軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第128話 ポルクスは竜王をくりだした

「はあ……はあ……!」

妖精郷から離れた空の上を、魔神族の男女が必死に飛んでいた。

いや、二人が飛んでいたというのは正確な表現ではない。

男――テラがルーナを抱き抱えて一人で飛んでいるというのが正しい表現だ。

テラとルーナのレベル差は大きく、ルーナが自分で飛ぶよりもテラが抱えた方が遥かに速い。

無論、それはテラ自身の減速を招くのは言うまでもなく、その後ろからは恐るべき追撃者が迫っていた。

その全長は170m。体重は18万トン。

漆黒の鱗に全身を覆われ、巨大な翼は羽ばたくだけで嵐を巻き起こす。

一つでも強大無比な力を誇る首は合計で十あり、その首の一つですら並のドラゴン十体に匹敵する事から、かつては『百の頭を持つ竜』と呼ばれていた。

それは、今はもう存在していないはずの化物であった。二百年前よりも更に前に討伐されたはずの存在であった。

かつて世界の四分の一を支配し、最強の体現者として恐れられていたドラゴンの頂点。

吸血姫、獅子王、魔神王と並び四強の一角に数えられ、ルファス・マファールによって討伐されるまで無敵の名を欲しいままにしていた暴虐の王。

――『竜王』ラードゥン。現世から消えて久しい怪物は、しかし今、確かにこの世界に存在して咆哮を上げていた。

そしてその上に乗り、氷の視線でテラ達を見下ろすのは妖精姫ポルクスだ。

「テラ様! 私が囮になりますから、どうか私を置いて逃げて下さい!」

「無理だ、貴公では囮にもならん」

「しかし!」

「いいから今は俺にしっかりしがみ付いていろ!」

ポルクスの暴走は、テラにとっては完全に誤算であった。

一体何故こんな事になってしまったのかは、ポルクスが最後に叫んだ言葉のおかげで理解している。

女神が何かしらの手を加え、ポルクスを操ったのだ。

でなくば、いかに妖精姫といえど竜王など使役出来るはずがない。

確かに彼女の能力ならば竜王とて蘇生召喚する事は不可能ではないだろう。

だがあれは『英雄を召喚する』能力。だが竜王はその英雄とは対極に位置する破壊者であり、その条件に該当していない。少なくともポルクスがアレを英雄と認識しているとは到底思えない。

また、仮に召喚出来たとしても使役など出来るわけがない。

伝説が正しいならば竜王ラードゥンは獅子王レオンを上回る暴虐の王のはずだ。他者の言う事など聞く性格ではない。

だがそれが使役されてしまっている。まるで自我などないかのようにポルクスに従っている。

そんな事を可能とする存在。そんなのは、ミズガルズでも一柱しか存在しない。

そう――創世神アロヴィナスしか、そんな芸当は出来ないのだ。

そして恐らくその目的はルファス・マファールを倒す事。その為に現状動かせる中で最強の駒を動かした。

「哀れな魔神の子よ。無駄な抵抗は止めて大人しくなさい。

別に殺す気はありません。ただ、オルムに対するカードの一枚として私の手元に来てくれればそれで安全は保障しましょう」

「それは有り難いな……! だが生憎、俺などでは父に対する人質にもならんと思うがな」

「いえいえ、そうでもありませんよ」

ポルクスの口を借りて、ポルクスではない誰かが話す。

その声色は柔らかく、何の理由もなく安心感すら感じさせるものだ。

だがテラには確信があった。この安心感に身を委ねた先にあるのは破滅だけだと。

彼女の言葉は心が安らぐ。母の子守歌のように警戒心が消えていく。それが何よりも恐ろしい。

それに、ここで自分達が捕まってしまえば必死に抵抗しているのだろうポルクスに顔向けが出来ない。

抵抗――そう、彼女はまだ抗っている。そうでなければ自分達は……特にルーナは既に消えているはずだ。

女神が行使する魔法が魔神族ならば、それを消す事もまた女神にとっては容易いはず。

しかしそれが出来ず、しかも父に対する脅しとして自分までも欲している以上、今の彼女は女神としての全知も全能もまるで発揮出来ていない不完全な状態にあるという事だ。

ただポルクスに意識を憑依させて動かしているだけ。だからこそ自分達はまだ生きている。

いや、意識を憑依させているという言葉すら正確ではない。恐らくは憑依すらしていない。

それはまるで盤上の駒を動かすかのように。動かしながら自分の言葉を代弁させているような人形のような状態。

ルファスがここにいれば、この状態を指して『TRPGの操作キャラクターみたいなものだな』と言った事だろう。

「捕らえなさい」

ポルクスの指示に応え、背後に控えていた無数のドラゴン達が一斉に加速した。

かつてルファスによって討伐された数多のドラゴンの軍勢。それが今、仮初の身体を得て現世へと舞い戻っている。

その一体一体、全てが破格の強さを持つ怪物だ。

テラならば五体くらいは同時に相手に出来るだろうが、それ以上は余りにも厳しい。

ましてやルーナを庇いながらでは勝ち目などない。

襲い掛かる竜の群れを必死に避け、曲芸染みた飛行で振り切ろうとし、腕の中で縮こまる守るべき存在を落とさぬように強く抱きしめる。

もしこれがテラ一人であれば剣を用いた切り払いや反撃、牽制などを行い逃げ切る事も出来たかもしれない。

無論それも僅か1%程度の可能性に過ぎぬが、確かに可能性はあった。

だがこの状況は余りに不利。その僅かな可能性すらが消えてしまう。

「娘と共に囚われとなる事を望みますか。実に王道で私好みではあるのですが……それは勇者側がやるべき展開です。貴方達がやるべき事ではありません」

遥かな上位の視点から語られる、あまりにも理不尽な物言い。

だが彼女はそれを語る権利がある。力がある。

竜王の十の首が蠢き、テラへ向けて大口を開ける。

そこから解き放たれるのは、一発でも都市を消し飛ばして余りある破壊の業火の十連発だ。

「加減はさせますが……死なないで下さいよ?」

巨大な火炎が、テラの背中に着弾した。

*

「この方角で間違いないのか?」

「はい。ここから、妹が来ます」

カストールが勝手に飛び出してから数分後。

俺達は街の外に出て遠くの空を眺めていた。

どうもカストールが言うには、双子の片割れである『妖精姫』が何故か自分からこちらに向かって移動しているのを感じ取ったらしい。

双子だからこそのシンクロみたいなものなんだろうか。

しかしカストールの言っている事に間違いはなさそうだ。俺にも何かやばいものが近付いている気配がビリビリと伝わってくる。

俺は眼鏡を外し、翼を隠していた包帯を取る。

ウィルゴは宿に待機させておいた。恐らくこれから起こる戦闘には付いてこれないだろうし、街の中に優秀な術の使い手がいれば俺達も後ろを気にせずに戦う事が出来る。

後、ついでにディーナも置いてきた。あいつはまだトイレから戻ってこない。

……無論戦いにならないのが一番いい。

ポルクスが何かの用件があってここに来ただけで、俺の警戒しすぎだった、という間抜けな結末が一番だ。

だから俺は単に無駄に警戒しすぎなんだろうと思う。

そもそも十二星の一人なんだから戦いになると考える方がおかしい。

しかし何でだろうな。そんな平和的に行くわけがないと俺の中の何かが確信してしまっている。

頭と心臓のどちらに心があって、どちらに魂があるのかは知らないが、その両方が『戦いに備えろ』と叫んでいるのだ。

恐らくは俺などでは計り知れない『ルファス』本来の戦場に身を置く事で磨かれた感覚か何かなのだろう。

勘と言ってしまえばそれまでだが、不思議と俺はその確証のない勘に全幅の信頼を寄せる事が出来た。そして、それは俺だけではない。

アリエス、リーブラ、アイゴケロス、スコルピウス、カルキノス、サジタリウス、カストールも既に臨戦態勢へと入っており、どこからでも来いという感じだ。

ほぼ現状でのフル面子で迎え撃つ事になるが、やりすぎとは思わない。

俺の中の何かが全力で警報を鳴らしているのだ。この先に待ち受けている戦いはきっと、ベネトナシュやレオンを上回る脅威との衝突になると。

「天法――ヘリオポーズ&ヘリオスフィア」

レーギャルン全体を囲うように天力を巡らせ、対物理障壁を展開する。

ヘリオポーズは物理攻撃による一定値以下のダメージを完全遮断するバリアで、主に固定ダメージを相手にその力を発揮してくれる。

ただし、その上限は『(自らのレベル+プリーストレベル)×10』まで。

つまり俺のヘリオポーズは10500を超えるダメージは防げない。

微妙かもしれないが、しかし決して役に立たないわけではない。

ゲームだと『針万本飲ます』とかいうスキルで固定10000ダメージを四方八方から連射してくる魔物とかもいたし、そういう時はこの上なく頼もしい天法だった。

後は、こちらのHPにもよるがメサルティムで受けるダメージが10000以下ならばメサルティムすら遮断出来る。

それらを踏まえての総評は……まあ、無いよりはマシ程度の防御ってとこだな。しかしこれでも戦いの余波くらいは防げるはずだ。

直接攻撃されたら容易く割れるだろうが、その時はカルキノスに頑張ってもらうとしよう。

ヘリオスフィアは以前も説明したが、対魔法絶対防御だ。

これをヘリオポーズの内側に展開し、流れ弾の魔法を防ぐ壁とする。

余談だが対物理絶対防御はエクスゲート・オンラインに存在するし俺も使用出来るが、それを味方全体に付与するスキルや天法は存在しない。

後、この手の絶対防御系は大体敵側に貫通系スキルがあって貫かれてしまうので案外役に立たないのもお約束だ。

習得した時に『これで無敵だ!』と喜んだのも束の間、直後の戦闘であっさり敵に貫通された時の事は忘れない。

「サジタリウス」

「はっ」

サジタリウスに声をかけると、彼は迷いなく俺に矢を放った。

実体を持たない光の矢を俺は掴み取り、同時に術を発動する。

「エンチャント・レイ」

エンチャント・レイ――味方単体の攻撃力と防御力を上昇させるバフだ。

更にここにサジタリウスのスキル……『アスケラ』と呼ばれる補助のスキルを組み合わせる。

その効果は対象が単体のスキル、魔法、天法を全体を対象とした術へと変更するというもの。

無論それは単体時に比べて威力は落ちるが、一人一人にかけている手間を思えばかなり便利だ。

ま、どこぞの国民的RPGはLボタン一つ押すだけで手軽に単体と全体を切り替える事も可能なので、それを思えばあんまり強い術でもないな。便利ではあるが。

俺は掴んだ矢を放り投げる。すると矢は幾多にも分裂し、その場の全員へと突き刺さって能力値を上昇させた。

「スキル、デグミン!」

カルキノスもスキルを発動し、元々強固な防御力が更に上昇した。

さて、とりあえずこれで戦闘前の準備は完了だ。

俺は腕を組み、ここに来るというそれを待ち構える。

そして、まず俺達の前に訪れたのは予想と異なる魔神族の男女であった。

あいつは確か、ブルートガングで一度だけ見た魔神王の息子……確かテラといったか?

そいつが少女を抱き抱え、何かから必死に逃げている。

全身は傷だらけで、かなり痛ましい状態だ。

俺の中の警報の正体はあいつか? ……いや、違う。確かに多少の脅威は感じるものの、こいつではない。

「あやつは……」

「魔神王の息子ですな。消しますか?」

「いや、待て。少し様子がおかしい」

姿を見るやいきなり攻撃に移ろうとしたアイゴケロスを止め、とりあえず様子を見る。

するとテラは俺達の前に墜落し、腕の中の少女が地面に落ちる。

だが彼女の方には大きな怪我はない。きっとテラが命がけで守ったのだろう。

「テラ様! テラ様あ!」

少女は涙を流しながらテラを揺さぶるが、返事はない。

俺がそんな彼女の前に無言で踏み出すと、少女……確か七曜のルーナだったか。彼女はテラを庇うように俺の前に出た。

健気なものだな。勝ち目などないと分かっているだろうに。

俺が試しに軽く睨んでみると少女はビクリと震えるが、それでも退こうとはしない。

「……た、頼む……私はどうなってもいいから……テラ様だけは見逃してくれ」

「ほう? それは随分と都合がいいな。余に其方等を助けてやる義理なぞ無いのだがな」

「な、なんでも……何でもするから……どうか」

ん? 今何でもするって言ったな?

何て冗談はともかく、どうしたもんかね。

だが、とりあえず彼女達の相手は後回しだ。どうやら、俺に脅威を抱かせている奴がご到着らしい。

それは驚くべき速度で俺達の前に飛来した。

まるでワープでもしたかのような速度で一瞬にして現れたのは、巨大な竜。

十の頭を持つその怪物は、不思議と妙に見覚えがあった。

俺の頭は一瞬でそいつの名を俺に教えてくれた。

……竜王ラードゥン、か。確かゲームでは運営が開催したイベントで出て来たラスボス的な立ち位置の魔物だったな。撃破後は錬金術用の貴重な素材を沢山ドロップして、それを元にアムリタとかを錬成したのを覚えている。

そして、その上に立つ蜂蜜色の髪の少女。彼女が妖精姫ポルクスと見て間違いないだろう。

俺とポルクスの視線が交差し、妖精姫がフワリと微笑んだ。

「なるほど、貴女が黒翼の覇王ですか。前からその存在は危惧していましたが、こうして言葉を交わすのは初めての事ですね」

「……其方、ポルクスではないな?」

「ご名答。少し彼女の身体を借りておりますが、確かに私は彼女ではありません」

ポルクスの口を借りて、しかし彼女ではない誰かが話す。

ポルクスならば俺を見て初めて言葉を交わす、などとは言わないだろう。

実際俺にとっては初めてなのだが、向こうにとってルファス・マファールは初対面ではない。

ならば答えは一つ。俺がルファスではないように、彼女もまたポルクスではないのだ。

そしてポルクスを操るなどという芸当を行える者など、そうはいない。

俺の予想が正しければ今俺と相対しているこいつこそが、俺の最大の敵だ。

「貴女とは一度話してみたいと思っていましたが……その前にまずは、余計な物を舞台から降ろすとしましょう」

ポルクスがテラとルーナを見下ろし、竜から降りた全身鎧の戦士が二人へと近付く。

……随分強いな。レベルは見た所750か。

戦士は剣を振り上げ、ルーナはテラの盾になるように覆いかぶさる。

殺意はない。恐らく腕や足を切断して捕獲するつもりだろう。

俺は一足で両者の間に割り込むと、振り上げられていた刃を素手で掴んだ。

「!?」

あの二人は立場上は俺と敵対する関係にある。

だから助ける義理なんぞ無いのだが……まあ、どうもあの二人はこれまで会って来た魔神族とは何か違う。

消してしまうのは早計というものだろう。

話を聞き、それから判断しても遅くはない。

「魔神族の娘。先程の言葉を忘れるなよ」

一応念を押し、刃を握る手に力を込める。

ま、別にそんな変な事を要求する気は最初からない。俺に寝取りの趣味はないのだ。

とりあえず、貸しの一つも作っておけば後で役に立つかもしれない、程度の考えだ。

握力で剣を砕き、驚いている鎧の戦士を蹴り飛ばす。

それだけで爆音と共に鎧がひしゃげ、もう一人を巻き込んで錐揉みしながら地平線の果てまで吹き飛んで行った。

おお、軽い軽い。

「同意するぞ、ポルクスではない何者かよ。確かに余計な輩は舞台から降ろさねばならん。

――其方が失せよ」

そう言って俺は好戦的に笑い、最近身に付けたばかりのスキルを発動した。