軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第131話 ベネトナシュの穴を掘る攻撃

ベネトナシュが目を覚ましたのは、見慣れた自身の私室の 棺桶(ベッド) の上であった。

たかが棺桶と馬鹿にするなかれ。国の錬金術師に造らせた最高級の羽毛布団を敷き詰めた彼女専用の寝心地のいいお気に入りの逸品である。

だが問題はそこではない。いつも通りに目覚めた事が問題なのだ。

そう、目覚めなど訪れるはずはない。起きるはずがない。

何故なら自分はルファスとの全力の戦いに臨み、そして敗れ、死んだはずなのだから……。

「おお、目覚められましたか、姫様!」

ベネトナシュの目覚めに真っ先に反応し、喜声をあげたのは数百年以上の昔から彼女に仕える吸血鬼だ。

一番最初に吸血鬼へ変異した真祖の時代より生き、そしてその血族に永遠の忠誠を誓った旧き時代の生き証人は皺だらけの顔を歪めて、主の目覚めを心より喜ぶ。

また、その声を聞き付けて十人の吸血鬼がドアを蹴破らん勢いで飛び込んで来た。

彼等はあの二百年前の戦いの生き残りであり、一人一人が今の時代ならば単騎で国を攻め滅ぼす事も可能なだけの実力を有している。

名を『十血族』といい、ルファスの『覇道十二星』を意識しているのは言うまでもない。

彼等の喜びに満ちた顔を見ながら、しかしベネトナシュの頭にあるのは疑問だけであった。

「……何故私は生きている?」

あの戦いの最後に与えられた傷は間違いなく致命傷だった。

間違いなく心臓を貫かれた。

いかに破格の再生力を誇るベネトナシュといえど、心臓を突き刺されては生きてはいられない。

零れ落ちる血と共に命が抜け落ちていく感覚を確かに感じていた。

指先から痺れ、どこまでも続く深い闇の中へと堕ちていくようなあの脱力感を覚えている。

もし万一にでも次に目が覚める事があれば、それは冥府の類だろうと思っていたし、もしそんな世界があるならば先に死んだアリオト達を殴り飛ばしてやろうとも考えていた。

なのに何故、まだ生きてここにいるのだ?

「アムリタでございます。いかなる傷も病魔も癒し、死者すらも蘇らせる究極の霊薬。

ルファス様は姫様が絶命する前にそれを使用しておられたのです」

「何? しかしそんな素振りは……」

言いかけて、ふと振り返る。

いや待て。本当に何もなかったか?

よく思い返せば確かに思い当たる所があるのではないか?

そう、あれはルファスに抱きしめろとか言った後の事……口の中に何か液体が溢れた気がする。

あの時は自分の血だと思ったが……。

「……」

…………やられた。

自分がガラにもなく抱擁を求めたあの時、ルファスはしれっと自分の口にアムリタを突っ込んでいたのだ。

うわ恥ずかしい。絵的に凄い間抜けだ。

しかも、という事はつまりルファスはあの時点で自分が助かる事を知っていて、なのに会話を合わせていたわけだ。

ベネトナシュの顔が瞬く間に赤に染まり、プルプルと震えだす。

これで最期だと思って『抱きしめろ』とか『有難う』とか恥ずかしい事を口走ってしまったのを今になって猛烈に後悔しているのだ。

「……てけ」

「姫様?」

「全員、出て行けーッ!」

それは見事な八つ当たりであった。

彼女の部下達には一切非などない。怒られる理由などない。

だがベネトナシュはとにかく、当たり散らしたい気分であった。

部下を全員追い出し、棺の蓋を閉めて引き籠る。

しかしそれでも羞恥は消えず、中でゴロゴロと転がりながら悶えていた。

彼女専用に造られた棺は結構広いのである。

「~~~~ッ!!」

声にならない叫びをあげながら棺桶の中の布団に包まり転がる。

恥ずかしい、超恥ずかしい。

きっとルファスの奴、内心で笑ってたに違いない。

いや、もしかしたら本当に笑っていたのかも。

アレは結構、そういう性格の悪い部分がある。

そして私恰好悪い、超恰好悪い。

有難う……キリッ!

……今すぐ過去に戻って自分をブン殴りたい! ついでにルファスは百回くらい殴りたい。

いや百回では駄目だ、マウントポジションを取って一万回は殴らなければ。

――この日、吸血姫に消えない 黒歴史(きず) が刻まれた。

その傷はこれから先も永遠に残り、打倒ルファスの炎として燃え続ける事だろう。

彼女が何とかそのダメージから復帰し、棺から出て来たのは実に丸一日が経過してからの事であった。

*

ルファスの前でベネトナシュが腕を組み、あろう事か自分以外の誰かに追い詰められていた宿敵に怒りを視線を向ける。

二百年前もそうだった。自分との再戦を約束しておきながら不覚を取り、そして今度もまた自分に勝っておきながら亡霊如きに追い詰められる。

ああ、分かっている。勝手な怒りだ。勝手に期待を寄せて、思い通りにならないから勝手に怒っているだけの、子供の癇癪にも等しい身勝手な押しつけだという事は自覚している。

しかし感情と理性は別物で、ベネトナシュは理性よりも感情を優先してしまう。

だから気に入らないし、腹が立つ。貴様は何をしているのだと怒鳴りたくなる。

故に文句の一つも言ってやろうと口を開き……先にルファスが声を発した。

「助かったぞベネト。正直危ない所だった」

微笑みながら言うその顔に、自分が生きてここに現れた事に対する驚きなど微塵もない。

当たり前だ。ベネトナシュにアムリタを飲ませたのはルファスであり、ならばベネトナシュがいずれ再び現れる事もまた織り込み済みだったのだろう。

そもそもルファスがベネトナシュを殺すはずがない。

何故ならベネトナシュという存在は今まで人類を存続させてきた守りの要であり、それを潰してしまう事が何を意味しているかを分からぬ彼女ではないからだ。

ルファスのその反応に出先を潰されたベネトナシュは言おうとしていた文句を忘れ、代わりに不機嫌そうに顔を背ける。

「勘違いするな。別に貴様を助けに来たわけではない。

私以外の奴に倒されるのが気に入らんだけだ」

ルファスから視線を外し、改めてアリオト達を見る。

そして感じるのは――失望。怒り。

マファールもそうだが、それ以上にこいつ等は何だ。こんな所で何をしている。

二百年前に過ちを犯して散々間違えた間違えたと泣き言をほざいていたくせに、それでまたこれか。また繰り返すのか。

「だが、それ以上に気に入らんのは……貴様等だ、亡霊共。

馬鹿は死なねば治らんというが、どうやら貴様等は死んでも治らなかったらしいな」

ベネトナシュは己の道を悔いた事など一度もない。

つい最近吐いた恥ずかしい言葉を後悔したばかりではあるが、それでも選んだ選択を後悔する事はない。それは己への裏切りだからだ。

だから、どんな結果になろうと受け入れるし前へ進む。それが善であれ悪であれ、己の選んだ自分の生き方だからだ。

故にアリオト達が気に食わないし、アリオト達を操っている奴は更に気に入らない。

後で後悔すると分かっている事をやっているのが苛立つし、それをやらせている奴は問題外だ。

「マファールを殴りに来たつもりだったが……予定変更だ。

今の貴様等は見るに堪えん。それ以上の無様を晒す前に地獄に叩き返してやる」

「ベネト」

「どけ、マファール。貴様は後回しだ」

ベネトナシュの深紅の瞳が怒りで染まる。

それは果たして何に対する怒りなのか……不甲斐ないアリオト達への怒りだろうか。

それとも、一度は自分に並ぶ者として認めた勇士達を死後も弄ぶ女神への怒りだろうか。

あるいは両方かもしれないし、全く違う事への怒りなのかもしれないが、ベネトナシュにはどれでもよかった。

重要なのは今、自分が感じているこの感情のみ。理屈など後からついてくる。

こいつ等をブチのめす――それが今、心を占めている自分の正義だ。

それはもしかしたら、単にアリオト達が気に入らないから殴りたいだけかもしれないし、解放したいという気持ちから来るものかもしれない。

しかしそれも、ベネトナシュにとってはどうでもよかった。どちらであろうとやる事は変わらないからだ。

ベネトナシュが地を蹴る。

踏み込みだけで星の表面が抉れて地形が変わり、銀の流星と化して吸血姫がかつての英雄達へと襲い掛かった。

体感時間が極限まで圧縮される事で周囲の時間が停止し、光以外が入り込めぬ限りなくゼロに近い世界へと変わる。

速度にしてマッハ四十万以上――光速の約半分にまで達した亜光速の世界。それがベネトナシュの棲む領域だ。

そして、この速度に体感速度を合わせた今、常人が一秒を過ごす間に彼女は一年分の動作を行える。

しかし相手は七英雄。かろうじてアリオトがその世界へ追いつき、剣を振るった。

「違うな」

――交差。

ベネトナシュの爪がアリオトの片腕を斬り飛ばし、そのまま振り返りもせずに獣王へと突撃した。

レオンに殴り飛ばされて膝を付いていたドゥーベは、ベネトナシュの殺意に呼応して彼女を迎え撃つ。

ドゥーベが吠え、獣の膂力で剛腕を振り下ろした。

ベネトナシュはあえてそれを正面から受けて立ち、細い両腕でドゥーベの腕を受け止める。

両者の力で地面が陥没し、動きが止まった。

しばしの力比べ……その後にドゥーベの腕がベネトナシュの腕力に負けて上へと持ち上げられる。

「貴様も違う」

銀爪一閃。

赤い華が咲き、ドゥーベの片腕が宙を舞う。

次に狙われたのはアイゴケロスと交戦していたミザールだ。

彼は強固な壁を数枚造り出してベネトナシュの攻撃を防ごうと試みるが、鋼の壁を真正面から連続で突き破られて足を斬られ、フェクダが速度で掻き回そうとするが容易く追いつかれて脇腹を抉られた。

「貴様も、貴様もだ!」

銀の流星が駆け巡る。

その動きは時間すらも遥か遠くに置き去りにし、アリオト達の攻撃が掠りもしない。

否、掠ったとしても大したダメージにはならないだろう。

彼女を倒すならば、その常軌を逸した再生力を上回る攻撃を与え続けねばならないのだから。

コンマ一秒の間に百の斬撃を放つ剣王の刃が。

余りの速さに拳が分裂したように見える獣王の猛攻が。

空を埋め尽くす程に錬成された鍛冶王の刃の雨が。

音が届くよりも早く迫る冒険王の矢の嵐が。

全てがベネトナシュの残像ばかりを捉え、滑稽な程に当たらない。

「遅い、温い、鈍い! 何だこれは、まるで話にならん。つまらんぞ。

貴様等いつから――いつから、こんな腑抜けになった!」

吸血姫が吠える。

アリオト達とて弱くはない。女神のバックアップを受けた今、むしろステータスでは生前を上回ってすらいる。

だが腑抜けている。芯が通っていない。殺意がない。

これでは能力と動きを模倣した人形だ。そんな下らん玩具でこの吸血姫を討てるものか。

アリオトが振り下ろした渾身の一撃をあえて腕で止め、刃が骨に食い込む。

その光景にベネトナシュは、また失望を感じた。嘆かわしくすらなった。

あれほど愚直に剣一本に生き、その技量だけは認めていた男が何て様だ。

自分の差し出した腕の一つすら奪えぬとは、あまりに情けないではないか。

「哀れだなアリオト。以前の貴様ならこのまま私の腕を断ち、肩から胴にかけて刻んでいたろうにな」

ベネトナシュにドゥーベが殴りかかる。

彼女はこれもあえて、もう片方の腕で受け止めた。

腕の骨が砕け、あらぬ方向へと曲がる。

だが、またも感じたのは失望、それだけだ。

「大地を割る獣王の力がこの程度か。私の知る貴様ならば腕の一つくらい四散させていたぞ」

ベネトナシュは心底呆れたように吐き捨て、反撃へと移る。

半分ほど切断された腕でアリオトを。

砕けた腕でドゥーベを。

それぞれを殴り飛ばし、アリオトの剣を砕いて胸骨を破壊し、ドゥーベの腕を粉砕して頭蓋骨を陥没させる。

フェクダはそれを見て素早く矢を番え、連射する。

だがベネトナシュはこれも防御も回避もせず正面から距離を詰める。

矢が眼球を抉り、掠った指が千切れ飛ぶ。

だが動じない。まるで関係ないとばかりに千切れた箇所を瞬時に再生しながらフェクダの目の前へと到達した。

「どうした? 私一人の身体すら貫通出来んか。

竜王をも貫くと言われた弓の名手の名が泣くな」

膝蹴り一発。

それだけでフェクダの肋骨を砕き、更に折れた骨が内臓へと突き刺さる。

目に刺さった矢を引き抜きながらミザールを見れば、そこには無数のゴーレム兵団が立っていた。

彼等は一斉にベネトナシュへと飛びかかり、各々の武器を振るう。

だが通じない。首に当てた刃は逆に砕け、心臓に刺した剣は折れ曲がり、ベネトナシュの腕の一振りで纏めて塵のように弾け飛んだ。

「玩具だな。技術はあっても意思がない。

発想の奇抜さこそが貴様の武器だったろうに。

以前の使い回ししか出来ぬのでは私の虚は突けんぞ」

ベネトナシュが消え、一瞬でミザールの頭を掴む。

そして地面へと叩き付け、その衝撃で大地が揺れた。

振動は遠く離れたスヴェルにまで届き、この瞬間賢王メグレズは椅子から跳ね飛ばされて天井に衝突したという。

ミザールを掴んだままベネトナシュは地面深くへと潜り、ミズガルズ中心部であるマントルへと到達する。

温度にして約六千度。圧力にして百万気圧を上回る死の世界を易々と走破し、そのまま惑星の反対側から飛び出した彼女は勢いを殺さずにミズガルズの外へと飛び出し、適当な小惑星を蹴り砕いて反転。大気圏突入を果たして再びミザールを地面へと叩き付け、またも惑星の中心部を通過する。

そうして地面から飛び出し、炎に包まれたミザールを力任せにドゥーベとアリオトへ投げつけて三人を諸共にひしゃげさせた。

「今の貴様等をこれ以上見ているのは不愉快だ……跡形もなく消え失せろ!

月魔法、カタス――」

「待て、ベネト!」

そのままベネトナシュは全身の火傷を再生しながら魔法を発動して四人に止めを刺そうとするが、しかしルファスがそれを止めた。

「……そやつらは何度でも復活するアルゴナウタイだ。殺してはならん」

「む、そうか」

ルファスの忠告を受け、ベネトナシュは使用する魔法を変更した。

月属性魔法『ルナ・テンタクル』。アイゴケロスも愛用している闇の触手群で敵を捕縛する魔法を発動し、英雄四人をがんじがらめに縛り付けた。

そうしてからベネトナシュは四人を一瞥し――一瞬、その瞳がほんの僅かな憂いを帯びたのをルファスの動体視力だけが捉えた――興味を失ったように背を向けた。