軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208:最後の通達は、必要だよなって話

帝国軍の部隊長クラスの人間たちは、この状況がいかに最悪か気づいていた。

(あのクソ蜂モドキ野郎め! 三方を壁に囲まれた石畳の平地なんだぞ! こんなところで戦えるか! カゴに閉じ込められた虫と同じだぞ!)

戦略に疎い奴らや、物欲に染まっている者は気づいていないが、少し頭の働く奴なら、橋の先にある空間がどれだけやばいのか理解できる。

それでも逆らえないのは、あの蜂男とベラがいるから。

帝国軍の半数が逃げ出したいと考え始めた頃、その声は風をまとって響き渡った。

『帝国軍に告げます』

声の主は壁上にいた。声の主は少年であった。声の主は鋭い眼光で帝国軍を見下ろしていた。

帝国軍は知らないが、もちろんエリクシル領主であるカイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯その人である。

カイルのとなりにはアルファードが立ち、周囲を聖騎士が固めている。さらにカイルの後ろにはエヴァとカミーユとマリリンもいた。

今から行われるのは、帝国軍に対する最後通達である。もともとその役目はアルファードかザイードの予定であった。

だが、カイルは自分でやると譲らなかったのである。もちろん周囲に大反対されるのだが、よりにもよって国王であるヴァインデックが「やりたいならやらせればいい。ただし護衛に囲ませろよ」という鶴の一声で決定してしまったのだ。

エヴァとマリリンが遠距離攻撃に神経を尖らせながら、周囲を警戒し、魔法や飛び道具があれば、即座に強力な防御魔法を発動する手はずである。また姿を隠した敵にも警戒するため、カミーユが索敵を怠らない。

『帝国軍に告げます』

もう一度、同じ言葉が響く。

『貴方たちは領土を侵犯しています。ただちに戦争行為をやめ、矛を収めるならば、話し合いの機会を設けます』

それは、すでに侵略を開始している帝国に対して、恐ろしいまでに甘い提案であった。

だが、欲にまみれた帝国兵は、それを弱腰と捉えてしまう者も多い。帝国には勝てないと宣言しているように聞こえてしまったのだ。不幸にも。

もちろん、先に自分たちの不利を理解している一部の帝国兵には、それが最後の慈悲なのだとわかっていた。

『もし、このまま戦闘行為を続けるのであれば、我が王国は帝国に対して容赦をしません』

半数の帝国兵は笑い、半分の帝国兵は恐怖する。

『ここからは帝国兵個人への通達です』

カイルの言葉に帝国軍がざわめく。

『降伏を願うならば、武器を捨て、鎧を捨て、大橋の中央付近まで逃げ、待機していてください。命の保証をいたします』

さらにざわめく帝国軍。

『大橋の中央あたりに、大型船と誘導員がおりますので、戦争が終わるまで指示に従ってください』

あまりに具体的な降伏方法を提示するカイル。一部の兵士は気づいた。王国側はとっくに全ての準備を終えているのだと。

『帝国に告げます。これは最後通達です。どうぞ理性的な判断を下すことを願っております』

カイルが必要なことを告げると、護衛と共に下がっていった。

カイルがエリクシル城に入ると、そばで護衛していたエヴァが、ようやく口を開く。

「カイル様。領主様にこのような苦言を呈するのは不敬であると存じますが……このような仕事は二度とごめんですからね。もっと御身を大切にしてください」

カイルは笑顔で答える。

「はい。重々肝に銘じます。ご助言ありがとうございます」

そのやりとりを横目で見ていたザイードは、内心で「またやらかすのだろうな。あの錬金術師の悪影響を受けていまいか?」などと考えていた。

どうやらその場にいなくとも、噂の錬金術師は周囲に影響をまき散らしているらしい。

さて、その噂の錬金術師だが、クラフトは自宅でジャビールと共に泣きそうになりながらひたすら錬金していた。

「うおおおおお! ヒールポーションの追加分が終わらねぇえええええ!」

「ええい! 泣き言を漏らすでないのじゃ! 叫ぶより手を動かすのじゃ!」

「アルファードの野郎め! 気軽にぽんぽん追加発注しやがって!」

この大量の追加発注は、初戦のミズホ兵が大量に消費したヒールポーションの追加分である。当時、即座に城の備蓄分からドーン砦へと充填したため、減った備蓄分に加え、さらなる予備分が一気にクラフトに求められたのだ。

クラフトとジャビールは協力して、アホみたいな数のポーションを作成していく。

「ヒールポーションだけじゃなく、スタミナポーションやマナポーションの錬金だってあるんだぞ! なにが備蓄は十分だろうだ!」

戦争開始前に、アルファードはクラフトに備蓄は十分揃っていると漏らしたことがある。実は今でもそれは変わっていない。

ではなぜアルファードが大量の追加をクラフトに頼んだかと言うと、三つの理由があった。

一つは、帝国軍の集団儀式魔法が強力であったこと。

備蓄は十分すぎるほどあるのだが、念には念を、石橋は叩いてなんぼというアルファードの考えから。

一つは、戦端が開いてから、クラフトが余計なことをしないよう、錬金に集中させるためだ。

あのやらかし錬金術師を暇にさせておくと、またぞろ戦略をひっくり返すような錬金道具を生み出しかねない。例えそれが有用でも、準備もなく戦略に組み込もうと思えば混乱するだけだ。

とにかく、余計なことをさせないための、大量発注である。

最後がマイナの件だ。

クラフトのことを兄のように慕っているマイナは、カイルが忙しい今べったりと張り付いている。

そのため、クラフトを屋敷に押し込んでおけば、自動的にマイナも屋敷にいることになり、安全確保が容易になる。

戦端が開かれた後は、当然学園も休みなので、最近行動の読みにくいマイナを一箇所にとどめられるのは、アルファードにとって最大の利点だったのだ。

……もっとも、そのとばっちりでカイル付きの錬金術師であるジャビールまで忙しくなっていたのだが。

なお、ジャビールはアルファードの思惑に気づいていたが、実際にクラフトを暇にするのは危険だと考えており、泣く泣く二人で錬金をこなす。

誰にも知られない、影の英雄こそジャビールなのであった。

必死に錬金する二人を、当のマイナは、楽しげに眺めている。そしてそのマイナをペルシアが嬉しそうに眺めていた。

戦争が大詰めを向かえる中、この一角だけがやたら平和なのであった。

さて、そんな平和ボケした錬金術師の屋敷とは対照的に、帝国軍は追い詰められているところである。

カイルの宣言中、蜂男がじっとカイルを睨みつけていた。

カイルが下がると、ふんと鼻を鳴らして、帝国軍の大将を呼び出す。

「おい。俺はしばらくここを離れる。その間にお前らは攻めておけ」

「は……は?」

ゴールデンドーンを直接攻める大部隊の指揮を任された大将が顔を引きつらせる。

「ベラを連れてくる。カイルとか言う野郎を見つけたら呼べって言われてるんだよ」

「あ、え、それはベラ様を最前線にお連れするという意味で合っていますでしょうか?」

「そうなんじゃね? とにかく連れてくるから、お前らはせめて城門くらい壊しとけよな」

空を飛べる亜人が、どれだけの時間でベラを連れて戻るのか見当もつかない大将が、さらに顔を引きつらせる。

ただでさえ城攻めが困難なのに、最悪のこの状況下で攻め込めと命令されても、大将としては賛成できない。

「参謀殿。それよりも我が部隊は大橋を戻り、砦を挟撃するべきでしょう。こちらも挟撃されるリスクはありますが、あの砦を落とせば、城の攻略に幅が出ます」

大将の意見は至極まっとうである。そもそも裏手を取った時点で砦を挟撃するべきだったのだ。

だが、蜂男はそれを許さない。

「……てめぇ。俺の命令が聞けねぇのか? 人間の分際で 魔族(・・) 様に逆らおうってのか?」

大将は確かに聞いた。

「魔族……」

それは、遙か昔、人類を虐げ、弄び、虐殺の限りを尽くした種族。

その後、魔術を編み出した人類によって駆逐された種族。

もしかしたらと思うことは何度もあった。だが、そんな馬鹿なと否定するしかない。

万が一にも、この蜂男が魔族であったなら、人類に対抗する手段などないのだ。

なにせ、魔族を滅ぼした大魔法文明はもうないのだから。

だからこそ、その可能性を考えないようにしていた。

だが、蜂男ははっきりと言った。魔族と。

そしてその蜂男は、鋭い左右の牙をカチカチと打ち鳴らす。

「いいか。戻るまでに、あの忌々しい城門を、破壊しておけ。じゃなけりゃ……」

「め、命令を受諾いたしました! 帝国軍はただちに城門攻めを開始致します」

蜂男はなにかを続けようとしたが、口を閉じる。

「生かされたければ、働け」

それだけを言い残し、蜂男はひょいと大橋から飛び降り、水面ギリギリを、後方に向かって飛び去ってしまった。

こうなってはもはや大将に出来るのは一つだけだ。

「全軍! 攻撃開始!」

こうして、新たな戦端が開かれたのである。