軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第173話 女神は龍をくりだした

ルファスによって地表の半分以上が剥ぎ取られたミズガルズの空。

そこでディーナがゴミか何かを見下ろすような表情で浮遊していた。

その目には光がなく、まるで精工な人形のようだ。

隣には同じく女神の人形であるリーブラがおり、真の主からの命令を待っている。

「全く……やってくれますね、ルファスも」

ディーナの口から彼女の声で、しかし彼女のものではない言葉が発せられた。

話しているのは確かにディーナだ。だがそこに彼女の意思はもうない。

彼女の身体を使い、他の誰かが――女神が話している。

「まあ、いいでしょう。ここは素直に生物を保護してくれたと喜ぶ事にしましょう。

実際、また生物を地球から持ち込むのも面倒ですからね」

ディーナが彼女の声で、彼女の顔で話す。

だがそこにいるのはもう、ディーナではない。

迸る天力は空間すら揺らめかせ、かつてない力の波動に満ちている。

恐らくその戦力はルファスにすら匹敵しているだろう。

「私の駒も残り少ない……あるいは、ルファスならばこの龍達すらも退けてしまうかもしれませんね」

「……実力を考えればそうなるでしょう。いかにアロヴィナス様といえど、借り物の身体ではマス……ルファスに必ず勝てるという保証もない」

「しかし、龍を退けた後こそがエンドロールの始まりです。

最後を締め括るのは、やはり勇者になるでしょう」

ルファスはきっと龍を退けるだろう。

犠牲を払いながらも、最終的にはルファスが勝つ。ここまでは誰でも分かる事だ。

どれだけの犠牲が出るかは分からないし、無論女神としてはルファス以外の全員が消えてくれれば好都合だ。いや、龍の力を考えればそうなるべきである。

しかしそれでもルファスが勝つだろう。最悪一人になっても彼女ならば勝ててしまう。

だがルファスも予想だにしていまい……龍ですら前座に過ぎぬなどと。

いつだって最後は勇者が勝つ、それが物語のあるべき形だ。

だから彼女は、取るに足らぬ弱い勇者によって最期を迎えるのだ。

「もっとも、彼女ならば私の予想を上回る可能性もゼロではありませんが」

「……疑問です。ならば何故、貴女はそんなにも楽しそうにしているのです?」

「さあ、何故でしょうね。もしかしたらこの先に何があるのか、私自身が見たいからかもしれません」

ディーナは……否、彼女の身体を使った女神は嘲笑するように話す。

「仮に龍を倒し、勇者に勝てたとして、それで一体どうなるというのか。

龍といえど、所詮は脆い宇宙を壊してしまわないように用意した私の道具に過ぎません。勇者も同じ事。

全て倒した所で私には届かない。そんな事はルファスだって承知のはずです」

「……少なくとも龍と勇者、そしてここにいる私達を倒せば貴女の手駒は居なくなります。

そういう意味で言えば、この世界を貴女から解放した事になるのではないでしょうか?」

「確かにそうですね。けれど、そうではないかもしれません。

あの者は何か、私の思いもよらぬ事をしてくれる……そんな気がするのです」

ディーナの表情は変わらず、だがその声色はどこか楽しそうで、期待の色を帯びている。

女神にとっては所詮、これはゲームでしかない。

負けたら悔しいし、嫌な気持ちにもなるが、それだけだ。

女神自身が害される事など決してない。

だからこそ、こうまで余裕でいられるのだろう。

どうせ最後には自分が勝つと分かり切っているからこそ、笑っていられるのだ。

ゲームに負けたら確かに悔しい……が、女神はその気になればいつだって、その 宇宙(ゲーム) そのものを壊してしまえるのだから。

「では始めましょうか……世界の終わりを」

そう言い、女神は龍を動かすスキルを発動させた。

――世界が揺れる。

大地が裂け、風が吹き荒れ、天候が滅茶苦茶に変わる。

まず最初に姿を現したのは光の化身。

ヴァナヘイムの山に眠っていた日龍が目を覚まし、その巨躯を地面から解放した。

どこまでも続く身体は天をも貫き、ミズガルズを一周する。

その規格外という言葉ですら表せぬ姿は、ルファス達からも確認出来た。

もはや生物とは呼べぬサイズ――それを見て、ルファスとオルムを除く全員が冷や汗を流す。

ベネトナシュですらもが平静を保ちつつも汗が流れるのを止められずにいた。

全身が光り輝く鱗に包まれた、神々しいまでの白い龍が咆哮をあげ、世界を揺るがした。

次に現れたのは炎の化身。

真紅の鱗に包まれた龍が火山の爆発と共に飛び出し、先に出ていた日龍と交差する。

炎の龍が現れただけで大地が蒸発し、ルファスが回収し切れなかった草木が燃え尽きる。

この龍が活動を開始したというだけの事で、今やミズガルズは世界中全てが砂漠になったに等しい。

更に続けて天を貫いて巨大な樹が現れた。

雷光を纏うそれは火龍の熱ですら燃える事のない世界樹であり、あらゆる植物を支配する者だ。

その反対側からは大地そのものが龍の姿を取り、岩に包まれた龍がその全容を露にする。

その数は僅かに四体。だが四体全てが超自然の具現だ。

世界最大の巨躯と世界最硬の鱗に守られ、世界最強の力を有する神の代行者達。

世界が滅ぶ時のみ現れるというそれが四体同時に降臨し、宇宙まで響く咆哮を轟かせる。

心せよ、人よ。お前達の時代はたった今を以て終わりを告げる。

人の言葉を使わず、されどその必滅の意思だけが世界中に伝わった。

*

「皆に告げる。私はこれよりディーナとリーブラを相手取る。

龍は全て其方等に任せるぞ」

龍の姿を見てルファスが最初に発した言葉に十二星全員が緊張するような表情になる。

ルファスの力ならば龍を数体同時に相手にしても互角以上に渡り合う事が出来るはずだ。

だがその彼女が戦線から離脱するという。

決して敵を甘く見ての行動ではない。むしろ逆だ。

そこまで本腰を入れなければ、女神が憑依したディーナには勝てないと判断したのだ。

女神が他者を使う事はこれまでにもあった。だが今回だけは今までとは違う。

女神のアバターを女神が使うのだ。ならばその戦闘力は龍以上。

そして、その戦力の情報もまたルファスは既にディーナより伝えられていた。

――HP、9999億。

これがゲーム時代のアロヴィナスのHPだ。

そしてゲームのアロヴィナスとは運営の化身でありアバターであり……ディーナ自身の事を指す。

ならば、つまりはそういう事なのだろう。

女神が憑依した際の彼女の強さ。あれはそれを示していたのだ。

「いいだろう。天龍は私に任せてもらおうか」

ルファスからの無茶ぶりとも取れる指示に真っ先にオルムが応じた。

向こうが龍ならばこちらも龍。奴等と同じ世界の裁定者にして破壊者だ。

オルムが跳躍し、一瞬でその身体が黒い鱗に覆われた龍と化す。

そして己の倒すべき敵へと向かい、次にベネトナシュが踏み出した。

「ならば私は火龍だ。龍とやらがどれだけのものか試してくれる」

龍は確かに世界の頂点だ。

だが相手が頂点ならばこちらは規格外。女神の定めたルールの上を往く。

ベネトナシュが自信に満ちた笑みを見せ、だがそこに声をかける者がいた。

「待ちなさい」

「……何だ、妖精姫」

「私は彼等を認めたわけじゃないんだけどね……まあこの非常事態だし。

どうせなら連れていってあげなさいよ」

ポルクスが不満そうに言い、スキルを発動した。

それと同時に天から光が降り注ぎ、四人の男の姿となる。

現れたそれは、ベネトナシュにとってよく知る顔であった。

剣王アリオト。

獣王ドゥーベ。

冒険王フェクダ。

そして鍛冶王ミザール。

かつてポルクスが女神に操られた際にも一度は蘇らせた二百年前の怨敵達。

それを彼女は再び呼び戻したのだ。

「ポルクス、お前……」

「兄さん、それ以上は言わないで。私はまだ認めたわけじゃないんだから」

ポルクスのスキルは『彼女が認めた英雄』を呼び戻すスキルである。

つまり、彼女が英雄と思っていない者は決して戻ってこない。

だからポルクスはかつて、七英雄だけは召喚出来なかった。

その彼女が七英雄を召喚したという事は、つまり彼等を認めた事に他ならない。

彼等の過去を知り、彼等には彼等の事情があった事を知り、そしてメラクとウィルゴを見て彼等なりの苦しみがあった事を知ってしまった。

……いい加減許してもいいと、そう思ってしまったのだろう。

ポルクス自身もそれを自覚はしているのだろうが、しかし内心複雑な思いだ。

故に素直になれず、呼ぶだけ呼んで背を向けてしまった。

『最後の宴にゃあ間に合ったようだな! 儂もきたぞお!』

更にそこにブルートガングが空を飛んで到着した。

スピーカー越しの大声が響き、巨大王都が巨大な人型ゴーレムへと変形して着地する。

『メグレズ、お前さんのマナ機関はいい感じだ! ブルートガングも飛べるようになったぞ!』

「おお、儂のブルートガングが飛んでおる!」

『おお!? 何でそこに儂がおるんじゃ!?』

「よう、儂! 過去の罪を清算する為にヴァルハラから戻って来たぞ!」

ここに、まさかの七英雄再集結だ。ミザールが二人に増えてしまったが、まあ些細な事だろう。

ベネトナシュは腕を組んだまま溜息を吐き、だがその口元は緩んでいた。

どうやら以前と違って、今回はちゃんと自分を取り戻しているらしい。

更にルファスは懐から小瓶を取り出し、それをメグレズとメラクに投げた。

「これは……」

「使え、エリクサーだ。これから最後の戦いなのに力が半減したままでは恰好がつくまい」

「……恩に着る」

ルファスから渡されたエリクサーを飲み、メグレズが車椅子から立ち上がった。

それと同時にメラクの翼が復活し、そこにタウルスが歩み寄った。

「タウルス、もう傷は大丈夫か?」

「ああ、問題ない。友が己を取り戻したのだ……ならば俺も寝てなどいられんよ」

タウルスはそれだけを言い、ルファスの隣を通り過ぎた。

余計な言葉など不要。友が戻って来て戦うという。

ならば自分もまた戦場へ赴くだけだ。

そして友が過去の遺恨を流すならば、己もまたそれに続こう。

それがタウルスの過去から変わらぬルファスへの友情であり、忠義だった。

「歯を食いしばれ」

「……ああ」

「思い切りやってくれ」

「――“アルデバラン”」

タウルスの拳がメグレズとメラクを躊躇なく殴り飛ばした。

二人の身体が吹き飛び、地面に叩き付けられる。

これで過去の件はチャラだ。少なくともタウルスはこれ以上何かを言う気はない。

立ち上がったメラクとメグレズは顔を腫らし、しかし清々しい顔をしている。

「お前達にかけられた呪いは解いた。後は好きにしろ」

「有難う。感謝する」

背を向けているタウルスへメグレズが感謝の言葉を述べ、腕を振るった。

それと同時にレヴィアが彼の元へ近付き、その上へ飛び乗る。

メラクは取り戻した己の翼で飛翔し、アリオトもレヴィアの上へと乗り込む。

「オイラ達も協力するベア、ベネトナシュ」

「一緒に戦おうぜ」

ドゥーベとフェクダが在りし日そのままの姿で手を差し出し、ベネトナシュは鼻を鳴らしてそこに拳を合わせた。

更にその上にミザールが掌を重ね、メラクが降りてそこに自分の手を乗せる。

最後にメグレズもレヴィアから降りて手を重ね、そしてアリオトが降りようとした瞬間にレヴィアは何故か首を上げて彼だけ降ろさなかった。

「足は引っ張るなよ」

「無論だ。私達の力を知らぬわけではないだろう?」

「背中は任せてくれ」

「また一緒に暴れようぜ、ベネト!」

ベネトナシュが吐き捨てるように言い、メグレズ、メラク、ミザールが自信に溢れた声で返した。

互いに互いの実力は知っている。腹は立つが役に立つ連中だという事もまた、知らぬベネトナシュではない。

ならばいいだろう。来るというならば来るがいい。その力を精々活かせ。

ベネトは口に出さずとも彼等の同行を認め、そして妙に懐かしい気持ちになった。

「ねえ、ちょっと待って! 何で俺だけハブられてんの!?

今降りるからちょっと待ってくれ! お前等、手を離すな、まだ俺降りてない!」

「よし、行くぞ皆。まずは箱舟にいる民達へ私達の姿を見せて瀬衣君と共に彼等を落ち着かせよう。

アリオトは放っておこう」

「メグレェェェェズ!」

七英雄がブルートガングとレヴィアを伴って飛び、箱舟へと向かった。

向こうは彼等に任せれば大丈夫だろう……そうルファスは確信し、昔を思い出して可笑しくなった。

この戦いが終わったら、またあいつらと一緒に酒を飲むのもいいかもしれない。

ルファスはエクスゲートを展開してマファール塔から剣を二本呼び出し、それを箱舟の近くのレヴィア……その上のアリオトへ向けて投げつけた。

「餞別だ。持っていけ!」

「すまねえ、助かる!」

アルゴナウタイは召喚の際に生前の武器もマナで再現されるが、所詮は再現。本物ではない。

これから最後の戦いだというのに、剣王がこれといった武器を持っていないのでは情けないだろう。

まあ情けないのも含めてアリオトのキャラといえばそれまでだが、まあ折角の復帰戦だ。少しは活躍して貰いたい。

そんな事を考えながらルファスは己のコレクションのうちの一つを惜しみなく貸した。

アリオトならばきっと使いこなせるだろうと信じているからこその行動だ。

「私は木龍の所へ行くわ。決着は私の手で付ける」

「ポルクスが行くならば私も行こう」

ポルクスとカストールの妖精兄妹は木龍との戦いを望んだ。

木龍は二人にとってのオリジナルであり、そして親だ。

この戦いだけは誰にも譲れない。その強い決意を目に宿している。

「ポルクス」

そんな彼女へとルファスは一つの指輪を投げ渡した。

それは以前、ふとした事から入手した『神器クロノス』だ。

周囲の時間を遅らせる事で相対的に時を停めたに等しい世界へと入る事を可能とする逸品で、その代わりに指輪を失った時にそれまで過ぎ去った時間の反動を一気に受けてしまうという欠陥品でもある。

しかしポルクスは数十万年もの時を存在し続けてきた妖精姫だ。そんな反動などいくら受けた所で全く意味がないし、そもそも妖精である彼女に寿命などない。

つまり彼女はこの指輪を完全にノーリスクで使用する事が出来る。

加えて、この指輪には少しばかりルファスによる加工が施されている。

以前までのこの指輪は世界全てに対してのデバフを行っていたが、そんな事をしても味方の邪魔になるだけだ。

だからその機能をオミットし、純粋に装備者の速度のみを上げるように 劣化(かいりょう) を加えられていた。

「持っていけ。ここから先は全員が体感時間を圧縮した、上の時間軸での戦いになる。

そのくらいの玩具は持っていないと其方では戦いについていく事すら出来んだろう」

「そうですね……ありがたく使わせて頂きます」

ポルクスの身体能力は並の戦士などと変わらない。

つまりそれは、ここから先の戦いには全くついていけない事を意味していた。

戦力としてついていけない、どころではない。戦いを見る事すら出来ないのだ。

今のままの彼女では英霊を召喚している間に誰かが死んでいた、という事にもなりかねない。

この先の戦いに加わる為にも、これは彼女にとって必須の道具だ。

「じゃあ俺は土龍だ。俺を差し置いて最強とか名乗るふざけた野郎をぶっ殺してやる」

「僕は……じゃあ僕も土龍に行こうかな」

ポルクスが木龍に挑むならば、土龍に挑む役割も必要だ。

そこにまず名を挙げたのはレオンとアリエスの二人であった。

「ならばミーは木龍の相手をしましょう。ポルクスには壁が必要でしょうからね」

「ウィルゴ、儂等は土龍に行くぞ。アリエスはともかく、この馬鹿ライオンを回復なしで特攻させては負けが見えとるわ」

「は、はい、お婆ちゃん」

「誰が馬鹿ライオンだゴラァ!」

「土龍相手では余は相性が悪いな。余は木を潰してくれよう」

「我も」

更に続いてカルキノス、ピスケス、アイゴケロスが木龍へ。

ウィルゴ、パルテノスが土龍との戦闘に立候補する。

「援護役が必要だろう。俺は木龍の相手をしてやる」

「俺は土龍を砕く」

「相性は悪いが……まあ俺の能力ならサポートくらいは出来るだろ。土にいってやらあ」

最後にサジタリウスは木。タウルス、アクアリウスが土龍との戦いを選び、ルファスが何も言わずともチーム編成が決まった。

アルゴナウタイも各々の判断で散り、四チームそれぞれの援護へ向かうようだ。

よく見ると封印の為に置いて来たフェニックスやハイドラスの姿も確認出来る。

どうやら龍が動いた事で慌てて追って来たらしい。

「俺は父の所へゆく。ルーナ、貴公は船に残れ」

「……っ、テラ様、私も……」

「駄目だ。今回の戦いは次元が違う」

テラはどうやらオルムの援護へと向かうようだ。

だがテラはともかくとして、ルーナは完全に戦力外である。今回ばかりはテラもルーナを守る余裕がない。

ルーナもまたそれは分かっているのだろう。

分かってはいるが……それでもテラだけを向かわせて自分が安全な場所にいるのは辛いのだ。

そんな彼女をテラは強く抱きしめ、言い聞かせるように囁く。

「大丈夫だ、俺は必ず帰って来る……貴公を残して死にはせん」

「……約束、ですよ」

「ああ、約束だ」

「おい止めろ其方等。それは特大の死亡フラグだ」

抱き合う二人へ、ルファスが空気を読まずに突っ込みを入れた。

最終決戦前に抱き合い、必ず帰って来ると言って帰って来た奴はそういない。大体死ぬ。

オルムを追って飛んでいくテラの後ろ姿を見送り、ルファスはふと、まだここに残っているスコルピウスと目があった。

「……其方は行かんのか?」

「ルファス様のいる場所が妾の戦場ですわあ」

「…………」

……最終決戦だっていうのに、こいつブレないな。

そんな感心を抱きながら、ルファスはまあいいかと空を見た。

後は信じるしかない。己の仲間達が全員、無事で帰って来る事を。