軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第122話 野生のチンピラが現れた

どうしてこうなったのだろう。

瀬衣は大通りを歩きながら、憂鬱そうに溜息を吐いていた。

一体どういう偶然かは知らないが、宿に泊まってみれば同じ宿の、しかも隣に覇王一行がいるとかどんな冗談だろう。

しかも現在彼女達はガンツやジャンを巻き込んでトランプのセブンブリッジに興じている。突っ込み所しかない。

何故異世界にトランプ? 何故セブンブリッジ? そのルールをどこで知ったのだ。

いや、この世界にトランプが存在するという可能性だってゼロではなかった。

このミズガルズという世界はどこか歪で、随所に地球の空想だとか架空だとか、そういう物語の名残のようなものを感じさせる。

しかしクルスに確認したところ、トランプなどというものはこの世界には存在しておらず、少なくともクルスの生まれた頃まで遡ってもそれらしい遊戯などなかったという。

ならば考えられる事は一つ。これで完全にハッキリした、ルファスは地球を知っている。

しかも『そういう世界がある』という曖昧なものではなく、地球の遊戯や乗り物を知っているとなれば、これはもう実際見た事がある、と考えていい。

しかし彼女はミズガルズで生まれ育った存在であり、しかもここ二百年間は封印されていたはずだ。

まさか封印中は地球にいたとでもいうのだろうか? ……馬鹿馬鹿しい。あるわけないだろう、そんな事。

「駄目だ……考えれば考えるほど分からなくなる」

ガシガシと頭を掻き、瀬衣は一度思考を中断した。

それから目当ての建物を見付け、そちらへと足を運ぶ。

彼が宿から出て、こうして一人で歩いているのはちょっとした気分転換と、刀の扱いに慣れるためだ。

クルスから聞いた事だが、この都には『修練所』という場所があるらしい。

何でも有料で修練する場所を提供し、またアルケミストが造ったゴーレムを相手に模擬戦も行えるという、戦いに身を置く者にとっては非常にありがたい施設だとか。

なるほど、確かに戦いが日常茶飯事なこの世界ならばそういう場所も需要があるのだろう。

むしろ冒険者などは一切戦いの経験がない、ただ他に選択肢がないというだけの素人もいるので、そういう者達にとっては、むしろこういう場所は必須なのかもしれない。

更にそこには持ち出し禁止の指南書が置いてあり、様々な武器の扱い方を自主学習する事も出来るという。

瀬衣にとって、それは有り難い話だ。

何せ彼の武器は刀であり、剣ではない。

つまり仲間内の誰もその正しい使い方を知らず、瀬衣に教える事が出来ないのだ。

ガンツは傭兵として様々な武器を扱うが、最も得意とする武器は斧で次が大剣、その次は鈍器。つまりは力任せに叩き付けるような武器を得意とし、刀に関しては『少し繊細過ぎて俺向きじゃねえ』と言っていた。

女騎士も得意武器は大剣、ジャンは長剣、そして虎もやはり大剣だ。

カイネコは細剣なのでこの中では一番瀬衣に近いが、それでも細剣と刀はやはり全くの別物だ。

そんなわけで瀬衣に刀の扱いを教えてくれる者は誰もおらず、正しい剣術を学ぶ事もなく瀬衣はここまで来てしまっていたのだ。

故にこそ、学べる機会がある今は積極的に学んでおきたいのである。

「……?」

修練所へと近付き、しかしそこで瀬衣の足が止まった。

路地裏から何か言い争うような声が聞こえたのだ。

レーギャルンはそれなりに治安のいい都だが、それでも路地裏には行くなとクルスから忠告を受けている。

表に面していない場所は浮浪者の溜まり場となっており、どんな危険な人物が潜んでいるのか分からないのだ。

だから、それがただの言い争う声ならば瀬衣は聞こえなかった事にして修練所へと向かっただろう。

こう言っては何だがチンピラ同士が喧嘩しようが、それで怪我しようが自業自得だ。

しかしその声の片方が明らかに少女と思われるものであり、怯えているような声色であったならば……聞かなかった事になど、とても出来ない。

*

「へへっ、もう逃げられねえぜ」

「さあ、大人しく来て貰おうか」

路地裏にて、どこの世界でも聞くような定番中の定番とも言うべき三下台詞を吐いているのは、これまたどこでも見るような、いかにも『私はチンピラです』と言わんばかりの恰好をした男達であった。

不潔な薄汚れた服に、嫌らしくニヤついた顔。手にはナイフを持ち、五人の男が一人の少女を追い詰めていた。

彼等を分類するならばさしずめ霊長目ヒト科チンピラ属といったところだろうか。

別にこういう存在は珍しくない。大きな都市に行けば大体どこの路地裏にも似たような生き物は潜んでいる。

そして不思議な事にその台詞回しや行動は似通っており、語彙も極めて貧相なので『実はあいつらは、ああいう魔物ではないのか?』という声まであがっているほどだ。

ルファスに言わせれば同じグラフィックの人間型モンスターといったところである。

「怖がらなくてもいいよお。おじさん達は凄く優しいんだ」

「そうそう、とても紳士的なのさ」

「変態という名の紳士だがな」

男達は少女を囲んで逃げ場を塞ぎながら、言葉と裏腹に刃物をチラつかせる。

一体これのどこが紳士だというのだろうか。

彼等と比べれば、まだオークの方が紳士的だと言えるだろう。

追い詰められている少女は緊張した面持ちで、しかし気丈に愛用の杖を握る。

相手は五人。しかし一人一人の実力は決して高くない。

ここまでの接近を許してしまった時点で相当の不利ではあるが、しかしレベルは自分の方がずっと上だと少女は判断していた。

事実、そのレベル差は大きい。

チンピラ達のレベルが精々10前後なのに対し、少女のレベルは50を超える。

まず負けるはずのない差だ――少女がメイジで、近接戦闘力に乏しい存在でさえなければ。

いや、剣さえあればまだ対処は可能だった。

彼女はメイジではあるが、傭兵である父から教わった剣術も会得している。

無論本職の剣士には遠く及ばないが、それでも近接戦闘でこのチンピラ達を倒す程度ならば決して不可能ではない。

しかし今、手にしている武器は持ち運びに便利な護身用の杖だ。

町の外に出るならば本格的に装備も整えただろうが、今はこんな頼りない武器しか持っていない。

(まずは一人……ファイアボールで火達磨にする。

それから混乱してる隙にどうにか距離さえ取れれば……)

距離さえ取れば負ける道理はない。

戦いの場数など踏んでもいないし、スヴェルでずっと本ばかりを読んで魔法を学ぶ日々を送っていた。

加えて、つい最近に自信というものを跡形もなく砕かれる事件もあった。

それでも、こんな連中に負けるほど弱くはないと自分に言い聞かせる。

しかし魔法を使おうとした直後――突然に杖が消えた。

「!」

「おっと危ない。駄目だよ、そんな物騒な事しちゃ」

杖は、チンピラ達の後ろにいる男の手の中にあった。

一体何をしたのか? 超スピード? 物体移動? 分からない。何をされたのかも分からない。

杖を奪ったのはチンピラ達とは明らかに異なる、上質な服に身を包んだ優男だ。

ウェーブのかかった茶髪に青い瞳。秀麗と呼べるほどには整った顔立ちは一見すると貴公子にも見える。

しかしその瞳にある下卑た欲望を隠しきれておらず、それが少女の不快感を煽った。

「あまり僕の手を煩わせないでくれ。君のような平民が僕に貴重な時間と労力を使わせる……それがどれだけ罪深い事か理解出来ないのかい?

道具は道具らしく大人しくしていて欲しいんだ」

「何を勝手な……」

余りにも身勝手な言い分に少女の顔が怒りに染まるが、優男は気にした様子もない。

まるで戦っても絶対に負けないと確信しているかのように余裕に溢れ、けなすように笑みを浮かべている。

しかしそこに、第三者の声が割り込んだ事で僅かにその表情は不快そうなものへと変わった。

「おい、あんたら! 何をやってるんだ!」

騒ぎ声を聞き付けてやってきた瀬衣に全員の注目が集まる。

しかしその姿を見るや、チンピラ五人は馬鹿にしたように嘲笑した。

何だ、ただの正義感気取りの餓鬼か。そう思い油断したのだろう。

彼等は獲物を手に無警戒で瀬衣へ近付くと刃先を彼へ向ける。

「なんだあ、兄ちゃんよ。正義の味方ごっこかい?」

「ヒューッ、かっこいい!」

「誤解しちゃあいけねえ。俺達は悪党じゃなくて紳士だぜ」

「変態という名の紳士だがな」

チンピラ達は瀬衣の頼りない姿を見て完全に舐め切っているのだろう。

しかし瀬衣は全く怯む事なく、正面から彼等を睨む。

「一体どういう事情なのかは知らないけど、女の子一人を囲むとかお前達大人げないと思わないのか?」

「はあ? 何こいつ。調子乗ってんじゃね?」

「面倒だからやっちまおうぜ」

チンピラが瀬衣へと手を伸ばす。

だが瀬衣はそれを冷静にかわすと、逆にチンピラの腕をとって投げ飛ばした。

「野郎!」

「テメェ、よくもピーラを!」

まさかこんな少年に反撃されると思ってなかったのか、残りのチンピラが四人一斉に襲い掛かる。

だが今の瀬衣にとって、それは余りにも遅い。

あの亜人の里での戦いを乗り越えた今、この程度ではもう怯みもしない。

瀬衣は表情を変える事すらなく、手刀や肘打ちで次々とチンピラを沈め、瞬く間に五人全員を地に伏せた。

すると、奥に控えていた優男がわざとらしく拍手を送る。

「へえ、やるじゃないか。人は見た目によらないって事かな」

優男は面白そうに言い、それから倒れているチンピラの顔を踏みつけた。

「それに引き換え……使えないね、君達は。

クズは所詮クズって事なのかな」

踏む。踏む。踏みつける。

「僕に、労力を、使わせるなんて」

顔を幾度となく踏み、歯が砕けようが血が溢れようが気にせずにチンピラの顔を踏み躙る。

「本当に使えない……道具だな!」

「おい、何やってるんだ! そいつ等はお前の仲間だろう!?」

「仲間? 冗談はよしてくれ。こんなのは道具だよ。

君だって使えない道具は捨てるだろう? それと同じ事さ」

優男はチンピラの身体を踏み、靴裏にこびりついた血を擦るようにして彼の服で拭う。

それから瀬衣の方へと向き直り、笑みを浮かべた。

「さて、君みたいな平民相手に僕が労力を割くなんて本当に馬鹿馬鹿しい事なんだけど、道具が余りに役に立たないから仕方ないね。痛い目を見てもらおうか」

「……!」

どうやら優男はやる気らしい。

瀬衣は咄嗟に構えを取るが、しかし次の瞬間には優男の姿を見失っていた。

更に腹部に衝撃が走り、よろめく。

(痛っ!? 攻撃された? 何時!?)

攻撃されていないのにダメージを受けた。

その有り得ない出来事に混乱したのは、しかし一瞬だった。

曲がりなりにも実戦を経験してきた事で多少の胆力は身に付いている。

戦いの中での思考放棄は死と同義だ。

だから瀬衣は混乱と疑問を一度思考から外し、すぐに優男の姿を探す。

視界内にはいない。だが足元――自分の影の横に、自分のものではない影が映っている。

「後ろ!」

振り返り様、蹴りを放った。

これには優男も意表を突かれたのか、咄嗟に後ろに跳ぶも完全には避けきれずに鼻先を蹴りが掠めてしまう。

優雅に着地を決めるも、しかし地面に赤い斑点が描かれた事に優男の顔色が変わった。

掠った蹴りが、鼻からの流血を齎していたのだ。

「……っ! 平民風情が、僕の顔を!」

乱暴に鼻血を拭い、再び優男の姿が消えた。

直後、瀬衣の顔にまるで殴られたような衝撃が走り、更に腹と肩、顎も痛みが貫く。

間違いない、攻撃を受けている!

殴られていないのに殴られている! 蹴られていないのに蹴られている!

クラス『エスパー』の念動力? それとも単に速いだけ?

そのどちらか、あるいは全く別なのかは分からない。

だが幸いにして彼自身のレベルや攻撃力は瀬衣とそう大差ない。

瀬衣は痛みを堪えて踏み止まり、倒れる事を避ける。

そして視界の端に映る優男へ拳を繰り出すも、また消えて避けられる。

「一発マグレで当てたくらいでいい気にならない事だ。

君では僕には絶対に勝てない。何せ僕は無敵の勇者の能力を持っているんだからねえ」

優男はニィ、と笑い懐に手を入れる。

何か得物を出す気か。そう考えた瀬衣も素早く腰の刀に手をかけた。

「そこまでです、デブリ様」

しかし緊迫した空気を壊すように、暗がりの中から男の声が響いた。

現れたのは口髭を生やした三十代程の、長身の男だ。

彼の姿を見た瀬衣に、今まで以上の緊張が走る。

この男――かなり出来る。恐らくはジャン以上。あるいはガンツとも渡り合えるかもしれない程に。

「その者はレーヴァティン王家が正式に認めた勇者です。ここで争っても得はありません」

「勇者? へえ、こんなのが? やはり王家は駄目だな、人を見る目がない」

「……お言葉にはお気を付けを。王家関係者に聞かれれば侮辱罪として捕まりかねません」

「……」

優男――デブリと呼ばれた彼は不機嫌そうに顔をしかめ、それから無言で当たり散らすように男を殴った。

男もまるでそれを予期していたように動じず、一瞬よろめくものの何も言わない。

デブリは瀬衣を睨むと、低い声で告げる。

「君の顔は覚えた。正義の味方ごっこの代償は高くつくと思え」

それだけを言い、二人の男は振り返る事もなく立ち去った。

瀬衣は彼等がいなくなったのを見届けてから溜息を吐き、緊張を解く。

それから絡まれていた少女に声をかけようとして――そこで、初めて彼女の顔が自分の見覚えのある顔であると気が付いた。

「え? 君は……アルフィ?」

それは、一度は打倒魔神王と覇王を目指してパーティーを組み、しかし直後に怪物同士の戦いを見てしまったせいで心が折れ、旅から外れてしまったメイジの少女であった。