軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第139話 火龍のねごと。火龍は身代わりを使った

一夜で魔神族の町を壊滅させたアリエス達は翌日、氷の城へと招かれていた。

溶けない氷で四方を包まれた城内には、これまた氷の剣や鎧で武装した騎士達が一列に並んで不動の姿勢を見せている。

冷たくないのだろうか、とアリエスは考えたが、恐らく中身も人ではないのだろう。

いや、あるいは中身そのものがないのかもしれない。

玉座には豪華な衣装を纏った少年が頬杖を突き、アリエス達五人を値踏みするように見下ろしている。

だが観察も終わったのだろう。彼は大仰に手を広げると、芝居がかった動作を交えながら五人へ言葉をかけた。

「此度は大儀であった、旅の者達よ。プルートゥを討ち果たした汝らの功績、真に見事なり。

褒美に望む物を与えよう。財か、栄誉か、それとも権威か。思うがままに述べるがいい」

それは太っ腹な事だ、とスコルピウスは口元を緩めた。

そして何と滑稽な姿だろう。

事ここに至って、まだ自分が誰と話しているかを理解出来ていないらしい。

いかに二百年の時があったとはいえ、自分達の顔を忘れるとは不義理な男だ。

スコルピウスは呆れたように髪をかきあげ、侮蔑の視線を送る。

「それはそれは。ではアクアリウスとの面会を望みますわあ、代役さん」

「は? 何を言っておる。私こそがアクア……」

「生憎だけど運び手に用はないの。妾達が用があるのは水瓶の方よお、ガニュメーデス」

『本当の名』を呼ばれ、アクアリウスを名乗っていた偽りの王がビクリと震えた。

そう、彼はアクアリウスなどでは断じてない。

無論決して無関係な存在ではない。自ら動くのを面倒臭がるアクアリウスを持ち運ぶ『運び手』の使命を与えられた魔物で、そのレベルも600と非常に優秀だ。

特殊な異能の類こそ有さないが、単純なステータスの殴り合いに限ればカストールが相手でもそこそこ善戦出来るだろう。

とはいえ、結局それは十二星の戦闘要員と比べれば大した相手ではないと言っているに等しく、スコルピウス達の脅威になる物ではない。

彼もまた、自分が見下ろしている者達が誰なのかを思い出したのだろう。

その顔がみるみるうちに青褪め、汗が滝のように流れ出す。

「お、お前達は……いや、貴方達は……!」

「通るわよ。まさか否とは言わないでしょうねえ?」

「……は、はい」

この事態に、周囲の騎士はまるで動く様子を見せない。

これが人であれば事態の変化に動揺するなり、あるいは王として崇めてきた人物への不敬を咎めるなり、何かしらの行動に出ただろう。

だがそれがないという事は、やはりこの騎士達は自我など有さない人形のようなものなのだろう。

スコルピウス達はガニュメーデスの横を素通りし、玉座の奥の垂れ幕を無造作に開ける。

この城は玉座の裏からそのまま王のみが立ち入る事が出来る専用の部屋へ移動出来る構造らしく、実に分かりやすい。

アクアリウスは……これもまた分かりやすいものだ。入った部屋の奥。

そこに堂々と巨大な水瓶が隠れもせずに鎮座している。

その大きさは大体3mといったところだろうか。運ぶのに苦労しそうなサイズだが、このレベルの者達にとってはさして気になる大きさでもない。

何せ彼等の主であるルファスは全長170mの竜王を片手で投げ飛ばす規格外なのだから。

「久しぶりねえ、アクアリウス。出てきなさいよ」

「……ああ? こりゃまた、随分久しぶりに聞く声だなあ、おい」

スコルピウスの呼びかけに応じたのは、幼い少女の声であった。

水瓶の出口からひょっこりと顔を出したのは外見年齢にして十二歳程度にしか見えない童女だ。

桜色の妙な衣装――二百年以上前に存在していたという『ワコク』という国の伝統的衣装である『キモノ』に身を包み、頭には桜の花を象った髪飾りが飾られている。

髪の色は紺。瞳の色は青。一見すると愛らしい少女は、旧知との出会いに花が咲くような笑顔を浮かべた。

だが外見と中身が一致しないのは最早当然の事であり、その中でも群を抜いているのが十二星だ。

彼女もまた、言うまでもなく見た目通りの年齢ではない。

いや、そもそも年齢という概念すらあるかどうか怪しいものだ。

何故なら彼女は魔物でもなければ人もでなく、ゴーレムですらもない。

神が造りし意思ある道具……即ち、アイテム。

『神器・ 海の女王(アクアリウス) 』。それが彼女の正体であった。

今顔を出している童女も、相手と意思疎通をし易いように水で創り出した偽りの身体でしかなく、彼女の本体はあくまでこの水瓶である。

「これはこれは。ガチレズの蠍に蟹のボケ、羊のガキじゃねえか。なっつかしいなあオイ。

後ろにいるのは……ええと、お前等誰だっけ?」

「フェニックスです!」

「ハイドラスです!」

「おお、そうだったそうだった。焼き鳥と青蛇な」

「鳳凰です!」

「水蛇です!」

尚、彼女は元が道具だからなのかは不明だが、とにかく人の名前を覚えない。

だから仲間だろうが敵だろうが、名前ではなくその種族などで呼んだりする。

その酷さといったら、ルファスの名前すら覚えずに『主様』などと呼ぶほどだ。

幸いなのは、口調は酷いが別にレオンのような乱暴者というわけではないという点か。

むしろ、割と誰に対しても友好的な存在であり、十二星の中では穏健派側である。

彼女は水瓶の縁に肘を乗せ、カラカラと笑いながら話す。

「それで、何か俺に用か? まあ折角訪ねてきたんだ。飯くらいなら出させるぜ」

「あー、うん。それは嬉しいんだけど、遊びに来たわけじゃないんだ。

実はルファス様が蘇ってさ。それで君を連れ戻す為に僕達はここに来たんだよ」

「……あー……そっか。もう二百年経ったのか……早いもんだなあ」

アクアリウスはルファスの復活にも特に驚きを見せず、それどころかまるで最初から分かっていたようにしみじみと答えた。

その姿にスコルピウスは決して軽くない嫉妬を感じずにはいられない。

自分には復活の事なんて一言だって伝えられていなかったのに、なのにパルテノスやポルクス、アクアリウスといった連中にはそれが教えられている。

理由は分かっている。ルファスは本当ならば味方にすらその情報を隠しておきたかったのだろうが、しかしそれでは龍の封印という大任を任せるにしても途中で放棄されるか、最悪、人類への逆襲に龍をわざと復活させられてしまうかもしれない。

だから釘を刺す意味でも一部の部下にのみ、それを伝えた。それは分かるのだ。

しかし、やはり悔しいものは悔しい。

「だが今はちょっと不味いな。少しだけ待ってくれ」

「何かあったの?」

「あったといえばあったな。俺が火龍を封じてるのはもう知ってるだろうが、この火龍ってのが寝相の悪い奴でな。大体二十年周期で 分体(アバター) を出しては夢遊病みてえに徘徊しやがる。

しかも寝惚けて近くにあるモンを全部燃やしちまうっつう迷惑ぶりだ」

アクアリウスは面倒臭そうに言い、溜息を吐いた。

「ま、アバターを始末しちまえば大人しくなるし、所詮は寝惚けて出したアバターだから実力も大したことねえんだがよ。それでも龍の分体だ。当たり前だが、そこらの魔物や魔神族なんざ相手にならねえくらいには強い」

「I see、つまりそれを倒した後でないと動けないと。道理でプルートゥなどに手こずっていると思いましたよ」

「ああ、アレな。まあアレは運び手じゃあちょいと荷が重い相手だからな。サシなら負けんだろうが、あの規模の軍隊相手となるとこいつじゃキツイ」

そう言い、アクアリウスはガニュメーデスを見る。

別に咎めているわけではないのだろうが、それでもガニュメーデスは委縮してしまった。

「ま、そりゃどうでもいいや。放置しても問題ねえ小物だし」

「ちょっとお、それ完全に妾達働き損じゃないのお」

「ははは、悪い悪い。ところで龍に話を戻すが……そっちも俺の代役を連れてきてくれたみてえだが、流石に焼き鳥と青蛇じゃ手に余る相手だ。

こいつを乗り切ってからじゃねえと一緒には行けねえ。悪いな」

決してフェニックスやハイドラスが弱いわけではない。むしろ彼等は十分に強い魔物だ。

片や高い再生力と火力を誇り、鳥系の魔物の中では最強候補に名を連ねる鳳凰。

片や言わずと知れた最強種ドラゴンであり、高い攻撃力と魔法力を誇る水竜。

そのどちらもが、その気になれば星の地形すらも変えてしまえるほどの力を秘めている。

しかしそれでも尚、アクアリウスは『不足』と判断を下した。

「ならばアクアリウス、そのアバターの退治にミー達も付き合いましょう」

「は? そりゃまあ助かるが……いいのか?」

「Yes。ミー達の使命は貴方を連れ戻す事。その為に必要な事ならば協力しますよ」

カルキノスはウインクをし、それから後ろの仲間達を見る。

それにアリエスは頷き、ハイドラスとフェニックスも笑みで肯定を返した。

唯一不満そうにしていたのがスコルピウスだが、彼女もそれが最善であると理解はしているのだろう。

渋々といった様子で「勝手にしなさいよお」と吐き捨てた。

「OK。じゃあ明日、俺と一緒に来てくれ。

一緒に寝坊助の龍を寝かしつけに行くぞ」

アクアリウスが嬉しそうに言い、アリエス達も合わせて笑う。

どうやら今回は十二星同士の戦いはなく、連れて行く事が出来そうだ。

そして翌日。

アリエス達は城の地下へと案内されていた。

いや、城の地下というよりはこのネクタールの町の地下と呼んだ方がいいのかもしれない。

氷の大地の下は驚く程広大な氷の監獄になっており、並の人間ならば防寒具を着込んだとしても短時間で凍死してしまうだろう冷気に満ちている。

氷点下100度。それがこの空間の温度だ。

しかし水属性に強いハイドラスやアクアリウスは当然として、アリエスやスコルピウスすらも平然とその空間を歩く。

繰り返すようだが高レベルの怪物というものに常識は通用しない。

この程度で参るようならば敵の放つ氷魔法などに耐えきれるはずもなく、いかに弱点であろうとただ温度が低いだけならばアリエス達にとって左程の脅威にはならない。

寒いとは感じるし、長居したい場所でないのも事実だが、それだけだ。

アクアリウスの水瓶を抱えたガニュメーデスが先頭を歩き、その後をアリエス達五人が続く。

やがて、氷の監獄の最奥に到着した時、アリエス達は『それ』の姿を拝む事が出来た。

「これが龍……」

「馬鹿げてるわねえ。鼻先だけで擬人化を解いた時の妾よりでかいじゃなあい」

それは巨大な生物だった。巨大過ぎる生物であった。

見えているのは僅かに顔の先端。鼻から先でしかない。

それ以外の部分は全て地面に埋まっており、見えているのはまさにほんの一部分のみだ。

だがその一部分ですらが、魔物化した状態のスコルピウスの全身よりも 巨大(でか) い。

こんな生物の全体像など想像するだけで馬鹿げている。

なるほど、主が封印するわけだ。これはまず、強い弱い以前に行動そのものをさせてはいけない類の化物である。

「ねえ、この封印の仕方って大丈夫なの?

ルファス様から聞いたんだけど、龍っていうのは実際は封印出来るような相手じゃなくて、周りの環境を変えない事で『世界は平和なままだ』と誤認させて起こさないようにしてるだけ……って話じゃ」

「へえ、他の所ではそうやって封印してるのか。

だが生憎俺は違う方法だ。というより、そんな呑気なやり方じゃこいつは勝手に起きちまう。

さっきも言ったが、こいつは寝相の悪い奴なんだ」

アリエスが思い出しているのは、以前の天龍の封印の件だ。

あの後ルファスから説明されたのだが、天龍の封印とは実際には封印と呼べるようなものではなく、単に周囲を保つだけのものであったらしい。

しかしこの火龍の封印は明らかに違う。周囲の環境をこれでもかとばかりに変えてしまっている。

そのもっともな疑問にアクアリウスは自身の髪を指で弄びながら説明した。

「俺のやり方は至って単純。思い切り冷やして眠気を誘発し続ける方法だ。

この龍は分かりやすい奴でな、周りが熱いと活性化するし、寒いと沈静化するんだ。

だからこそ、属性違いの俺が封印役に選ばれている」

語りながら、アクアリウスは面倒臭そうに前を見る。

その視線の前……龍の前には一人の青年が幽鬼のように佇んでいた。

「ま、それでも寝惚けてアバターを時々出すんだがよ」

「あれがアバターなのですね?」

「ああ、間違いねえ」

カルキノスの確認にアクアリウスが答える。

相変わらず水瓶から上半身を乗り出しており、自分で移動をする気は全くないらしい。

ガニュメーデスもよく疲れないものだ、と少しだけカルキノスは彼を不憫に思った。

「あの巨体なのに、アバターは人型なのですね」

「俺も詳しい事は知らんが、アバターってスキルは必ず人型になるらしいぜ。

その種類は四種類。天力で創り出す精霊、及びそこから派生する妖精。魔から創り出す魔神族。

最後の一つは実際に存在している人類の胎を借りて魂の一部を与えた分身を産み落とさせるってやり方だな。

特に厄介なのが四番目だ。他のアバターと違って実際に生きた肉体を持っているから普通の人類と見分けがつかねえし『観察眼』とかでも正体を見抜けねえ」

ハイドラスの問いにアクアリウスが説明を返す。

精霊と妖精は最早語るまでもないだろう。彼等の仲間であるポルクスやカストールがこれに該当する。

魔神族は厳密にはアバターとは言い難い。誰かの分身というわけではなく、ただの意思ある魔法なのだから。

そして最後の一つは今の所該当例なしだ。

もっとも、実はつい最近までアリエス達はこの四番目のアバターと接していたのだが……。

「アクアリウス様のそのお姿は?」

「ああ、これは一番目だ。精霊って言われるタイプだな」

フェニックスの問いにアクアリウスが返事を返す。

解説をしながらも、アクアリウスの視線は火龍のアバターに固定されたままだ。

今の所動く気配はないが、こちらから仕掛ければすぐにでも行動を開始するだろう。

逆に言えばこちらから仕掛けなければ少しの間はバフを行う余裕があるという事だ。

アクアリウスは固有スキルを起動し、アリエス達全員へと付与した。

「スキル、『サダクビア』」

秘密の幸運星(サダクビア) ――その効果は味方に『幸運の星』という専用付与を与えるものだ。

幸運の星は付与した後、一定回数の攻撃を『運よく』回避する事が出来るようになる回避補助スキルであり、言ってしまえば絶対回避を味方に約束する。

もっとも、決して万能の無敵スキルというわけではない。

ベネトナシュのように馬鹿げた速度で連続攻撃を放ってくる者が相手ではすぐに幸運の星が切れてしまうし、リーブラのブラキウムのように関係なしに直撃させてくる相手もいる。

また、スキルの間には優先度というものがあり、例えば絶対命中と絶対回避が衝突した場合はより高位の、優先度の高いスキルが勝るようになっている。

そしてこの『サダクビア』は複数回の回避を可能とする代わりに優先度は低く、ほぼ全ての絶対命中スキルに貫通を許してしまうという弱点があるのだ。

しかしそれを踏まえても十分に、そして反則的なまでに凶悪な支援能力である事は疑う余地もないだろう。

「さあ久しぶりの共闘だ。頼りにしてるぜ、お前達!」

「承知! いくぞフェニックス!」

「応!」

アクアリウスの言葉にハイドラスとフェニックスが士気を高めて応えた。

まず先陣を切るのは部下の務め。

青と赤の魔物コンビは同時に飛び出し、火龍のアバターへと突撃していった。