軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 野生のアイゴケロスが現れた

「さて、今日は一日観光と行こう。

各自、好きに王都を巡るとよい。ただし問題は起こさぬように」

朝一番、俺はディーナ達に向かってこの王都にしばし滞在する旨を告げた。

メラクが作ったというこの国がどんなものなのか興味がそそられるし、俺と同じ境遇の混翼派の暮らしも気になる。

何よりメラクの中身を確認するという個人的な目的もある以上、早々にここを立ち去るという選択は取れない。

メグレズが完全にこの世界の住人だった以上既に半分諦めているが、もしかしたら、という気持ちが無いわけではないのだ。

問題はどう接触するか……メグレズと異なり、メラクはまだ王の座から退いていないと考えられる。

何せ天翼族のみの国だ。寿命が違う。

人間も多くいたスヴェルと違い、ここは町の作りからして完全に天翼族の国となっている。

ならば余程の反感を買わない限り200年ちょっとで代変わりなど起こるはずもない。

つまり隠居していたメグレズよりも更に接触しにくい立場にいるのだ。

「個別行動……戦力的には問題ないと判断します」

「観光かあ……どこに行こうかな」

リーブラとアリエスは特に異論を挟む事もなく、観光に乗り気のようだ。

いや、リーブラは乗り気なのかどうかイマイチわからない。

一方ディーナは顔に出やすいのか、あからさまに嬉しそうな表情を浮べている。

「いいですねえ。それじゃ私は白翼派の方でも見てきます。

何か面白い発見があるかもしれませんし」

白翼派の方は俺は立ち寄り難いので、ディーナが行ってくれるならば俺としては大助かりだ。

個別行動は戦力の分散でもあり、多少危険を招くがこのメンバーならば心配など不要だろう。

仮に7曜とかいうのが襲ってきても返り討ちにするだけの戦力がアリエスとリーブラにはある。

ディーナは……いまいち強さがわからないが、何かこいつはちゃっかり安全な位置をキープしていそうな強かさがあるのでそんなに心配していない。

それに何と言っても瞬間移動能力持ちだ。危なくなればすぐに俺の側まで転移してくるだろう。

「それでは一時解散といこう。

集合場所はこの宿だ」

そう言い、俺は宿を出た。

すぐ後にディーナがどこかへと出掛け、アリエスが駆け足で別方向へ向かう。

リーブラは……あ、またジェットで飛んでやがる。

それ音がでかいから止めろって言ったのに仕方の無い奴だ。

さて、俺もこの町を見て回るとしますか。

宿を出て町中を歩く。

少し周囲から注目されている気がしないでもないが、こんな全身隠してる赤マントがいればそりゃ注目も浴びるという事で諦めた。

もうちょっとこう、いい感じの変装があればいいんだがな。

いっそ、ルファス=女というのを逆手に取って男装でもしてやろうか。

実際俺自身は男だったのだから、多分そうそうボロは出ないはずだ。

ん? おお、意外といい案なんじゃないのかこれ。

帰ったら、早速錬金術で男装セット作って試してみよう。

「……ん?」

しばらく歩くと何本もの柱に囲まれた、ギリシャの神殿を思わせる建物が見えてきた。

しかし作りこそ神殿のそれだが、配色は黒一色だ。

真っ黒な神殿とは、何とも不吉さを感じさせる。

しかし興味をそそられた俺は、気の赴くままにその神殿に立ち寄って見る事にした。

何か邪神っぽいものでも祀ってたりするのかな、と思うと変にワクワクする。

この世界の神といえばアロヴィナスが創世神であり唯一神だ。

魔神族なんかは神の名を冠しているが、ぶっちゃけ神でも何でもない。

あれは単にアロヴィナスに対する反発とかそういうので勝手に神を名乗ってただけのはず。

他には、アロヴィナスが司る『金』と『水』以外の5属性を管理する5体の『龍』が設定上存在していたが、ゲーム中には一切登場しない。

オンラインは勿論、TRPGやコンシューマのゲームにすら登場せず、設定画のみが公開されていた幻のキャラだ。

さて、ここは何を祀っているのだろう。

独自の宗教でもあるのか、それとも神殿ではないのか。

参拝客らしき他の人々とすれ違いながら奥へと踏み込み、そして俺はそこに祀られている神像を見た。

腰まで伸びた髪。

漆黒の翼。

ドレスの上から外套を羽織った独特のファッションセンス。

それは紛れもなく、俺――ルファス・マファールそのものであり、俺は自分の像を見上げるというおかしな出来事に直面していた。

「この像は……」

「おや、珍しい。旅のお方ですかな」

呆然としている俺に、温和そうな誰かの声がかけられる。

視線だけを声の方向へと向ければ、そこには翼が赤黒く染まった青年が笑顔を浮かべていた。

その顔立ちは可もなく不可もなく、といったところか。

美形揃いのエルフと違って天翼族は結構モブ顔というか、フツメンも多い。

人間よりは美形率が高い気がしないでもないが、ブサメンも普通にいたりする。

もっとも、天翼族の美の基準は翼なので顔は余程見苦しくない限りはそんなに注目されない。

そんな中にあってモブ顔、赤黒翼のこの青年は……まあ、かなり苦労していそうだ。

「その像にはさぞ驚かれたでしょう」

「ああ、驚いた。この神殿は悪名高い覇王を祀っているのか」

俺がそう返すと、モブ顔の人は一瞬ムッとした顔になる。

何だ、もしかしてルファスが悪く言われたから気を悪くしたのか?

俺自身が事実をありのまま言っているだけなのに、それで気を悪くされるというのも何だか可笑しな話だ。

そう思うと、変な笑い声が出そうになった。

「確かに外の世界ではルファス様は悪しき侵略者なのかもしれない。

しかし我々にとっては救世主だったのです」

「ほう……詳しく聞きたいな」

どうもこの国……というよりは混翼派の中での俺のイメージは世間のものと大分違うらしい。

俺はもう少し彼の話を詳しく聞きたいと思った。

聞く事で、俺の知らないルファスの事が分かるかもしれない、と思ったのだ。

「天翼族が翼の白さに拘る種族である事は御存知でしょうか?」

「ああ、よく知っている。

天使の末裔を自称し、それ故に翼の白さこそを至上とする天翼族独特の感性だろう?」

「その通りです。

しかし、天翼族だからといって必ずしも全員が白い翼を持って生まれてくるわけではありません。

私達のように異色の翼を持って生まれてくる事もあるのです」

天翼族の美醜基準は翼の色がその大半を占め、次に翼の形が来る。

顔や身体付きといったものはその次で、故に彼のような異色の翼を持つ者は白い目で見られてしまうのだ。

とはいえ、完全な純白の翼というのはそういるものではない。

その大半は灰に近い、少し明度の低い白が基本だ。

多分だが、ギリギリで明るい灰色までがセーフってところだろう。

逆に明度が黒寄りになると疎外される。勿論俺の漆黒の翼なんか論外もいいところだ。

そして彼のように明らかに別系統の色が混ざるのも一発アウトだ。

「私達の立場は、それは酷いものでした。

今でこそこうして町を持ち、それなりの生活をしていますが昔は本当に酷かった。

同じ天翼の仲間とすら思ってもらえず、道を歩けば指を差されて嘲笑われ、同じ境遇の者同士で寄り添い合い、スラム街のような場所で惨めに生きていたのです。

信じられますか? 翼の色が少し違うというだけで仕事すら満足に得られず、我等は常に飢えていたのです」

彼が語る事は、何も天翼族に限った事ではない。

人は些細な事で他者を差別し、集団心理が働けば自分に正当性があると思いこむ。

自分達が上だと思いこめば、そこに理性の歯止めなどなく、善良だと思われていた者ですら容易く悪魔へと変貌する。

『スタンフォード監獄実験』では21人の被験者にコインを投げさせ、その裏表で看守役と囚人役を決めた。

その結果、上に立つ事を許された看守役はすぐに暴走し、職務を超えて囚人役の学生を虐待した。

挙句、囚人役の学生が心理的外傷に苦しんで僅か6日で実験が中断された時、「話が違う」と続行を熱望したそうだ。

相手が無実で、これが実験だと知っているはずなのに、である。

つまり、人間は己が上で正当性があると思いこんでしまったが最後、善良なはずの者ですら悪魔と化す。その素質を全員が持っている事になる。

結局のところ天使の末裔を名乗る天翼族とてそれは例外ではなく、なまじ翼の色という分かり易い違いがあるせいで差別が激化してしまう。

とはいえ、話を聞く限り大分限度を過ぎていたらしいな。

天使の末裔が聞いて呆れる。

「私達は毎日のように怯え、隠れ潜むように暮らしてました。

惨めだった……あの日々は本当に惨めだった。

しかし、あの方は違ったのです」

彼は顔をあげ、恋焦がれるように強く語る。

「あの方の翼は黒く、しかし誰よりも美しかった。

怯えて縮こまるだけの我等と違い、あの方は力を以て己の存在と価値を証明した。

そして国々を支配し、傘下に収めた天翼族の差別を禁じ、我等を人として扱って下さった」

あー、うん。

こう、目の前でヨイショされると背中が痒くなるな。

褒められるのは嫌いじゃないが、それも過剰だと居心地が悪いだけだ。

「あのお方がいたからこそ私達は誇りを取り戻せた。

惨めな出来損ないなどではない……ただ翼の色が異なるだけの、れっきとした天翼族であると己を誇る事が出来たのです」

「随分持ち上げるではないか。しかし、そのルファスの配下である12星が其方等の故郷を奪ったのを忘れてはいないか?」

「忘れてなどいませんよ。

むしろ当然の報いと私は考えますね。

ルファス様を裏切り、討伐し、挙句魔神族の台頭を許すなどという愚行、むしろ殺されなかっただけ慈悲深いとすら思います」

……ああ、これは少しまずいな。

熱く語るこの男から明確な憎悪が溢れているのを感じられる。

こんな、どこの誰かも分からない旅の不審人物に不満をブチ撒けるほどに昂ぶっている。

それでも聞かなければなるまい。

この男の……いや、この町の人々の心の底の怒りを。

「その言葉、メラク王への侮辱に等しいが……其方等は一体自分達の王をどう思っているのだ?」

俺の質問を受けて男は固まる。

そして次の瞬間瞳に浮かんだのは鋭利にして冷たい、氷のような怒り。

怒りの捌け口が近くにいないからこそ氷だが、もし対象を目の前にすれば容易く炎へと変わるだろう怒りをそのままに、男は何の迷いもなく言い放った。

「最低の愚王ですよ……英雄だなどと、心底笑わせてくれる」

*

アリエスは一人、黒い町並みを歩いていた。

別に何か目的があったわけでも、調べたいものがあったわけでもない。

ただ他にやる事もないから町の散策をしているだけであり、彼の行動にそれ以上の意味はなかった。

そもそもアリエスにとっての幸福とは主の側に仕える事であり、主の役に立つ事が今の彼にとって何にも優先すべき事だ。

200年間も会えなかった主なのだ。少しくらい孝行したいと思うし、その為の労力は惜しまない。

だからこんな町の散策なども本当は興味ないし、いっそ今からでも主を探そうかと思っているほどだった。

(でも、邪魔しちゃうのもなあ)

ルファスは見て分かるほどにこの町に興味を向けている。

アリエスとしてはルファスを裏切った英雄の作った町など興味の対象ではない。

それどころか今すぐに火を放って焼き尽くしてやりたいとすら思う。

だが他ならぬ主が散策を求めているならばそれに従うし、邪魔するのを善しとも思わなかった。

と、なれば、アリエスに出来る事はそう多くない。

精々、主の観光の邪魔をしない事。そして邪魔になりそうな要因を先に潰しておく事くらいだ。

具体的に言うならば魔神族の7曜。

あいつらは恐らくこの町にも何かを仕掛けているはずだ。

というより、仕掛けていないはずがない。

7英雄の生き残りであるメグレズ、メラク、ベネトナシュは人類側の最大戦力であり、彼等がいるからこそ未だ魔神族は世界を支配出来ていないのだ。

だからこそ7曜の一人マルスはスヴェルを攻撃したし、アリエスの事をも利用した。

それを、この国だけ放置というのは有り得ない。

そしてほら、やはりいた。

後ろから誰かが自分を尾行しているのをアリエスは強く感じていた。

いや、むしろこれはわざと気付かせる程度に気配を発しているのだろうか?

どちらにせよ、どうやら一対一の会話を相手はお望みらしい。

ならばあえてその誘いに乗って見るのもいいだろう。

人気のない所を選び、町を歩く。

やがてアリエスは人気のない広場へと出た。

公園……だろうか?

普段は子供達が遊んでいるだろうその場所は、しかし今は誰もいない。

夜中というわけでもなく、人が寄りつかない理由も見当たらないのに誰もいない。

(エンカウント防止の結界かな……)

この世界に存在する7つの属性の一つ、月属性の魔法。その一つにエンカウント防止がある。

自分が望まぬ相手を遠ざけるという単純にして便利なその魔法は冒険者には重宝され、200年前はルファスもよく自分も使えたらいいと愚痴を零していた。

そして彼女自身は使えずとも、彼女には己の不足を埋める12の星がいる。

特に彼女が不得手とする魔法は『射手』、『乙女』、そして『山羊』が補う役割だった。

攻撃魔法を担当する『射手』。

回復、支援魔法を担当する『乙女』。

そして妨害系や撹乱を得意とする――『山羊』。

「出ておいでよ、アイゴケロス。君なんだろう?」

アリエスの言葉に、何もない空間が揺らめく。

直後、まるで陽炎のように現れたそれはまさに悪魔。

山羊の頭部に人の胴体、蝙蝠の翼を合わせ持つ異形の怪物。

その下半身は揺らぎ、実態がまるで掴めない。

覇道十二星天――『山羊』のアイゴケロス。

伝承に語られる悪魔そのものの男が、暗い瞳を不気味に輝かせてアリエスと対峙した。