軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99:相手のことを、理解する瞬間があるよなって話

その夜は、カイルとマイナの寝泊まりする馬車を、俺たち護衛組が交代で仮眠を取りながら見回ったが、特に何も起きなかった。

朝になり、宿営地が賑わい始める。

リーファンとマリリンが兵士たちの食事を作っているのだ。

メニューは大量に作れる雑炊らしい。

米は小麦の次に普及している穀物だ。特に今回のような大人数の食事に向いているため、軍隊ではおなじみなのだ。

もちろん、冒険者もよく世話になる。

これが人数分のパンを持ち歩くとなると、大変なのだ。米はパンと比べて、腐りにくいからな。

この広大な湿地帯を、開墾できれば、とてつもない量の米が収穫できるようになるだろう。

今はザイード救出を優先しているが、本来はこの湿地の確保が目的だった事を思い出す。

リザードマンの新たに暮らす村も早く建ててやりたいものだ。

マウガリア王国は比較的食料が出回っているが、それでも潤沢とは言いがたい。

ゴールデンドーンで絶賛増産中のクラフト小麦(泣)のおかげで、相当量の小麦が出回っているはずだが、それでも王国すべての住民の腹を満たすには少し足りない。

だが、ここで開墾が成功すれば、王国は一気に食糧事情が改善し、住民の生活は良くなり、経済も発達し、人類に余裕が生まれるだろう。

そうなれば、人類の夢である、生存圏の拡大へと大きな一歩となる。

だからこそ、この湿地帯の魔物殲滅は最優先なのだ。

兵士たちもそのことがよくわかっているのだろう。とてつもなく士気が高い。

そんな笑顔で朝食をかっ込む兵士たちを眺めていると、カイルが馬車から出てきた。

「クラフト兄様。おはようございます」

「おう。おはよう」

カイルの背後にくっついていたマイナもかすれるような音量で挨拶してくれる。

「……はよ」

「おう。おはよう。ちゃんと寝れたか?」

「……ん」

マイナが小さく頷く。

そうか。こんな環境だと寝付けないとおもったけれど大丈夫そうだ。

いや、まてよ。こう見えてマイナは、この開拓に最初からずっと参加してたんだ。旧ゴールデンドーンへの馬車旅だって、貴族の子供からしたら、とてつもない苦労だったろう。

だが、今考えてみると、マイナは大きな弱音を吐いたことがない。

もしかしたら、マイナは見た目や態度と違って、凄い図太い……いや、負けず嫌いな性格をしているのかもしれないな。

そんなことを考えていたから、マイナのことを凝視していたらしく、彼女は少し頬を赤らめて、そっぽを向いてしまった。

レディーに失礼だったな。

「兄様、僕はこれから陣地の見回りに出るので、そのあいだマイナをお願いしますね」

「おう。任せろ」

「マイナ、クラフト兄様と一緒に朝食を取りながら、おとなしく待っているんだよ?」

「……ん」

優しく諭すカイルに、マイナが小さく頷く。

「カイルは食べないのか?」

「もう食べましたから」

カイルはにっこりと笑いながら、アルファード、ヴァン、リーファン、ジャビール先生と一緒に行ってしまった。

マイナの護衛として残っているのは、俺、キャスパー三姉妹、ジタローの五人である。

俺は夜の当番が早番だったので、少し遅い朝食を取ることにする。

マイナと一緒だ。

ほとんどの兵士は朝食を終えたところなので、片付けの邪魔にならないようにマイナと一緒にすみっこに移動して食事をする。

俺は雑炊を山盛りで食べていたが、マイナはお椀に半分くらいしか食べていない。

いつも思うのだが、良くこれだけで動けるものだ。

「美味いか?」

「ん」

「この湿地帯の開墾がうまくいったら、この米を国中の人間が腹一杯食べられるようになるんだぞ」

「……ん」

いつもどおり、小さく頷くマイナだったが、なにか言いたそうな気配を感じる。

「なんだ?」

マイナは少し考えてから、小さくつぶやいた。

「……がんばる」

言うなり立ち上がると、マイナは食べ終えた食器をもって歩き始めたのだ。

これには控えていた兵士も驚く。

この兵士はマイナのお世話をしている人だ。

慌てて兵士がマイナの食器を受け取ろうとするが、俺がそれを止める。

「クラフト殿?」

「あんたの役目はわかってるが、ここはマイナにやらせてやってくれないか?」

「しかし……」

「カイルには俺から言うからさ」

「……わかりました」

マイナはおっちらと、食器を洗っている兵士のところへ行って、そこでも彼らを驚かせていた。

彼らに食器を渡したマイナが、満足げにこちらに戻ってくる。

むふーと小さく鼻息を荒くし、胸を張って俺を見上げた。

俺はがしがしと、マイナの頭をなでてやる。

そうだよな。

マイナだって、この開拓のメンバーだもんな。

できることから頑張るマイナは、やはりカイルの双子の妹なのだなと、改めて感心するのであった。

「……おっと、そろそろレイドックに通信を繋げる時間だな。マイナ、ちょっと待っててくれ」

「ん」

マイナを椅子に座らせ、俺は通信の魔導具を起動する。

まさに、それと同時だった。

湿地帯の中心部、マングローブ林の密度が高い場所から、爆音が聞こえたのは。

私はザイード・ガンダール・ベイルロードである。

その私が! なぜ! 泥にまみれて逃げ惑わねばならぬのだ!

湿地帯に入ってしばらくは良かった。植物は草程度しかなく、見通しがきいていたので、接近するヒュドラに早くから対処することができていたのだが、うねうねと細かい根が複雑に絡み合う枝の塊のような植物がちらほらと見え始めてから、次第にヒュドラの殲滅速度が落ちていく。

まったく! 例の貴重なスタミナポーションを全員に飲ませているというのにふがいない!

「お前たち! 進軍速度が落ちているぞ! このままではいつまでたっても魔物どもを殲滅など出来んではないか!」

私が渇を入れてやると、兵士長が突然頭を下げてきた。

「ザイード様! 進言いたします! 一度撤退しましょう!」

「……なに?」

何かの冗談かと思ったが、兵士長の表情は真剣であり、どちらかといえば悲壮感も漂っている。

「すでにジャビール様からいただいたヒールポーションは半分を切っております! ですが魔物は減る気配どころか、進むにつれ増えております! このままでは全滅もありえるかと! なにとぞ! なにとぞ撤退指示を!」

どうやら兵士長は本気らしい。

スタミナポーションで疲労もないのに軟弱なとは思ったが、そこでどうして士気が低いのかひらめきのように思いついた。

指揮官先頭という言葉もある。

実際には間抜けだと思うが、士気のことだけを考えれば一理ある。

ならば、私が先陣で剣を振るえば、士気は天まで届くことだろう。

私は腰の名剣を抜こうとして、はたと思いとどまる。

この私が剣を振るうのだ。もう少し演出というものが必要だろう。

よし。

「だめだ。前進あるのみ! 奥に向かうぞ!」

「し! 湿地帯の奥にですか!? あそこはゴールデンドーンの冒険者ですら近づかぬ場所です!」

兵士長が悲鳴をあげたが、何を言っているのか。

「だからこそ行くのだろう! それとも貴様らはカイルの治める土地の冒険者に劣るというのか!?」

「ぐっ……それは……」

「カイルが出来なかったことをやるから意味があるのだろうが! 進むぞ!」

兵士長は一度目を閉じてからゆっくりと開く。

「わかりました。……全員前進!」

こうして私たちは湿地帯の中央部へと向かっていく。

兵士長の予想通りヒュドラの出現率が大幅に増えた。

さらには霧も出てきて、視界も最悪である。

そしてとうとう、ひときわ強力なヒュドラの集団と出くわし、兵士たちがピンチを迎える。

(よし。予定通りだな)

私はかろうじて戦線を維持している兵士の前に、マントを翻して前に出た。

「ザイード様!? 前に出てはいけません!」

兵士長が悲鳴のような声を上げる。

私はそれを無視して、父上にいただいた名剣を抜き放つ。

「怯むな! 我が精鋭たちよ! 奮い立て! 剣を握れ! 槍を構えろ! この私がいるのだからな!」

魔法の輝きが、私の見事な剣筋に美しく残る。

「お、おお!」

「ザイード様!」

私は剣をヒュドラにたたき込むが……さすがに巨体だけあって一撃というわけにはいかなかった。

二撃、三撃と追い打ちをかける。

ふん。剣の教師が対人用の流派なので、魔物には通じないと言っていたが、いけるではないか。

いや、私に才能があるだけか!

何やら兵士長が小声でブツブツ言っていたが、戦闘音で何を言っているかは聞き取れなかった。

(これは……覚悟を決めねばならぬ。ザイード様に引く気がないのであれば、絶対に守らねば! 万が一にもお亡くなりになったら、家族がどうなるか! ここで脱走などしようものなら、一族郎党処刑すらありえる! せめて、兵士として立派に散らねば家族を守れぬ!)

良い気分で剣を振るっていると、兵士長が何度も吹っ飛んでいく。

先ほどから、私の目の前をちょろちょろしていて邪魔だったから問題はないが。

兵士長は相変わらず独り言を呟いているようだ。

(ええい! 中途半端にザイード様がお強いので困る! 私よりお強いからどうしても一人で突出してしまう! だが、単騎でヒュドラを倒せるほどではない! 絶対に! 何が何でも守らねば!)

兵士長は吹っ飛ばされ、血まみれになる度に、ヒールポーションで治療して復活し、毎回毎回、私の視界にちらちらと入ってくる。

いい加減、文句を言ってやろうと思ったが、その前にヒュドラの一団を倒し終わる。

すると兵士たちが唖然とした表情をこちらに向けていた。

あれだな。

尊敬の眼差しというやつだろう。

「どうだ! この私が剣を取るのだ! 恐れるものなど何もないだろう!」

沈黙。

ただただ、全員がぽかんと口を開けているだけだ。

なんだ?

感動しすぎて言葉が出ないか?

すると、兵士長が一歩前に出てくる。

その表情は何かを決意したようだった。

「……聞け! 我らは何だ!? 我らはザイード様に仕えると誓った兵士である!」

兵士長が言い放つと、兵士たちに緊張が走る。

「我らは栄えあるザイード様の兵士! 我らの名誉はなんだ!? ザイード様をお守りすること! ザイード様の剣となること!」

ほう、なかなかいいことを言うではないか。

「我らはこれからザイード様と共に、名誉ある戦いを敢行する! 良いか貴様ら! 全員 覚悟を決めろ(・・・・・・) !」

兵士たち全員が、一斉に表情を変えた。

何かを決意した男の顔である。

「ゆくぞ! 絶対に生きて帰るために!」

ふん。最初からそうやって気合いを入れておけば良かったのだ。

こうして、士気の上がった兵士を引き連れ、私は湿地帯の中心部へと足を踏み入れたのだが……。

それが間違っていた。