軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第137話 ムスペルヘイムはこおりついた

暗黒大陸を飛び続けて大体三時間が経過しただろうか。

「見えてきました」というリーブラの声に誘われ、俺は甲板へと上がっていた。

見れば、他のメンバーも集まっておりムスペルヘイムを前に何人かは目を丸くしている。

『龍』を封印している地の一つ、ムスペルヘイム。

そこは一体どういう理屈が働いているのか、マナが火から戻らずに消えない炎に包まれた大地だという。

その温度は千度に達し、大凡生物が生活出来る環境にない。

一説では何かしらの神器の力が働いているのではないか、とも言われているらしい。

ま、全部リーブラの受け売りだけどな。

しかし……噂というのは当てにならないな。

俺は上記の説明を受けた時から、ムスペルヘイムを炎に包まれた土地だと勝手に想像していたが実物は随分違う。

というかこれは……。

「凍っているな」

「ええ、凍っていますね」

アルゴー船から見下ろすその土地は、想像とは完全に正反対に位置する様相を見せていた。

灼熱の地と呼ばれているはずのそこは、あろう事か氷に包まれた極寒の地となっていたのだ。

中央には氷で造られた城が建ち、その周囲には城下町のような家が並んでいるが全て氷で出来ている。

地面には雪が積もり、見ているだけで寒そうだ。

遠目で見る分には神秘的ですらあるのだが、自分では住みたくない町だな。

「恐らくはアクアリウスの仕業でしょう。自らのマナでこの地を上書きしたのだと推測されます」

「ほう。ムスペルヘイム全体をか?」

「彼女ならば不可能ではありません」

「時にリーブラ、ムスペルヘイムの面積は分かるか?」

「83,500k㎡です」

83,500k㎡……というと、大体北海道と同じくらいの面積か。

それだけの広大な、しかも元々は千度を上回っていたはずの灼熱の地を丸ごと氷で閉ざすとは凄まじい力だ。

水属性といえば真っ先に思い浮かぶのはディーナだが、同じ属性でも彼女とは力の使い方が大分異なるらしい。

こりゃ水というよりは氷属性だな、どっちかというと。

まあこの世界に氷属性なんてのは存在しないから、分類上は水属性になるんだろうけど。

「それじゃあルファス様、行ってきます」

アリエスが船の手すりに足をかけ、スコルピウスとカルキノス、フェニックスとハイドラもそれに続く。

このまま飛び降りて町に着地するつもりだろう。

別にそれは彼等の身体能力ならば問題ないのだが、しかしその恰好で寒くないのだろうか?

アリエスは両手足を露出しているし、スコルピウスは言うに及ばず。

一番厚着をしているカルキノスですら、冬場の恰好とはとても言えない。

まあ、彼等なら大丈夫なのかもしれないが、それでも一応渡しておくか。

「まあ待て。その恰好でいくのもあれだ。

これを持っていけ」

そう言い、俺はエクスゲートでマファール塔から厚手のコートを三着出した。

昔、水属性のボスと戦う際に造った防具で、名を『アウルゲルミルのコート』という。

ステータス補正は少しマイナスがかかるが、水属性と火属性に強い耐性を持つ防具で、この二つの属性から受けるダメージを70%カットする。

余談だが俺の外套は全属性50%カットなので、水と火に対する耐性だけならば俺の装備よりも上だ。

デザイン的には白、黒、赤のカラーがあるので、それぞれに合ったものを渡せばいいだろう。

……スコルピウスは、あんま見た目変わらないな。

「それと、これは餞別だ」

ついでに、暇潰しに造っておいた武器を三人へ渡した。

元々エクスゲート・オンラインではゲームバランスを配慮してか、魔物は何も装備出来ない仕様であったが、この世界ではそうでもない。

カストールやタウルス、サジタリウスは当たり前のように武器や防具を付けているし、よく考えれば両手が空いてるんだから、そりゃ装備出来るに決まってるよなという話だ。

アリエスに渡したのは指の部分が空いた、所謂オープンフィンガーグローブ。

両手の指の付け根、つまり第三関節の場所には四つの突起があり、拳を握って殴る際にはその部位を相手に叩き込む事になるだろう。

装備補正はSTR+1200、効果としては『敵の属性防御貫通』を付与してある。

これならば相手が火に強かろうと構わずに割合ダメージを御見舞い出来るはずだ。

スコルピウスに渡したのは鎖鎌のような何か。

基本的には鎖鎌なんだが、先端に付いているのは鎌ではなく蠍の鋏を模した武器で、敵にぶつかると自動で挟み込んで捉えるように出来ている。

これは単純に攻撃力+2000の補正が付いているだけのパッと見で分かる強武器だ。

これといった能力もないが射程も長いので、それなりに使いやすいはずだ。

で、困ったのはカルキノスだ。

何が困ったって、こいつ元々武器持ってるんだよ。

いつも何処からか出しているあの片刃の鋏だが、何とあれは本物の武器だったらしい。

スコルピウスの出す鋏はマナを集めたものだが、カルキノスの鋏はどうやら自分の甲羅を削って自作した武器だというのだ。

なのでこいつは単純に今までの武器がバージョンアップするだけになった。

元々の性能は攻撃力+800だったらしいが、改良後の攻撃力は+1000で、二回攻撃可能。ついでに投擲するとブーメランのように持ち主の所へ帰って来るようにしたので一応遠距離攻撃も可能となった。

……ただ、まあ、こいつらに武器を造っても正直微妙ではあるんだよな。

サジタリウス、カストール、タウルスはアリエス達のように魔物形態へ大幅な変化というのをしない。

カストールなんかはアレが素の姿だし、サジタリウスも変わるのは下半身だけ。タウルスも多分そんなに巨大化したりはしないのだろう。

だがアリエス、スコルピウス、カルキノスは三人共本気を出すと巨大な魔物へと変わる。

しかしその時には俺が与えた武器や防具など当然使えないのだ。

それを考えると、元々装備との相性が悪いのかもしれない。

ま、それでも無いよりは多分マシだろう。多分。

「ル、ルファス様が妾に武器と防具を……一生大事にしますわあ!

大切に保管して家宝として代々崇めますわあ!」

「いや、保管するな。使え。何の為の装備だ」

とりあえずこれで能力の底上げは出来た。

何かあったとしても、まあ余程の事でない限り対処が出来るだろう。

他の部位の装備は時間がなくてまだ完成していないが、こちらもそのうち造ってやるつもりだ。

「ありがとうございます、ルファス様」

「うむ。アクアリウスを頼むぞ」

「はい!」

俺はアリエスの頭を軽く撫で、彼等を送り出してやった。

ここからはアリエス達次第。

無論、俺は彼等を信じている。この三人ならばアクアリウスを間違いなく連れてきてくれるだろう。

アリエスも俺の言葉に元気よく返事をし、今度こそアルゴー船から飛び降りた。

それに続いてカルキノスとフェニックス、ハイドラスも降りる。

現在アルゴー船は高度一万mの位置にいるが、アリエス達ならば全く問題のない高さだ。

パラシュートなども必要ない。

彼等を見送り、そこで俺は何故かスコルピウスがまだ飛び降りていない事に気付いた。

「……」

「……」

何かに期待するような顔をしていたスコルピウスの頭を撫でてやる。

するとスコルピウスは一気にテンションが上がり、ヒャッハーとか叫びながら飛び降りて行った。

今日もあいつは平常運転だな。

*

一万mの上空から降下したアリエス達は、町から少し離れた位置に軽やかに着地した。

アリエスは着地寸前に炎を出し、スコルピウスとカルキノスはそれぞれ地面へ蹴りを放ってその反動で落下の衝撃を和らげていた。

元々飛行可能なフェニックスとハイドラスは言うに及ばず。

アリエス達の前に出ないように、少し離れた後ろで優雅な着地を決める。

こうして極寒の地と化したムスペルヘイムに降り立った五人は、改めて己の記憶と全く違う姿となったその地を感心したように眺めた。

「こうして近くで見ると、本当にここがムスペルヘイムなのか信じられないね。

これじゃまるで最北の地だよ」

「本当ねえ。熱気が居心地いい場所だったのに、台無しじゃなあい」

「確かに。アクアリウス様を非難するわけではありませんが、炎の楽園であるムスペルヘイムがこうも見事に凍り付いているのを見ると、正直複雑な気持ちです」

アリエス、スコルピウス、フェニックスの火属性三人にとっては本来のムスペルヘイムこそが居心地のいい空間だった。

実際ルファスもムスペルヘイムの熱気を見越してメンバー振り分けをしたのだから、これは完全に想定外といえるだろう。

しかし、だからといってメンバーチェンジを出来るかというとそうでもない。

アイゴケロスを入れるにしても、代わりに外せるメンバーがいないのだ。

アリエスを外してしまえばアイゴケロスとスコルピウスのW問題児を一緒にする事になってしまうし、スコルピウスを外せば今度はスコルピウスとリーブラが一緒になり、仲間割れを起こす。

ならばカルキノスは、というと彼は万一戦闘になった際の対アクアリウスの主戦力なので絶対に外せない。

つまり多少予定と違ったからといって易々と面子を入れ替える事が出来ないのだ。

「とりあえず、まずは町に入りましょう。

まずは、ここがどういう町なのかを理解しなければ」

「カルキノス様の言う通りです。ここに居ても仕方がありません」

カルキノスが町へ入る事を提案し、それにハイドラスも賛同する。

実際、彼等の言う事はもっともだ。ここでずっと立っていても事態は動かない。

アリエス達も特に反論せず、これに黙って頷いた。

一歩一歩、雪の大地に足跡を刻みながら歩き、町へと踏み込む。

そして視界を埋めたのは一面の銀世界だ。

並ぶ建物は全てが氷と雪で造られ、その形状は主に半円形。

そこにそれぞれの家ごとの飾り付けや装飾を施し、幻想的に並んでいる。

道を彩る木々ですらが氷なのはどういう事だろう。

木の形をした氷が立ち並び、葉の代わりに雪を咲かせている。

フェニックスは無造作に木の枝を一つへし折り、指先で撫でたり擦ったりと観察を行う。

最後には掌から熱を発して様子を伺い、そして目を細めた。

「不思議な氷だ……熱しても溶けない。

この町を構成する建造物も全て同じ氷で出来ているのか?」

「何と美しい。氷というよりは最早クリスタル……ここは水晶の町なのか」

難しい顔をするフェニックスとは対照的に、ハイドラスはうっとりとした顔で白銀の町を眺めていた。

この輝く銀世界の、何と美しい事だろう。

町自体が一つの巨大な芸術品のようではないか、と彼は場違いな感想を心に抱く。

「見惚れてんじゃねえよ、タコ。何が水晶の町だ。キザったらしい」

「うるせえな焼き鳥。この町を見て何の感想もねえとかテメェ感性腐ってんじゃねえのか?」

「あ?」

「お?」

一瞬で険悪になり、互いの胸倉を掴むフェニックスとハイドラスを無視してアリエス達は先へと進む。

あの二人は二百年前から、あれで平常運転なので今更気にするような事でもない。

一見仲が悪いように見えるが、喧嘩友達とでもいうべき間柄で実は結構仲がいいのだ。

そう、だから互いの頬にクロスカウンターを叩き込んでいても別に気にする事はない。

放置すれば、そのうち我に返って追いついてくるだろう。

「で、まずはどうすんのよお?」

「そうですね、やはり情報収集の基本はいつだって Tavern(酒場) です。

まずはそれらしき建物を探しましょう」

情報収集をするならばまずは人の集まる店だ。

それは、冒険者経験があるならば誰もがすぐに辿り着く結論だ。

ルファスもかつては酒場で情報を集めていた時期があり、そしてカルキノスもまた情報を集める為に店を経営していた事がある。

人が集まる場所には情報も集まる。

ちょっとした下らない噂話程度のものでも、その店の店主なり常連なりが耳にしている事は多いのだ。

「ええー、面倒臭いわよお。このまま城まで一直線に向かってアクアリウスを引っ張り出せばいいじゃなあい。互いに知らない顔じゃないんだからさあ」

「確かにそうだよね。何かこのまま行っちゃいけない理由でもあるの?」

「それを調べるんですよ。一体この町はどういう町なのか。何故龍を封印しているはずのアクアリウスがこんな町を作っているのか。それを知らずにいきなり突入しては余計なTroubleになってしまうかもしれません」

「慎重ねえ」

「失敗は許されないMissionですからね」

面倒そうな顔をしていたスコルピウスも、カルキノスの口から出た『失敗は許されない』という言葉には同意せざるを得ないらしく、反論を飲み込んだ。

そう、これは絶対に失敗出来ない。主から託された使命なのだ。

余計な事をしてアクアリウスが梃子でも動かなくなりました、ではとても顔向け出来ない。

「……わかったわよお。ただ、あんま時間かけるのは無しよお。

妾は早くこの仕事を終わらせてルファス様とイチャイチャしたいんだからあ」

だからスコルピウスは、渋々といった様子でカルキノスの案に賛同を示した。