナ様と接触する危険あり。

――排除条件に抵触」

リーブラの無機質な瞳が不気味に輝き、スカートが翻る。

すると一体どこに隠していたのか二丁の機関銃が姿を現し、リーブラは迷いなくそれを装備する。

本来はアーチャーの上位クラスである『ガンナー』の装備である『銃』という武器。

200年前は溢れ返っていたこの武器も、現代では貴重品だ。

それを惜しみもなく構えて急降下――爆音を響かせ、衝撃波すら発生させながらリーブラは街中に降下し、怪しい男の前へ着地した。

鋼鉄の人型が降下した事で町の地面が砕け、破片が舞う。

砂塵の中からリーブラが歩み出、魔神族と思わしき男の行く手を遮った。

「なっ……こんな街中にゴーレム!?」

「そこの魔神族に警告。これより先に踏み入るならば、武力を以て排除致します。

その場合、生命の保証は出来ませんので予めご了承下さい。

このまま退却する事を強くお勧め致します」

いつでも攻撃に移れるように警戒レベルを上昇させ、油断なく構えながら最終警告を送る。

そうしている間にもリーブラの瞳は相手のデータを収集し続け、その戦力を計ろうとする。

リーブラのスキルの一つである『サーチ・アイ』はルファスの『観察眼』と同じ効果を持つ。

そのスキルを用いて判明したデータによると、相手のレベルは320、HPは25000。

油断しなければまず負けはないだろう相手だが、現代基準で考えると極めて高レベルと言える。

「魔神族とは何の事だ? 俺は見ての通りただの観光でここに立ち寄った旅人なんだがな」

「そのサングラスの奥の瞳孔、上唇の僅かな盛り上がり、骨格パターンの差異、筋肉の肉質の違い……見ての通り、擬態した魔神族であると判断します」

「……なるほど、お見通しってか。ならまあ、話は早えや」

言葉が終わるや否や、男の筋肉に僅かな動きが見えた。

続いて爪先に力みが生じ、膝が僅かに曲がるのを感知。

地を蹴って飛びかかる為の前動作であるとの結論を出し、リーブラは即座に警戒レベルを上昇させ、戦闘に思考をシフトする。

直後、地が爆ぜる勢いで飛びかかってきた男の拳を腕でガードした。

人ならざる威力の拳だが、それを受けるのも人ならざる硬度の腕。

硬質な金属音が響き、殴った男の指が折れた。

「っ!?」

「敵対行動を確認。これより攻撃に移ります」

腕を振るう事で強引に男を弾き、僅かに距離が空いた所を狙って瞳を向ける。

直後、リーブラの双眼から二条の光線が発射され、地面を貫いた。

男は――いない!

軽快なフットワークでリーブラの死角に回り込み、背後から突撃を仕掛けてきたのだ。

だが人間にとっての死角もゴーレムである彼女にとっては死角にならず。

リーブラは腕の関節を人ならば曲がらないだろう方向へ曲げ、男の拳を防御する。

そして首を180度回転! 後ろにいる男に再びレーザーを発射した。

「うおっとお!?」

咄嗟に飛び退く男に更にリーブラが追撃する。

腕と首を元に戻し、身体の向きを反転させて機関銃を構え、迷わずフルオートで連射!

1分間1000発の銃弾が発射されるそれを二丁使う事により叩き出される数値は1分2000連射という馬鹿げた弾数だ。

サイレンサーなど当然のように付けていない機関銃はけたたましい雷音を響かせて昼間の平和な町を駆け巡る。

男は必死に弾丸を避け、建物の壁を蹴って跳躍した。

だが逃げ場のない空中こそ狙い目。リーブラはすぐさま無防備な男を撃ち落とすべく次の武装を用意する。

「スキルセレクション・右腕のリミッターを解除。

右の天秤(ズベン・エル・ゲヌビ) 解放!」

リーブラの宣言と同時に右腕が文字通り解放される。

指が、掌が、二の腕が、ガチャガチャと硬質な音を立てながら組み変えられ、僅か1秒でその形状は長さ1mにも達する巨大な砲門へと変化した。

「――ファイア!」

瞬間、リーブラを中心として周囲の家屋の窓ガラスが砕け散った。

直後発射されたそれは、一筋の光の奔流だ。

どこまでも真っ直ぐ突き進む白い輝きが紫電を伴って空を駆け抜け、空中にいた男へ牙を剥く。

だが命中すると思われた瞬間、男は突然吹いた強風に押し流されて横へ退避。リーブラの砲撃を回避した。

それどころか、まるで風に乗ったかのように空中で方向転換をし、リーブラへと突撃。

リーブラもそれを迎撃するべく機関銃を乱れ撃つが、その弾丸の悉くが男から逸れて行く。

「もらった!」

「――!」

繰り出された男の手刀を機関銃で受ける。

だが銃身には切れ込みが入り、半分ほど裂かれてしまった。

単純な手刀の切れ味ではない。

何か見えない刃が男に味方している。それが銃を斬り裂いたのだ。

そう瞬時に察知したリーブラは続いてそれが風の乱れにあると理解し、男が風を操る事で鉄をも切り裂く刃を生み出していると結論付けた。

「風を自在に操る……なるほど、『木』属性ですか」

「よく見破ったな、褒めてやるぞ。

いかにも俺が司るは自然の力、『木』。7属性が一つ、『木』を自在に操る魔族7曜が一人、ユピテルとは俺の事だ。

名乗れ、人形。お前も只者ではなかろう」

聞いてもいないのに男が名乗り、その擬態を解く。

すると今まで人に近い色だった肌が不気味な青色に変化し、外したサングラスからは縦割れの緑の瞳が覗いた。

別に相手が名乗ったからといってこちらも名乗る義理はないのだが、しかしそれでは従女の沽券に関わる。

名乗られたからには名乗り返す。それこそメイドの嗜みであり、ルファスに仕える者の気位というものだ。

故にリーブラは腕の形状を戻し、スカートの端を摘んで丁寧に一礼する。

「初めまして、ユピテル様。

私は覇道十二星天が一人、『天秤』のリーブラ。

以降、お見知りおきを」

「ほう、十二星天最大の殲滅力を持つと言われる天秤か。

王墓で破壊されたと聞いていたが、やはりあれはデマだったのだな」

面白そうにユピテルが笑い、両手を手刀にして構える。

一見単なる手刀だが、そこには不可視の風の刃が備わっているのだろう。

『木』属性――文字通り木々を操る事に始まり、風をも味方に付ける大自然の属性。

属性相性を語れば『土』に強く『金』に弱い。

対し、リーブラの属性は『金』。

その得意とする所は物質の強化。

己の身体、武器、道具。それら全てをまるで金属のように強化し敵を叩き潰す。

少し錬金術と似た部分のある属性で、実際アルケミストとの相性が最もよい。

その相性は『木』に強く、『火』に弱い。

即ち、この戦いはレベルも相性も完全に勝っている。

負ける要素の方が少ないこの戦闘を考察し、リーブラは現時点における己の勝率を99%以上であると考える。

だが油断はしない。容赦もしない。

リーブラは機関銃を収納し、左腕を前に掲げる。

「スキルセレクション・左腕のリミッターを解除。

左の天秤(ズベン・エス・カマリ) 解放」

宣言と共に今度は左腕を変化させる。

すると左手の手首から先がまるで吸い込まれるように腕の中へ消え、代わりに青白く輝く実体なき光の刀身が出現した。

右の天秤が遠距離戦での主砲ならば左の天秤は近接戦における主武装。

これなら風の防御も何も関係ない。等しく全て斬り捨てるのみ。

「参ります」

感情の篭らない声で人形は宣告する。

そして、背中からバーニアを吹かしながら敵目掛けて飛翔した。

*

普段は親子連れや子供達で賑わうはずの公園。

しかし今、そこにいるのは二人だけだ。

不思議と人々が避けて通るその場所に陣取り、睨み合うのはかつての同胞。

同じ主に仕え、同じ12星の称号を送られた世界でも上から数えた方が早い有数の実力者。

覇道十二星、『牡羊』のアリエス。

相対するは同じく覇道十二星、『山羊』のアイゴケロス。

十二星に名を連ねる者同士が、しかし久方ぶりの友との邂逅、とはとても言えない空気で対峙する。

未だどちらも攻撃に及んでいないが、相手が不審な動きをすれば即座に迎撃に移るだけの心構えがある。

かつての同胞相手だろうと躊躇なく命を奪う決殺の攻撃を放つ、その覚悟がある。

「アイゴケロス……どうして君がここに?」

「知れた事。我欲するは7英雄の命のみ。

それは汝とて承知のはず」

アリエスの問いにアイゴケロスが低く、濁った声で答える。

まるで何人もが同時に話しているかのような不気味にエコーのかかった声だ。

本来発声器官に当たるはずの口はまるで動かず、耳に直接声が響くようなそれは、親しい仲であっても不快感を生じさせる。

並の精神力であれば彼と会話しているだけで正気を乱されるだろう、まるで硝子を爪で搔くような生理的な不快。それが彼の声には常に付きまとう。

存在し、相対し、言葉を交わすだけで相手を蝕み狂わせる。

数ある悪魔の中でも最上位に位置し、畏怖される『ロードデーモン』ならではの薄気味悪さは健在か、とアリエスは目を細めた。

「その為に、相変わらず魔神族の下に甘んじているの?」

「然り。我は奴等を利用し、奴等は我が力を利用する。

我等の目的は現状において一致している」

アリエスは彼の返答に表情を険しいものとする。

7英雄打倒にとやかく言う気はない。

あれを敵と認識し、殺したいほど憎んでいるのは12星共通の事で、むしろ応援したいという気持ちすらある。

だが、だからといって魔神族の傘下に入るとはどういう事か。

アリエスもかつて魔神族のマルスと協力関係にあったが、それですら完全に彼の傘下に加わったわけではなかったし、所詮は利害の一致でしかなかった。

断じて魔神族の軍門に下ったわけではない。

「アリエス。汝にかつてと同じ問いをもう一度送ろう。

我と共に来い。忌まわしき7英雄を我が故郷たる地獄へ送るのに協力せよ」

「……悪いけど、その誘いには乗れないよ。

魔神族の手下なんかには死んでもなれない。僕の主はルファス様だけだ」

「それは我とて同じ事。

心からの忠誠を誓えとは言わぬ。奴等を利用すると思えばいい」

「それでも、断る。

たとえ振りでも魔神族に頭は下げたくない」

アイゴケロスとアリエスが一触即発の空気を保ったまま睨み合う。

力ずくでも仲間に加えたいという考えがアイゴケロスにはある。

しかし相手もまた自分と同じ12星。決して容易く勝たせてくれる相手ではない。

メリットとデメリットを秤にかけ、その結果デメリットが上回る。

故にこの膠着状態が生まれ、一触即発ながら決して弾ける事のない奇妙な空間が形成されていた。

だがそこに、アリエスが一石を投じる。

「それに僕等の真の主が帰って来た今、尚更そんな無様な真似は出来ない」

「……! それでは、やはりマルスを討ったのは……!」

「ああ、ルファス様だ。あの方は死んでなどいなかった」

主の健在。

その報を聞き、アイゴケロスが揺れる。

そこにアリエスが誘いを持ちかけた。

「今度は僕が問いを送ろう。

今すぐ魔神族と手を切って僕と共に来るんだ。

ルファス様の元に再び12星が集う時が来たんだよ」

「…………。

今は、まだ出来ぬ」

「ッ、アイゴケロス!」

「主の元へ集う……それもいいだろう。

だが怨敵を倒さずば、またあの時の繰り返しとなる。

我が主の元へ参ずるのは、忌まわしき英雄を地獄へ落とした後だ」

アイゴケロスはアリエスの誘いに乗らない。

否、今はまだ乗るわけにはいかないと語る。

まだ憎き英雄を亡き者にしていない。

まだ主の覇道を阻む愚者を皆殺しにしていない。

それをせずして戻ればまたあの失敗が繰り返される。

主の元へ戻るのは、忌まわしき敵を全て潰した後でなければならない!

「我が心の霧は晴れたり!

よく見ているがよい、アリエス。

我は必ずやメラクの首を落とし、この国を混沌の地獄へと落としてみせよう。

地獄と死と、そして愚者の嘆きを我が主に捧げる!

そして魔神族をも内部から食い潰し、主への生贄としよう」

もしもルファス本人がこの言葉を聞いたならば「おい馬鹿やめろ」と止めた事だろう。

しかし主健在の報を聞き、熱に浮かされたアイゴケロスは残念ながらそこまで想像が及ばない。

否、もしかすればその考えに至っているのかもしれないが、英雄殺害こそが主のためであると信じ切っている。

だから止まらない。故に止まらない。

悪魔ならではの血生臭い思考回路に従い、敵を殲滅する事こそが最上の貢献であると妄信する。

「さらばだアリエス。この国が狂気と血と死に染まる様、我等が偉大な主と共に特等席で見ているがよい」

言いたい事だけを言い、アイゴケロスはその姿を薄れさせる。

そしてアリエスもまた、それを止める気はなかった。

7英雄殺害こそ12星の悲願。それを止める理由などアリエスにはない。

アイゴケロスを見送り、そしてアリエスは考える。

この事を主へ伝えるか否か……。

「確かルファス様って過剰な殺戮や民への攻撃は嫌ってたよね……なら教えたら当然止めに入るだろうし……でも、この国の民って白い町の方はルファス様を迫害するような連中だし……」

アリエスは考える。

とりあえず、白い町に暮らす人々をしばらく観察しよう。

そして、彼等の人格や考え方次第で答えを出そう。

もしも昔と異なり、翼の色の違いなどに拘らず、あの見苦しい差別意識が薄れているならば主に伝えてもいい。

そうすればきっと、平和に暮らす民が無駄に死ぬ事を嫌う主はアイゴケロスを止めるだろう。

だがもし、今も変わらず主を排除しようとする連中なら、その時は――。