軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

217:恨みは、残すもんじゃないよなって話

帝国との戦争の終わり。

魔族だったルーカスを捕らえたが、最後っ屁でベラの口封じをされたうえ、ルーカスにトドメを刺してしまった場面からのことを、アルファードが淡々と語り始めた。

ルーカスの毒針を受け、泡を吹いて死亡したベラ。

その横に立つ、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯。

カイルは継母であるベラの遺体に向かって、鎮魂の祈りを捧げていた。

すぐ横のクラフト・ウォーケンも同じように黙祷している。

だから、最初に気づいたのは、カイルの護衛についている聖騎士隊員であった。

死んでいるベラの目が開いたのだ。

ちょうど同じタイミングで、カイルも祈りを終えて目を開いたところである。ベラとカイルの目が合った。

クラフトはまだ祈りを終えていない。

ベラの額から、二本の触角が高速で生える。その触角は白と黒のストライプをした不気味な色をしていた。

もちろん聖騎士隊員は動こうとした。だが、間に合わなかった。

カイルが小さな声を漏らす。

「……え?」

触角は、聖騎士隊の反応できる速度を大幅に上回って、カイルの胸を……心臓を一瞬で貫く。

さらにその触角は、クラフトの胸も貫いていた。

そのままカイルとクラフトは倒れ、急激に地面を血で染めていく。

「カイル様!」

聖騎士隊員が、ヒールポーションを取り出そうとするも、ベラによる触角の一振りで、彼らの首が空高く舞った。

瞬殺である。

『グギャアアアアアアア!』

すでにベラは人の姿をしておらず、カミキリ虫のような異形へと変化していた。

黒と白のまだらの外骨格に、二本の長い触角を持つ魔族となっていたのである。

魔族のベラは、その触手で周囲の土を巻き上げ、周囲からの視線を遮断した。ここまでほぼ一瞬の出来事であった。

「なにが起こった!?」

「この化け物を止めろぉ!」

「カイル様を助け……ごぎゃっ!?」

すぐに周囲の人間が、魔法で砂嵐を吹き飛ばし、状況を理解する。

「カイル様! カイル様!」

「クラフト!」

レイドックがいち早く気づき、地を蹴りカミキリ虫となったベラに切りつけるが、長い触手で弾かれた。

カミキリ虫の化け物が、濁った声を漏らす。

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ま……魔族の姿に! まだ人の姿になれないと言うのにぃいいいい!』

レイドックが魔族と化したベラに猛攻を仕掛けつつ、吐き捨てた。

「魔族、だと!?」

『もう少しで……永遠の若さを持った肉体のまま、魔族になれたと言うのにぃいいい!』

ベラはレイドックに答えた訳ではなく、勝手に叫んでいるのだろうが、それが答えになっていた。

『全てを……全てを売り渡し! 長い年月をかけ! 人の姿のまま魔族となる直前だったのにぃいいい!』

狂ったように叫び続けるベラの独白で、彼女がなにをやっていたのかを、多くの者が理解する。

つまり、若さと美貌を保つためだけに、魔族ルーカスに魂を売ったのだ。

『一度この姿になればぁぁぁ! 人型になるのに百年はかかるというのにいいいいい!』

それは、逆説的に、百年生きれば、再び人の姿になれるということである。現に魔族のルーカスは、見事に人へと化けていた。

『我慢してぇ! ど田舎のぉ! ベイルロード辺境伯なんぞに嫁いだのもぉ! 全てを踏み台にしてぇ! 王国を乗っ取る足がかりにするためだったのにぃ!』

ベラの姿は、さらに昆虫型へと変化していって、もはや巨大なカミキリ虫そのものにしか見えなくなっていた。

巨大な触覚をぶんぶんと振り回し、それをレイドックが周囲に被害がでないよう剣で弾き飛ばしている。

嵐のように暴れるベラの攻撃を抑えつつ、レイドックが叫ぶ。

「死んでもカイル様を守れ!」

だが、返ってきたのは、エヴァの悲痛な悲鳴だった。

「いやああああああああああ!」

「エヴァ! 落ち着け!」

レイドックが叫ぶが、エヴァは取り乱したまま、血だらけのクラフトにしがみつく。

「ちぃ! フォローしろカミーユ!」

即座にカミーユが双剣でカミキリ虫となったベラに斬りかかる。

「了解! 絶対殺す!」

エヴァは顔を真っ青にして、クラフトの服を掴んでいた。

「クラフト! なんで! あなたが血だらけなんですか!?」

カイルを護衛していた聖騎士隊員が全員、ベラの触覚によって細切れにされるなか、マリリンが回復魔法をカイルとクラフトに飛ばす。

いつも冷静沈着なエヴァが、クラフトの惨状をで取り乱したのを見て、レイドックが気合いを入れ直す。

「誰でもいい! カイル様とクラフトを助けろ!」

カミーユがフォローに入り、ベラの攻撃を押さえ込むことで、周囲の安全を一時的に確保。

離れた場所から回復魔法を飛ばしていたマリリンが、カイルとクラフトの元に走り寄る。

この時点で、クラフトはマリリンの魔法によって傷が癒えており、気絶しているだけだと確認される。

問題は、カイルだった。

マリリンが半泣きで、それでも連続で高度な回復魔法をカイルに掛け続けるが、肉体に変化が出ない。

「だめぇ! 回復魔法が効かないですぅ!」

ベラを抑えていたレイドックとカミーユの元に、怒りの形相を浮べたアルファードが駆け寄り、そのまま技を叩きつけた。

「うおおお! なぜだ! なぜそこまでカイル様を恨む!?」

『当たり前よ! あれはイルミナの子供なのだから!』

「イルミナ様だと!?」

アルファードはベイルロード辺境伯の正妻だったイルミナを思い出す。

カイルとマイナを産んだ母親であり、長男フラッテンの母親でもある。

すでに故人であり、ベラが恨む理由がアルファードにはわからない。

「なぜイルミナ様を恨む!」

『あれの、あれのせいで、王国の弱体化もぉ! オルトロスの籠絡も上手くいかなかったのだからぁ! 排除されて当然でしょうぅ!』

「なっ!?」

『オルトロスはぁ! わたくしの魅力の欠片も理解せずぅ! 子を産むだけの道具としてしか扱わなかったぁ!』

アルファードはその言を信じようとは思わない。辺境伯は厳しいが優しさを持つ良き領主であり、親である。

国王からの信頼厚い貴族ゆえ、人に言えないことも多いだろう。この自己中心的な思考しか持たないベラに、それらが通じていなかったのだろうと断言できる。

それが理解出来ない時点で、辺境伯の妻として失格だとなぜ気づかないのか。

『イルミナの売女がぁぁぁ! 貴様が色目ばかり使うから、私には二人しか子供が授からなかったというのにぃ!』

それは咆哮であった。レイドックによって、少しばかり流している血液が、まるで血涙を伴った慟哭にすら見えた。

『全てを恨む呪いを掛けたというのにぃ! イルミナのやつぅ! よりにもよって双子なんて生みやがってぇ!』

レイドックは情報をボロボロと零すベラに、トドメを刺さないよう、攻撃をコントロールする。

『 あれ(・・) が言うにはぁ! 双子だったから、呪いが変質してぇ! どういう呪いになったかぁ! わからないですってぇ!?』

ベラの触覚攻撃が乱雑に力強く、あたりの地面をでたらめに抉っていく。それは怒りか。

『イルミナだけはぁ! 予定通りぃ! 死んでくれたけれどぉ! カイルが失敗作でぇ! フラッテンと争わなかったからぁ! 仕方なくザイードを使うことになったのよぉ!』

それはつまり、イルミナを害したのはベラと言うことになる。

それだけでもアルファードは激高したが、カイルを失敗作呼ばわりした事実が、さらなる怒りを呼び起こす。

「貴様ぁ!」

アルファードの剣戟が激しくなっていく。防御がおろそかになっていたが、レイドックとカミーユがそれをフォローしていた。

すでにレイドックはベラの動きを見切っており、いつでも止めを刺せるのだが、情報を零し始めたのでまわりに被害が出ないように動いている。クラフトのことは心配だが、けが人に対して出来ることが何もない。

『ザイードもぉ! イルミナの子にも関わらずぅ! カイルなんぞをかわいがるからぁ! お前まで呪いで思考を弄るしかなくなったぁぁ! どうしてどいつもこいつも私の言うことを聞かないのぉぉぉぉ!」

レイドックは激しい攻撃をどうにかいなしながら、歯を食いしばって話を聞いていた。

だが、その内心は「今すぐぶっ殺してぇ」という思いと「俺より怒り狂っている親友に、トドメを刺させてやりてぇ」という二つの思いである。

『カイルも! イルミナも! フラッテンも! ザイードも! 最後の最後で裏切ったレイラもぉぉぉ! 誰も彼も許さないぃぃぃぃいいいい!』

もはや、アルファードの限界は超えた。レイドックもこれ以上の情報はないと判断し、攻撃の質を変える。

彼らは打ち合わせをしたわけでもないのに、攻撃をアルファードが、支援をレイドックが担当するように動き出す。

アルファードが吠えた。

「貴様だけは……、貴様だけは絶対に許さぬ! 死ねぇ! ”虎咆牙砕”!」

大技を繰り出し、アルファードに大きな隙が生まれ、そこにベラの触覚攻撃が伸びるが、それをレイドックが叩き落とし、外骨格の一部を砕く。

ベラが初めて苦悶の表情(虫の顔だが、苦悶だと断言しよう)を上げながら叫んだ。

『アルファードぉぉぉぉおおお! やめな――』

当然、ベラの戯言などで切っ先を止めるわけもなし。

「止めだ! ”狼突崩壊”!」

魔族となり、昆虫の身体を得たベラが、粉々に砕け散り、首だけが転がる。

『なぜ……ダレも……私の言うことを……』

それがベラの最後の言葉となった。

アルファードがその頭に剣を突き立て、吐き捨てる。

「貴様は、ここで、魔族として、醜く死んでゆけ」

魔族に魂を売った悲しい女は、望んでいた若さと美貌とはかけ離れた姿で死んでいったのだった。